午前の部
廊下の途中で夏菜と別れ、自分の教室に入る。
「柊、昨日のあの娘なんだったんだよ」
「めっちゃ可愛いじゃん、なにあの娘」
「彼女居たのかよ。しかもあんな可愛い子」
入室するなり、入り口付近にいる数人のクラスメイトに捕まった。
完全に忘れてた。
僕を囲っている生徒以外にも、興味があるようでこちらを眺めている。
ただ一人、司だけは笑いを堪えるように見ていた。
あいつ、噂の美少女とやらが夏菜だとわかって、こうなると予想ついて早めに登校していたな。
いつもなら予鈴がなるかどうかなのに。
中学時代の後輩であること。
それから縁があって仲良くなったこと。
たまに家に行って、お世話になっている。
それらをクラスメイトに伝えながら自分の席に移動する。
僕について来るクラスの連中が去っていくと、代わりに司が僕の所に。
「司、楽しんでただろ」
「まぁーな。渉だってこうなることは、昨日の時点でわかってただろ」
「そうなんだけどさ」
言葉を濁す僕に何か感じ取ったのか、司は疑問を口する。
「ん、何? あの後、喧嘩でもしたのか」
「喧嘩はしてないけど」
「まぁ渉と市ノ瀬ちゃんが喧嘩するところとか想像出来ないしな」
そういえば僕は夏菜と喧嘩を一度もしたことないな。
「僕も想像出来ないな」
「本当に喧嘩したことないんだな、お前ら」
「ないよ」
「その仲の良さ、羨ましいよ」
少し含みのある言い方で気になる。
けれど予鈴がなり、司は自分の席へと戻っていってしまった。
いつでも聞けるから、いいかと僕も視線を黒板に移した。
※
夏菜たち1年はこの時間、体育館で説明を受けている頃だろう。
元からいる僕たちは準備のためすぐに教室を捌けることになっていた。
この教室もどこかの文化部が使うことになっている。
司はコンビニで昼飯を買ってくると言っていなくなってしまい、僕は予定通りたまり場になっている民族音楽研究部の部室に仮眠をとりにきた。
神楽さんが定期的に部室のメンテナスを行ってくれているおかげで清潔で、歴代の部員たちが残していった寝袋なんかも使える状態にある。
なんでこんなものがあるのか不思議だけど、使えるのだから使う。
直接中に入ることはせずに下敷きにして寝る。
11時にアラームをセットして、目を閉じる。
休めていなかった頭は、強制的にシャットダウン。
電子音が鳴り響く。
徐々にボリュームが上がっていく。
鳴り止まなぬ音に不快感を感じながら、寝返りうち手探りで携帯を探す。
冷たい端末が指先に当たり、掴もうとするがするりと携帯が逃げる。
不思議に思い、顔を上げる。
「いち、……夏菜」
僕の傍で文庫を呼んでいる夏菜と目が合う。
「人をカレーの辛さの単位みたいに言うのやめていただけますか。それともわざと言ってますか?」
「いや、まだ口に出して言い慣れてないだけだから許して」
3年以上ずっと市ノ瀬と呼んできたのだ。
急に変えるほうが難しい。
「というか、夏菜なんでここに」
「休憩がてら、先輩の様子を見に来ただけですよ」
「よくここにいるってわかったね」
「神楽さんに聞いたので」
「その神楽さんは?」
「さぁ? 携帯で連絡を取っていただけなので」
まぁ、あと30分もすれば集合することになる。
それより夏菜だ。
「どこか回れた?」
「はい、友人と料理部にいってケーキを食べてきました」
今年はケーキだったか。
去年はマドレーヌを配っていた。
僕も出番が終われば行こうかな。
「夏菜の友達って女の子?」
「はい。そうですけど、嫉妬しました?」
「違うけど。夏菜が女の子の友達と一緒に行動してるってのが想像つかなくて」
「少しは嫉妬してくれてもいいと思うんですが」
とりあえず言ってみただけというような感じで、気にする様子もない。
同じバスケ部の時も僕と一緒にいたし、部活だからか他の女子部員と談笑していた姿は見ていたけれど、廊下ですれ違ったりと、一人でいる姿のほうが多く。
尚且つ、不特定の男子生徒が横を歩いていた姿もちらほら見かけていた。
「私にだって友達はいますよ。今度、先輩にも紹介しますね」
「うん」
「見た目に反していい子なんで、先輩とも仲良くなれると思います」
「そうなんだ。まぁ、夏菜の友達ってことで、その辺は心配してないかな」
しかし、どんな見た目だ。
そう言われると少し気になる。
「でも、仲良くしすぎは駄目ですからね」
これは本気で言っているようだ。
僕の目を見て逸らさない。
「……あはは」
笑って誤魔化すと、ゆっくり立ち上がり身体をほぐす。
「んーっ」
僕が身体を伸ばしていると肩を突かれる。
「なに?」
「先輩、あれやりませんか?」
夏菜は僕の背中に自分の背中をくっつける。
そのまま腕を組む。
「あぁ、これか」
二人でやるストレッチで有名なもの。
ただ名前を知らない。
「はい。部活の時よくやってましたよね。私これ、結構気持ちよくて好きなんですよね」
「わかるかも、身体が伸びて気持ちいいよね」
「それじゃ、行きますよ」
夏菜が前かがみになり、僕の背が伸びる。
「あっ、うぅうっ」
「先輩、変な声出すのやめてください」
「いや、わざと言ってる、わ、けじゃなくて……。やべぇ、気持ちいい」
「運動不足て身体固くなってるんじゃないですか?」
地面に降ろされる。
「そうかも」
今度は僕が屈んで、夏菜を伸ばす。
身長差があるため逆さまになった脚の間から見える、彼女の足は宙に浮いていた。
「……んっ」
彼女のくぐもった声。
「人の事いえないよね?」
「何か?」
「白を切るつもりか」
「何のことですか?」
彼女の中でなかった事になったらしい。
背中から降りた夏菜は僕の顔を見ようともしない。
しつこく弄ると睨まれるので、大人しくしておく。
「それじゃ、僕は準備からあるから先いくね」
「はい。では私も体育館に向かいます」




