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夏の終わりに

 新幹線の中。

 行きはあんなに時間が掛かったと思っていたのに、帰宅はなんだかあっけない。

 次の駅でこの新幹線とはお別れ。

 見慣れた風景も見えてきて、日常に帰ってきたことを実感する。



「楽しかった?」

「はい」



 夏菜に聞いたし、彼女からの返事も貰えた。

 けれど対面の春人さんの顔がなぜだか歪む。



「それ俺が言う台詞」



 まぁ、確かに。

 お金を払ったのも計画を立てたのも春人さんだ。



「すんません。では、どうぞ……」



 片手の手のひらを彼に向けて促す。



「夏菜、楽しかったかい?」

「うん。ありがと」



 晴れやかな春人さん。

 ガッツポーズまでしている、よほど嬉しいらしい。

 子供みたいに喜ぶ姿をみているとなぜだかこちらまで自然と笑ってしまう。



「じゃあ頭撫でさせて」

「それは嫌」



 撃沈。

 冬乃さんの胸に逃げ帰り、顔がまったく見えなくなった。

 よく見たら普段から甘えてないかこの人。

 予想はしていたのか春人さんはケロッとした顔で冬乃さんから離れて僕らに向き合う。



「春人さん」

「どうした渉? お義父さんってついに呼ばれるのか」

「言わないっすよ」



 複雑そうな顔をしているのは隣の彼女。

 ため息が聞こえた。

 どちらに対してだろう。



「たいしたことじゃないというか、単純に旅行に連れて行ってくれてありがとうございます」



 旅行中に結局あまり顔を合わせることがなく、お礼を言ってなかった。

 だからちゃんと言おうと思っていただけのだが、市ノ瀬一家にくすりと笑われてしまった。

 変なこと言ったつもりはない。



「お前を連れていくのは当たり前だと思ってたからさ、改めてお礼を言われるとむず痒いな」



 代表して春人さんが答えてくれる。

 出発前にも言われたこと、家族の一員として扱ってくれてる。

 微笑む冬乃さんに、身体を寄せてくる夏菜。

 嬉しいやら恥ずかしいやら、居心地が悪い。

 今まで向けられたことのない視線と想いで戸惑いもあり、どうするべきか判断がつかない。



「そのうち慣れますよ」



 そう夏菜に言われるが慣れる必要はない。

 彼女にとっては当然の、与えられて与える想い。

 僕にとっては特別で新鮮。受け取って考えるのは、僕も与える側に。



「先輩がまた変なこと考えてますね」

「顔に出てる?」



 夏菜のようにわかりやすい癖はないと思うんだけど。

 あと変なこととは失礼な。



「私のこと見ているようで見てない感じでボーっとしているので」

「そんなんでわかるのか」

「先輩のことずっと見てますから」



 さも当然であるかのように。



「言ってて恥ずかしくないの?」



 やり返し。

 彼女も度々こういう発言をする。



「全然ですね。私は意図的に言ってますので」

「君の両親めっちゃ見てるけど」

「大丈夫ですよ。この二人も普段から似たようなこと言ってますから」

「……」



 この一家強すぎだろ。



「にしても、夏菜は渉のこと未だに名前で呼ばないんだな」

「あ、それは――」

「言わないでくださいね。先輩」



 春人さんの問いかけに答えようとするものの、夏菜と遮られてしまった。

 以前、中学の頃に夏菜が僕の教室に訪れたことがあった。

 今でも教室に来ることはあまりないが、その時も主に男子生徒がざわついていたことを思い出す。

 廊下で「先輩を呼んでもらえますか?」と聞き慣れた声がすると、呼び止められたクラスメイトの女子が首を傾げていた。

 何度も同じ問いかけをする夏菜に困惑。

 その事を後で誂うと意固地になり、それからずっと先輩呼びが続いている。



「春人さんが言うように夏菜も抜けているところあるよな」

「うるさいですよ。あれは私の人生で1番恥ずかしい思いをしました。というか、父さんも先輩に変なこと吹き込まないで」



 今となってはいい思い出だなって感じている。

 頬杖をつき、その話を聞き出そうとする春人さんと絶対に答えない夏菜の攻防を眺めている間に、新幹線は目的地に着いた。



 ※



 夏休みも残り僅かとなったある日。

 珍しくスマホに着信が入った。

 メッセージアプリの音ではなく、スマホのデフォルトに設定されている音から相手は僕の父親だとわかる。



「どうしたの?」

「明日帰るから、それを伝えようと」

「うん、わかった。何時くらいに帰ってくるの、夕飯とかいる?」

「頼んでもいいか?」

「おっけ」



 久しぶりの父親との会話。

 必要最低限の会話だったけれど、これでもかなり進歩した。

 なんの前ぶりもなく帰ってきては自室に引きこもる。

 それが父の姿。

 十分にお金を与えられて、必要最低限のことを教えてくれた。


 と、そんなことより。

 リビングで洗濯物を畳んでくれている夏菜に伝えなければいけない。

 私服の上からエプロンを身につけ横座りになっている後ろ姿。少し伸びた髪をサイドでまとめてヘアピンで固定している。

 なんか人妻みたいな雰囲気がある。

 高校1年が醸し出しいているのがなんとも不思議。

 後ろから抱きしめたらどんな顔をするだろうか。

 流石にそんなことは出来るはずもなく、夏菜の頭頂部に手を置くだけにした。



「邪魔しにきました?」

「いや、なんかすまん。つい」

「いいですけど」



 僕も春人さんに毒されてるのかもな。



「それで要件はなんですか?」

「わかってて辛辣な態度だったわけね」

「先輩が意味もなく私に何かするとは思えませんので」



 それはどうだろうか。

 最近の僕は意味もなく夏菜にちょっかいを出している。

 彼女に導かれて人として成長している自覚はあったが、彼女の予想に反して成長が進んでいるということだろうか。

 変わった僕を彼女は受け入れるだろうか。

 なんて少し不安にも感じてきた。



「変なこと考えてないで、要件はなんでしょう?」

「あぁ、そうだった。明日父さんが帰ってくるから」



 手短に要件だけを伝える。



「帰ったほうがいいですかね」

「なんで?」



 むしろ夏菜の美味しい料理を振る舞うつもりでいた。



「家族の一時を邪魔するのは流石の私でも気が引けますよ」

「気にしないけど」



 僕も気にするように彼女も気にしていただけ。

 もう身内みたいな存在だから忘れていた。

 人のこと言えないな。



「私は気にしますよ」

「うちの父、何が好きなのかわらかないから普段どおりの夕飯で大丈夫だと思う」

「人の話聞いてます? というか私が料理するんですか」

「僕が作る?」

「良かった話は通じるみたいですね。先輩に料理を出すのは私の趣味でもあるので譲れませんが」

「それじゃお願いするね」

「外食するという手もありますし、出前もありかと」



 彼女には珍しく、否定的というか不安げ。



「そんなこと言うなんてどうした?」

「どうしたもありませんよ。急に言われて準備も出来ていませんし。お義父さんに嫌われないようにしないといけませんから」

「嫌いになるようなこと夏菜はしないんじゃないかな」

「それはわからないじゃないですか。万全を期すよう必要があります」



 携帯を取り出し、何かのアプリを開く。



「時間取りますのでソファに行きましょう。知っていることでいいのでお義父さんの色々と聞かせてください」

「あ、うん」



 腕を掴まれて引きずられる。

 わざわざ用意してくれたお茶を飲みながら、父の事を教える。

 と言っても今まで大した繋がりもないから情報はあまりない。

 そう前置きをして話をするが。



「先輩が思った以上につかえないです」

「だから言ったのに……」

「深刻ですね」

「大分緩和されたんだけどね」



 それもこれも彼女たちのおかげ。



「いえ、情報がまったくないことです。対策のしようがありません」

「そっちですか」

「普段は対策とかしないんですが、先輩のお父さんとなると予想がつかないです」

「普通の人だよ」



 まるで僕が普通じゃないみたいな言い方になってしまったが。



「というより父さんに聞いたほうが早くない」

「……先に言ってくださいよ」



 それはごめん。

 僕から連絡を取るという選択肢がなかった。

 夏菜は夏菜で気づかなかったのだから、お互い様。



「もしかして緊張してる?」

「してますね」

「夏菜なら大丈夫だよ」



 左右に視線が揺れ動く彼女。

 もともと人見知りではあるし、少人数での食事は確かに緊張するものかもしれない。



「なにかあってもフォローするから」



 いくらか落ち着いたのか、ソファに深く沈み天井を見上げている。

 僕は父親に連絡を取りながら彼女のために紅茶を淹れる。

 こんな夏菜を見るのも初めてのことで、僕の知らない彼女まだまだあるのだと嬉しくなる。



 翌日。

 いつものスーパーマーケットにやってきた。

 食材の買い出しである。

 買うものは決まっているようで、スマホのメモ帳を開くことなく手早くスムーズに僕のもつカゴに商品を入れていく。

 

 レジの横の棚。

 セール品として売り出されている手持ち花火たち。

 その中の一つ、線香花火を手に取りカゴに追加する。



「あとでやろう」

「はい」



 マンション近くのベンチがあるだけの小さな公園。

 ボール遊びやペットの散歩を禁止される昨今の公園では珍しくなにも禁止されていない。



「夏祭りのような鮮やかで大輪の花もいいけど、線香花火みたいな儚さもいいよね」

「せ――」



 彼女の表情が悪戯なモノに変わったの気付き、慌てて手で口を塞ぐ。



「言わなくていいから、その顔で何を言おうとしてるかわかったから」

「むぐっむぅ、むー」



 垂れた目で睨まれても怖くはない。

 それよりも人の良さそうなレジのおばちゃんに暖かい目で見られているほうが気になる。

 無事に会計を済ませて、いつものように夏菜の鞄からエコバッグを取り出していると。



「小さな夫婦さんいつまでも仲良くね」



 手を振られそんなことを言われてしまった。



「はい、ありがとうございます」



 軽く頭を下げて精算の済ませた荷物を別の台と乗せ、エコバッグに詰めていく。

 少し遅れて夏菜が隣に立つ。

 ロールされているポリ袋を手に取り、水滴のついたものや小さくてバラバラになりそうな物を纏めてくれている。



「ありがと」

「いえ」



 荷物を持ち上げると、夏菜が腕に絡みつく。



「帰りましょう、旦那さま」

「言ってくると思ったよ。あのレジのおばちゃんの台詞で」

「予想出来てたのに照れますね先輩」

「まぁ」



 普段言われない名称だし。

 そりゃ恋人を越えた先、意識もする。



「いいから帰ろう」



 返す言葉は思いついたものの、奥さんとは言えず。

 そっけない言葉だけが漏れた。



「はい、そうですね」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 線香花火のとこでなに言おうとしたんやろ?せ? [一言] 先輩側の心持ちがポジティブ側に傾いてきましたね…ええやん。
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