誰がための
広いステージの上、神楽先輩に借りたアコギをチューニングする。
神楽先輩もSGを片手に持って椅子うえで準備をしている。
司は本来、民族音楽研究部のメンバーではなく、学園祭の時に神楽先輩がお願いして参加してくれていただけだった。
自由に出来る空き部室ということで、頻繁に遊びに来ているわけだけど。
僕だって毎日通っているわけではなく、バイトがない日で暇をしていたらという程度。
セットリストは当たり前だが事前に決まっている。
与えられた10分。
一曲だけで終わらすことになっている。
8分もある曲。
昔の僕なら指先が痛くなって弾き続けられるような曲じゃないが、今や指先は固く、皮が剥けることはなくなっている。
イントロは洋楽をあまり知らなくても、聴いたことがあるほど有名。
レッドツェッペリンの天国への階段。
序盤はゆったりとした曲だが、6分を過ぎた当たりで転調する。
昔の洋楽のアルバムってタイトルが何故か翻訳されてるよね。
今更ながら、そんなどうでもいいことを考える。
人前で演奏するのは2回目。
慣れているわけじゃないが、余裕が出てきた証拠だと思う。
指先と手首のストレッチを行なって、椅子に座る。
客席に視線を送ると、最前列のパイプ椅子に夏菜がこちらをじっと見つめている。
視線が合致すると、彼女は小さく手を振ってくれた。
僕も笑って返す。
去年と比べると数段と多かった。
学園祭ライブの影響か。
しかし、この薄暗い体育館でも夏菜は目立つ。
他の客席からも内容は聞き取れないが噂話がステージにまで漏れ聞こえる。
「市ノ瀬さん、来てるんだな」
「みたいですね」
「じゃあいつもよりいい演奏をしないとな」
「そうですね」
「あまり興味なさそうだ」
「そういうわけじゃないんですけど、じっと見られると緊張しませんか?」
こうして神楽先輩と話している間も視線を感じる。
変な汗をかき始めた。
「あっはっはは」
「なんですか」
お腹を抱えて笑いはじめる。
笑いすぎで涙を浮かべていた。
「いやぁ、まぁそうだよね。あんなに可愛い娘に見れてるんだ、柊くんでも緊張もするさ」
「可愛いのは認めますけど、なんかあの僕なら当然出来ますよね? みたいな顔みると、どうしても」
「怖い後輩をもったものだね」
「否定はしませんよ」
「あんなに真摯に聴こうとしてくれてるんだ、彼女のためにもいい演奏をしないとね」
「そうですね。まぁ、市ノ瀬のためってわけでもないですが、ちゃんとやりますよ」
「時間だ、やろうか」
「はい」
神楽先輩は会話を切り上げると、アンプの調整を最終確認しマイクの高さを下げながら、足元にあるエフェクターを数回踏む。
僕の演奏から始まる。
静かな立ち上がり、客席も物音がなくなり、どうやら僕の演奏を聴いてくれているようだ。
夏菜もそっと目を閉じて聴いてくれている。
2分ほど演奏して、ようやくここで神楽先輩が加わる。
音に厚みが増す。
徐々にSGの深くて伸びのある低音が響き。
6分後には僕の演奏は影に潜む。
気づけば8分という長い時間が終わってしまった。
立ち上がり、深い礼。
夏菜の拍手を皮切りに、他の生徒たちも僕たちに拍手を送ってくれた。
ステージ裏に戻る
「柊くんも1年で本当に上達したね」
「そうですかね。ありがとうございます」
学園祭を録画してくれていた映像部に見せてもらったが、あの時は自分でも酷い演奏だと思っていたけれど、神楽先輩がそういうのであれば、少しは自信を持ってもいいだろう。
あのライブが成功したのは長いこと楽器をやっていた神楽先輩と司、そして助っ人として歌ってくれた夏菜の歌声によるものだと、僕は知っている。
「それじゃ楽器は部室においておきますので」
「わかった、じゃあまたね柊くん」
「はい」
分厚いギターケースを手に体育館を出ると、夏菜が壁に背を預けて待ってくれていた。
ちょうど連絡を入れようかと思っていたところなのでタイミングが良い。
「お待たせ、一度部室にもどるけどどうする?」
「わかりました。ついていきます」
30分前辿った道を戻る。
「なんかすごい曲でしたね」
「長いよね」
「聴いてる分には長くは感じませんでしたけど」
「そう?」
「はい。私はお得でしけどね、先輩の演奏をずっと聞けたので」
「本来はボーカルもあるんだけどね」
照れくさい。
黙って歩くことにした。
僕の気持ちを知ってかどうか、夏菜も静かに僕の隣を歩く。
部室の扉を開き、ギターケースをテーブルの上に置く。
「さて、どこから行こうか」
「先輩は昼食まだでしたよね?」
言われてみれば空腹を感じる。
8時から出番までずっと寝ていたのだから、それもそうか。
「今日は学食ずっと開いてるから行ってみるか?」
「いえ、今日はお弁当があるので」
「今からコンビニいっても間に合わないし、購買部は休みだから、結局学食かなぁ」
わざわざ学食で弁当を食べる生徒はいないけど、禁止されているわけでもない。
「それも待ってください」
部室の扉を閉めて学食へと足を向けるが、後ろに控える夏菜が待ったをかける。
「先輩の分もありますので」
「いつ作ったの?」
「今日の朝ですけど」
僕がいた客間に来るまえから作ってくれていたとすると、結構な早起きになるんじゃないだろうか。
「何時に起きたの?」
「5時半ですね」
「大丈夫か?」
「早く寝たので、いつもと同じ睡眠時間は取れてますので平気ですよ」
僕の正面に立つと、ちょっと意地悪な顔をした。
「先輩みたいに眠れなかったわけじゃないですから」
「誰のせいだよ」
「ふふっ。それより先輩のために作ったんですから、どこかオススメの場所に連れて行ってくださいよ」
彼女の強気の攻めにより口をつぐむ。
昔の夏菜なら言わなかったようなこと。
これが本気の現れだろうか。
「先輩の弱点見つけたかもしれないです」
「なんだよ」
「秘密です」




