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二日目 夜

 足湯に浸かったり、なんか良くわからないご利益があるという橋を二人で歩いた。

 様々な場所を巡り写真を撮ったりとして過ごした。

 昔の自分では信じられないほどの画像がスマホに保存された。


 ロビーで一度別れて、僕だけ先に離れへと戻ってきた。

 夏菜は何か買い忘れがあると言って、旅館内の売店に向かっていった。

 午前中に買っておいたお茶を片手に広縁で寛ぐ。

 別れてからからそんなに時間は経っていないが、目的の物がすぐに見つかったようで襖がゆっくり開き、ほくほく顔の夏菜の姿が現れる。



「お待たせしました」

「何買ったの?」

「秘密です。後でわかるので」

「そう?」

「はい」



 対面に座るものの、ニヤけた顔は収まる様子はない。

 何か企んでいると理解する。

 彼女のすることだから心配はしないが。


 夕食までの間に彼女は一人で大浴場へ出かけていった。冬乃さんと約束していたようで一緒にはいるらしい。話したいこともあるそうだ。

 残された僕は自分に買ってきた和菓子を頬張り、温かいお茶で喉を潤すという至福な時間を過す。


 一箱空になり、夕食後に温泉に入れるように浴場に向かう。

 僕らが出かけている間に清掃が入っているため、とても綺麗な状態を保ったまま、タオルやアメニティも交換されている。

 宿の備え付きの露天風呂とは言え使い方は単純明快、よく見る木で出来た湯口の裏の栓を開き一時間後に止めればいいだけ。

 止めずに流しっぱなしにしたほうが雰囲気が出そう。

 イメージとしてはそっちのほうが強い。

 温泉に詳しくないから、あとで夏菜にでも聞いてみよう。


 廊下を通るとタイミングよく湯上がりの夏菜が戻ってきた。

 浴衣姿で火照った肌がなんとも艶かしい。

 少し伸びた前髪を横に流すように今日買ったばかりのヘアピンが装着されている。

 折角だから、と。



「夏菜」

「はい?」



 スマホのレンズを向ける。

 自然体のまま、前側で自分の手首を握って上目遣いの被写体。



「なんのポーズ取れてませんが」

「グラビアじゃないんだし」

「私も後で先輩を撮りますからね」



 今日の夕食は天ぷらがメイン。

 少し前に食べた和菓子は失敗したかもしれない。結構ヘビー。

 勿体ない精神が働いて残すのは忍びない。作ってくれたスタッフにも申し訳なくて、夏菜の食べ切れなかった物を無理矢理詰め込んだ。


 お腹が膨れて鈍い動きで浴場の栓を止める。

 お気に入りの広縁まで行くの辛く、そのまま客質で横たわる。



「産まれそう」

「見事にお腹張ってますね」



 横たわる僕の隣に座ると撫で回してくる。

 くすぐったい。



「叩きたくなりますね」

「やめろ、マジで口から産まれる」

「冗談ですよ。すみません少食で」

「本当は残してもいいんだろうけどね」

「そうですね。でも、先輩のそういうところも素敵だと思いますが、無理はしないでくださいね」

「うん、そうする」



 今回は結構ぎりぎり。

 話している間も円を描くようにお腹を撫でられていたおかげが幾分楽になった気がした。

 更に数十分。

 ようやくまとも動けるようになり、立ち上がり浴衣を取り出す。



「じゃ、入ってくる」

「はい」



 客間を出て廊下。

 後ろには夏菜の姿。

 外に出ていくわけではなく目的地は。



「なして?」



 堂々と脱衣所までついてきた。

 手にはやや大きなカラーのポリ袋を携えて。



「一緒入ろうかと」

「なぜに? 冗談3回目?」



 僕じゃなくて彼女から。

 ちょっとズルくない?



「旅行最後の夜ですから」

「答えになってないのですが」

「どうぞ」



 有無を言わさず渡される袋。

 中には紐状の何か。

 手繰り寄せて取り出す。



「水着か」



 白いシンプルなビキニ。

 一瞬下着を渡されたのかと思ってびっくりしまが、冷静になればそんな訳がない。十二分にありえないことだけど。

 手に持つとわかる、カップのサイズの大きさに圧巻される。



「そっち私のでした。こちらです」

「よかった。今度は男物だ」



 水着なら一緒に入ってもいいか。

 自宅で考えて見送ったことでもある。

 一緒に入るぐらいどうってことはないと今は理解。



「中居さんに聞いて了承を得ているので、水着で入浴出来ますのでご安心を」



 どんな気持ちで尋ねに行ったのか気になる。

 相手側の反応も。



「ロビーで買い物に行ったのはこれだったわけか」

「はい。外の温泉に混浴もあるそうなので売っていましたね」



 準備がいいというか、なんというか。

 流されて受け入れているが答えを聞かされていない。



「私はあとから入りますのでお先にどうぞ。着替え終わりましたら呼んでください」



 そう言って一度脱衣所から出ていく。

 海に出掛けて以来の水着。今年のうち2着手に入れるとは。といっても、海に入ってすらいないどころぬれてすらいない。

 よく考えなくても海に何をしに行ったんだ。



「着替えたよ」

「はい、失礼します」



 脱衣所を明け渡して浴室へ。

 身体を流して湯船に浸かる。

 昼間散々歩きまわった身体が癒やされて、疲れも溶けて滲み出そうだ。

 水着を着ていることに違和感はおぼえるが、次第に忘れて気にならなくなる。


 昨日は所謂マジックアワーといわれる時間帯だったために景色はまるで魔法のようで美しかったのだが、今日は完全に日没後。

 空に月が輝いてる。

 浴場の照明も程よく薄暗く星々までも煌めいて見える。

 出来るわけもないのに水面に映る月を掬い上げてみたりなんかもした。



「先輩、ロマンティストなところありますよね」

「ただの気まぐれだって」

「気まぐれだとしてもそんな発想は簡単に出てきませんよ」



 水面が大きく揺らぐ。

 彼女も湯船に浸かったのだとわかる。

 照明が薄暗くて助かった。

 それでも水着だとしても直視することは躊躇う。



「こちらを見ないんですか?」

「わかって言ってるだろ」

「はい」



 悪びれることもなく、悪戯っぽく笑う声。



「お答えしますと、やられっぱなしは性に合わないので仕返しです」

「それがこれか」

「ついでですけどね。最後の夜だからというのは本当で、一緒の部屋で温泉もあるのに別々にはいるというのも味気ないと思いまして」

「仕返しはともかく、夏菜がそれでいいなら僕はいいよ」



 やり過ぎかなという懸念もあって冗談で済ませていた。

 これが彼女の甘え方だというのなら受け入れる。



「それにこの星空を一人で独占するのも忍びないし」



 満天の星空。

 遠くでは街の灯りも届かない。

 地元では見れない小さな星々。



「綺麗ですけど、言っていることは恥ずかしいですね」

「気付いても黙っといて」

「言わないと先輩は自分で気づかないじゃないですか」

「そうだけど」



 言っている本人は自覚がない。

 思ったことをそのまま口出しているから。

 考えて言葉に出すように心がけてはいるのだけれど、ままならない。



「先輩のいいところですから、気にしなくてもいいですよ。ただ、毎回言わせてもらいますね」

「無視する優しさもあると思うんだけど」

「私が口にすると先輩恥ずかしそうにするじゃないですか」

「そりゃ、まぁ。恥ずかしいよね」



 自覚ないものを自覚させられるんだから。

 眼の前にあった月が揺れている。左から右へと波打つ水面。

 本物の月を背にして彼女のシルエット。

 正面にいるのだけれど、広い浴槽の端。薄明かりで表情はよく見えない。



「恥ずかしがる先輩は可愛いですからね」

「可愛いって言われても嬉しくはないな」



 けれど弾んだ声で楽しそうなのはわかる。

 手を伸ばして夏菜の首筋を撫でる。

 痣のようにもみえる跡、今は暗闇が隠しているが僕がつけた場所だ。見えなくても位置はわかる。



「せ、先輩?」

「ありがとうな」

「はい」



 首に触れている手を腕ごと優しく握られると、彼女の頭に誘導される。



「撫でてほしいの?」

「……はい」



 仕草に頬が緩む。

 いつもとは違うしおらしい態度。

 思わず抱きしめたくなるがぐっと堪える。

 色々と理由ある。

 ここまで来たのだから最後までいい思い出として旅行を終えてもらいたい。



「隣行ってもいいですか」

「うん」



 シルエットは色味を得て僕の左隣に。

 次第に揺れる月も大人しくなる。



「肩借りてもいいですか」

「どうぞ」



 一つ一つ丁寧に確認しながら距離を詰めてくる。

 思いやりでもあり、自己中心的でもある。

 しっとりとした彼女が肩が腕にあたると、肩に重みが乗る。


 夏の夜空に想い人が隣に。

 触れ合える限度はあるけれど、こんな日が訪れるとは思わなかった。

 これからも大切にしていこう。

 そして今の僕に出来る最大の愛情表現。

 身体を寄せて首に口づけ。

 跡をつけないよう吸うようなものではなく、ただ触れるだけ。

 もうしなくてもいい事でもある。

 だからこそ。



「……先輩」

「なに?」

「のぼせそう、です」

「大丈夫? 客間まで運ぼうか?」

「平気です。でもお先に上がりますね」



 そう言って湯船から上がり、脱衣所に向かっていく。

 足取りはしっかりとして心配はなさそう。

 旅行最後の夜。

 締まらないのが僕たちらしいと言えばらしいんだけどね。

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