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余韻

 軽音部と入れ替わる形で控室を後にした。

 部室に戻るまでの道のりも疲れからか誰も何も話さない。ただ、司と神楽先輩が手を繋いでいるだけ。

 相変わらず僕は最後尾に位置して、彼らを見ながら歩く。

 時間は4時半を過ぎた辺り。軽音部の演奏が文化祭初日のラストを飾る。

 文化棟は野外ステージから離れているため音楽は届かない。


 部室の鍵を開けまずは神楽先輩が入室して、後に続く。締め切った部屋に冷房をつけてから楽器を降ろすと、麗奈ちゃんから飲みかけの水を貰い喉を潤す。

 1曲しか歌っていないのに喉がカラカラ。

 夏菜の淹れた紅茶かコーヒーが飲みたいなぁーなんて贅沢すぎるだろうか。


 神楽先輩が定位置に深く腰を下ろすと隣に司が座る。

 司の対面に僕が、その隣に夏菜が。

 夏菜を挟んで麗奈ちゃん。



「じゃ、俺らはそろそろ帰るよ」



 数分だけ休憩したのち、ようやく口を開いたのは司で隣に座っていた神楽先輩も頷いて立ち上がる。



「うん。お疲れ様、明日はよろしくね」

「あぁ」



 僕ら二人は明日は休憩中以外は教室にいる。

 お互いにホストして常駐することになっていた。

 代わりに実行委員の仕事はないが、正直今日は夏菜と遊んでいただけなので楽しかった。

 僕らデートとかしたことなんてなかったな。

 そんなことに気づいてしまった。



「神楽先輩もお疲れ様」

「次は明後日だな。それまで少し練習しておくよ」



 司と神楽先輩は部室から出ていく。

 残れたのは僕と夏菜、それに麗奈ちゃんだけ。

 練習すると言っていたが、神楽先輩のベースは完璧と言っても差し支えない。安定したクールなリズムに時々ファンキーさを合わせ持っている。



「それじゃ自分も帰って弟たちの世話しないと」

「弟さんたちにもよろしくね」



 夏菜は麗奈ちゃんの家に遊びにいったことがあるようだ。

 小さい子の面倒を見る彼女の姿があまり想像出来ない。

 いたずらとかされてそう。



「うん。またね、夏菜と渉先輩」



 彼女までも部室からいなくなる。



「気を使わせてしまったみたいですね」



 二人きりなった途端、夏菜は背後から抱きつくようにして僕の頭に顎を乗せた。

 慰めてくれているのかな。

 少しだけ彼女も汗をかいたのか甘い匂いいつもより濃い。



「僕は気にしてないんだけど、あんまり盛り上がらなかったもんな最後」

「盛り上がった盛り上がらなかったという話でもないと思いますがあれは」

「どういうこと?」



 去年の拙い演奏でさえ最後は拍手して見送られたっていうのにシーンと静まり返ったまま退出することになった。



「言葉が出なかったっていう感じでした」



 意味がわからず僕は黙った考える。



「先輩だけがわかってない感じですね。なんとなくそんな気はしていましたが、いつもの平和そうな顔をしていますし」

「僕の顔つきはともかく、他の人はなんであんなことになったのかわかってるの?」

「今回ばかりは先輩が気付かなかったとしても仕方ないかもですね」



 彼女の言葉に段々ととろみのような物が出ている。

 顔を見れば何を考えているのかわかるかもしれないが、頭上にあり背後に張り付いた胸からは、平常と思われる心臓の鼓動。

 身体の熱もいつもと変わらない。



「最後の一曲ばかりは誰もが先輩の事を見ていましたよ」

「僕を?」



 ステージの1番前にいたからこそ視線を浴びていると思っていたが、夏菜の言い方ではどうやら違うようだ。

 しかし、注目を浴びることとステージの盛り下がりとは関係ないようにも思う。

 最悪酷すぎてってことも考えられるが、流石にそれだけはない。



「はい。私以外の人たちも見惚れてしまって、先輩から目を離せなかったと思います。先輩の歌と演奏に惹き込まれてしまいました」

「いつもの演奏ってわけじゃないけど、特別に何かを変えたところはなかったん筈だけど」

「そうですね、音だけを聴けばそうかもしれません。でも先輩の心に触れるような不思議な感覚です」



 夏菜に伝わったのなら良かった。

 僕が望んだのはそれだけ。



「演奏が終わって静かになった時。まだ頭の中には先輩の声が響いていました」

「そっか」



 疑問が解けたところで僕からの感想はない。

 目的は達成出来たのだから。



「でも、司たちも言ってくれればよかったのに」

「先輩の演奏についていくのに精一杯って感じでしたから仕方ないのでは?」

「夏菜は余裕そうだね」

「私ですからね」



 それだけで答えになる。

 熱くなった身体も冷房と秋の夕暮れ時の温度で冷めていく。

 夏菜の温もりで冷めきってはいない。



「僕らもそろそろ部室を出ようか」

「もう少しこのままで」

「結構僕も汗かいてるから汚れるよ?」



 彼女のそれは明日も着る衣装だ。



「先輩に汚されるのであれば構いませんよ」



 感情の篭っていない適当な返し。

 なんとなく思いついて言っただけに思える。

 ただ他の人と違うのは冗談でもなく本気を含んでいるところ。



「馬鹿言ってないで帰る準備するぞ」



 一度クラスの状況を見てから帰ることになる。

 あと1時間。

 文化祭1日目が終わる。



「正直に言えば舞台での先輩を思い出すだけで顔がニヤけてすごい顔をしていると自分でもわかるので、少し待っていただけると」

「あー、そう」

「先輩の体温上がりましたね」

「言わなくて良い」



 でも、どんな顔をしているのか興味がある。



「駄目ですよ」

「なんでわかった……」

「先輩の後頭部にあるの私の胸ですよ。動きそうな事ぐらいわかりますよ」

「めちゃくちゃいい枕だな」

「抱き枕もご所望でしたら、後日先輩の家に行きますよ」

「今日はやけに誘惑してくるな」



 久しぶりに押されている感じがして、少しもどかしい。

 でも嫌じゃない。



「そうさせたのは先輩ですけどね」

「僕はなにもしてないんだけど」

「先輩がそれほど素敵だったってことですよ。写真に残せなかったのが残念です」



 僕の耳に吐息をかけると、ようやく離れた。

 名残惜しさを感じる。



「……先輩」



 トンっ。と、つま先を床に突く音が聞こえると、彼女は少しだけ考えた素振りを見せると僕を呼ぶ。立ち上がり身体ごと夏菜を見つめる。

 秋も深まりつつあり、夕方になろうとしている部室は茜色に染まる。

 夕日が目に入り、双眸を細める彼女。



「何?」

「あ、いえ。やっぱりなんでもないです」

「些細なこと?」

「いえ、重要なことです」

「そう言われると気になるんだけど」



 そこで言い淀まれるとかえって気になる。

 しかも重要なことならなおさら。



「雰囲気に少し惑わされたました」

「それって……」

「ここまでです」



 バックステップするように僕から離れると、扉の前まで歩いて行く。

 扉に手をかけ、一度だけこちらを振り返る。



「今日は私もお先に帰りますね。たまには先輩が一人でモヤモヤした気持ちで私のことだけを考えてください」

「なんだよそれ」

「そうですね……。文化祭が終わったら、少しお話しましょうか」



 くすりと笑うと部室からいなくなった。

 1人取り残される。

 立ち上がったばかりだけれど、また椅子に座り直してため息を1つ。

 こうして文化祭一日目が終わった。


 自宅に戻っても考えることは夏菜のことだけ。

 最後に彼女残した言葉が尾を引いている。

 もしかして僕の勝ち? なんて淡い期待も浮かび上がるが、あの時点で口に出さなかった彼女は今はきっと冷静。

 文化祭最終日になって何を話すのだろうと、期待と不安で胸が一杯になる。

 翻弄されている。


 確かにもやもやして、他のことに手がつかない。

 ただ彼女もこんな思いをしたことがあるといった言い方だった。

 そんな日、どうやって過ごしたのだろう。

 4月振りに夏菜のことを思って眠れない日になりそう。

 少しだけ彼女を恨む。

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