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サプリメント

 教室へ戻る廊下。

 激しめ運動後の重い身体を引きずるように歩く。

 各クラスごと教室に入り切らなくなった看板や飾りなどが廊下の隅に置かれていて、学校中が祭りの会場へ変化していく道半ば。

 本番ではどのような姿になるのだろうかと想像を膨らませていると、後ろからパタパタと小走りで走ってくる音が聞こえる。

 少し横にずれるだけで振り返ることはしなかった。

 声を聞かずとも、聞き慣れた足音のリズムで誰だか理解していた。



「夏菜」



 歩いたまま、歩調を合わせる。

 僕のダルそうな動きからか配慮してくれて、腕に抱きつくような真似はしない。

 彼女なりの気遣い。



「先輩、見てましたよ。格好良かったです」



 飾りのない真っ直ぐな褒め言葉。

 含みもなく本心から言ってくれている。

 それがたまらなく嬉しいし照れくさい。



「夏菜たちのほうが終わるの早かったんだね」

「バレーなので終わる時間は決まってないですからね」



 快勝か惨敗か。

 考えなくてもわかる。



「もちろん」

「先輩と同様に優勝しましたよ」

「流石だね。というか……」



 バスケ同様、バレーも高さの競技だと聞く。



「言いたいことはそれだけですか?」

「まだ何も言ってない」

「先輩の考えていることぐらいわかります。言っておきますけど、平均よりやや低いぐらいですからね」

「小さいほうが愛嬌があって可愛いよ」



 個人の意見。

 逆に身長が高ければモデルみたいでカッコいいよ。とか言いそう。

 神楽先輩に対してそう思ってるから。

 思っているだけで言わない、言ってしまえば夏菜にも司にも怒らせるのがわかっている。どうだろうか、下心のない発言だから夏菜は呆れはするが怒ることはしないんじゃないか。



「この身長で得をすることがあるとは思いませんでした」

「得なのかそれ?」

「先輩に可愛いって言ってもらえるだけで今日のマイナス分は帳消しです」

「嫌なことでもあった?」



 弱音ではないだろうが、そんなことを言われれば当然気になる。



「麗奈に誂われたこと」



 それはご愁傷さま。

 あの後、本当に絡みに行ったんだな。夏菜に面と向かって誂うのは僕以外では麗奈ちゃんぐらいなもの。

 指を三本立てて、そのうちの薬指は折りたたまれる。

 あと二つ嫌なことがあったということ。



「放課後になればまた先輩に会えなくなること」

「視聴覚室か教室にはいると思うけど。来てくれれば相手出来るよ」



 映像研やアニメ研究部などが、文化祭当日に使うだけで、空いている教室は視聴覚室か生徒会室しかない。人数を考えると必然とそうなる。

 僕だって夏菜とのんびりと過ごしたい気持ちはある。

 こちらから向かえないのは仕事量の多さ。



「私もクラスでやることがあるので……」



 苦々しい顔をしている。

 本人はやりたくないが、やるしかないので諦めているようだ。



「夏菜のところ」



 申請書は受理されている。

 受け取ったのは僕だったし。



「病院モチーフのコンカフェだっけ」

「はい」

「白衣はちょっと着てみたいな」



 医者、研究者、あとは美大生が着ているイメージ。

 特に憧れはないのだが、白衣だけはなぜだか着てみたいと思える。制服ってだけでバフが掛かるのかもしれない。

 夏菜のナース姿は視察のついでに拝みに行こう。

 保健所など外部にも申請しているので、実際に提出された書類と同じなのかという確認作業もある。



「……」

「着ないよ」



 恥ずかしいし。

 断ることで睨まれるが、それはなんとなく予想出来ていた。本当に着せたいと思うのであれば保留にした権利を使えばいい。



「それで? 残る1つはなに」

「これが1番のマイナス点なんですけど」



 視線が頭に。

 タオルをまだ巻いたままだった。

 外して手首に巻きつけるようにして持つ。


 窓ガラスに反射して映る自分の姿。

 髪に癖がついて妙な髪型になっている。

 下から手が伸びてくると僕の髪に触れ、手櫛で直してくれる。



「ありがとう」

「いえ。そのタオル借りてもいいですか?」

「僕も借りてる状態なんだけど」

「洗って返すつもりですよね?」

「そうだけど」

「私が洗って返しおきますので」

「それはちょっと」



 僕が借りている物なのに夏菜に洗濯させるのも、借りた物を他の人に渡してしまうというのも相手に悪い。

 見上げるようにこちらを見ている彼女は思考を読む。



「真面目ですね」

「人に対してはそうありたいよね」

「素敵な考えだと思います」



 認めるような発言。

 それでも彼女は譲らない。



「でも今回は折れてもらいます」

「……同じ物買ってこようか? どこで売ってるか聞いてみるよ」

「アホですか。それともワザと言ってます?」

「半分は」



 意図が読めない。

 確率は低そうだなと思いながら、なんとなく聞いてみただけ。

 そんな半眼で睨まなくてもいいんじゃないかな。

 整った顔立ちのせいで怖く見える。



「正直に言いますと牽制です。例え相手にその気がなくとも、周りに私の存在をアピールしておかないと思いまして」

「この学校じゃ夏菜のこと知らない人の方が少なさそうなんだけど」



 入学初日からその見た目で注目を集め、あの一件以来理想の彼女として持て囃されている。

 一緒にいる僕からしてもその通りだと思う。

 学校の生徒じゃ知らないような彼女の料理の美味さや細やかな気遣い、首に口づけを交わした時の赤らめた顔と身体の熱。時たま甘えてくる態度に恥ずかしさを誤魔化すような悪態もスパイスに。

 何でも出来てしまう天才なのに努力を怠らない。

 未来の選択肢も数限りなくあるというのに、本人が望むのは小さな幸せ。



「それでもですよ。私だって完全無欠というわけではありません、私のいないところで先輩が何をやっているのかわからない訳ですし、恋人がいる男子というモノはそれだけで魅力的に映るとも聞いたことがあります」

「恋人がいるのに手を出すのは理解しかねる」

「私も理解出来ませんが、でもそれは先輩がよくご存知なのでは?」



 確かに。

 平気で裏切るような人間もいるし、唆すやつもいる。

 その結果が僕だ。



「私は自分のためであれば先輩のトラウマさえも利用します。切っ掛けは私のミスだとしても知ってしまったからには使わない手はないですよね」

「本人の前でえぐいこと言うね」

「先輩が私に正直であるように、私も正直でありたいと」



 言葉を区切ると無表情から少しだけ嫌らしいモノに。



「私と出会ったのが先輩の運の尽きで、私の幸運ですね」

「僕も夏菜に出会えたことは幸運だと思っているよ。それも人生最大の、今の僕があるのは間違いなく夏菜のおかげだから」



 夏菜が僕から距離をとる。



「ようやく私が攻めるターンだと思っていたのですが、その恥ずかしげもなく言うところ本当に嫌いです。これだから天然は」

「夏菜が言い始めたのに」

「いいんですよ私は。タオルを渡してくれないであれば命令権使いますからね」



 髪が伸びてもいつも耳に掛けていたのだけれど、今日は下ろしている。

 僕を追いかける段階で話す事は予め決めていたように思う。それでも羞恥心は隠しきれず、仕草や目の動きが物語る。



「こんなことに使うのか」

「大事なことですよ。それに先輩の教室に行く口実にもなりますし」

「本当に預かるつもりなんだね」



 勝者の権利を使うというのであれば致し方なし、僕は勝負に拘る。

 夏菜なら自分で言った通り洗濯して返すだろう。僕から岡本さんに説明すれば最低限の誠実さは保てる。



「じゃ、お願いね」

「はい任されました」



 タオルの件はこれで終わり。少しだけ不機嫌だった彼女もいつもの冷静な態度には見える。ただ少し憂いを帯びているようにも感じる。僅かな違和感。



「夏菜さ」

「なんでしょう」

「今週の土曜日、泊まっていく?」

「はい」



 どうやら勘違いではなかったよう。

 冷静であり、穏やか。

 空気感が違う。



「先輩も――」



 何か言いかけて辞める。

 気になるからやめてほしい。



「何? 何でも聞くよ。話はね」

「ふふっ、少し日和りましたね」

「隙をみせたら付け込まれるから」

「普段隙だらけですけどね」



 それは間違いなく気を許しているからだ。



「で、何を言おうとしたのさ」

「いえ、単純に先輩も少しは寂しいと思ってくれているのかなって」

「まだ夏休み引きずってるかもね」

「良かったです。私だけなのかと思いましたから」

「間違えて僕の家に着いてきたりもしたよね」

「……忘れてください」



 軽く小突かれながらも廊下を進み、階段にたどり着く。

 ここで彼女ともお別れ。



「久しぶりに先輩と顔を見て話せてよかったです」

「うん」

「では、また土曜日に」

「またね」



 階段を登る彼女の後ろ姿を見届けたら、僕もその場を後にする。

 久しぶりに会えた嬉しさからか先程まで感じていたクラスに気をつかって疲労したメンタルは回復していた。

 僕も現金な人間だな。 



 ※



「私の先輩がお世話になりました。お返しします」



 後日、洗濯を終えたタオルが僕の前で夏菜から岡本さんに渡されている。

 夏菜が教室に訪れたことで一時騒然としたのだが、今は遠巻きにチラ見してくる程度。後で何を言われるのか。

 周知の事実だとして、皆がみんな応援しているわけでもなく、たとえクラスメイトだとしても嫌悪感を抱いてる人間はいる。遠回しに皮肉を言われるだけで済んでいるが。



「あ、うん。世話ってほどじゃないけど」



 山本さんは押され気味。

 困惑しているのが見て取れる。



「いえ私が気をつけるべきだったので」



 9月も後半戦に差し掛かろうとしている時期。

 夏菜の脚にはストッキングが装備され、冬へと近づくにつれて厚さが増していく。

 景色で季節を知ることは多いにあるけれど、こんなことでも秋を感じるとは思わなかった。



「すぐ教室戻る?」



 用事を終えて僕の隣に。



「暫くここに居てもいいですか?」

「いいけど、ちょっと疲れた顔してるね」



 頬に触れて、見やすいように顔を持ち上げる。

 傍にいる女子たちから小さな悲鳴が聞こえて、ゆっくりと手を離す。

 手癖が出てしまった。

 狼狽えると余計に恥ずかしくなるので毅然とした態度をとる。



「戻っても麗奈に着せ替え人形にされるだけなので」

「あぁ、なるほど」



 楽しんでいるようだ。

 ちなみに今日、このクラスの男子たちも着せ替え人形として遊ばれている。

 借りてきた暗幕を使ってちょっとした着替えスペースを作り、今は司が着替えている最中。

 クラスに被服部に所属している子がいて、何人かの男子はサイズの調整などをしているようだが、僕は事務作業が残されており、それを言い訳に着替えないでいた。


 ボードを片手に地面に座っている僕の隣、夏菜が立っている。

 見上げると下着が見えそうなので座るように促す。

 首を傾げながらも素直に従ってくれた。



「先輩は着替えないんですか?」

「柊くんの用意してるんだけどねぇ~、彼女のお願いなんだから着替えてきたら?」



 余計なことを。



「まだこれ残ってるし」



 ボードに挟んだ用紙を振って見せる。

 備品のチェックリスト。

 足りないものがあれば、また買い出しをお願いしなければならない。

 任せているからとチェックを怠れば困るのは僕だ。



「私が代わりやりますので、先輩は着替えてきてください」

「夏菜は別のクラスじゃん……」

「こんなのすぐ終わるじゃないですか」



 実際そう。

 ずるずるとサボり気味にやっている。



「じゃ、そういう事で柊くんご案内」



 背を押されて簡易更衣室に押し込まれると、衣装の入った袋を手渡される。

 ワイシャツに細めのネクタイにベスト。

 調べたら私服のホストも多いそうが、女子の意見が大いに反映されてスーツとなっている。

 さっさと着替えて出る。

 学校の制服は余裕のある作りで着用していても楽だったけれど、身体に合わせたスーツとなれば少し動きに不自由がでる。



「……先輩」

「笑ってもいいよ」



 鏡は見てないが、着せられているという印象がある。



「柊くん。くっそ似合っててウケる」



 似合っていると言うわりにウケるって表現はどうなの。



「えっと、先輩にタオル貸した人」

「なに? うちも先輩なんだけど」



 ちょっと懐かしいやりとりにくすりと笑うが、睨まれてしまいそっぽを向く。



「ワックスと、あと小物とか準備してないんですか?」

「あるある。任せて良い?」

「もちろんです。先輩のことであればお任せください」



 すごい乗り気になっている。

 あと代わった作業は……、もう終えていてる。

 このクラス優秀すぎて仕事が大分落ち着いてきた。



「先輩動かないでください」



 ワックス手のひらで伸ばす。



「あと、座ってください。届きません」

「はいはい」

「少し麗奈の気持ちがわかりますね」

「わからないでほしかったな」



 正面で僕の髪を弄る。

 位置的に胸がちょいちょい当たる。

 羨ましそうに見られているが、これはこれで恥ずかしいので早く終わってほしい。



「こんなところでしょうか」



 視界が広い。

 彼女が移動したということもあるが、スポーツをやめてから伸ばしっぱなしになっていた前髪が分けられている。



「へぇ、柊くん結構イケメンじゃん」

「あ」



 ちょっと後悔している夏菜の顔。



「普段から髪型決めればいいのに」



 他の女子も頷いている。

 男子は逆に嫌そうな顔をしているのがなんだか面白い。



「めんどくさいからね。僕ギリギリまで寝たいタイプだし」

「気をつけないと彼女に嫌われちゃうよ?」



 言われて夏菜を眺める。



「そんなことで嫌わないですよ。というより独占したかったので隠してましたし」

「柊くんの彼女さん見た目クールそうなのに可愛いこと言うね」

「いえ」



 夏菜から小物、時計や指輪などを受け取りつけていく。

 彼女が選んできた指輪の中からブラックチタンのリングを人差し指だけに嵌める。腕時計はクロノグラフ。ちょっと成金趣味っぽいが、選ばれた中から好きなのを選んだらこうなった。



「鏡ない?」

「あ、はい。どうぞ」



 普段から持ち歩いているのは流石女子というべきか。

 夏菜のポケットから出てきた小さな鏡を借りる。



「まぁ、僕だな」

「別人になったらびっくりですよ」



 髪型が変わることで印象も変わる。



「柊くん、マジマジと見ると女顔だよね」

「そうかな」



 二重の意味で傷つく。



「先輩大丈夫ですか?」

「うん」



 これに関しては自覚もしているし、岡本さんも悪意があって言っていることではない。



「ありがとな」

「いえ」



 僕に優しくしてくれる存在だっている。

 凹む理由にはならない。



「何二人でいい雰囲気だしてんの」



 さっきまではいなかった司の姿。

 無事衣装の調整を終えたようだ。



「ほんとそれ、羨ましい」



 岡本さんまでも同意してくる。

 二人に誂われても動じない夏菜。それどころか少し嬉しそうに見える。

 彼女が恥ずかしがる場合とそうじゃない時の違いは未だにわかっていなかった。



「三人いるしちょうどいいや」



 実行委員として夏菜と司に伝えることがあったのだ。

 ホスト側のまとめ役になっている岡本さんにも関係ある話。

 サクラ役のこと。

 公に言えないので近寄ってもらって小声で伝えた。



「先輩そんなことにも係わっていたんですね」

「まぁーね」



 もっと自由な時間があればみんなと遊ぶ時間もあったんだけど。



「柊くんと山辺くんのシフト調整しとくね」

「司は一応学校側から予算出るから、文化祭が終わったら僕か生徒会長に請求しにきて」

「おう、元々雅と時間合わせて巡るつもりだったからラッキーだな」



 了承を得たが、夏菜はそろそろ戻らないといけない時間になり僕の髪をボサボサに弄ってから背を向ける。

 教室を出て廊下までは見送る。



「あんまり構えなくてごめんな」

「先輩に会えるだけで元気になれるので」

「そっか」

「はい」



 これが終わるとしばらくまた会えなくなる。

 僕の抜けたバイトのシフトに彼女が入っていて、僕も完全下校時間まで学校にいる。

 次に会えるのは、



「次は本番前の部活ですね」

「うん」



 文化祭前の最後の休日。

 各々個別練習を続けていたが、ようやく合わせることが出来る。

 学校中を歩いているからどこかで会えるかもしれないが、確実に会えるのはその時だろう。



「夜、連絡しますね」

「うん」



 名残惜しそうに言葉を選ぶ。

 ネタも尽きて、それじゃと言って自分の教室に戻っていった。

 夏菜だけじゃない、僕も彼女に会えるだけで元気を分け与えられたように感じる。

 長いようで短かった夏休みが終わり、いつもの日常が訪れると彼女の大切さをより鮮明に。

あまり後書きを書くタイプでもなく、活動報告はノータッチ。

ですが、報告することが一つ出来ましたのでこの場を借りて。


寺島惇太と三澤紗千香の小説家になろうnavi-2nd book-さんから直接声を掛けていただき、朗読していただきました。

ホームページのyoutuebから過去配信は聞けるそうです。



自分で書いているものが声優さんに朗読されるという貴重な機会を得られて大変嬉しく思います。

評価やブックマーク、いいねなどたくさんの方のおかげです。

ありがとうございます。


誤字報告なども助かっております。

では、また。

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