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メヌエット

 司の提案によりもう少しこの海で過ごすことに。

 昼間は海で遊んでいた彼ら、夕方のこの時間は浜辺でゆっくりとしたかったのだろう。

 同様に他のカップルたちも思い思いに過ごしている様子が窺える。

 朝と夜では雰囲気がまるで違う。

 賑やかだった陽気な風景も、静かで穏やかなものに様変わり。


 僕らはというと砂で作った城の間に無言で二人並んで座って地平線を眺めている。

 完全にオレンジ色の世界。

 空も海も浜辺も綺麗に染められている。

 隣にいる彼女さえも夕日に照らされて白い肌が色づく。


 少し遠くには司が神楽先輩をエスコートしながら手をつないで砂浜をゆっくりと歩いている。

 二人の表情は穏やかで幸せそうだ。

 参考にと鑑賞したどの映画よりもリアルな幸福。

 波の音も彼らにとっては雰囲気を盛り上げるBGMになっていることだろう。

 僕らの身は風景に溶け込み背景の一部になる。


 押しては返す波。

 光の反射も相まって眩しい。

 潮風に当たりすぎて少し肌寒く感じていると、夏菜が言葉を零す。



「先輩は何を考えています?」

「幸せそうだなって」



 返す僕の言葉もまた、淡々として静かで空中に霧散して消えそうなほど。



「神楽さんたちのことですか」

「うん」



 彼らのことをメインで言っているが、それ以外の恋人たちにも言えること。

 夏菜は伸ばした脚を折り曲げ両手で抱えた。

 少し前傾姿勢になった彼女は僕を覗き込むようになる。

 


「もう少し先を考えて見ませんか?」

「というと?」

「先輩です。自分の現状に必死すぎて先のことを考えられてないと思うんです」

「そうかも、ね」



 言われてみれば僕は未来のことを考えたことがない。

 将来どうなりたいとか、大学進学だって可能だろうが、就職をするのであればそれに見合った大学というものがある。

 自分の夢というものを持ち合わせていない。

 こうなれたらいいな、と考えたこともなかった。

 普通なら少しくらい考えるものだ。

 そこまでこの子は僕のことが見えている。

 遥かに僕より僕を知っている。

 二重の意味で驚いた。



「遠い未来のことはまだ大丈夫です。私達には時間があります」



 諭すように優しい声色。

 まるで導くように。

 遠くに見えていた雲が千切れてはぐれる。



「ちょっと先のこと、ほんの少し。例えばあの二人を見て先輩は幸せそうだと思ったんですよね」

「うん」



 いいなって思った。



「先輩もなれますよ。先輩が望むのであれば今すぐに」

「夏菜とってことだよね」

「ふふっ。他に誰がいるんですか」



 笑っているが、少しむっとした表情も見せる。

 僕の気持ちを汲んで彼女は触れずに、言葉だけで接触する。



「考えてください、あそこに並んで手を繋いでいるのは私と先輩です」



 想像する。

 手を握り笑い合って浜辺を散策する僕らの姿。

 多分、夏菜は表情を変えずに耳だけを少し赤くして無言で隣を歩く。きっと僕も何も話さず、お互いに黙ったままの時間を過ごすことになる。

 それは退屈でもなく楽しいわけでもないが、きっと安心感があって心地よいものだと。



「見えましたか?」

「うん」

「この先を想像するのは容易いですが、先輩だと荷が重いかもですね」



 その先、人影のいないところで口づけを交わす。

 簡単な想像。

 恋人同士、夕焼けの綺麗な浜辺。

 その姿は司たちではなく僕ら。



「……っ」



 トラウマの姿が現れたのではない。

 単純に夏菜の顔がみれなくなった。



「先輩の顔赤いですね」



 見透かしたような微笑むような。

 顔を見ずとも声色でわかる。



「夕日の所為じゃないかな」

「そうですね。夕日の所為です」



 誘導されてしまったようで悔しいが、認めるしかなさそうだ。

 いつかの学食での会話。

 司が言い、夏菜が同調した。


『デートしたい、手を繋ぎたい、唇を交わしたい、肌を重ねたい、笑ってほしい、悲しませたくない』


 彼女との未来のビジョンを想像出来なかった昔。でも今は司たちを覗き込んで想像出来てしまった。

 一つを除いてそうしたいと考えてしまった。

 そして、一つ加えるとしたならば彼女を幸せにしたいとも願う。


 負け、敗北、負戦。

 答えは出たのだと思う。

 色恋に疎く学習中の時分、元から有ったものか変化したものかは判断に苦しむが認めた。認めたけれど、最後まで認めるわけにはいかない。

 障害はある。

 ルールも決まっている。


 深く呼吸を繰り返して心を落ち着かせ、隣の彼女を見る。

 微笑む夏菜の双眸もこちらを見ている。

 ゆっくりと海に視線を流して、目を瞑る。

 いつもより可愛く見えた夏菜の姿。

 雰囲気に流されているかもしれないという言い訳は必要なさそうだった。


 さて、どうしたものか。

 ルール上僕が勝つということは難しいというよりは不可能になった。

 考えることにしよう、まずは障害を取り除くことを優先する。

 その上で敗北を認める。

 でも、考えた末に敗北しかないということであっても、さらに考えて勝つ方法を考える。


 僕だって男の子だ。意地ってもんがある。

 負け続けて、勝つことがないまま彼女に僕の人生を預けることは出来ない。



 ※



 帰宅する中の電車。

 隣の夏菜は力尽きて眠って、僕の肩を枕替わりにしている。本人は夢の中、気付きもしないだろう。なんとなく報復というわけではないが、一枚写真を撮っておくことにした。

 どうせ罰ゲームで膝枕されることになるのだ。


 寝起きはぼんやりとしてしまうから、最寄りの駅に着くまえに彼女を起こす。

 眠そうな目はまだ半分も開いておらず、起きているのかさえ怪しい。

 時折船を漕ぎ始め、その度に身体ごと震わせてびっくりしている様子がなんとも微笑ましい。彼女の中で起きてなければいけないという意識が働いているようだ。

 楽器がなければ彼女を背負って帰宅も出来たのだけれど、駅に着いてからは僕の肩を握ってもらい、彼女の腰に手を回して支えて歩く。

 甘酸っぱい光景ではなく、なんだか酔っ払いの介抱をしているような気分になる。

 海辺の雰囲気はどこへやら。


 道すがら彼女の覚醒の兆し。

 徐々に肩を握る手の力が強くなり、冷たかった身体にも熱を帯びていく。

 夕暮れの海よりも街中の夜のほうが暑く、彼女を支える手は少し汗ばむ。



「すみません」

「謝らなくていいよ。それよりも、もう一人で歩ける?」

「いえ、もう少しお願いしてもいいですか?」

「わかった」



 彼女には悪いが少し考え事をしていた。

 腕を組むよりも接触しているけれど特に思うことはない。

 身体の接触というよりは鍵になるのはやっぱり恋人のそれだろうか。

 一度僕が拒否したことの逆、彼女の耳を甘噛しようかとも考えたがこの身長差で彼女を支えている今は無理だ。


 マンションのロビーに着いた頃には彼女は一人で歩いて、僕の少し後ろを歩く。

 僕が嫌がっているというわけではなく、単純に通路が少し狭いだけ。

 鍵を開けて扉を開く。

 同時に挨拶を交わしてしまい、見合わせるとくすりと笑う。

 なんとも奇妙な感覚。

 得られなかった幸福が僕のところにもやってきた。

 錆びついた歯車の一つがようやく動き出すのを感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋愛は惚れたほうの負けというなら、そもそも最終的には双方の負けではあるし、先に惚れたほうが、ということであるならすでにパイセンが一勝してるということであるけども。勝敗の定義がパイセンが惚れる…
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