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一歩

 合宿も終わり特に予定もない夏休みの一日。

 朝早く起きて午前中は調べ物をするために図書館に足を運んでいた。

 電子化が進んでいることもあり、現物ばかりの図書館に訪れる客は少なく静かで集中して調べることが出来た。

 僕の求める情報が乗っているコーナーも充実しているようで、専門的な本は除外して軽いモノから読み耽っていく。


 そして帰宅後。

 普段から掃除も洗濯も分担しているし、料理に関しては夏菜が絶対に譲ってくれないので、僕の仕事が一つ減っている。変わりにゴミ出しと食器洗いは僕が引き受けているのだけれど、ここは僕の家であり僕がやるのは当たり前。

 夏菜と住み始めてから明確に楽をさせてもらっている。

 感謝を伝えると『予行演習だと思えばいいんじゃないですか』などと返されてしまった。

 まぁ、そんなもんかと納得してしまったあたり僕も人の事を言えなくなった。

 意識の変化。


 春人さんにやたら持たされてしまった素麺を茹でて遅めの昼食にし、二人してソファで寛ぐ昼下がり罰ゲームを受けていた。

 特に何かをするわけでもなく、テレビは付けているが見ているわけでもない。



「そろそろ良い?」

「まだです」

「……そう」



 本日3度目のやりとり。

 まだ満足頂けないようだ。

 なんだかんだ一時間以上はこの体勢を貫いている。脚が痺れてこないのかとこちらが心配をしてしまうが、本人は気にせず僕の髪を撫でながら電子書籍を読みふけっていたり、麗奈ちゃんとメッセージのやり取りをしている。

 これはこれで僕もゆっくりとしてられるから良いんだけど。

 二人の距離が近いこともあり冷房は低めに設定していたお陰か、夏菜の柔らかい太腿がそうさせるのか温かくて涼しく過ごしやすい。



「眠たいのであれば眠ってもいいのですよ」

「うん」



 お腹一杯になって暫く経ったこともあって眠たさはあれど、少しこの時間を無駄にするようで勿体ないと思うのも事実。

 少し前の僕であれば間違いなく眠っていた。

 横になっているのがいけない。



「夏菜」



 彼女の名前を呼んで起きる。

 本来なら僕が勝った時に行う夏菜の罰ゲームだったもの。

 いつもの様に膝を叩いてみる。

 前に考えていたことをここでやってみようと思った。


 一石二鳥の作戦。

 まずは己の分析。

 もう一つの意味は僕から攻めてみることで彼女が降参する可能性を求めてのこと。

 勝ち方にもそれぞれある不戦勝も勝ちは勝ちだ。

 彼女がどこまで勝負に拘りがあるのかは未知数だが、ある意味完全勝利を目指すならばこれもありではないかと考えている。

 夏菜が僕に仕掛けたように、また僕も彼女に仕掛けるつもりである。



「選手交代ですか?」



 首を振って否定する。

 それに伴い夏菜が訝しげに見てくる。



「膝枕じゃなくて、なんて言うんだ」



 座布団?

 名称あるかどうか知らないけど、やることは簡単。



「膝の上に普通に座ってくれるといいよ」



 首を傾げる彼女の姿。

 ちょっとした思考停止。

 徐々に目を見開く。



「えっと……。あぁ、なるほど」

「なんで一瞬固まったの?」

「いずれ何かしら頼まれることは予想通りだったのですが、思ったよりも早かったので」

「駄目だった? なら違うこと考えるけど」



 無理強いはしない。

 基本的には僕のためのお願いだ、彼女には勿論断る権利がある。



「いえ、大丈夫です」



 夏菜は一度立ち上がると、僕の正面に立ち形のいい尻を向ける。

 顔をこちらに向けると困り顔で質問をしてきた。



「どのあたりに座ればよろしいでしょうか」

「好きな所って言いたいところだけどで、最初は前の方で」

「はい」



 だいたい太ももの半分が夏菜のお尻で埋まる。



「どうでしょうか?」

「温いね」

「そういうことではなくて……」

「大丈夫、わかってるから」

「本当ですかね」



 イマイチ信用されてなかった。



「冗談が言えるのであれば、もう少し近づきますね」

「うん」



 膝の上をもぞもぞと動き、さらに接近すると彼女の鮮やかな赤茶色の髪が僕の鼻付近まで迫ってくる。

 夏菜の使ってるシャンプーの仄かな甘い香り。

 本人は高いシャンプーを使っているわけではないと言っているが良い匂いだ。


 そして肝心な自己分析。

 コミュニケーションの範疇だからだろうか、特に動悸は起きないし何も思い浮かばない。

 もう少し踏み込んでみる。

 こちらから顔を寄せ、夏菜の髪に埋もれてやわらかな髪質を頬で感触を楽しむ。



「うぅっ……先輩?」



 手持ち無沙汰な両手を彼女の身体に回し、力を入れずに抱き寄せる形になった。

 お腹から胸に掛けて、じんわりと熱が伝わってくる。

 彼女の鼓動が少し早くなったのを身で感じる。



「あぁ悪い。ちょっとだけ試してみた」

「そ、そうですか。どうですか? 変化はありますか」

「うん、平気っぽい。自分からリアクションして今のところ何も起きないけれど」



 人にやられることがトリガーになるのか、もう少し先の事だろうか。

 耳を甘噛されるのはどこの領域に入るのかイマイチ理解できない。



「もしかして恥ずかしい?」

「は、恥ずかしいですよ」

「……」

「何か言ってくださいよ」



 返事をせずに夏菜の髪をそっと掻き分けて、後ろからは見えない夏菜の真っ赤な耳を空気に晒す。

 何をされるのか理解している彼女は身体を一瞬震わせる。彼女の耳を口に咥えると舌先が耳たぶに触れて唾液が付着する。

 された時ほどではないものの、過去の記憶が蘇って少しだけ不快な気分になる。

 気の所為と言われれば納得出来る程度の変化。自分が意識しているからこそ発生したものかもしれない。

 意識するからこそ記憶に定着される。



「大丈夫ですか?」



 背後から不穏な雰囲気を感じ取ったとでも言うのか、夏菜の心配した声が聞こえる。



「平気」

「それならいいですけど、先輩の声もいつも通り……。いえ」



 言葉を中段して立ち上がると、こちらを振り返り僕の膝の先端に座る。

 頬を両手で優しく包み隙きを見逃さないようにと、鋭くなった目つきで僕を見つめてくる。



「どうしたの?」

「先輩は自分のことになると隠すので」

「そうだっけ」

「母親のこともそうですけど、風邪を引いた時だって黙っていましたよね」



 黙っていたというよりは聞かれなかったから。

 どうしても自分にそこまで興味を持たないだろうと考えてしまうから。

 今はどうだろうか。

 心配されたくなくて黙るかもしれない。



「返す言葉もない」

「それは今更なのでいいですけど、結局どうなんですか?」

「ちょっとだけ気分がへこんだだけだよ」

「そうですか……」



 一応は納得してくれたのか、彼女の手が僕から離れると自分の膝に落ち着くが、暫くすると片手が耳に移り、僕が咥えたほうの耳たぶを弄りだした。



「ごめん拭いてなかったね」



 リビングのどこかにあるティッシュを探して見回すが。



「いえ、このままで大丈夫です」

「そう?」

「はい」



 向かい合ったまま彼女は、僕の膝から降りていかない。



「……」

「……」



 先に背けたほうが負けなような気がして、彼女の目を見つめ返す。

 倒れないように腰を支えているが、この体勢は完全に春人さんと冬乃さんが自宅のリビングで行なっていたものと同じだ。

 それと同時に一つの仮説が自分の中で出てきた。



「夏菜、一つ変なお願いしてもいい?」

「なんでしょう」



 Tシャツの襟を掴み下げる。



「首筋を舐めたあと、吸い付くよう口づけしてくれない?」

「へぇ?」



 驚いた声が子供みたいでちょっと可愛い。

 ただ表情は片眉がつり上がっているだけなのでギャップがすごい。



「何度も言いますが大丈夫なんですか? 先輩、今日はいつになく積極的なので本当に心配です」



 思いついたらやってみたいという好奇心と、どうせならさっさと解明して対策を打ちたい。こうして彼女が近くにいてくれるからこそ出来ること。

 そしてもっと彼女の傍に。



「次にやることはちょっと大丈夫じゃないかもね」



 そんな表情で見ないで欲しいな。

 半眼で口を強く結び、明らかに不機嫌アピール。



「馬鹿なんですか?」

「まぁまぁそう言わずに」



 首筋を舐められても、多分何も感じないはず。

 中学最後の部活の日。

 バスケの最後の勝負の後、二人して力尽きて倒れた。そのあと酸欠気味であまりよくは覚えていないが、倒れる彼女の下敷きになり、その拍子で似たようなことが起きたはず。

 ただ、次にお願いしていることに関しては僕の想像通りならばどうなるかわからない。



「いきますよ」



 緊張した面持ちで浅く深呼吸する。



「……失礼します」



 舌先の少しざらついた感触。

 数秒にも満たない刹那の時間だったけれど、分泌液はしっかりと付着していて、濡れた場所とそうじゃない場所が見えずともしっかりと感触として残る。

 特に問題はなく。

 後には気恥ずかしさだけが残る。


 一度顔を離した夏菜は僕を心配そうに見つめる。

 照れよりも心配が勝っているあたり、ちょっと申し訳なく思う。

 笑って返すと、いつもの無表情に戻った。



「次、行きますね」

「うん」



 身体が少し強ばる。

 来るとわかっていても緊張する。

 緊張しているのは彼女も同じだ。

 ただ、違う意味。



「んっ、……ちゅ」



 先程よりも長く感じる。

 思ったよりではなかったが、やはりというべきか動悸がして茶髪の女性の姿を脳裏浮かぶ。

 鼓動とは反比例して体温は下がっていく感じ。



「……先輩」

「あぁ、うん。ちょっと待って」



 夏菜を膝に乗せたまま、というよりは降ろす元気がない。

 目を閉じて長い時間を掛けて呼吸を整える。



「よし、おっけい」



 不安げな視線。

 それに対する解答は彼女の頭を撫でることだった。


 思考の海に潜る。

 結論から言えば、僕に発作のようなものが起きる行為というのは幼き日に見たあの二人の行動そのものだ。

 案外僕の記憶力というのも侮れないようで、廊下で見たものや直接見せられたもの中にある情景と同じ事をすると辛くなるというもの。

 フラッシュバックと言われる類。


 似たような光景でも、彼らは首筋にキスをしても舐めるようなことはしていなかった。

 ただ、当時は何をやっているのか理解出来なかった代物。

 成長して知識が増えたからこそ理解し、それが不快なものとして捉えたようだ。

 裏切り行為。

 後天的に出来たものと自分の中で考える。


 図書館で熟読した書籍は基本的には似たようなモノが多かったが、その中でも思考の誘導先をネガティブなモノからポジティブに変えることを試みることにしよう。

 幸いにして僕のそれは軽症な部類。

 夏菜という存在で塗りつぶしていけるのではないかとそう考えていた。

 相手が彼女じゃなければやらかっただろう。それだけに僕の中では夏菜という存在が大きくなっているのだと。

 もう一つ何かきっかけがあれば、母親の面影から決別出来るような気がしている。



「ここで何も言わずに、自分だけわかったような顔をされるのも困るのですが」



 そりゃそうだ。

 こんだけ付き合わせといて何も教えないというのは残念が過ぎる。

 この結果を踏まえて、更に一つ付け足して夏菜に教える。



「あとはするよりされるほうが」



 脳裏浮かぶビジョンもはっきりと映し出される。

 夏菜の首に口づけを交わしたら完全に把握出来ることだろうけれど、一日に3回もしんどい思いはしたくない。

 とりあえずは今度ということにして彼女に謝罪と礼を述べるが、夏菜も少し俯くようにして申し訳なさを醸し出す。



「先輩に一つ謝らなければならないことができました」



 顔を上げた彼女は申し訳無さよりは、やっちゃったみたいな戸惑いをみせている。



「先輩の首に思いっきり跡残ってます」

「あぁ」



 そりゃ吸うようにお願いしたから残るよね……。

 内出血ってどのくらいで治るのだろうか。

 夏休み中だから問題ないんだけど。



「今日バイトですよね?」

「……」

「かわって……、今日一緒だったな」

「はい。コンシーラーとか母さんなら持ってるとは思いますが、生憎と私は持っていないので」



 素直に春人さんに誂われることにしよう。

 諦めた。

 どうなっても責任はもつ。

 それだけの覚悟はもう僕の中に存在している。

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― 新着の感想 ―
[一言] 実験も兼ねた、どっちがしり込みするか?チキチキチキンレース、開催である。母と間男をトレースする行為がダメ、となるとマウストゥマウスとか、大体のそれ以上の行為も難しくなりそうだけど、その辺りも…
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