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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
ちぐはぐコミュニケーション
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提案

 終業式。

 今年の半分が完全に過ぎたことになり、一学期が終わる。

 部室に集まり、再度夏休みの予定を決めることになった。



「8月6日から一泊二日で合宿を行うことになったからそのつもりで」



 三者三様の返事を返す。



「部屋割りは俺と雅、渉と市ノ瀬ちゃんでいい?」

「良い訳あるかっ。司はもう少し下心を隠せっ」



 親友の司の下心にも気付きながらも冗談と受け取り、突き放さないところを見ると神楽先輩も嫌がっていない様子がわかる。

 七夕祭りの後、本当に進展でもしたのだろう。

 二人だけの会話をまともに聞いたことがないから、昔からこんな感じだったのかもしれないけれど。



「普段から先輩と寝てますし、私はそれでもいいですけど」



 聞こえ方によっては問題発言。

 というか意図的に抜いているなこれ。

 神楽先輩も呆けている。



「進んでるな……」



 小さく呟くような声が聞こえたが、聞かなかったことにした。

 司は察しているようで笑っているが。



「僕もそれで大丈夫です」



 神楽先輩にとっては高校生最後の夏休み、司とともに高校生としていられる時間はもう少ない。であれば、この夏ぐらいは一緒に居させてもいいのではと、僕も一応乗っかっておく。



「みんながいいのなら、いいのか?」



 騙されてる。

 良い訳が無いが、まぁもはや部活の範疇を越えている合宿になった。

 部員で唯一の常識人は簡単に陥落。


 もともと8月の下旬に行われる予想であった合宿だが、学校の敷地内にある合宿所は結局空きがなく借りられず神楽先輩と夏菜が色々と探した結果、キャンセルで空いていた結構良いホテルが格安で泊まるれることになった。

 費用は普段から僕らはバイトをしているので痛手にもならない。

 そんなに使い込むタイプでもないし、夏菜も倹約家。

 海が近いこともあり、もともと予定してあったことを同時に行えるから助かっているが、練習自体は近くに貸しスタジオもあるので問題なさそうなのがなんとも都合がいい。

 二人のお陰だ。

 素直に感謝。



「信頼している先輩となら泊まりでも安心していられます」

「そうか」



 丸め込まれている。

 何故か完全にその方向で話が進んでいた。

 隣に座る夏菜もトントン拍子に進むことに苦笑いを浮かべている。


 夏菜の機嫌が悪くなったあの日から、彼女は僕に気を使って少しだけ物理的に距離を開けてくれている。

 ボディタッチも減って、知り合ってから少し仲が良くなった時期の距離感。

 僕に触れようとして伸ばした手を引っ込める彼女の顔を見ると申し訳ない気持ちになる。

 気を使わなくていいと言ってくれているが気にする。

 夏菜がいくら優れているとはいえ、磨耗するだろう。

 お互いに気を使った結果共倒れになるのも嫌な話。


 今日はスケジュールだけを決めて解散。

 長期休暇ということで、部室で自由に使えていたストラトを抱えながら司は神楽先輩を家まで送っていく。



「僕らも帰ろうか」

「はい」



 一歩の距離を開けて歩く。

 僕がゆっくり歩くと、距離感を保ったまま夏菜も同じくらいゆっくりになる。

 少し寂しい気持ちに。



「横に来ないの?」

「いますよ」

「ならいいんだけど」



 今まで感じた心地のいい関係とは言えない。

 親友以下だとさえ思える。

 互いに気を使うことは決して悪いことじゃない。

 けれど、それは僕らには似合わないものだと思った。

 僕もトラウマとか言っている場合じゃなく、覚悟を決める必要がある。



「夏菜」

「はい」

「夏休みの間、ずっとうちに泊まらない? 他にも頼ることがあるんだけど」



 少し前から考えていたこと。

 治し方がないのであれば慣れるしかない。

 いきなりギアを上げると誕生日の前日みたいになるかもしれないが、ゆっくりと着実に進めていければいいと思っている。

 それにはどうしても夏菜の協力がいる。

 自分一人でやれることには限界がきていた。

 頼れと言ってくれいるんだ、頼ろう。

 当然とは言えば当然で、こんなことを頼まれた夏菜は戸惑いを見せる。



「えっと、それは?」

「夏の間にトラウマ克服しようと思ってさ」

「具体的になにをすれば?」

「思い付くのは前よりも密接な距離にいること」

「いいんですか? 辛くならないですか?」



 今までなら即答していそうなものだけれど、僕を心配してみせる。



「なるかもね」

「それなら」

「でも、治さなきゃいけないと思うからさ」



 少し考える仕草。

 けれどすぐに力強く頷く。



「わかりました。先輩がはっきりと私に助力を求めるのであれば、それは私にしか出来無いことです」

「借金になるかな?」

「恋人の前借りです」

「僕のわがままだけどさ、結局泊まれるの?」

「泊まりますよ。両親は応援してくれそうですし」

「そう……」



 本当に喜んで送り出しそう。

 変なもの持たせなければいいが。



「ではさっそく」



 ぎゅっと擬音がなりそうなくらい、僕の腕に絡みつく彼女。

 腕に手を乗っけるだけではなく、胸を押し当てるように。



「お祭りでこうして歩けなかったですから。これは大丈夫そうですね」



 お祭りでは腕を組むというよりは、エスコートするような形に落ち着いていた。



「昔はやってたからね、人通りが多い所では」



 彼女の告白前後では認識も変わってくるけれど、これはこれでなんだか安心感がある。

 人肌の温もり。

 昔は何も考えず受け入れていた。



「それでは普段からこうして歩きましょか」

「なんか嬉しそうだね」

「大義名分が出来たので」

「あぁ、そう」



 電車に乗ってもくっついたまま。

 ちょっとこれは想定外。

 普段は夏菜に集まる視線も、誘導されるように僕にも突き刺さる。

『こんなやつが彼氏か』みたいな。

 彼女は視線になれているのか顔色を変えず、ちょっと頬が緩んでいる。


 僕にとって荒療治になるだろうが、優先すべきは彼女が僕に遠慮しないこと。

 密着するだけで刺激されるわけじゃない。

 女の顔か、恋人がやるそれに繋がる行為。

 あの時だって何かを求めるような彼女の顔に、内股を擦られたことで気分を悪くしてしまった。


 とは言ったものの、どうしたらいいのか。

 夏菜が僕の部屋で着替えている間に、リビングのソファでぐったりとしながら考える。



「限度があるしなぁ」

「何がです?」

「着替えるの早いね」

「10分もあれば終わりますよ」



 僕の隣に肩が触れ合う距離。

 意識的。

 僕が言い出すまでは人一人が間に入れそうな。

 彼女と齟齬が生まれるまでは人の温度が感じられる程度に近く、かと言って肌がぶつかるような近さではなかった。

 でも、今は完全に体温を直に感じる。



「それで何を考えていてたんですか?」



 距離が近いせいで息遣いまで聞こえる始末。

 緊張する。

 悪い意味ではなく、ただの緊張。



「どうやったら克服出来るかなって」

「それで限度ですか。何でもしますよ?」

「何でも?」

「はい何でもです」



 よくある台詞。

 僕には効かないと言っていたけれど、彼女にも効かない。

 ちょっとした嗜虐心と冒険心。

 少しの興味。


 夏菜の肩をやさしく掴む。

 真っ直ぐ見つめる。



「初めてじゃないですけど、どうぞ貰ってください」



 なんかとんでもないことを言って、目を瞑ると僕がやりやすいようにと顔を上げてくれる。

 誂って言っていることがわかる。

 このタイミングでこんな事を言うのはある意味で僕を信用している。

 意趣返しのつもりだろう。



「うん、夏菜の何でもが本当に何でもだった」

「やっぱり試したんですか?」

「ごめんね。ちょっと無理矢理だったかな?」

「いえ、すぐに出来るとは思ってませんので、したならしたで私の勝ちに近づくだけなのでどっちに転んでも良しとしてます」

「したたかだね」

「女の子ですから標準装備ですよ」

「でも、ありがとう。本当に協力してくれるってことがわかったよ」

「疑われていることは心外ですが、これで信じていただけたのなら幸いです」



 飲み物を淹れて来ると、一度僕は席を立つ。



「夏菜も飲む?」

「ありがとうございます」

「紅茶は明日にでも買いに行こうか」

「はい」



 先日切らしたまま、補充してないのである。

 明日、夏菜の荷物をとりに外出する予定だからちょうどいい。



「ちなみに夏菜のファーストキスの相手、春人さんだろ」

「よくわかりましたね」

「赤ん坊の時か子供の頃にされたんじゃない?」

「その通りですが」



 自分の娘。

 目に入れても痛くないと豪語する彼のことだ。

 産まれた時からずっと溺愛していたに違いない。



「つまらないですね」

「もう釣られないよ」

「そうですか。……私のこと良く知っているということは嬉しくもありますが、考えものですね」



 少し不満そうにしながらも、僕からカップを受け取る。



「あちち……」



 ちょっと間抜けだった。

 そんなところも可愛くはあるが。

 夏の間だけの同棲がこうやってスタートした。

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