旅行 出発
「そろそろ出ますよ先輩」
「もうちょっとだけ待って」
鏡の前、二人で日用品の買い物に出かけた際に買わされたヘアワックス。
司にもレクチャーも受け感覚を掴んではいたものの、未だに不慣れで時間が掛かる上に本当にこれでいいのだろうかと考えてしまう。
面倒だと感じているけれど、折角の旅行だからと使うことにした。
そのうち使い続ければ慣れるかもしれない。
「こんなもんかな。お待たせ」
手を洗って、玄関先で靴を履いて待っている夏菜の元へ。
「使ってくれたんですね」
「変かな?」
「とてもいいです。素敵です」
くすぐったい褒め言葉。
「夏菜もその服似合っているよ」
「……そうですか? ありがとうございます」
色味の落ち着いたオーバサイズの寝るシャツを少し袖を捲り、相変わらずデニムショートパンツ。
今回は脚は剥き出しでちょっとごつめのショートブーツを履いている。
陳腐な褒め合い。
けれど僕らには荷が重かったのか、玄関でお互いに黙って見つめ合ってしまう。
咳払いをして、雰囲気を壊す。
「荷物は全部僕が持つよ」
「3日分ありますから少し重たいですよ?」
「大丈夫だって」
僕のは衣類だけで鞄は小さい。
自分のは肩に掛けて、もう一つは右手に持つ。
夏菜は少し大きめであるが、然程重量は感じない。
「ね?」
「重くなったら言ってくださいね。鞄もそうですが反対側には私が掴むので」
「体重乗せる気なの?」
「さぁどうでしょう」
腕を組む必要性はなくなっている。
でも、どちらとも何も言わずに続いていた。
新幹線の停まる大きな駅。
少し早めに着いたようで待ち合わせ場所には春人さんたちの姿は見えない。
時間の5分前に改札から、腕を組んだ夫婦が現れた。
「待たせた?」
「いえ、僕らが少し早く着いただけなので」
「そっか。じゃ行こうか」
時間管理は的確で僕らがホームにたどり着くと、新幹線が滑り込んできた。
指定席を探す。といっても僕は春人さんの後をついて行くだけだが。
席を回転させて向かい合う形に。
「春人さん本当に払わなくていいんですか?」
「あぁ、気にするな。こっちがお願いしている立場だ」
「そうっすか。ありがとうございます」
冬乃さんは席につくなり春人さんの肩ですやすやと熟睡中。
とても気持ちよさそうに寝ていてよだれが垂れている。それに気付いた春人さんが手で拭った。
その娘である夏菜も静かにしているので眠そうにしているけれど、もとから眠そうだから判断がつかない。
「夏菜も渉の肩借りたら?」
「ん」
どうやら本当に眠たいらしい。
朝早く起きて、凝った朝食を作ってくれていた。
春人さんの言葉に更に蕩けた瞳がこちらを向く。
「いいよ」
こくりと頷くと肩に暖かさを乗せてくる。
女性陣が夢に旅立ってしまった。
待つこと数分。
僕らを乗せた新幹線も出発した。
「本当にこいつら可愛いな」
春人さんは微笑む。
自分の奥さんの頬を突き感触楽しんでいる。深い眠りについているのか無反応。
僕もつられて夏菜を突きそうなるが堪える。流石に人の親前でするのは気が引けた。
窓の外。
少し薄暗く、生憎の空模様。
午後には雨が振ってしまうという予報が出ていたが、僕はこの天気の方が過ごしやすい。
「順調そうだね」
声のするほうに振り向くとニヤけた顔がある。
僕を見ているわけではなく、自分の娘に。
「色気のなかった服装しかしなかったのに、これ渉の趣味か?」
「僕の趣味というか」
夏菜は何を着ても似合う。
実際バリエーションは増えていて冬乃さんが着ているようなシャツのワンピースタイプで清楚な感じがする服装もしている。
今着ているようなコーデも良いけど、前みたいなゆったりとした服装もあれあれで彼女らしいと思っている。
「渉が着てほしいって言ったわけじゃないのか」
「はい」
「まぁ、夏菜のことだから言えば着てくれるよ」
それは身を持って体験している。
チアコスは未だに僕の部屋に置いてあり、使い道がなくて困っていた。
春人さんの誕生日にでもくれてやるか。
「考えときます」
「それに」
跡の残る首。
僕ではなく彼女の。
薄く消えそうな跡と、そのすぐ下に付いたばかり濃い物。
親の前でも隠す気のない夏菜の精神力は驚かされる。
「可愛がってるな」
「すんません」
僕の解答に笑いを堪えるように下を向き口を抑える。
「なんで謝る」
「いえ、なんか大事な娘さんを汚しているような」
「夏菜がそれでいいなら良いよ。親である俺らには見守るだけ」
「いいんっすか、それで」
「いいよ。相手が変な奴なら夏菜を泣かせてでも、嫌われることも視野にいれて二人を引き離す。けど渉だろ?」
「変なやつですよ」
珍獣らしいです。
夏菜曰く。
「確かに」
「否定してくれないんですね」
「変な奴だけどいい奴だから。夏菜を大事にしてくれてるだろ?」
「わかるんですか?」
「親だからな。前より表情が豊かになってるし、何より楽しそうだよ」
「そうっすか」
「まぁ冬乃を通してなにやってるかは聞かされてるけどね」
「……そうっすか」
「頼むね」
何をとは聞かない。
わかりきったこと。
「はい」
素直に真っ直ぐ頷く。
「でもまぁ、渉」
何故か勝ち誇った顔の春人さん。
「夏菜の唇の初めては俺が貰ったから」
「それですか。知ってますよ」
そして悔しがるのが彼だ。
「なんだよ、もっと落ち込めよ。クールでいやがって」
ちょっとだけ大声になり、眠っている二人が同時にくぐもった吐息を漏らす。
「声大きいっすよ。他の乗客迷惑っすよ」
「すんません」
素直な大人。
やってることは子供だったけれど。
夏休み、盆休みと被っている今の車内は満席である。
1時間ほど春人さんと馬鹿みたいな話をしていると、肩にあった重さがなくなる。
「んっ……」
起きたはいいが、ぼんやりとしている。
隣にいる僕を見ると、安心しきった顔をする。
ショートブーツを脱ぎ倒れるように僕の膝を枕に。狭いスペースでも彼女の体躯なら出来ることである。
今年に入ってから身長が伸びてないらしい。
でも体重は増えていると嘆いていた。
隣にいつもいる自分としては微々たる変化で気付いてないだけかもしれないが、太ったようには見えない。恐らくただの遺伝で一部の成長が著しいのだと思う。
太ももに重さがあると、つい癖で彼女の頭を撫でてしまう。
それを春人さんに見られる。
にんまりとした、失礼だが少しムカつく笑い顔。
「いやぁー。いい物見られた。旅行を前から計画して良かった」
「……」
好きに言わせよう。
こればかりは言い訳のしようがない。
「娘の新たな可愛い一面が見れて幸せだ」
「よかったっすね」
「ああっ」
元気な返事を貰えた。
「夏菜がこんなに人に甘えるなんてなぁ」
春人さんも夏菜に手を伸ばして頭をなでようとする。が、微睡んでいる彼女の手が勢いよく彼の手を叩く。
雑音の響く中であっても小気味いい音がはっきりと聞こえた。
「いっつ……。ついに反抗期か」
くすりと笑ってしまった。
飼い猫に手を引っかかれる主人の姿に見えて微笑ましい。
「勝ち誇った顔しやがって、夏菜が奪われてしまった」
「何言ってるんですか、人聞きの悪い」
「そうですよ、父さん。私に触れていいのは先輩だけですから」
膝下からはっきりと聞こえる声。
「ちゃんと起きてたのか」
撫でるのを中断して触れるだけのタッチで軽く叩いて問いかけた。
「ぼんやりとしながらも二人の話聞いてましたから」
覚醒したのだと思うが、座り直す気配がない。
夏菜はそのままの姿勢で春人さんとの話に参加。
「なんで渉が良くて俺は駄目なんだよ」
「父さんに撫でられても嬉しくともなんともない」
春人さんが手を伸ばして、夏菜が振り払う。
負けじと何度も手を伸ばすがその度に手の甲で弾かれている。
「父さんは母さんの頭でも撫でたらいいでしょ」
「……たしかに」
夏菜と冬乃さんの身長はほとんど変わらない。
やや夏菜が低い。
二人並んで立つと親子というよりは姉妹のように見える。
高校1年の娘がいるよう思えない。
夏菜の言葉により春人さんは自分の妻を優しく撫でて頬を緩ませている。
「なんか良いな。家族で旅行ってのも」
「それに関しては父さんに同意」
「僕は家族旅行のオマケでついてきてる感覚だから、そんなに同意求めるように見られても困りますよ」
二人同時にため息をつかれてしまった。
空気悪くしてごめんね。
「まぁ来年も再来年も一緒に来れば家族として自覚持つんじゃないの」
とは春人さんの言葉だ。
まだ旅行は始まっていないに等しいが、この家族となら一緒に居て楽しい。
いつか本来の父親も含めて旅行したいなと考える程度には成長した。




