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放課後のこと

 会議は終わり、後は明日からということで解散となる。

 僕と三枝さんだけが残り打ち合わせを行った。



「大体ホストクラブ側はこんな感じかな」

「こっちはそもそもやること自体は決まっているようなものだから、あとは申請するぐらいだね」



 申請書を手に三枝さんが悩む。



「なんて書けばいいんだろう」

「プラネタリウム&ホストクラブでいいじゃない」

「まぁそうなるよね」



 名前で否定的になるかもしれないが、学生のごっこ遊びだしメイド喫茶と大差ないように感じる。公序良俗違反をするわけでもない。



「じゃ私が書いて出しておくから柊くんは帰ってもいいよ」

「わかった。それじゃお疲れ様」

「うん、また明日ね」



 鞄を手に教室を出る。

 スマホを取り出してメッセージが来ていないか確認するものの、新着はない。



『こっちは終わったけど』

『すみません、私が誘ったのに遅くなりそうです』



 秒で返信があった。

 僕に送るかどうか迷っていたというところだろうか。



『待ってようか?』



 今度は返信に時間がかかる。

 なんとなく彼女の考えていることが予想出来る。



『中庭で待ってるから』



 と、再度送りなおすことにした。

 昼食は遅れることになるが構わないだろう。そんなにお腹が空いているわけでもないし、今日は学食も開いてないことで、どのクラスも1時には終わることになっていた筈。

 最悪あと2時間と少し待つことになる。


 中庭に着いて暫くするとちょうどいい暇つぶし相手が現れた。

 白い毛並みにスラリとしたスタイル。オマケに長い尻尾。

 この学校にちょくちょく出てくる猫。

 首輪がついていることから飼い猫だと思われるが、飼い主は誰だかわかっていない。

 謎多き猫。



「シロ」



 呼んでみるとこっちにやってきて、顔を脚に擦り付けてくる。

 頭を撫でてやると僕の膝に飛び乗った。

 シロと呼んでいるが名前も定まっておらず、タマだったりネコだったりミケとも呼ばれている。なんでミケなんだろうかと考えたが、多分意味はなさそう。

 去年は一緒に昼食を食べたり、この中庭でお昼寝をする仲だった。

 夏菜が入学したことで一人でいる時間が減り、この子と会うことがあまりなかった。

 そういえば去年も夏の間は姿を見せなかったな。



「お前も暑いの苦手か」



 答えはなく僕の手を甘噛してくる。

 もっと撫でろという合図。

 頭や喉を撫でると気持ちよさそうに『にゃ~』と一声鳴く。



「甘え上手なやつめ……」



 まだ残暑が続く時期だというのに中庭は日差しが入りづらい構造になっており、吹き抜ける風は冷たくて気持ちがいい。匂いも秋を感じさせる。

 シロも避難してきたようだった。



「お昼寝一緒にするか?」

「にゃー」

「そうか」



 夏菜が起こしてくれるだろうし。

 くすりと一人で笑うと、膝に温もりを感じながら眠る。なんだか夏菜を膝に乗せているようだ。

 たまにはこんな時間があっても良い。



 ※



 お腹がすいて自然と目が覚めた。

 膝にはまだシロが丸くなって眠っている。

 起こされなかったことからそんなに時間が経っていないのか、まだ会議は続いているのか。

 伸びをしてから目を擦る。

 シロはちらりとこちらを一瞬見るだけで眠りに戻った。



「あ、起きちゃいましたか」



 少し離れた位置で立ったまま、スマホを手に話しかけてくる夏菜の姿。

 なんで立ってるんだろう。



「居たのか」

「ちょうど先程着いたのですが、先輩たちが気持ちよさそうに眠っていたので」



 と、スマホの画面をこちらに。

 ばっちりと口を半開きになって眠っている僕とシロの姿。



「先輩って動物に好かれるほうですか?」

「普通じゃないかな、こいつ元々人懐っこいし」



 僕が一人中庭に昼食を摂っている時にシロと初めて遭遇したときも、警戒心をみせずに僕の隣で急に寝始めたからびっくりした記憶がある。



「私が触ろうとすると」

「ふーっ!」



 気持ちよさそうな表情から一転、警戒心をあらわにする。



「それで離れて立ってたのか」

「はい」

「夏菜こそ動物に嫌われたりするの?」

「どうでしょうか、今までこんなことなかったのですが」



 雌猫同士反りが合わないのかもしれない。



「先輩、失礼なこと考えてますよね」

「そんなことないけど」

「本当ですか?」



 遠くからじっと見つめてくるから、見つめ返した。

 ただこれも夏菜の想定内だったようで余裕そう。

 彼女は視線を合わせたまま、角度をズラして憂いた表情に切り替える。髪を耳に掛ける仕草をすると、垂れた目はゆっくり細く潤みを、小さな唇までも角をあげる。

 優しさと儚さを兼ね備えた笑顔。



「ずるくないそれ?」

「先輩が目を逸したので私の勝ちですね」



 そんな勝負はしてない。



「私も接客業やっているので」

「それ作り笑顔なんだ」

「先輩に見せるのは本物ですよ」



 すっと元の表情に戻る。

 本当に本物だったのだろうか。

 彼女も日々進化しているのはわかるが。



「にゃーさん降りませんね」

「にゃーさん?」



 新しい呼び名が増えていたようだ。

 今年の1年はそう呼んでいるのか。



「麗奈がそう呼んでいたので、てっきり名前かと」

「誰もこいつの本名知らないんだな」



 シロの腰を軽く叩く。

 僕の膝の上で伸びをして欠伸を見せた後、地面に飛び降りる。

 いつもの合図。



「先輩の膝、気持ちいいですからね」

「そう?」

「はい」



 小さくにゃーと鳴くとシロはどこかへと消えていった。

 飼い主のところに帰ったのだろう。



「僕らも帰るか」

「はい」



 校舎を出て坂道を下る。

 休み明けの学校。梅ヶ丘まで来るのは久しぶりで、明日から一応は通常授業。どこか昼食を食べようかという話しになる。

 学校の最寄りの駅、少し先に行けば大きな神社がある。そこへと通じる道は様々なお店が立ち並び、僕らのような学生も放課後は立ち寄ることが多い。

 学業の神様を祀っているようで初詣や受験シーズンになると多くの観光客が押し寄せる場所でもあった。



「なに食べたい?」

「何でもいいですよ。先輩が食べたい物で」



 そう言われると案外困る。



「選んでも気分じゃないとか言わないよね」

「言わないですよ」

「なんか女の子ってそういうイメージがあるんだけれど」

「麗奈なんかは言ってますね……」



 やっぱりそういうもんか。



「ラーメンでもいいかな」

「はい。先輩が好きなのは豚骨ですよね」

「うん、駄目?」



 女の子にはキツイだろうか。



「いえ私も好きなので大丈夫です」



 豚骨が好きだと言ってもあっさりしている店を選ぶ。

 ぎとぎとで脂っこいものは僕は苦手だからだ。

 昔からあるような薄汚れた外観のラーメン屋。夏菜とは初めて来るが司とは学校帰りにちょくちょく訪れていた。

 気のいいおじさんが経営していて、学生には少しオマケをしてくれたりなんかもする。

 唯一の従業員である店主の奥さんに案内されカウンター席に並んで座る。

 僕ら以外の学生の姿も見えるが男子ばかり。一番多いのはサラリーマン。



「にいちゃん久しぶりだなって、いいのかこんなべっぴんさん連れてこんなラーメン屋なんかに」

「良いも何もラーメン食べにきたんだから」

「そりゃそうか。にいちゃんはいつものでいいか?」

「うん」



 普通のラーメンにメンマとネギ、キクラゲを多めにトッピング。



「私も同じものでお願いします」

「あいよ」



 コップに水を注ぎ、夏菜にも渡す。



「先輩はよく来るんですか?」

「うん、司と一緒に帰る時はいっつも寄ってたね」



 安いし旨いし。

 量は替え玉をすれば問題ない。

 おじさんの気分が良い時は替え玉無料だったりする。



「隠してました?」

「いや単純に機会がなかっただけだよ」



 今年になってからというもの、市ノ瀬一家にまたお世話になることが多くなり、彼女が僕の家に泊まることも増えた。

 司は司で神楽先輩と一緒にいることが増えていたから外食自体減っている。

 そして話題は学園祭の話に移る。



「夏菜のクラスは会議が長かったけど、出すもの決まったの?」

「はい、一応は」



 歯切れが悪い。

 なにかあったのだろうか。



「一応なの?」

「カフェには決まったんです」



 文化祭でよくある飲食系。

 うちもある意味一緒。



「それで」

「コンカフェです」

「まぁそれもよくあるよね」



 メイド喫茶もコンカフェの一種だし。

 僕のクラスでも候補として出されていた。酒を出せないホストクラブ、ある意味僕らも同じじゃないかなと考える。



「何をコンセプトにするかでクラスの男子が揉めてました」

「女子は乗り気じゃないって感じか」

「そうですね。男子一丸になって押し切られたというような」



 夏菜のメイド姿を想像する。

 見た目は完全にやる気のないメイド。でもしっかりと仕事はこなす。



「メイドの候補の1つでしたけど、他のクラスがやりそうなので流れました」

「ちょっと残念」

「……先輩にはそのうち」

「うん」



 本心から出た言葉だったけれど、得した気持ち。

 夏菜のコスプレ衣装がまた一つ増えるのだろうか。



「それで今は病院をイメージしたものか中華で揉めてますね」

「つまりナースかチャイナドレスってこと?」

「はい」



 中華は点心を出してくるだろうけれど、病院イメージのカフェでは何を出してくるのだろうか。ちょっとだけ興味を唆る。



「女子は特になんか意見を出したりはしてないの?」

「どうせ決まったのだから可愛いもの着たいよねって言ってる人が多いぐらいですかね」

「それはそうかもね」

「なので明日同じ議題が続くそうです」

「夏菜は興味なさそうだね」



 先程から他人事のように語っている。



「クラスの出し物に関してはそうですね。ただ当日先輩と色々と見て回るのは楽しみです」

「あー、そうだ。僕、実行委員になっちゃったからもしかしたら一緒に行動出来ない時間があるかも」



 予想出来るのは当日の見回りとか。

 実行委員が何をするのかは、そのうちわかるだろう。



「そうなんですか」

「見回り程度だったら一緒に行動は出来るだろうけど」



 これは約束になるのかな。

 当たり前のように一緒にいようとしている。

 僕も彼女も。



「先輩のクラスはどうなんです?」

「僕のクラスはプラネタリウムとホストクラブ」

「その言い方だと両方やるってことですか」

「うん」



 珍しく呆けた顔を見せる夏菜。



「ありなんですか?」

「予算申請が通れば、なにやってもいいらしいよ」

「それにしたってホストクラブって大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫じゃないかな、実態ただの飲食店だし」



 ホストクラブっぽい何か。

 今更思い出したが、去年ガールズバーをやっていたクラスもあった。お酒を出せないのにバーとはいったい。



「先輩もキャスト?」

「まぁそうだね」

「わかりました」



 何がわかったのか。

 小さく頷き考える彼女。

 でも、その思考を中断させるおじさんの声。



「はいよラーメン2つ。トッピングはにいさんと同じ物な」

「どうも」

「ありがとうございます」

「餃子をオマケにつけてやろうかと思ったが、かーちゃんに止められたからチャーシュー2枚ずつオマケな」

「いつもありがとう」



 夏菜が髪を後ろに纏めながら、おじさんにもう一度お礼を言う。

 体育祭以来のポニーテール。

 あの時よりも尻尾がやや長い。

 首筋を隠すものが無くなり、しっかりと残った跡。

 暫くはラーメンを一緒に食べに行くのは控えよう。


 僕はすぐに食べ終わってしまい、まだまだお腹に空きがあるので替え玉を頼む。

 夏菜はレンゲと箸で上品に食べているが、まだ半分といったところ。

 同じぐらいに食べ終わりそう。


 おじさんにまた司と一緒に来てくれとお願いされながら店を出た。



「すみません、先輩奢ってもらって」

「夏菜に作ってもらってばっかりだしね。浮いたお金は還元しないと」

「私が好きやっていることなので還元はしなくても」

「で、どうだった?」

「美味しかったです」

「よかった」



 僕が美味しいと思っている物を彼女も美味しいと思ってくれた。

 なんとなくそんな些細なことが嬉しく感じる。



「どうしました? 嬉しそうに笑って」

「なんでもないよ」

「秘密主義は駄目ですよ」



 前も同じ事言われたな。



「単純に夏菜がおじさんのラーメンが美味しいって思ってくれたことが嬉しかっただけだよ」

「なんですかそれ」



 彼女もわからないながらも嬉しそうに笑っている。



 ※



 昼食を摂り、一緒に買い物を経て帰宅する。

 なんとなく自然な流れでリビングまでやってきたのだけれど。



「夏菜さ」

「はい?」

「家に帰らなくて大丈夫なの?」

「……」



 身体ごと視線を逸らされてしまう。



「まだ明るいけど駅まで送るよ」

「……はい」

「僕も夏菜と一緒にいることに違和感なかったから人の事言えないけど」

「私も先輩の家にいることが当たり前になってました」

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