変わった二人
「市ノ瀬ちゃん、その首……」
僕の首の跡は数日で消え失せたが、その変わりに彼女の首に変わりに似たような物が出来ている。
犯人は僕です。
結果としてされるよりもするほうが精神的負担はなかった。
言質は取ったし、夏菜も自分からどうぞって言ってくれたので問題はないのだけれど、神楽先輩の連絡により麗奈ちゃんを除く4人がファミレス集まることになり、僕以外の二人の視線は夏菜の首に。ちなみに僕は窓の外を眺める。
「ただのキスマークです」
司の質問に平然と答える彼女。
夏だから露出が増えるのは仕方ないわけで、ファンデーションもコンシーラーも持っていないというわけで、絆創膏は余計に目立つからというわけで。
結構目立つわけで……。
なぜだか僕のほうが恥ずかしい。
「こいつらに先を越されるとはな」
なにやら勘違いしているが、形として残ってしまっているので仕方がない。
否定したところで解が出ている時点で解けそうにはなさそうだ。
首の跡もそうだし、待ち合わせ場所についた時も腕を組んでいるのだから言い訳のしようもないというものだ。
「それより、文化祭の話。そっちしようよ」
これ以上突っ込まれるのは嫌なので本題を促す。
「あぁそうだな」
神楽先輩は賛同してくれているが、司の目は色々と聞きたそうな色をしている。
語るべきことはない。
手を繋いだり、口づけを交わしているのだから司たちのほうが進んでいる。
言葉にはしてないけれど僕と彼女の想いも一方通行ではなくなっている。それを知っているのは僕だけだ。
種明かしはまだしない。
彼らはある意味恩人であり、夏菜は導き手だった。
彼女の言っている通りに事が進んでいるのは癪だけれど、どうにか一度だけでも一泡吹かせたい。
「さて本題だが、各々練習はしていると思うが何度か合わせる必要もある」
「ぶっつけ本番は流石にね」
ちなみに僕の家にはキーボードなんてもものはなく、僕がバイトの時に夏菜が自宅に戻って練習しているようだ。
たまにテーブルを鍵盤に見立てて、叩いている姿もみられる。
「都合がいい日を教えてくれないだろうか」
「私と先輩は来週旅行に出かけるので、それ以降であれば問題ないです」
「旅行?」
合宿という名の旅行に出かけたばかり、ただ夏菜の誕生日プレゼントとして春人さんが用意したもの。
僕は強制参加。
ちなみに費用は春人さん持ち。
実を言うとちょっと楽しみにしている。
「そういえば結局どこに行くか知ってる?」
旅行に行くとは聞いているが目的地は聞いていない。
「温泉ですね。私も温泉好きですけれど、父さんもかなりの温泉好きなので」
「いつも最後に入ってたけれど出てくるのすごい遅かったね」
二人合わせて2時間はお風呂を占領されている。
冬乃さんも比較的遅いから、この一家は長風呂だ。
「二人きりで旅行行くのかと思った……」
「流石にそれは」
いくらなんでも無茶、でもないな。
高校1年からずっとバイト代を貯めているから、夏菜の分まで僕持ちだとしても二人で余裕で旅行にいける。
「一緒に居た気になってるけれど、沖縄とか行ってみたいよね」
「そうですね」
中学の修学旅行、電話を通して一緒に波の音を聞いた。
写真で送られてくる、まるで西海岸のような夕焼けの海。
僕が行った場所でもあり、夏菜が追った場所。
「渉、少し変わったな」
零すように司から漏れた言葉。
「どうだろうね」
適当に流しているが、自分でもわかる。
変わったというか変えられた。
いつか彼女の言ったものは、僕にもいえることだった。
お互いがお互いに影響を受ける。
「僕が言い出したことだけど、本題に戻そう」
バイトのない日を予め神楽先輩に教えて、それからスケジュールを調整することになった。
そして問題は学園祭ライブの最後の楽曲。
この日も決まることはなかった。
去年は神楽先輩のお願いにより決まった。
落ちに持ってくるには考えが纏まらない。
宿題ということで、期限を夏休みの終わりまでとした。
ここで案を出すのは僕と神楽先輩になるのだが。
司は話を聞いていないし、夏菜の首を未だに気にしている。その夏菜は……窓の外を眺めていてなにも考えていなさそう。
その横顔は比較的機嫌が良さそうに映る。
柔らかそうな頬を突いてみる。
「どうしました?」
「特になにも、突きたくなっただけ」
「なんですか、それ」
微笑みを浮かべて、僕の肩を軽く叩く。
「柊くんほどではないが、市ノ瀬さんも変わったな。棘がないというか優しさが表面に表れてる」
「というか渉たち、平然と人前でいちゃいちゃ出来るよな」
「これぐらい普通じゃない」
ただの悪戯だ。
「普通じゃねーよ。普通隠すだろ驚くわ」
指摘はどうやら首の跡。
それに関しては僕も賛同する。つけた本人が言うのもなんだけれど。
「山辺さんも神楽さんにつけたらどうですか?」
「え? それはちょっと」
夏菜の言葉に、見合わせる二人。
そして同時に赤く頬を染める。
恥ずかしいことは恥ずかしい。
けど、僕の場合は必要だからやっている。
そうでなければ……。いつかはやってただろうな。
「神楽さんもされたいですよね」
結構踏み込むな……。
「どういう感じなのだ? それによっては」
返ってきたモノも意外性があった。
唇に指を当てた夏菜は、少しの間を置いて告げる。
「結構いいですよ。なんていうか私は先輩のモノなんだなっていう実感が湧きます」
「それまだ擦るの?」
あれも結構前の話だ。
夏菜の事をモノだと言ったことには後悔があるが、前と今では気持ちは違う。
何も考えずの発言だった。
どちらかと言えば大事な友達を馬鹿にされたような気がしてあんな発言をしたのだと思うのだが、今同じようなことがあればもっと言い方は変わったように思う。
「いえ、今回のは先輩を弄るために言ったわけじゃないですよ」
「そうなの?」
「単純に私の気持ちです」
「そっか」
「はい」
なんとも穏やかな顔で、はっきりと言葉にした。
ちょっとそういう所は新たに憧れる。
自愛に満ちているようなそんな風。
彼女の傍にいるにはそれ相応の努力がいるなと実感する。
「まぁ、あとは逆に先輩に跡をつけるのも優越感に浸れて好きですけどね」
「それはまた後日ね……」
1日1回の制限つき。
跡が残るということを考えれば3日に1回でもいいような。
「お前らいつもそんなことしてんのか……」
「はい」
夏菜は即答する。
わざとじゃないだろうな。
彼女のことだ、聞かれたから答えたにすぎない。
昼食も兼ねての会議だったわけで、夏菜のせいで居た堪れなく微妙に味がわからなかった。
勝負もしてないのに敗北した気持ちになった。
深く考えたら負け。
※
首筋以外で試したことはないが、多分効果はない。
衣服で隠れそうなぎりぎりの所を攻めてもいいとは思うのだが、鎖骨あたりにしようと考えてみるがマニアックだな、と。
自室で楽器を持ちながらそんな事を考える。
つまりは集中出来てないのである。
彼女はアルバイト中で今は家にいない。
仕事中は気を使われるからといって、一度自宅に戻って隠すと言っていた。
なら昼間のあれはなんだったのだと。
彼女の行動理念がよくわからない。
スタンドに楽器を置いてリビングにやってきた。
こんな日も安心安全、夏菜の作り置きが冷蔵庫にある。
お腹が空いたら先に食べていいと言ってくれいるが、もちろん待つ。
お風呂もスイッチを入れるだけ、あと2時間もすれば帰ってくる。
「暇だなぁ……」
今までどうしてただろうか。
勉強に演奏、たまに散歩。
やる気がなければ寝てた。
夏菜がいなければ、案外退屈なんだな。
僕がいない時の彼女は何をしているのだろうと気になった。
彼女の生態系は謎に包まれている。
30分ソファでごろごろとして、お風呂のスイッチを入れてまた戻る。
家の中をうろうろと徘徊しているようで自分に苦笑い。
眠気を我慢してぼーっとしていると、玄関の鍵が開く音の後、重たい扉の音が続く。
「おかえり」
「はい、ただいま戻りました」
疲れた様子。
それも夏休みに入ってから早めに店仕舞いも出来ず、フルで働くことが多くなり、学生の客が増えた。
若い客に限らずこの時期はトラブルに絶えない。
「そうだ、父さんから伝言預かってます」
「ん、なに?」
旅行のことだろうか?
「今月のシフト変えてもいいか? だそうです」
「練習日と被らなければ平気だけど」
「わかりました。私から父さんに伝えておきます」
「変わるのはいいんだけど、いつの出勤になるの?」
「私と同じ日に全部出て欲しいそうです」
「? わかった」
意図を計りかねる。
彼女一人でも回せるし、この期間はアルバイトももう一人入っているから問題ない筈。
直様、夏菜は春人さんに電話を掛けて了承の旨を伝えていた。
何故か目が合う。
「代わってだそうですが?」
「うん」
差し出してきた携帯を受け取る。
「はい、柊です」
「悪いな渉、急なシフト変更で」
「いえ、どうしたんですか?」
「今日、夏菜がしつこく客にナンパされていてな、一緒に入ったバイトの子も女の子だったし、危ないなって」
「あぁ、そういう」
ボディガードというか虫除けになれということか。
ちらりと横目で彼女を眺める。
電話の終わりを待っているようで、あまり興味なさそうにこちらを眺めていた。視線がぶつかると首を傾げた。
「男女二人入るようにしてるから、何かあったら俺も出れるようにはしてるけど、どうしても手が離せないこともあるから頼む」
「わかりました」
「渉も他の奴と夏菜が組むよりはいいだろう?」
「そうっすね」
それだけ一緒にいる時間も増える。
どの道バイトには行かなきゃいけないわけだし、僕もその方が気が楽。
「お?」
驚いたような声が電話越しに伝わる。
「何かありました?」
「いや、なんでも。じゃよろしくな」
なんか愉しげでもある。
「? はい、お疲れさまでした」
通話を切ってホーム画面。
見覚えのある顔にさっきまで持っていたムスタング。背景に写り込むマーシャルのアンプ。
スタジオ練習の時だ。
「夏菜」
「はい。通話終わりました?」
「うん」
僕から彼女へ。
そして彼女の視線は己のスマホの画面。
「あ、……見ました?」
「うん」
「記憶って消せます?」
「無理じゃない?」
「はぁ……。まぁ私の落ち度です」
認めながらも僕を睨む。
ただ耳を見れば彼女が羞恥に染まっていることがわかるので、怖くない。
「先輩のスマホ貸してください」
「いいけど」
テーブルにある青い携帯を差し出す。
「なんかムカつきますね」
「なんで……」
僕の携帯を操作せずに返そうとするが、その手が止まる。
「自撮りして背景にします」
カメラ画面を起動して自撮りモードにしたようで、鏡替わりにしながら髪型などをチェックしている。
思い付きが一つ。
「夏菜、一度返してもらえる?」
「え、はい。どうぞ」
彼女の隣に立つ。
「ちょっといい?」
彼女の返事を聞かずして、肩を引き寄せる。
そして一枚。
素の表情の僕と、俯きがちで照れた様子の彼女のツーショット。
これまで長い付き合いのある僕らだけど一緒に撮った写真というものはない。
「ほら」
「……私のスマホに送ってくれますか」
「うん」
彼女はすぐに背景を変えているようだったけれど、僕は未だにデフォルトのまま。
撮ったはいいけれど気恥ずかしくて出来ない。
夏菜は堂々としている。
「そのうちまた撮ることもあるだろ」
「絶対ですからね」




