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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
ちぐはぐコミュニケーション
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買い出し

 本日は食材と日用品の買い出し。

 来週には合宿が始まるので、ちょっとした消耗品も買う予定だ。

 地方によくある大きなショピングモールに訪れていた。

 大体の物はここで揃うし、なければ通販で事足りてしまう世の中。


 仲良さそうに腕を組むカップルに見えなくもない二人がガラスのショウウィンドウに映っている。

 茶色のチェックのネルシャツに、ダメージデニムのショートパンツ。

 おまけに網タイツにスニーカー。

 誰もが振り返る美貌に身長は高くないが反則級なスタイル。

 そんな少女。

 左の薬指には輝く指輪。



「夏菜ってファッション変わったよね」

「そうですか?」



 言ってしまえばボーイッシュだった服装が、今はそれを残しながらも少し色気のあるものに。

 いや、今でも結構パーカーを愛用している。

 どちらも色合いは大人しいものだけど。



「グランジファッションっていうらしいですよ」

「ネルシャツだからそうなのかなって思ったけど」



 夏の間は暑くて着ないが、秋以降は僕の服装も似たようなもの。

 赤と黒のボーダーのセーターなんかも愛用しているし、靴も大体スニーカー。



「先輩の隣を歩くのでこういうのがいいのかなって」



 服装は自由だし好きなものを着ればいいと思うのだが、そう言われて悪い気はしない。



「網タイツとか持ってたんだね」

「まぁ、はい。私だと似合わないですか?」

「いや、実物見る機会なんてないから、驚いただけだよ。よく似合うし色っぽい」

「ちょっと冒険したかなって思いましたが、思い切って履いてきてよかったです」



 周りの男性陣も夏菜を見る目が、いつもより色欲的なものに感じる。

 隣にいる僕としては、鼻が高いような申し訳ないような。

 僕のTシャツは胸のポケットから猫の鳴き声がたくさん出ているもので、下は夏菜と同じダメージデニム。

 夏菜のはデザインとしてのダメージだが、僕のは本当に使い方潰されてボロボロになっている。

 ある意味本来のグランジ。

 服装にお金を掛けるほどの個性は持ち合わせていない。勿体ない精神のほうが勝る。年に3,4着買う程度だった。

 今年は彼女に選んでもらって購入していたので、もう買うことはなさそう。

 ちなみにシャツに関しては今回は珍しく文句を言われずに好評を得た。



「女性って交際相手とかの好みに合わせて、服装の趣味が変わるっていうじゃないですか」

「聞いたことある。それで浮気がバレたとも」

「そういことが言いたかったわけじゃないんですが」



 こんな返しが来るとは思ってなかったのか、かなり困惑している。

 何も言えずにどうしたらいいのか考えている。



「わかってるよ。僕がグランジロック好きだし、そういう服装してるから」

「もう」



 拗ねてはいるが安堵の声。



「それで?」

「昔はそんなことある筈ないなって思ってたんですが、昔の私が今の私を見るとどう思うのかなって」

「驚くだろうな」



 知り合った当時の彼女を思い出す。

 性格もトゲトゲしさが目立ち、毛先のパーマもなく、今でこそうっすらメイクもしているが、素材の良さそのままの彼女。

 それでも素朴とか純朴とかはなく、それはそれで完成されたものでもあったような。

 思い返して見るとわかる。



「夏菜も変わったんだな」

「そうですね、変わったというよりは変えられたの方がしっくりきます」

「僕のせい?」

「はい」



 ハニカム笑顔。

 これも変わったことの1つ。

 まだ親しい間柄の人たち以外には気づかれないものだけれど、しっかりと微笑んでいる。



「先輩に染められてますね」



 そう言う彼女だった。

 けれど僕が染めている意識はない。



 ※



 夏なので食材は後回し。

 楽器店にやってきた。

 家から1番近いこともあってよく通っている。

 レジで対応してくれた女性のスタッフにも見覚えがある。

 ショッピングモールだというのにこの楽器店は貸しスタジオがあったり、音楽スクールまであったりする。

 流石に中古の楽器は置いていないが、それでも必要な物は全部揃う。

 弦の換えとピック。

 柑橘系オイルもなくなりそうだったので買っておく。

 小さな袋に入れてもらい夏菜のリュック、いつもとは違うデザイン重視の鞄の中に収めてもらう。




「彼女さんいたんですね」



 釣り銭を受け取っていると声を掛けられた。



「え? あ、はい」



 隣から視線を感じる。

 なにか含みのありそうな顔。

 思わず目を逸らした。



「毎度ありがとうございました」

「どうも」



 逃げるように店を後に。

 次は日用品を、と思ったところで抱きつかれている腕に圧力が。



「な、なに?」

「ついに認めました?」

「いや、こんな状態なのに否定するほうがおかしくないか?」

「確かにそうですけど、ついに勝利かと」



 ただの悪戯、とりえあず言ってみましたと言わんばかり。

 本気でそう言っていないのが声色で判断できる。



「そう簡単に勝てるとでも? 僕はわりと人間不信の部類だからね」



 それは昔の話で今はただのコミュ障。

 市ノ瀬夫婦や司、神楽先輩。もちろん夏菜と普段のやりとりで改善されてきている。

 接客業というアルバイトを始めたのも大きい。



「そう寂しいこと言わないでください。私がちゃんと傍にいますから」

「冗談のつもりだったんだけど」

「言っていい事とわるいことがありますよ。先輩の冗談って分かりづらいですし」

「ごめん」



 ここは素直に謝罪するべき。

 そんなつもりはなくとも、彼女を困らせてしまった。

 夏菜も少し暗い雰囲気にしてしまったのが、もうしわけないと思ったのだろうか、すぐに話を切り替える。



「それより、あの店員さんとの関係は? 綺麗な大人の女性でしたよね?」

「知らないよ、話し掛けられたの初めてだし」

「色目使ったんじゃないですか?」

「僕がそんなこと出来るとでも」

「わからないじゃないですか、先輩クソボケですし」

「口わるいな」

「悪くもなりますよ。私の知らないところで交友が」

「そんなこと」



 そういうこともあるか。

 うちの親がそんな感じだし。



「先輩知ってますよね? 私が嫉妬深いこと」

「まぁ、喧嘩みたいなことになりかけたし」

「ある程度は見過ごせますけど、溜めちゃう性格みたいだったので先輩がしっかり管理してください」

「僕が管理って、何すればいいのさ」

「頭撫でてくれたり、甘やかしてくれたらいいです」

「じゃ今日は割と元気なわけだ」

「どうですかね」

「難しくない?」



 トリセツっていう歌を思い出したよ。



「へんぴ」

「駄目です」



 言い終わる前に否定されてしまった。

 一点ものにつき不可。



「逃げれないのか」

「私をその気にさせた時点で先輩の負けですよ」

「永久保証か」

「え? はい、そうなります」



 どうやら通じない。

 女の子なら知ってるかもと思ったが、そもそもこの娘あまり音楽を聞かない。


 1階にあるスーパーに向かう道中で迷子を見つけてしまい、僕は男の子に駆け寄って迷子センターに連れていく。男の子を探しているようなアナウンスもなかったので、少年の母親は冷静でいられず必死に探しているようだ。

 彼女自身は僕についてくるつもりだったようだったが、男の子は不安そうな顔をしているだけで受け答え自体はしっかりしている。ただの好奇心で迷子になっただけのようだ。

 教育がいいのか出来た子で問題なさそうだったから、夏菜には先に買い物を済ませてもらい後ほど合流するようにお願いした。

 男の子が迷子になった場所を考えるにそう遠く歩いてきたわけじゃないと思うのだが、もし買い物中にそれらしい母親を見つけたのであれば声を掛けてもらい僕に連絡するようにもした。


 連絡もなく、それらしい人影もないまま少年を迷子センターに送り届ける。

 僕にやれることはこれで終わり。

 なんだかこのまま放置しているのも気が引けて、少年と遊びながら待つことにした。その旨は夏菜にも伝えてある。

 10分程度経つころには、走ってきたのか息を切らせた彼の母親らしい人物が現れた。再会すると抱きしめて涙を流している。

 スタッフに説明されると僕を見て、深いお辞儀と感謝の言葉を投げかけられた。



「本当にありがとうございます」

「いえ、その子を連れてきただけなので」



 子供の手を握り、何度もこちらに頭を下げていく母親の姿。男の子は僕に手を振っている。

 僕も手を振り返して彼女らの姿が見えなくなるまで見届けた。

 完全にやれることはやった、あとは夏菜と合流して帰るだけ。

 部屋を出てすぐのベンチに座っているのが確認出来て足早に駆け寄る。



「ごめんね、待たせた?」

「いえ」

「帰ろっか。荷物持つよ」

「はい、お願いします」



 彼女の返事を待たずして荷物を奪い取る。

 ショッピングモールを出てからも静かだ。

 家路を急ぐわけでもなく彼女の歩幅に合わせる。右手に荷物を持って左腕には夏菜がいる。


 自宅について冷蔵庫に買った物を仕舞い、夏の外を歩いてきたことで汗だくになったので入れ替わりでシャワーを浴びる。

 彼女が上がると同時に氷の入った麦茶を用意した。

 寝間着に着替えてた彼女は、僕から飲み物を受け取り喉を鳴らしながら潤す。

 いい飲みっぷり。

 なんだか機嫌が良さそうだ。

 ソファに座り夏菜を眺めながら問う。



「なんかいい事あった?」

「いえ、買い物時のことを思い出しただけです」

「ん? 楽器店で恋人として見られたこと?」



 それぐらいしか彼女が喜びそうなことはわからない。



「それも嬉しいことの一つですが、先輩が真っ先に迷子の保護に動いたことですね」

「そんなこと?」

「先輩はそう言うかもしれませんが、何も考えずに動き出せるってすごいことですよ」



 何も考えてないわけじゃないけど。

 誘拐事件とかに間違われたら嫌だなぁーぐらい。



「それが嬉しいの?」

「はい。こんなに優しい人なんだって、改めて思いましたので」

「そ、そう」



 優しい人を見ると優しい気持ちになる。

 それは僕もわかる。

 夏菜や司を見ている時に、同じ気持ちになるからだ。


 意識せず自分の行動で夏菜に喜んでもらえるのであれば。

 こんなところは変わらない自分でありたいね。

 夏休みの間に何かが変わる予感がして、期待と不安。それと好奇心。それらを携えて休みを満喫しようと思うのだった。

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