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合宿

 茹だるような暑さと騒がしいセミの声。

 一泊二日の合宿の日。

 道中の電車の中で説明されたが、学校で相談した通りの部屋割りになっていて少し驚く。

 あっちは付き合いたてのカップルでこちらはある意味身内と言って差し支えない関係。


 チェックインは16時。

 午前から夕方までは近くの貸しスタジオで打ち合わせと練習。

 先に打ち合わせを済ませることになり、いきなり練習を始めるわけではないが真空管アンプなのでパワーのスイッチをオンにして温めておく。

 荷物を置いて、スタジオの中にあるパイプ椅子を適当に並べて座る。

 僕の隣に夏菜。

 神楽先輩の隣に司が、それぞれ椅子を寄せてくる。

 こうなることは予想出来ていた、だから僕らは構わず相談を始めた。



「一応、今回の学園祭で演奏する候補を絞ってリストを作ってみた」



 コピーされた紙を僕に渡してくる。

 一枚しかないようで、夏菜が覗き込むように顔を近づけてきた。バニラムスクの甘い匂いにやわらかい髪が僕の頬を触れてくすぐったい。


 曲目を眺めるが、知らない曲も知っている曲もある。

 司は興味なさそうでスタジオ内を見て回っていた。元から神楽先輩と話し合っていたのかもしれない。

 あいつの持ち込みはスティックだけなので、暑い中歩いてきたというのに1番元気だ。



「今年も邦楽を掴みの曲として入れていくつもりだがどうだろうか」



 去年と同じ構成。

 邦楽を入れるとどうしても軽音部と似たような雰囲気になってしまう。それが別に悪いわけではないが、どうせなら民族音楽研究部の色を出したい。



「邦楽じゃなくてもいいと思いますけどね」

「と、言うと?」



 掴みということであれば、有名で尚且つ盛り上がる曲。

 僕は筋肉芸人のネタにも使われている曲を提案してみた。

 歌詞を見れば応援歌のような生き様を熱く歌うような、そんな曲。

 まぁ、サビに入ると。



「ヤァーー!!」



 神楽先輩の隣でポーズを取りながら叫ぶ司。

 そう、こいつのやる通りにお笑いのイメージがついてしまった。

 無視して話を続ける。

 夏菜が慰めようかどうしようか悩むが、僕が無視したことにより倣う。

 あいつもあいつで気にしてないあたりメンタル強すぎる。

 そんなアホな彼氏を持っている相手として、羞恥心に包まれつつ苦笑いを浮かべているのが神楽先輩である。



「僕らはあんまり最近の邦楽知らないですから、こっちから歩み寄るよりはいいんじゃないですかね」

「ふむ」

「部員も増えたし、キーボードなら夏菜が弾けるんじゃないっすかね」



 ちらりと横に視線を送ると、何も問題ないと頷き返してくれる。

 彼女もギターをやってみてはどうだろうかと勧めてみたことがあるのだが、『先輩と同じことをしてもいいですが、楽器に限らず違うことやってそれぞれの特性を伸ばしたほうがいい気がします』と否定されてしまった。

 先を見据えての発言だと感じたが、それ以外のことは僕にはわからない。



「市ノ瀬さんはボーカルとして参加だと思っていたがそれもありか。選択肢が増えるな」

「まぁ、夏菜の歌声って綺麗だからロックとかはあまり合わないですけど」



 バラードとかそっちならすごい映える。

 去年は神楽先輩の喉が潰れていたので、代打として歌ってくれたけれど最後に歌った邦楽のほうが綺麗に収まっていた。



「まぁ、そうだな。私や柊くんが好きなのは男性ボーカルの物ばかりだからな」

「ガールズバンドも知ってはいるけれど、僕らの好みとは違いますからね。好きは好きですけど」



 なんなら時代的に先進的すぎて評価を得られていないものが多い。



「先輩が歌えばいいんじゃないですか?」



 隣からそんな提案の声が聞こえた。

 驚いて振り向くが、自信に満ちた顔がそこにはあった。



「私は先輩の歌声、結構いいと思いますけど。ほら部室で……」



 そう言いながら、僕を睨みつける。

 思い出して腹が立っているようだ。

 触れないでおこう。



「決して上手くはないですが、なんというか独特の雰囲気があってずっと聞いてたくなるんですよね。先輩の部屋でも何度か聞いたことがあるんですが」

「市ノ瀬さんがそう言ってるが?」



 神楽先輩の試すような言い方。

 彼女の想いに答えないのか? というような。



「まぁ、一曲だけならなんとか覚えられると思います」



 会議は続く。

 最初の曲から順番に決めていく、持ち時間的に5曲が限度でそのうちの4曲は決まった。

 ちなみにIt's My Lifeは採用されて神楽先輩がヴォーカル担当になった。

 もちろん夏菜も歌うことになる、4曲目のYesterday Once More。彼女という選択肢が増えたことで新たに出てきた選択肢。

 最後に落ちとなる曲が決まらず難航することになったが、折角の貸しスタジオだ。会議だけに時間を費やすわけにもいかない。練習時間を増やしたいために帰ってから改めて決めることに。


 準備の良い神楽先輩。

 もとから決まりそうな楽曲のスコアを持ってきていたようで、ようやく楽器の練習に取り掛かる。最初からそれだけを提出してくれればいいのにとは思うが、僕らの意見も聞きたいのだろうと納得することにした。

 実際、会議を行わなければその2曲はなかったものだ。


 結構長いことスタジオを借りてくれているので、時間に追われることなく集中できる。周りに人がいるというのに自分の音だけに夢中になる。

 久しぶりだ。

 最近は考えることが多すぎて、離れていた感覚。

 自分一人だけの世界と錯覚する。

 見えるものはなく指先に感覚と次第に音だけになり、風景は消えていく。

 時間の流れはわからない。

 どこまで続くと思っていた時間。でも、それも一瞬で終わりを告げてしまう。

 もっと深く潜り込もうとするが、揺さぶられて景色が広がった。



「先輩、どうぞお水です」

「え? あ、うん」



 冷えたペットボトルを受け取る。



「時間ですよ。あと、これもどうぞ」



 タオルとTシャツも渡される。

 ずっと立ったまま演奏していて、気づけば時間もそうだが汗もびっしょりとかいていた。



「荷物は私が持って待ってますので、先輩は水分補給をして着替えたら受付まで来てください」



 僕はお礼を言って、水を一気に流し込む。

 そして違和感に気付く。



「二人は?」



 やたら静かだなと。

 司も神楽先輩はなく、荷物すらない。



「二人で仲良くホテルに向かいましたよ」

「夏菜は待っててくれたの?」

「当たり前じゃないですか、私がいなかったら先輩はいつまでも弾いてそうですし」



 ※



 ホテルの1室に到着し慌ててスタジオを出たために弦やネックに付いた汗を拭えていないので、ホテルで軽い整備を行う。

 それが終わると手持ち無沙汰になり、彼女が淹れてくれたお茶を啜りながら時間の経過を待つ。

 温泉もあるが、時間的に夕食が先になる。

 予約していた時間まで30分あるのだが、僕というよりは夏菜にとっては短すぎる。

 無音なのも寂しさがあり、テレビをつけて放置。



「明日は海ですね」

「そうだね……」



 荷物はチェックアウトした後もホテルが預かってくれることになっており、少しの荷物だけで海に行ける。

 宅配サービスもあるけれど、出来れば楽器は自分の手に持っておきたいので、一時的に預けることにした。



「あまり楽しみって感じではなさそうですね」



 海自体は好き。

 ただし見る専門として。



「泳げないからね」

「金槌なんですか?」



 意外そうというニュアンスが言葉に沁み込んでいた。

 一緒の部活やっていたこともあって、運動神経は良さそうにみえるからかもしれない。

 泳ぐのはまた別だと思う。



「うん」

「浮き輪借ります?」

「荷物番してるよ」

「私は先輩と遊びたいのですが」

「砂遊びでもする?」



 僕の中で海に入るという選択肢はない。



「埋めていいですか」

「それは嫌だな」



 砂浜に埋まる自分を想像するが、すごい滑稽。



「バケツとか売ってるかな」



 砂で城とか一度作ってみたい。

 冗談で言ったことだが、海に来ることも初めてなので興味を唆る。



「本当にやるんですか?」



 彼女も冗談だと思っていたのか驚きを見せていた。



「どっちが立派な城を作るか勝負する?」

「そうまで言うのであれば、明日朝イチで道具買いに行きましょう」



 彼女も乗ってきてしまった。

 変な流れで勝負になったけれど、明日が少し楽しみになってきた。

 泳ぐよりは全然良い。



「おいで」

「はい」



 場所をベッドの上に移り、夏菜を太腿に寝かせて髪を撫でる。

 最近の僕の中での流行り。

 あれ以来、結構ハマっている。

 何より彼女の髪質が触っていて気持ちいい。癒しの時間である。



「たまには私も先輩を膝枕したいのですが」



 何度目かの膝枕、彼女はまだ緊張した面持ちで横になりながら言う。



「明日、僕に勝ったらね」

「言いましたね? 遊びのつもりで罰ゲームも決めてませんでしたが」



 僕も遊びのつもりだった。

 口は災いのもと。

 彼女を本気にさせてしまった。

 ふかふかで気持ちいいし、いい香りがして安らぎもある。が、恥ずかしい。



「じゃ、僕が勝ったらどうしようかな」

「私を抱きしめるのはどうでしょうか?」

「なんで、どっちに転んでも罰ゲームなの?」



 勝ったほうが難易度高いのだが。



「罰ゲームだなんて失礼じゃないですか」

「その言い方ずるくない?」

「そうですね」



 彼女はくすりと笑うと、すぐに表情を戻す。



「でも先輩のためになるかと」

「あぁ、そうだね」



 克服のために色々と考えてはいるけれど思いつかない。

 それで彼女の提案。

 自分のためにもなるけれど、最終的には彼女のためにもなる。


『彼女のためになる……?』


 自分の考えに違和感を覚えて夏菜を撫でる手が止まる。



「どうしました?」

「いや、なんでもない」



 彼女の腕にハマる白い腕時計。

 夕食まであと5分といったところ。



「そろそろ食事の時間だから行こうか、あいつら待たせるのも悪いし」

「もう暫くこうしてたかったですが、仕方ないですね」

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