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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
ちぐはぐコミュニケーション
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ボクの夏休み

「渉、8月16日から一週間ほどうち休みになるから」



 モップで綺麗に床を磨き上げ満足しているところに、レジ締めを終わらせた春人さんがカウンター席に座り話しかけてくる。



「お盆休みからはズレているようですけど」



 去年は営業していたような。



「家族旅行いれたから」



 僕の家で夕食を作って待ってくれているであろう夏菜からは聞かされていない。

 最近決まったか、秘密にされているか。



「前日に夏菜を家まで送ります」

「あぁ、いや。渉の家から駅で現地集合でいいよ」

「わかりました。春人さんからも伝えるでしょうが、僕からも伝えておきます」

「よろしく」

「どのくらいの旅行になるんですか?」

「二泊三日」

「夏菜と旅行したいって散々言ってましたもんね」



 駄々をこねるように。

 僕と春人さんは性格が似ているらしいとのことだが、僕はここまで素直じゃないと思う。



「最近渉に夏菜を取られて」

「すんません」



 市ノ瀬一家に大変申し訳なく、尚且深く感謝しています。



「冬乃といちゃいちゃ出来るからいいけど、新婚時代にもどったみたいで結構たのしい」

「そうっすか」



 娘がいようと、娘の友達? がいようと構わずイチャついてるような。



「でも。娘が嫁に嫁いだらこんな感じなのかと悲しい」



 情緒不安定すぎる。



「それは兎も角。夏菜、元気にしてる?」

「まだ、4日しか経ってないですけど」



 ※



 玄関の鍵を開けると、リビングの電気がついている。

 不思議な感じがした。

 人の営みとも言える明かりが僕の家から。



「おかえりなさい」

「あ、うん。ただいま」

「新婚みたいですね?」



 やっぱり親子だよ君ら。



「煮込みハンバーグ作りましたけど、お風呂も沸いてますよ。先にどちらにしますか?」

「……本当に結婚生活送ってるみたい」



 参考資料、ドラマや映画。

 リアルだと市ノ瀬夫妻。

 現実の方が濃いな……。



「あ、じゃあ」

「その先は言わなくていい。夏菜はお風呂入った?」



 うっすらと仄かに甘い香りがする。

 彼女の使っているシャンプーの匂い。



「はい、お先にいただきました。もしかして一緒に入りたかったですか?」



 何をアホなことをと口に出そうとして、その言葉を飲み込む。



「ま、そのうちね」

「……え?」

「徐々にならしていけば、そのうち頼むかもしれない」



 水着でも着て一緒に入ればリハビリになるかと思った。

 でも考え方によっては、ただの場所が特別なだけで温水プールなどと変わらない気がして、自分の中でなかったことする。

 ただのセクハラである。



「あ、そういう。期待しないで待っていますね」



 察してくれたのか、適当に流してくれた。


 お風呂に入ってから夕食の時間。

 彼女は手を付けずに待ってくれていたようだ。

 更に言えば、僕が入浴している間にいつでも食べられるようにとタイミングを合わせてくれたりもしていて、細やかな気遣いを感じる。


 相変わらずの美味さというか。

 僕好みの味付けになっているのが1番大きい。

 濃い過ぎない、かと言って薄すぎない。

 でも、ちょっと薄めで何度食べても飽きない味。

 おかげでご飯が進む。



「夏菜ともし結婚することになったら太りそう」

「大丈夫ですよ、栄養管理もばっちり行いますので」



 栄養管理士の資格でも取るのだろうか。

 春人さんの後を継ぐのかもしれないが、言うて彼はまだ若い。



「僕が勝手に食べるスイーツまで?」

「お小遣い制にしましょう」



 それにしても、と夏菜は次の言葉に繋ぎを作る。



「付き合うのは嫌がるのに、そういうことは平然と言いますよね」



 僕の中で現実がないから、適当に言えることだ。

 でも彼女の立場を考えると。



「僕が適当な事いって、傷ついたりする?」

「いえ、私は平気ですよ。むしろ、先のことを想像できて楽しいぐらいですかね」

「あはは……」



 一応気をつけておこう。

 彼女と暮らすようになってから、当たり前だが会話も増えた。

 お互い知らないような事も知る機会もあるはず。

 些細なことで言えば、嬉しいことがあると彼女は耳に髪を掛け直す仕草をすること。

 最近、追加された癖は暇になると指輪を弄る。


 会話を楽しみながらも食事を終える。

 夏菜はリビングで雑誌を読んでいるようで時折雑誌に対して『ふーん』と相槌をうっている。麗奈ちゃんが読まなくなったものが彼女の手に渡るらしい。

 彼女が娯楽に夢中な間に僕は食器を洗う。

 二人分なので直ぐに終わるが、溜め込むと夏菜が勝手に洗ってしまうので、食事を作ってもらっている身としてはこれぐらいはしておきたいのである。



「終わったよ」

「はい。部屋に行きましょうか」



 二人揃って歯を磨いたあと。

 雑誌を持ったまま僕の背についてくる。

 外に出ると腕を組むが、廊下を歩くには狭い。

 初日は家でも組んでいたけれど、あまりの歩きづらさに同時に不平不満が出た。

 廊下を広げてくださいは無茶な願い。


 各々好きなことをやるのが日課になっているが、今日は会話を楽しんでいた。



「夏菜」

「はい?」



 床に敷かれている布団に寝転ぶ彼女に、とあるお願いをすることにした。

 初日から色々と考えていたけれど、いきなりハードルをあげることはせずに僕がこれだと思うことを提案するという流れ。

 体育祭での屋上を思い出させるような彼女の仕草を思い出す。

 今回は逆に僕が自分の膝を軽く叩く。

 夏菜は無言で頷くと僕の傍に。



「おじゃしま~す」



 という掛け声のもとベッドの上、壁に背を預けて脚を伸ばした僕の膝に夏菜が頭をゆっくりと恐る恐る乗せる。



「重くないですか?」

「全然」



 予想はしていたけれど、特に違和感はない。

 彼女の髪の感触さえ楽しんで弄っていられる。

 まぁ、僕も膝枕されていた時は完全に寛いでいただけなので、逆になっても猫を膝に乗せているようになる感覚だ。



「男の太腿なんて気持ちよくないだろうけど、我慢してな」

「いえ、気持ち良すぎて眠くなりそうです」

「タオルケットだけ掛けておくね」



 そのまま眠ってもらってもいいという合図でもあるが、彼女の薄着は目に毒。

 重力は案外罪深い存在なのかも知れない。



「ありがとうございます……」



 礼を述べる彼女の顔は安心しきったような、ペットが丸まって眠っているように彼女も体勢を小さくしていた。

 大人びて彼女の顔も、今はただの純粋無垢な子供の様。

 暫くは日常の当たり障りないのない会話を繰り広げていたが、段々と夏菜の語尾に力が抜けていき、次第に完全に沈黙。

 髪を撫でるのにも飽きて、頬を撫でてみたり突いても無反応。

 どうやら本当に眠ってしまったらしい。

 耳をすませば小さな寝息が確かに聞こえる。

 いつもとは真逆の位置。

 これはこれで安らげる一時のようにも感じる。


 寝顔を眺めながら次は膝に乗ってもらうことにしようかと、いつか春人さんと冬乃さんがソファで寛いでいた光景を思い出し、向かい合うのは恥ずかしいので二人とも正面を。

 そんなことを考えているうちに僕も彼女に釣られるように眠ってしまう。



 ※



「いててっ」



 完全に寝違えて首が回らない。

 いつかの情報で脇のあたりストレッチして揉んだりしたら少しは楽になったものの、依然として少しの動作で痛みが走る。

 効果はあったかはしらないが、あったと思えば小さな幸福。


 起き上がろうとして太腿に慣れない重みがあり、こっちもやってしまったかのように思っていたが、単純に夏菜がタオルケットを完全に被ったまま寝ているだけだった。

 もう少しこの体勢が確定。

 起こすつもりはないが、なんとなく寝顔を見たくてタオルケットをそっとずらしてみる。



「……起きてんじゃん」

「ばれましたか」



 タオルケットを完全に剥ぐと、既に着替え終わっており、低血圧で寝起きはまるで死に体であるはずが、血行もよく綺麗な顔を晒している。



「いつから?」

「起きたのは一時間前です」

「そんなもんか」



 時計を見れば10時。

 休みだとすれば早くもない。



「先輩には悪いと思いながらも誘惑には勝てませんでした」

「起こしてくれても良かったのに」

「先輩の気持ちよさそうなアホ面みていると、膝に何かがないのは可哀相だなって」



 最近気づいたことがある。

 たまに吐く彼女の毒舌。

 恥ずかしさを隠すことに使ったり、何かを誤魔化すためだと。

 今回はなんだろう。



「もう少し一緒に寝たかった?」

「……馬鹿言わないでください、馬鹿」



 悪態つきながらも尚も僕の太腿からおりない彼女の顔。



「本音は?」

「少ししか話してないのに、寝てしまって楽しめなかったからです」

「大変素直で」

「ご褒美ありですかね?」

「はいはい」



 頭をやさしく撫でる。



「そういえば夏菜」

「はい?」

「春人さんから聞いた? 旅行の話」

「昨日連絡がちょうど来てましたから、先輩がお風呂に入ってる時に」

「まぁ、そういうわけだから駅前集合だって」

「はい」

「旅行続きだね」

「はいっ」

「なんか、嬉しそう」

「先輩と旅行を一月の間に2度もいけるので、それはもう」

「え?」

「あれ? 先輩も行くんですよ」

「なんで? 家族旅行って言ってたよ」



 僕の疑問に夏菜はため息をつく。

 相手は僕ではなく春人さんに向かってだった。



「言葉が足りなかったみたいです、すみません。父さんは先輩も家族みたいなもんだし、私の誕生日プレゼントらしいので」

「旅行がプレゼントなのか、僕がプレゼントなのか。その言い方だとわかんないね」



 家族の一員だと思ってくれているのは嬉しく思うが、大雑把すぎる。

 春人さんからなんの説明もなかった。



「どっちもだそうです」

「あぁ、そう」



 僕の意思は関係ないようで、夏休みの予定が一つ決まってしまう。

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