二日目 散歩
いつもと違った感触を感じながら目を覚ます。
背中にやわらかさと、お腹にも絡みつく何か。
拘束は割りと強く抜け出せそうにない。
情事が終わればすぐに追い出されていた。
だからこそこの状況に焦りはなく、ただただ困惑していた。
シンプルな壁掛け時計で時間を確認するが、まだ朝7時半を過ぎたところ。
昨夜の夕飯の惨状を見て、春人さんと二人同じ部屋で寝るか、夏菜を簀巻きに……はやりすぎたとしても余った帯で手を拘束するか考えていたけれど、離れに戻る頃には落ち着きを見せていた。
匂いだけでは持続時間は短いようで安心したのはつかの間。
朝起きたらこのざまである。
暖かさを求めてこちらに潜り込んできたのかのだろうか。
「寝てる?」
「寝てます」
布団の中に潜り込んでいるようでくぐもった声がかえってきた。
「そっか、寝てるのか」
隠す気ないのね。
「確かめますか?」
「確かめるまでもないと思うんだけど」
はっきりと会話できてるし。
「振り向かれますと、浴衣が乱れているので勇気があればどうぞ」
「オススメは?」
「現状維持です」
誘ってるようで引き気味。
ちょっと意外。
肉食というにはまだ可愛いもんだけれど、チャンスがあれば攻め入る彼女にしては穏やか。
「その心は?」
「もうしばらく抱きついていたいです」
眼の前の利を優先したようだ。
「そっか」
「先輩温かいので」
寝起きの夏菜は体温が少し低い。
このぼんやりとした口調、実際に起きて間もないのだと思う。
冷房が効いてるとはいえ抱きつかれても暑さを感じない。
「いつからこうなってた?」
「さぁ? 私にもわからないです。因みに誤解がないように言いますと、先輩が私の布団に入ってきてますから」
「ん?」
「それで一度起きましたから」
起き上がろうにも今は無理だが、寝る前にはなかった右隣布団。その枕元には僕のスマホ。
「……」
「先輩は私が忍び込んだと思っていたようですが」
「言われるまで気づかなかった」
「お陰で私は寝不足です」
「ごめん」
「支障はないので構いませんが、身体が温まるまでしばらくお願いします」
「それは、うん。寝る時はもう部屋の温度上げてもいいかもね」
無意識とは迷惑を掛けた。
もちろん言われた通りにする。
「寝ている間に僕何かした?」
寝れなくなるとは余程。
「強く抱きつかれて揉まれたぐらいですかね」
「……え?」
記憶にない。
寝てるからか。
てか、揉めるんだ新たな発見。
……寝てるからか。
意識の有無は大事。
「本当?」
「私が先輩に嘘ついたことありますか?」
「ないね」
「つまりそういうことです」
「いや、寝ぼけてとはいえ悪い」
緩く巻かれて腕は強くなり、背中に感じる感触も鮮明に。
「謝られるよりは喜んでいただけたらと」
「記憶にないし」
「それもそうですね。揉まれ損です」
「うっ」
「私は元から先輩に何をされても平気ですし、本当に嫌がることはしないですから」
「まぁ、うん。そう……」
はっきり言われると戸惑う。
信頼か信用、はたまたそのどちらも。
彼女が満足するまでこの状態。
苦ではないが、密着度合いが高い。
緊張と恥ずかしさ。
幸い鼓動はいつも通り、背中で夏菜のものを感じるということは僕のも聞かれる。
「ちなみにどれくらい寝れた?」
温泉街を回る予定だったからこその質問。
その時間を削っても彼女体調を勿論優先する。
「7時間ですね」
「しっかり寝てるじゃん」
休みの日にしては短いけど、23時には寝て10時ぐらいに起きている。
ほぼ12時間。改めて考えるとすごい寝ている。
寝る子は育つ。
そういうことだろうか。
きっと関係ないな、僕もよく寝るけれど身長は平均よりやや高いぐらい。
どうでもいいことを考えながら待つ。
徐々に温かみを感じる。
ようやくいつもの肌で感じる体温になるのに30分を要した。
「ありがとうございます。温まりました」
その言葉とともに離れていくのがわかった。
着崩れていると言っていたから振り向かない。
布団の重さもなくなる。
そして布の擦れる音。ただの浴衣から発せられる響き。
最近はよく聞いていたけれど、意識してからはその音が大きく聞こえる。
密着していた時には起きなかった鼓動の高まりを感じる。
「ちなみにこれいる?」
「30分は節約できましたよ。いつも1時間以上はぼんやりしていましたから、先輩と話ながら体温を感じるのはいいですね」
「そうなんだ」
今まで結構無理して起きたのだろうか。
頭が下がる。
「もう見ても大丈夫ですよ」
「うん」
僕もようやく起きれる。
ずっと同じ体勢のまま、凝り固まった筋肉を解して浴衣を正す。
「温泉浸かりに行くだろ?」
「はい」
今から沸かして入るには時間が足りない。
朝食はこの部屋に届けられることになっているし、今夜の夕飯も別々に摂ることになった。
昨夜、春人さんの部屋を出る前に決めたことだ。
まさかあんなことになるとは予想すら出来ないだろう。
親子で変なことで喧嘩みたいなことになり、微笑ましいものだったけれど矛先が僕にも向いたことで、傷を残した。きっと春人さんにも似たような感情。
この一家にお酒は厳禁。
お茶を淹れて一服だけすると、着替えを持って部屋を出る。
僕は1時間も入ってられないからな。
待つという選択肢もあるにはあるのだけれど、待っていることで夏菜がゆっくりと浸かれない可能性があるのであれば待たずして部屋に戻るのが1番良い。
あと、先に戻って布団を離そう。
ぴったりとくっついているからこそ起きた事件ではなかろうか。
夜にみた渡り廊下は提灯で照らされて幻想的で綺麗だったが、朝は朝で霧が濃く別世界に来たような感覚に陥る。
廊下を渡りきれば過去や未来にいけるようなそんな世界を夢想出来る。
けれどそんな事は一切起きるはずもなく、単純にロビーにたどり着く。
ちょっとスマホを持ってくれば良かったなんて後悔もしている。
過去に行けたとしても僕は僕のままでいる。
変えてしまえば夏菜とは出会わずに生きることになる。
歪んだ家庭だったからこその今の僕。
考えるべきは未来。
「将来の夢とかある? 自分の両親みたいになりたいというのは抜きにして」
いつか屋上で聞いた夏菜の夢。
一人で成し得る夢でもない。
でも一人で叶えられるも夢もあるのではないだろうかと、彼女ならばこそ選択肢は多い。
「いくつかありますが、一つは父さんの後を継ぐというのですかね」
「料理の腕も今じゃ春人さんに迫っているしな。僕も毎日のようにその料理を食べれて幸せなんだろうな」
「それですよ。先輩が毎日美味しそうに食べてくれるので、料理するのが楽しいって感じるようになったんです」
「僕も夏菜の未来に貢献してたか」
返事は聞こえず、腕に身を寄せてやわらかさと温もりで返ってきた。
※
一足先に湯を上がり、途中で購入した冷たいお茶を2つ冷蔵庫にしまうと、しばらくテレビを見ながら司とメッセージをやりとりをして時間を潰す。
あっちはあっちで遊園地にてデートをしていたようで、幸せそうな写真が何枚か送られてきた。
それにも飽きた頃に夏菜が戻ってくる。
今回の私服は清楚な感じで、白いブラウスにロングスカートという装い。腰には太めのベルトが巻かれている。
「なんかお嬢様って感じだね」
「そうですか?」
「新鮮でいいと思うよ」
「ありがとうございます」
夏菜の手にはお茶が2つ。
僕と同様に買ってきたようだった。銘柄まで一緒だった。
同じことを黙ってやっているということに笑ってしまう。
「なんですか? 急に」
「いや、僕も同じお茶2つ買って冷蔵庫に入れてるからさ」
「え? あ、すみません。どうしましょう」
近づいてお茶を受け取ると、頭を撫でテーブルの前に座る。
「今日も泊まるんだし、全然いいんじゃない手間が省けて」
「そうですね」
午後はどうしようかと相談している朝食が運ばれてきて、時間を掛けてゆっくりと頂く。
夏菜とは違う味付けで新鮮で美味しいが、やっぱり僕には彼女が作った料理の味付けのほうが好みかもしれない。
胃袋を掴まれるというのこのことか、確かに夏菜なしじゃ生きられなくなっているのかもしれない。
食事が終わり一服する。
ボリュームもあってお腹が苦しい、少食である彼女の残した分まで食べたのだから身動きがとれないでいる。夏菜も少し無理をしたようで、息苦しそうにしている。
今から外に出てもまだお店は開いてないだろうと急ぐ必要性もなく、だらしなく畳の上で午前中はのんびりと過ごすことになった。
すっかりとパンパンに張ったお腹は引っ込み、街に繰り出す。霧は晴れて見通しもよく、石畳は少し濡れている程度。
多くの宿が並び、旅行者向けの出店なんかもある。
古風な街並みを歩く浴衣姿の女性。
「先輩?」
少し棘の孕む声。
何か機嫌を悪くさせてしまったらしい。
「なに?」
「どこ見てました?」
「浴衣の貸出なんかやってるんだなって」
「あぁ、なるほど。先輩でした」
「?」
納得いかない。
でも彼女のほうはなんか納得しているようで、言葉の棘は抜け落ちている。
「いえ、私も器が狭いなっと自覚しただけです」
「あぁ、なるほど」
今度はこちらの番。
言わなきゃバレないのに素直。
「先輩、射的ありますよ」
「射的専門で開いてるなんて珍しいな」
その隣のお店はレトロゲームが並ぶ。
テレビでしか見たこともないピンボールの筐体なんかがある。
射的でどちらが高得点を取れるかという勝負も行なったのだが、なんで射的まで上手いんだよこいつ。おかしいだろ。
2発目まではすべて外していたのに、3発目からすべて的中。
1点差で負けた。
僕のほうがリーチがある分有利かもなんて思っていたが、改めて夏菜の驚異を思い知ることになる。
お店を巡りながら写真も撮っていくと、お返しとばかりに司に送ってみたり。
高校生2人で温泉街を闊歩するなんて貴重な体験。
司も羨ましそうにしている。
今から頑張れば冬休みにでも神楽先輩と出かけられるんじゃないかな。
「雪とこの街並みも良さそうだな」
「そうですね。温泉も長く浸かってられそうですし、冬にも来たいですね」
彼女らしい感想。
でも同意。
温泉といえば冬のイメージ。
クリスマスプレゼントとして贈るのあり。懸念としては予定が取れるかどうかだろうな。
予算は問題ない。
考えておこう。これも小さな未来の話。
「この店入って良い?」
「はい」
ちょうど良さげなお土産を発見。
地酒である。
父さんもお酒を嗜むことを知っていた。
祖父の家に訪れた時に見ていた。
小さなボトルに複数の地酒のセットを購入して自宅に配送してもらう手続きを行う。
それと自分用に温泉饅頭。
あと司と神楽先輩の分。
夏菜も同じ地酒とお菓子一つずつ手に取っている。
「そのお酒は?」
「祖父の分です」
「会ったことないな。遠いところに住んでる?」
「いえ、近所ですよ」
どこかですれ違ったりしているのだろうか。
「可愛がって頂いてるので、お土産ぐらいは送らないとですね」
可愛がるだろうな……。
見た目もさることながら、旅行先で気にかけてくれる孫。
「私も配送の手続きしてきます」
「うん」
レジに進む夏菜の後ろ姿を見送り、店舗をもう一周してみる。
ガラス細工のコーナーに目が止まる。
色鮮やかなガラス細工の中に和柄ヘアピンとかんざしのセット。
その中でも黄昏色をした物が気になって手に取った。
昨夜、露天でみた色。
もう一度レジに並ぶと、会計を済ませた夏菜が隣に。
「何買うんですか?」
「これ」
「ヘアピン……」
なんか怪訝な面持ちで睨まれた。
また何か誤解している。
「夏菜にだよ」
「え?」
「お土産」
折角の旅行だから形になるものでも贈ろうとは考えていた。
支払いを済ませてそのまま渡す。
「いいんですか?」
「良いも何も受け取ってもらえないと困る」
僕が持っていても使い道がない。
「ありがとうございます。貰ってばかりですみません。私も何か買ってきます」
「僕は別にいいよ。夏菜から色々なモノ貰ってるし」
「私何も差し上げられてませんが?」
「気にしない」
そう言っても気にする。
誘導先を変える。
頭を軽く撫でる。
「日頃のお礼ってことで、毎日ご飯ありがとう」
「先輩、私の扱いうまくなりましたね。ちょっと不服です」
「じゃあ、そういうことで」
「騙されませんけど、今日は騙されてあげます」
バレてら。
嘘はついてないけどね。
日頃の感謝ももちろん含めている。




