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距離は遠く、慣れない扱い

 日が流れる度に夏菜との時間は減っていく。

 クラスの準備に実行委員の仕事、たまの休みにはバイト。

 休みになっていない。


 部活の練習で会えるかなって淡い期待もあったけれど、全員の都合が中々合わない。

 1番都合が悪いのは僕なんだけど、彼女は彼女でカフェのオーナーの娘ということもあり、接客をクラスに教えている。それに加えて内装や必要な物の手配など実行委員でもないのに任されているらしい。

 直接会って話すことはないが、夜の空いた時間に通話で近況を報告し合っている。

 それよりも重症なのは隣にいる司だった。



「神楽先輩は修学旅行中だもんな」

「そうなんだよ」

「話し相手ぐらいにはなるけどさぁ」



 司と二人、校庭の端で話している。

 休み時間ぐらいは親しい間柄の人間と過ごしたい。

 最近はずっと女子グループの中で居心地が悪いし、放課後はクラスのことも考えながら実行委員の仕事もある。肉体的よりもメンタルが削れている。


 本日球技大会。

 誰が決めたのか僕はサッカーにエントリーされている。

 バスケが良かったのだが、試合にならないと言われてしまっては仕方がない。

 今は1年の男子の試合が行われていて休憩中。


 次の試合が始まるまで間、各クラスの出し物を纏めたものを飲食系だけをピックアップしてリスト化したものを印刷して持ってきたものを改めて精査している。

 自分のクラスとの提携をしてくれて、尚且つホストクラブで出しても雰囲気を壊さないようなもの。



「忙しそうだな」

「まぁーね。自分の学校の文化祭、少し舐めてたよ」

「去年何もやらなかったから余計だな」



 司は仰向けになって空を仰ぐ。

 僕も寝転びたい。

 昼間はまだ暑いものの、夏の残り火。

 空は天高く透き通るような色をしていて、眠るのは気持ちよさそうだ。



「市ノ瀬ちゃんは?」

「バレーだから体育館」

「見に行かないの?」

「見たい気持ちもあるけれど、こっち優先。馬鹿みたいに仕事押し付けられるから、少しでも減らさないと」



 うちのクラスを含めて何人かの男子生徒は夏菜を見るために体育館に行っているのは知っている。僕という虫よけ的な存在が居ても尚、彼女は注目を浴びる。

 動けば揺れるから。



「あいつも大変だな」

「そーいや、市ノ瀬ちゃん昨日告られたぞサッカー部のやつに」

「知ってる」

「あ、知ってんのか」



 本人からの連絡で聞いていた。

 毎度律儀に僕に伝えてくる。



「可愛い後輩じゃん、お前が心配しないように報告してくれるんだろ」

「あぁ、なるほど」



 毎回の事だから面倒じゃないのかなってなんて考えていたけれど、僕もまだまだ未熟。そういう考えに至らない。

 成長はした。でも、まだ雛。



「神楽先輩とかどうなの?」

「こっちが聞かない限り教えてくれない」

「なんで?」

「恥ずかしいってさ」

「それはそれで可愛いって思ってるだろ司」

「まぁーな」



 司からため息が漏れた。

 なんか恋する乙女みたいだと、司の横顔みて考える。



「会いてぇ」

「電話したら? 少しは気が紛れるんじゃない」

「スマホ教室」

「……すまん」

「いいって」



 そう思うと僕のほうがまだ恵まれている環境。

 会おうと思えば会えるのだから。

 でもなんだか、司に悪い気がしてしまう。



「俺に気を使うことないぞ」

「あ、え?」

「顔に出てる」



 リストを更に細分化した物を教室に戻すついでにという言い訳を残して体育館に脚を運んだ。


 自分が思っている以上に夏菜は男子からの人気は高い。

 直接話しかける生徒はおらず遠くで見守っている。

 その人だかりでどこにいるのかすぐにわかるのは利点だろうか。


 コートを囲う男子の群れ。その合間から見える彼女の姿。

 当たり前だが黒いTシャツにハーフパンツというラフな格好。中学時代を思い出す。

 見た目は大人っぽくなっているけれど仕草は当時のまま。

 体育館の壁を背もたれに緩く座り、どこを見ているのかわからないぼんやりとした表情。垂れ目のせいか眠そうにも見える。

 無表情の中にある喜怒哀楽。

 そんなものは今日はなく、あるのは本当に無だけ。



「あれ渉先輩じゃん?」



 次の試合まで時間はあまりなく、体育館の端でどうしようかと考えていると亜麻色の髪の女子に話しかけられた。



「麗奈ちゃん。久しぶりだね」

「部活に出られなくて、ごめんなさーい」



 見た目に反して律儀な性格。



「大丈夫だよ。元々そういう約束だし」



 家の都合もあるのだから仕方ない。



「それより夏菜に用ですよねぇ」

「まぁ応援でもしに来たんだけど、あの人集りを押しのけるの考えると時間が足りなさそう」

「あはは、確かに」



 ケラケラと笑う麗奈ちゃんとは反して、遠くの夏菜は口元に手を当てて大きく欠伸をしている。



「渉先輩がいないと思って油断してる」

「クラスでもあんな感じなの?」

「あれよりはマシだと思いますよ? 特に男子に素っ気ないのは相変わらずですが、話しかければそれなりには対応してるんじゃないかなぁーと」

「浮かない?」



 そう聞いてみたものの、麗奈ちゃん以外と仲良くしている姿が想像出来ない。



「浮いてますよ。本人はまったく気にしてませんけど」

「だろうなぁ」

「あの見た目で更に言えばなんでも出来ますからねぇ~。浮いているというより、近寄りがたいみたいな」

「なるほど」



 そう言われるとしっくり来る。



「それじゃ僕は戻るよ」

「了解っす。夏菜に伝えときますねー」

「別に言わなくてもいいじゃないかな」

「いえ、夏菜の悔しがる姿や恥ずかしがる姿見れそうなので」



 相変わらず良い性格をしている。

 会話は出来なかったけれど、見れただけで良しとしよう。

 何事もポジティブに。

 最近の僕のモットー。



「じゃ、またね」

「はい。おつかれさまー」



 ※



「どうだった?」

「人が多すぎて無理だった」

「そうか、すまん」

「いいよ」



 立場が逆になった。

 僕や春人さん、麗奈ちゃんが居ない時の夏菜の姿も見れたし黒字。


 高校の球技大会。

 前半後半に加えてアディショナルタイムなんてものがあるわけでもなく1試合45分のみ。



「行こうか司」

「う~い」



 だるそうな返事。



「鬱憤をボールで晴らしてみたら?」

「そうだなぁ、そうすっか」



 少しはやる気になったみたい。

 お遊びな戦いと言えど、僕は負けたくはないのだ。

 とは言え夏菜との勝負は全戦全敗している。

 一勝しているのだけれど、勝った気がまったくしない。

 棚ぼたのような勝利。

 自分で掴み取ってこその勝利だと考える。



「とりあえず、目の前の勝利を取りに行きますかね」



 サッカー部は強制的に別の種目に割り振られている。

 僕がバスケにエントリー出来ない理由と同じ。

 ポジションは有ってないような物。全員が攻めて全員で守るお粗末なサッカー。

 ちょっと試しにロングパスをやってみる。

 敵を守備を通り抜けて、司が受け取る。


 高い笛の音。

 オフサイド。

 一応のルールは厳守されるらしい。

 こちらにサッカー部がいないように相手も同じ条件。

 ならば後は運動神経が物を言う。


 ボールを奪い取ると右サイドから上がってくる司とともに、囲まれないよう注意しながら交互にパスを続けて、僕はセンターを割る。

 正面に4人もいる。

 ボールに釣られすぎだと思う。

 僕にパスをしたことでフリーになった司にボールを回し、そのままゴールに向けてシュート。

 似たような動きというより、そのままの作戦で今度は僕がゴールを決める。

 簡単に2-0。



「柊くーんっ!」

「あ?」



 歓声。

 驚いて変な声が出た。

 最近良く一緒にいる女子グループ。

 未だに名前を覚えてない。

 初めて向けられる好意的な視線と歓声。

 どう応えるべきか迷った末に手だけを振ることにした。

 まぁ一時のものだろうし、気にする必要もないだろうと結論付けた。


 勝てば試合は増える、体力の消費を抑えながらも試合が終われば9-5。

 僕らのクラスの勝利。

 試合の前に待機していた場所に戻る。

 もちろん水分補給を忘れずに。



「柊くんたち使う?」



 人の影が目の前に落ちる。

 顔を上げると、僕らを応援してくれていた彼女たちだった。手渡されたのは淡いピンク色のタオル。司も似たようなハンドタオルを受け取っている。



「さんきゅ岡本に橘」

「ありがとう」



 岡本さん、憶えておこう。

 クラスの準備で1番絡みのある女子生徒。

 タオルを受け取り、顔と首だけを拭う。



「良かったの使ちゃって?」



 今更遅いかもしれないが。



「私たち負けちゃったからね、あとは木陰で柊くんたち応援してるよ」

「それじゃ、ありがたく使うね。洗って返すよ」

「あいっす。それじゃね~」



 岡本さんたちは浅間通り奥の木陰に入り、先程のグループで会話を楽しみ始めた。

 僕らも構わず次の試合に備える。


 順調に決勝まで進み続ける。

 敗退するクラスが増えたことで試合と試合の休憩が短くなっていく。幸い1年もいることで45分休憩は取ることは出来る。


 決勝となれば負けたクラスも暇になり自ずと外野や騒がしくなる。

 借りたタオルをバンダナのように頭に巻く。

 司が借りたハンドタオルならばポケットに収納すること出来るが、普通のタオルだとそうも行かない。

 ここまで来たら優勝しようと、クラスのモチベーションも悪くない。

 僕もテンションが上がっている。

 身体を動かすのは楽しい、勝負事ならなおさら。


 意気込みとは関係はなく試合は拮抗。

 僕らのメインの動きが試合の流れでバレているから対応されてしまっている。

 同点のまま残り15分。

 足元にボールはあるものの、攻めあぐねる。

 司へのパスコースも塞がれている。

 囲まれる前に後ろにボールを下げて、パスを回させる。

 後方に下がったことでグラウンドの全体を見渡すことが出来た。


 サイドが手薄だと気付いて、司に中央を進んでもらうよう指示した。

 そしてもう一人。



「悪いんだけど囮として、左サイドあがってくれる?」



 同じクラスなのに話したことがない男子生徒。



「いいけど。柊が言うんなら勝てる見込みがあるんだろうし」

「ありがとう。目立つように動いてくれたらいいから」



 嫌そうな顔でもされるかと思ったけれど、素直に話が進む。

 なんか妙な信頼もあってむず痒い。

 単純な話。

 二人で攻めるより三人で攻めたほうが楽。

 僕らにマークする人数が減る。

 その隙間を縫い、一気に上がる。

 圧倒的に僕らのほうがエリア的に有利な陣形を組めている。

 囮として上がってもらった男子にも逃げ道として有効な位置に居てくれている。

 この人結構周りが見えている。囮に使ったのは髪が明るくて目立つからという理由だったのだけれど。

 作戦は見事に刺さり、司が得点。1点のリードを得た。



「んでこれからどうするよ?」



 僕のところに戻ってくる司。

 まだ8分も残り時間がある。



「ボール奪えたらパス回しして時間稼ぎしたらいいんじゃないかな。点取りに行くのも限界でしょ?」

「まぁーな」



 少しだけ余力があるけれど、昔に比べるとやっぱり体力は落ちている。

 運動部でもない司は明らかにパフォーマンスが落ちているのが見て取れた。



「でも渉にしては珍しいな」

「ん?」

「いや、意地でも点取りに行くだろ」

「まぁ、僕も大人になったということで」



 邪道でもなんでも勝ちは勝ち。

 ちょっとだけ夏菜の言葉が頭を過る。

 影響を受けているのは間違いない。


 汚いと言われようがパスを回し続けて時間が過ぎ、終了の笛の音が響き渡る。

 勝利に喜び、称え合うクラスメイトたち。

 遠くの岡本さんたちのグループもはしゃいでいるのが見えた。

 学校の授業とはいえ嬉しいもの。僕も肩を叩かれたりもしているが、軽く挨拶を交わして一人教室に戻ることにした。

 クラスの中心で好意的な態度を向けられるのは慣れない。

 嬉しくはあるが、疲労もする。



「これも課題ということで」



 一人呟きクラスメイトたちから離れた。

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