砂の城
朝食を早めに摂り、二人で道具を買いに出かけた。
天気予報通りに雲ひとつない快晴。
9時にはチェックアウトを済ませて海に向かうことになった。
僕らは今日の自宅に帰らねばないらないので、遊べる時間は夕方ぐらいまでだろう。
海に近いホテルだったので20分も掛からずにたどり着けた。
青い空に青い海。
砂浜は白く素手で触ると日の光を吸収して火傷しそうなほど熱い。
「一人でどこに行ってるんですか」と、夏菜に怒られながら砂浜から引きずられるように海の家に引きずられていく。
海の家にある更衣室で着替えを済ませると、彼女たちを待つことになる。
どうしてもこういう場合は男のほうが早い。
司とともに待ち続ける。
しばらくして男性だけではなく、女性も一斉に更衣室の出口に視線を送っていることに気付いて彼女たちが出てきたのだとわかった。
嫌でも目立つ二人。
一緒に買いに行ったのだから、どんな水着を着用しているのかは知っている。
水着だけを見るとの、本人たちが着ているのを見るのとでは大きく変わる。
決して露出は多くはない。
けれど健康的な肢体に白い肌は黒い水着とよく似合うし、元々の夏菜の表情。垂れ目に泣きぼくろはより一層色気を醸し出している。
なにより見る気はなくとも豊かな胸に吸い寄せられる。
「言うことありますよね? 先輩」
「うん。すごい似合ってて色っぽい」
「今日は素直ですね。最近は捻くれてましたけど」
「冗談を考えるよりも先に言葉に出たから」
久しぶりに夏菜の耳が赤く染まる。
「先輩はこういう人でしたね。忘れていたわけではないですが、やっぱり不意打ちは卑怯です」
「そんなこと言われてもね」
感想を聞いてきたのは彼女のほうだ、不意打ちもなにもないと思う。
僕は僕で夏菜の可愛さに照れしまい、照れてしまったことを隠すように夏菜から目を逸らすと、司たちが視界に入る。
あっちはあっちで何かやっている。
二人ともぎこちない。というよりは初々しい。
僕らと違うところはそれだけじゃない、手を絡むように繋ぎ二人で海の家を出ていく。
恋人繋ぎ。
「僕らも手をつなぐ?」
「……え?」
「やっぱり、いいや」
想像するだけ恥ずかしい。
手汗でえらいことになりそう。
「何なんですかっ、もう」
背後から珍しい夏菜の憤慨が聞こえる。
ロッカーに夏菜の荷物と一緒に纏めて預けて砂浜に出る。
手に大きなバケツ。
中には刷毛やヘラなどが入っている。
海で遊んでいる客たちには何やってるんだこいつらという視線を感じるが無視する。
夏菜にはそれ以外の視線も集まっているようだが、今の僕らは敵同士。心配する必要はなし、そもそも気にすらしないだろう。
バケツに海水を汲み、その中に砂を入れて混ぜる。
もう一個バケツを買えばよかったかもしれないと後悔したけれど、自宅に持って帰ることを考えると少し時間が掛かるがこれでいい。
砂浜と海を往復し土台を作る。
程なくして僕の身長の半分、ちょうどヘソあたりにまで土台が積み上がった。
何を作るかは道中考えていた。
モデルはポルトガルにあるペーナ国立宮殿。
色鮮やかで、少し奇抜な建物。
高校1年の暇な時期にパソコンでサンドブロックゲームをやっていた頃。一度、画像を見ながら作ったことがあったので、今現在手元に資料がない状態で作るのにはちょうどいいと思ったのだ。
ヘラで大きく削り、先端の尖った物の変え小さく削っていき模様も付けていく。
ずっと集中のいる作業が続く。
体感では1時間ぐらい経った頃。
「先輩、そろそろ休憩にしませんか?」
「え?」
目算で作業の3分の1。
あとは細かいところを削っては調整していく作業。
どこから手を加えようかと考えていた所に夏菜から声が掛かる。
「もうお昼時です、昼食にしましょう」
「わかった。手を洗いに行こうか」
どうやら3時間は経っていたようだ。
移動する直前に夏菜の作品を眺めると、高さはそれほどでもないが細かさ尋常じゃなかった。
僕は洋だとすると彼女は和。日本の城だった。
石垣もそうだが、瓦までしっかりと刻まれていた。
膨大な作業量をこの短時間でこなしている。
海で遊んでいた司たちと合流したのだが、すごい呆れられた視線を送られる。
なんなら「お前ら話題になってるぞ」と愚痴られた。
それは知らない。
昼食が終わるとすぐに作業に戻る。
ギャラリーが出来ていた。
僕らに気づくと人が別れて道が出来る。
何故か知らない人たちに応援までされる始末。
「勝負の判定方法さ、出来上がったギャラリーたちに聞いてみることにしようか」
「公平ですから私もそれで構いませんよ」
それだけを決めるとまた僕たちは別れ、お互いの城を完成させていく。
※
「私は完成しましたけど、先輩はどうですか?」
いち早く完成させた夏菜が僕の隣にしゃがみ込んで話しかけてくる。
僕は彼女に視線を送らず自分の作品を眺めたまま、手には先端の尖った小さな道具を手になにをするわけでもない。
宮殿自体は完成しているのだけれど、崖が上手くいってなかった。
頭の中に浮かぶ風景では山の上に森に囲まれてた宮殿であるのだが、その森が表現出来ない。
三角錐を作り、そこから小さな模様などを刻み木には見える。
ただもみの木のような樹木で宮殿の周りに生えている木には見えないのだ。
素人にしてはよくやっているという自負があるが、砂では森は作れない。
「う~ん」
「何か不満でも?」
「いや、僕も完成かな」
完全に満足した出来ではないが、今の僕の精一杯の作品。
次、砂で何か作ることがあるのだろうかと言う疑問は捨て置く。
「わかりました」
夏菜は立ち上がると、しゃがんだことで出来た水着の食い込みを片手で直す。
見惚れるとは違う何か。
彼女のその仕草から目を離せないでいた。
「……」
「どうしたんですか? 先輩」
「いや、なんでもないよ」
僕の返事に最初は気にせず、まだ座ったままの僕を見下ろしているだけだったけれど、僕が立ち上がり周りにいるギャラリーに声を掛けに歩き出そうと一歩前進した時に呼び止められる。
「やっぱりよくないです。私も先輩なら大丈夫だと思いこんでいる節があるので、細かい疑問を抱いてもそのままにしてしまうので」
「大丈夫だって」
「また私、拗ねますよ?」
新たな脅しが増えた。
確かにあれは僕の心にも刺さる。
「それは困るけど、言えないこともあるよ」
「いえ、言っていただきます」
「本当に大丈夫だから。なんかあったらちゃんと言うから」
じっとりとした視線が僕に向かう。
疑わしいと言っているようなもんだ。
「わかりました。今回は諦めます」
ほっと胸をなでおろす。
言えるか、夏菜の仕草で少し興奮したって。
いくらそういうことに否定的であっても生物としての機能ぐらいある。
「それより行こう。日が暮れちゃうよ」
「はい」
僕らがギャラリーに、というか僕がギャラリーに声を掛け始める。
夏菜は隣にいるだけ。
普段から話し掛けられることには慣れているけれど、自分から話すことはない彼女。単純に慣れていないだけ。
案外、人見知りなのかもしれない。
「渉、俺たちも手伝うよ」
「ん?」
肩を叩かれて振り返ると、海で遊んでいて濡れたままの司と神楽先輩の姿。
彼らだけではなく、僕らがお世話になっている海の家のスタッフも何故か手伝ってくれることになり、大掛かりになってしまった。
10人程度に話を通せばいいやって思っていたのだけれど。
小さなホワイトボードに僕の作った宮殿と夏菜の作った姫路城と熊本城の組み合わさったキメラ城の名前が書かれて、丁度中間に真っ直ぐ縦に線が入れられる。
良かったほうに小さな丸い磁石で投票するという流れになってしまった。
海の家のスタッフが説明と整列を管理している間。
僕は司に一度、海の家に連れ戻されていた。
「お前そのままだと不利だから、ちょっとだけ手伝うよ」
「何するわけ?」
不利もなにもない。
ただ単に作品の良し悪しで決まると思っていた。
「ちょっと待ってろ」
司は自分の荷物からヘアワックスを取り出し、手に馴染ませると僕の髪を弄り始めた。
鏡がないのでどうなっているのかはわからないが。
髪に何かをつけるのは違和感しかない。
「てか、髪型で何か変わるの?」
「まぁまぁ、後で分かるって」
「?」
言われたがまま髪をセットしてもらい、砂浜に戻る。
「……先輩」
「なに?」
夏菜が僕の顔をじっと見つめてくる。
なんだろう。
結局、自分の髪の状況が把握出来ていない。
「色気づきました?」
「どうなってるこれ?」
「自分でセットした……わけないですよね。家になかったですし山辺さんですか」
「うん」
彼女の目が怪しく光る。
「先輩も学校でその髪型しちゃ駄目ですからね」
悪戯な笑顔。
でも、耳が少し赤いところを見ると恥ずかしい様子もみられる。ただその理由は不明。
「そもそもワックスとか持ってないから」
「でも、スタリング剤とワックスは買いにいきましょう」
「しちゃ駄目って言ってるのに、何に使うのさ」
「私の前だけです。私の前だけなら使っていいですよ」
「髪がベトベトするからあんまり使いたくないんだけど」
なによりわざわざ髪型のためにワックスを使うというのが面倒くさい。
「まぁまぁ、そう言わずに」
「結構押してくるな? 何かあるの」
もともと押しの強い子。
だけど今回は引く気が全くない。
「普段の先輩も素敵ですが、髪型が変わるだけで新鮮で増々格好良く見えます」
「眼科行ったほうがいいんじゃないかな」
そう言ってくれるのは素直に嬉しい。
しかし自分のことはよくわかっている、特徴があまりないのだ。
平凡な顔とでも言うのだろうか優れているわけでも劣っているわけでもない。
ただ少し女顔で中性的なだけ。
「確かに人よりは先輩のこと格好良く見えていることは否定しませんけれど、それでも先輩は容姿が優れている部類ですよ」
納得は出来ないが否定はしない。
人によって感性は違うものだし。
「僕のことより、そろそろ投票が始まるみたいだから行こう」
「絶対に買いに行きますからね」
「……わかったから」
作品の間に僕らは並び立つ、パラソルも置いてくれていてスタッフの心遣いに感謝。
スタッフが誘導をしながら磁石を配っている。彼らになんのメリットがあるのかと考えていたが、一緒にドリンクやらアイスなど食べ物を売っていた。売れ行きも好調のようでなにより。
商魂たくましいというか、なんというか。
30人近くは投票し終えただろうか、今の所はほぼ同票。
少し夏菜が多いように見える。
更に投票が続くと一つ気づいた。
男性の投票者は夏菜に、女性の投票者は僕にと明確に多い。
なるほど、司が言っていたことは的を射ていたようだ。
男女共に公平に投票してくれる人も勿論いるのだけれど、僕にポイントを入れてくれる男性はほぼいない。夏菜の前にずらっと並んだ男性客を見ると、アイドルの握手会でもやっているようにさえ錯覚する。
ただ僕にとって有利に働いているのは女性客だけではなく、子供たちもだった。
皆が想像するような洋風の城というわけではないが、この年頃の子供たちは和ではなく洋物に憧れているのだろうか。
これはイケるかもと思ったが。
「集計致しますの暫くお待ち下さい」
丁度100人の投票が終わる。
パッと見では明確な差があるわけではない。
でも体感でわかる。
今回も負けたのだろうと。
「57対43でこちらの和風のお城の勝利ですっ! では、勝利者インタビューです」
日に焼けた褐色の女性が夏菜に近寄っていき、拡声器で彼女に質問を求めている。
敗者は素直に負けを認め、海の家に向かう。
まだインタビューは続いているようで遠くから夏菜の声が聞こえている。
スポーツドリンクを買っておく。
5分程度、先に喉を潤しながらぼーっと海を眺めながら待つ。
遠くの青かった海も段々と茜色に染まり、風向きも変わって海から吹いてくる風は涼しく、汗ばんだ身体を癒やしてくれる。
そろそろ夕方。
もうこの合宿の終わりも近い。
海に来ることは少し否定的だったけれど、なんだかんだ楽しい2日間だった。




