本能
少しだけけだるい朝。
文化祭当日、クラスと協力してという達成感もなく迎えた。
目の前の課題をクリアしていく。頼まれたことをこなしていくだけ。
まだ始まってもいないからこんなものなのかな。終わった時にこそ達成感もあるかもしれない。
重たい頭と身体に鞭を打ち、ベッドからのそのそと起き上がる。
ややくたびれた制服に袖を通す。
本日は制服で登校して、明日以降はクラスの女子たちが用意した衣装で登校する予定。
出来る限り荷物は少なくしたい。
顔洗い歯を磨いて、髪もセットする。
朝食を抜いたことがバレたら怒られるが、今日はちゃんとした理由がある。
ギターケースを持って家を出た。
一人での登校。
文化祭の準備期間がきてから、流石に慣れてきてはいるがふとした瞬間に隣にいた筈の存在がいないことに違和感を覚え事がある。同じ景色を見てきたからだろうか。
「おはよう柊くん」
「おっす柊」
「おはようございます柊くん」
教室に入るなり三枝さんや山岡さんなどのクラスメイトに挨拶をされる。
これにも慣れてきた。
「今日は僕はほぼ教室にいないけど、何かあったら連絡してくれていいから」
元気な返事を聞いてから、教室を後にする。
挨拶をしに来ただけなので教室にいた時間は5分にも満たない。今日だけはキャストから外されているし、実行委員の仕事がほぼメインになり夏菜と一日中文化祭をみて回る予定だからだ。
見回りも兼ねているので文化祭実行員と書かれている腕章をつけて、胸にも番号が書かれたプレート。
楽器を部室に置いてから待ち合わせをした中庭。
同じ番号をつけた夏菜は。
「なんでその衣装なの?」
先日見たばかりのナースとメイドのハイブリット衣装。
とても目立っていた。
「メインはクラスの宣伝らしいです」
「サブの目的もあるってことか」
「はい。私としてはそちらがメインになるんですけど」
そこまで言われたのであれば僕にだって察せる。いや、わかるように言葉を付け加えたのだろう。
そうすることで意識させる。
メインもサブも大成功だ。
苦し紛れに恥ずかしくないの? と質問をしようとしたのだけれど今日は文化祭。野暮ってものだと気付き口を閉じた。
彼女の思惑に乗ることにしよう。
「とても可愛いよ」
「はい、ありがとうございます。他には思うことはありませんか?」
この言葉だけではお気に召さないらしい。
僕の思考回路も読まれているということ。
挑発と受け取り改めて彼女の全身を眺める。正面から始めて横へと移り、最後は後ろ姿と夏菜のまわりを一周。
この行動は予想外だったらしく、耳に朱色の証。
羞恥に染まりながらも微動だにしない。
自分で言った手前耐えている。
これだけで少し気が晴れた。
服装は前日見たものと同じ、違うのは胸と腰にプレートが1つずつあるということ。
1つはイベント番号札。もう1つは1-Aと平仮名で『かな』と書かれたハート型のネームプレート。キャップは僕がプレゼントしたヘアピンでとめらており、しなやかな腕には白い時計。細く綺麗な指には銀色に光るリング。
「なんか……、君に僕の痕跡が色々とあるのを改めて実感した」
「へ?」
期待通りの解答ではないと、その少し間抜けな声。小さな口が小さいままに開いている。けれどすぐに冷静になり咳払いを残した。
僕の視線の流れを思い出して見当をつける。
「そういうことですか」
髪に触れ、腕を通し指輪に着地する。
「宝物ですから」
「大事にしてくれているんだな」
「もちろんですよ」
慈しむような表情で再度指輪を触れる。
その仕草に本当に大事にしていてくれている事実に胸が温かい。
気持ちをどう表現したものかと考えるが、今日の民族音楽研究部の最後に披露する曲に全てを乗せよう。
言葉にはしない。
「そろそろ行かない?」
「そうですね」
正面から左隣へと移る夏菜。
隣に並ぶ時の定位置。
「どこから行こうかな」
「先輩のクラスはどうでしょうか?」
「あー、うん。そうね……」
僕らのクラスのプラネタリウム側、デートスポットとしてスタンプが用意されている。
最終的に訪れることにはなるだろうと考えているけれど、彼女を連れて自分のクラスに向かうというのは中々度胸がいる。
もう少し心が落ち着いてからにしたい。
「なんか少しお腹に入れない?」
「先輩、朝食抜きましたね」
「結構スタンプラリーに飲食あるからなぁ」
「そうですか」
疑いの目。
食べ歩きできるようなものと、カフェのように店内で。
同じ飲食店、同じスタンプも用意したところもあるけれどそれでも朝昼夕と合わせても溢れる。
少食の夏菜にはきついかもしれない。
この中庭。
スタンプラリーの開始地点でもあるため男女の組み合わせが多い。
サクラ役はいらなかった。
「案外カップル多いんですね」
「意外といえば意外かもだけど、昼休みの屋上を考えると当然だったかも」
「今度行きましょうね」
「そうだね」
「準備期間中、誘いたかったのですが先輩が忙しそうだったので結構我慢してたんですよ」
「気を使わせてたか」
「見るからに疲れていたので」
確かに考えることも、動くことも多くて家に帰ってはすぐに寝てしまうこともあった。
それだけ僕のことを見ていてくれたということ。
「ありがとう」
歩き出すために腕を差し出す。
すぐに温もりと柔らかさ、甘いバニラの香りを感じて一歩脚を踏み出した。
夏祭りのような人混みはないけれど、それでも全校の生徒が目的を持って歩いている。様々な衣装に身を包み、日常とはかけ離れている。
人だけではない、廊下や教室、校門から校庭へ至る所が飾り付けされて様々な色に声で賑やか。
金曜日でこれなのだ。明日以降はどうなるかはわからない。
「スタンプラリーもあるけど、この感じだとサクラ役は必要なさそうだから普通に文化祭を楽しもうか」
「はい」
「仕事ではあるから何件かは行くけどいいよね?」
「もちろんお供します」
夏菜にはバレているので朝食代わりに何か食べようと考える。
眼前の屋台、ケバブに串焼き、豚足なんかもある。もちろん定番のたこ焼きに焼きそばとお祭りのメニュー。
朝から重いのはちょっとな。
外に出てきたのは失敗だったかもしれない。
「あ、柊くん。デート?」
呼ばれて振り返る。
数多くある屋台の一つに見覚えるのある顔。
名前を覚えていないことから実行委員の一人の女子。
「そんなとこ」
「これ買っていかない? 一個オマケするよ」
クレープ。
種類は多く用意されていないけれど、変なところを狙うよりシンプルでハズレがなさそう。
スイーツとして食べるか、朝食として惣菜系か。
「考えすぎですよ」
「いや、だって」
「しょうが無い人ですね……。いちごホイップとハムチーズを」
生地を焼き、中に具材。
簡単な調理。
でも生地を焼くのはコツがいる。
「上手いね」
「結構練習したからね」
お店の物よりは少し厚みがあるのは愛嬌。
温かいクレープを受け取り、代金を払う。
「毎度ありぃ~。じゃあ、またね。柊くんとその彼女さん」
ちょっと新鮮な別れの挨拶。
夏菜がオマケのような言い方。
それよりも。
「どっち食べる?」
「私は朝食は少し食べましたので、いちごを」
「……はい」
「子供ですか……。残念そうにクレープを見つめなくても半分はあげますから」
僕の言動に苦笑いを浮かべているが、その眼差しは優しい。
「本当?」
「ですから、ハムチーズ早く食べてくださいね」
「うん」
クレープを手に改めてどこに向かうかを考える。
室内ステージと野外ステージ。
室内は漫才や落語、ダンスなんかが披露される予定で、野外は主に音楽系。
この喧騒の中、耳をすませばブラスバンド部の奏でる音楽が聴こえる。
漫才や落語に興味はないけど休憩所としてあとで行こうかな。
どちらにもスタンプは用意されている。
夕方には僕らの部活も野外で演奏するのだから、そっちはその時にでも押そう。
「今日のライブ、その格好で出るの?」
「麗奈がいなければ着替ます」
宣伝として着せたのは彼女だったか。
でも悲しいことに。
「サポートしてくれるから麗奈ちゃんも来るよ」
「そうですか……。先輩が着ません?」
「嫌だよ。何言ってんだ」
ナースの姿で歌わせる。
退廃的な楽曲を連想する。
「僕って約束破ったことってあるっけ?」
「一度だけありますね。先輩の卒業式の日」
「あぁ、ごめんね?」
タイミングが悪く、行き違いになった。
「先輩は悪くありませんけど。けれど、どうしました? 突然」
「こんな歌詞があってさ」
親の世代の曲。
元々音楽を聞かない彼女に説明する。
「そんなことで不安を憶えたんですか? 先輩も可愛いところありますね」
「不安になったというよりは気になっただけなんだけどね」
「言い訳はいいです」
言いながら腕を抱きしめる力が強くなる。
からかうことが楽しいと、そう顔に書いてある。
正直言って気持ちはわかる。相手の反応が可愛いとか前向きな感情を持つ。
ただ僕の場合、感情の振れ幅が少なすぎて反応は大きくはない。逆に夏菜は表に出すのが苦手なだけで感情的だ。
「本当にそういう訳じゃないんだけどね」
急に温もりが離れていく。
どうしたのかと歩みを止めた。
僕の少し先を進み、振り返る。
「大丈夫ですよ」
手がゆっくりと僕に向かって伸びてくる。
指先が僕の唇に振れると紅を塗るようになぞる。
「私は先輩の傍を離れないです。裏切ることもありません」
目を細め、色気のある優しい顔つき。
悪戯な少女であり、慈しむ大人。
僕に触れた指を自分の唇にあてる。
「言葉で伝えても信用は出来ないかもしれませんね」
「そう、かもね」
僕の両親がどう誓いあったのかは知らない。
親だけではない、そういった不誠実は世の中に大勢ある。
特に恋愛には付き物。
「態度で行動で示さなければなりません」
「難しいよね」
「そうですね……。下腹部に先輩の名前をタトゥーで彫ります? 先輩のモノだという証になりますよ?」
「重すぎない?」
冗談としてもびっくりする。
あと本気だったら絶対後悔する。
同じネタを擦ってくるが、その度に使い道が違ってどぎまぎさせられる。
「冗談ですよ。温泉にも入れなくなります」
「よかった」
理由はともかく、ほっと胸を撫で下ろす。
やりかねないところがあるから怖い。
「それぐらい先輩に私の誠意を伝えたいということですよ」
「わかったけど。もっと優しい冗談にしてくれ」
「ドキドキしました?」
胸に手を当てると心臓の鼓動を確認してくる。
「ハラハラしたよ」
「そのようですね。鼓動が早いです」
※
「このスタンプラリーって本来は今日中に終わらせる物なんですか?」
彼女は僕の胸のポケットに指を入れて一枚の用紙を取り出した。
まだ3つしか埋まっていない。
ちなみに1つは中庭で自動的に貰えるもの。
「明日までだね。ただ今日中に終わらせないと景品は貰えないかも」
先着順であり数に限りがある。
1人でも多く参加者を確保することを念頭にしていたので、そこそこお値段のする焼き菓子セットを景品として用意したのだけれど予算的に数は少ない。ただ予想よりも参加してくれる男女が多くて嬉しい限りだが申し訳なくも思う。
言い訳はいくらでも思いつくが、経験のなさと見通しの甘さ。
「ま、僕らは無銭飲食が出来るんだけどね」
スタンプ1つにつき500円程度の予算が出る。
まぁ夏菜の分は含まれていないから自腹。
先にグラウンドから潰していこうかなと考えていたけれど、その必要もない。ただ折角外に出てきたのだから何かやりたい。
「先輩、あれなんですかね?」
彼女の指の先。
木の板が複数立てられて迷路のようにも見える、木の板の隙間からは秋のこの時期にしては厚着の生徒が忙しくなく動き回っている様子が伺え、顔には多きなゴーグルがされている。
手にはハンドガン。
「サバゲーだね」
同じ学年の出し物だった思う。
「へぇ」
関心を示したようで夏菜が僕の腕を引く。
「やる?」
「この格好でですか?」
確かにその衣装のままだと怪我をしそうではある。
女子の制服はスカートでサバゲーに向いていない、その上今の夏菜の服装だと被弾するところが多すぎる。
「一応ジャージとかの貸出はするように伝えたからあるはずなんだけど」
「う~ん」
珍しく渋っている。
何か気にかかるような事があるのだろうか。
「勝負とかできそうだけど」
「いえ、やはり今回はやめておきます」
残念そうにしながらも首を横に振った。
「どうして?」
「先輩には可愛い私を見ていて欲しいので」
「いつも可愛いけど……。って、痛い」
横腹を抓られてしまった。
「そういうことじゃないです」
嬉しそうで怒ってもいるようで、呆れてもいる。
複雑な表情のまま言葉を繋げた。
「この衣装にジャージですよ? かっこ悪いじゃないですか」
「確かに?」
冬場の女子生徒たちがスカートの下にジャージを履いている姿を見てきた身としては、普通のことだと認識していた。
「なので先輩の格好いい姿を私は所望します」
「やったことないんだけど」
男の子としては銃に憧れる時期はあった。でも、一人でボール遊びに夢中になって時期と被って買うことはせずに黙々と練習をしていた。
言われたからにはやってやろうと受付に向かい、顔見知りに声を掛ける。
「僕一人の参加だけどいい?」
「全然おっけーっす」
「この中なら何でも借りて良いの?」
「性能は正直どれも同じなんで、見た目だけで選んでください」
真っ黒なやつから白銀の物。
色々と持ってみて、重さが違う程度。
試し打ちも出来るようで、少し離れた紙で出来た的を狙って撃つ。
先端が重いものはリアルだけれど、重心が下がって思ったところには飛ばない。なら軽い物をと借りてみたが、先に重いものを持ったせいで違和感があるが、扱いやすさはこっちが上。
この競技がどのくらい掛かるのかはわからないが、軽いほうが負担も少ない。
「じゃ、これで」
「ういっす。ベレッタですね」
銃の他に弾の入ったマガジンを4つほど借りて、肘と膝にプロテクターを嵌めた。まだエリアで銃撃戦が起きているようでゴーグルは首に掛けるだけにしている。
「これ完全に弾切れしたどうするの?」
「中央にセーフティエリアがありますので、そこで補充してくださいっす」
「出る時、狙われない?」
「出てから1分間は無敵状態で撃つことは禁止になりますが、撃たれる心配もないっす」
ちゃんとしっかりしている。
尾行することも禁止され、観戦できるスペースに審判もいるようで不正が見つかり次第失格。
案外紳士的な競技なようで、撃たれたら自己申告で手を上げて退場するようだ。審判からは弾は見えないから仕方がないのかもしれない。
「どのくらい掛かるのこれ?」
「15分から30分程度っすね。入れ違いになること結構あったりしますので」
受付もしてくれたこの男子。
同じ学年なのに敬語。人がいいのだろうか。
でも、ちょっと落ち着かない様子。
「話には聞いてたけど、柊くんの彼女さんマジ可愛いっすね」
どう答えるべきか。
「うん」
出てきたのはこれだけ。
「先輩、お知り合いですか?」
僕が戻らずに彼と話していたことで気になってこちらに。
「同じ実行委員の同級生」
「そうだったんですか。初めまして市ノ瀬です」
今の見た目はともかく、丁寧な挨拶。
僕と初めて会った時はもっと素っ気なかったように思う。
「なんですか? 先輩」
「いや」
思ったことをそのまま伝える。
「当時は警戒してたというか、体育館の戸締まりを命令されていたので面倒だっただけです」
「変わるもんだね」
「変えたのは先輩ですけどね」
不意打ちを食らったように照れてしまった。
着飾った言葉より、素直に出てきた言葉に弱い。
ただ言った本人も照れしまっている。
思いがけない一言だったのだろう。
「先輩が伝染りました」
「人を病気みたいに言わないでくれるかな」
暫く3人で会話をしながら対戦が終わるのを待ち、ブザーの音で終わったのが伝わった。
「んじゃ、行ってくるよ」
待合室のような場所に案内される。
そこには見知った顔が。
「あれ司もきてたんだ」
「渉か」
「神楽先輩は?」
待合室には姿がない。
彼女のクラスは何を出していたっけな。
夏菜のように衣装を身にまとっているかどうか。
「観戦スペースにいるよ。市ノ瀬ちゃんも?」
「うん。派手な格好してるから不参加だって」
今回の試合に出る6人が揃う。
フィールドはそこまで広くないから、この人数が限界。多すぎれはすぐに接敵してしまうし、少なければ戦闘が起きづらい。
改めて説明を受けて持ち場に移動する。
「じゃ、司またね」
「おう」
笑って頷くのを見て、僕は立ち去ろうとするが呼び止められる。
「渉」
「なに?」
「雅にいいところを見せる約束してるから、お前には負けないからな」
「男の意地ってやつ?」
「わかってるじゃん」
「僕も一緒だからね」
拳をお互いにぶつけて別れた。




