言葉は無用
ルールは至って単純。
寝るまでの間、喋らないだけ。
英語を喋ったら罰金というよくあるルールを改変したもの。
どちらかが喋った時点で試合終了。
罰ゲームはなんでも言うことを一つだけ聞くっていのも芸がないので、自分の好きなところを5つ言うという物。
夏菜からの熱意という名のゴリ押しで決まった。
バカップルっぽくてちょっと気が引けたが、彼女のために思って勝負にしたのだ。
それぐらいはと飲み込む。
しかし、よく考えてみたらこの勝負、夏菜にかなり有利。
今では良く喋る印象のある彼女だが、僕や司、麗奈ちゃんなど親しい人以外の前では、『はい』『ええ』『そうですね』『違います』『すみません』と単語で済ませる。
結構無口なほうだった。
人は変わるものだな。
僕も変われているだろうか。
夏休みも目前で学業はほぼ休憩状態。
勉強に集中することもない。
夜ということもあってギターも近所迷惑。
エレキだから別にいいんだけど、やっぱりアンプに繋ぎたい。
ヘッドホンでも今度、夏菜を誘って買いに……。こういう時誘うのは神楽先輩か司か。
一緒にいることが当たり前になって、1番最初に思いつくのが彼女になってしまっている。
どうやら僕の思考にも彼女の汚染がみられる。
と、目の前で手が上下に揺れる。
薬指にきらりと光るリング。
気付いて彼女に視線を向けた。
自分の口を指差し、次にキッチンの方を。
夕飯を作るという意思が伝わる。
僕が頷くと部屋を出ていく。
彼女だけに働かせるわけにはいかないので、風呂場に行くことにした。
夏の間、僕はシャワーだけで済ませているが、彼女は無類のお風呂好きで季節は関係なく湯船に浸かっている。
浴槽を丁寧に洗い、あとはスイッチを押すだけで自動。
リビングで彼女の後ろ姿を眺める。
いつもの制服にエプロン姿。
見慣れたものだが、僕はこの光景が結構好きだった。
自分の家のキッチンに人が立つ姿。
横に並んで手伝いたいところではあるが、僕の気配に気付き。
手をクロスしてリビングのソファに視線を送りながら手を解き、変わりに縦に振って追い返す仕草を見せた。
これは私の仕事だと言わんばかりに。
調理台を見れなかったことで、夕飯はなにか想像出来なかったが、次第にスパイスの香りと独特の食欲を唆る匂いが部屋を満たしカレーだとわかる。
子供舌と夏菜に馬鹿にされるが、カレーも大好きな僕。
言われても仕方ないな。
僕が手を叩く。
眉をぴくりと動かしながら振り返る彼女。
声を出すなというルールだけど、音を出すなとは言っていない。
睨まれてしまった。
拳を握り、次やるなら殴るというポーズ。
手を合わせて謝罪しすると鍋を指さして、その指で丸を作る。
苦笑いを浮かべられた。
しょうがない人ですねというように、肩をすくめた。
煮込むので時間が掛かる。
ということで先にお風呂に浸かることにした。
一人だから別に声を上げてもバレないだろうが、そんなことはしない。
湯船に浸かった瞬間だけ、おっさんのような声を上げそうになった。
あれって結構条件反射だよね。
女の子でも言うんだろうか。
お風呂から上がりバスタオルで身体を拭うもの、上半身裸。
最近一人で過ごしていたこともあって少し気を抜いてしまった。
僕が浴室から出たことを扉の音で判断したのか、料理が出来たことを知らせるためにキッチンから駆け寄ってきた夏菜が顔を赤く染めてすぐに引き返してしまった。
不意の出来事には弱いやつめ。
と、リビング扉がゆっくり開き夏菜の顔が見えたかと思うと、丸めたタオルがこちらに飛んでくる。
せめてもの抵抗ということだろうか。
乾いたタオルなのに僕の元まで届くのだから、本当に器用。
僕の部屋に戻ってTシャツを着る。
鳥獣戯画の蛙がでかでかとプリントされたシャツ。
リビングに戻ると。
ですよね。
頭を抱えられた。
部屋着だから許してほしい。
外でも着るけど。
浴室を親指で示すと、夏菜はこくりと頷く。
スリッパのパタパタとした音を響かせ、僕の部屋へ着替えを取りに戻る。
しばらくは休戦状態になるだろう。
1時間は掛かるだろうし。
しばらくして彼女がお風呂から上がる音。
結構薄着。
最近、夏菜が泊まることはなかったから夏になって初披露。
淡い水色のショートパンツは片方が深くスリットが入っていて、下着が見えそう。
キャミソールに布地の薄いカーディガンを羽織っている。
それ意味あるのかなって思うが、女子にしかわからない感覚。
健康的で少し色っぽい。
似合うから文句が言えない。
そして夕食。
僕好みの味。
決して甘口ではない。
甘い物は好きだけど、それはスイーツに許されているのであって、がっつり食べる食事はノーサンキュー。
故に辛口。
一口食べてサムズアップして見せる。
声を出さずに気をつけながら、口を手で覆い笑う彼女。
身振り手振りで美味しさを伝えようとするが、慣れないことをしたせいでコップを倒してしまいそうになる。
既の所で持ち上げることに成功。
水を溢さずに済んだ。
「あっぶねっ」
「アウトですよ」
「……うっす」
不意な出来事には僕も弱いという結果。
夏菜には負ける星の下に生まれたんじゃないかな。
食事が終われば歯を磨いて、あとは寝るだけ。
あと数分で引き分けになったかもしれないのに。
そんなことを考えたけれど、どうみても僕の不注意です。
※
寝室。
「はい、どうぞ」
両の手のひらを僕に向ける夏菜の姿。
ベッドの上で向かい合う。
罰ゲームです。
「やさしいところ」
1つ目。
予想出来たことだろうか、表情を変えずに頷く。
「律儀なところ」
「性格ばかりですね」
「実際そうなんだからいいじゃん」
「まぁ、はい。ありがとうございます。次どうぞ」
「結構恥ずかしがり屋なところ」
「……そうですか」
お気に召さなかったらしい。
苦そうな顔。
「親を大事にしてること」
「それ褒められるところなんですか」
「そうだよ。どんな形であれ親子の仲がいいのは本当にすごいことだと思うよ」
「あ、……そうですね。はい、ありがとうございます」
僕の親のことを連想したのだと思う。
父親とはの仲は今は良好、そんなに悲観することもない。
「あとは、一緒にいて安心するところかな」
「……」
何も言われない。
駄目だったのだろうか。
「美味しいご飯作れるところか」
「6つ目ですよ」
「さっきのオーケーだったんだ。何も言わなかったからカウントされないのかと思った」
「私も先輩と一緒にいることに安心感ありますよ」
「急に僕を褒めたね」
「これ、言われるほうも罰ゲームですね」
「だから褒めたのか」
「はい。先輩もちょっと恥ずかしそうにしていましたし、伝わったようですね」
満足げにしているが、何かに気付いたように僕を上目遣いで見つめてくる。
「なに?」
「内面ばかり褒められてますけど」
「駄目?」
「いえ、中身を褒めてもらえるのはとても嬉しいですが」
ベッドから降りて立ち上がる。
自分の姿を確認している。
「私の外見って先輩の好みじゃないですか? 客観的に見て容姿も優れている方だと思っていたのですが」
「可愛いよ」
「……。本当にこの人トラウマ持ちなんですかね。いえ、もしかして好みじゃないから素直に言えるとかですか?」
「顔も可愛いし、スタイルも良いから今更言うことでもないのかなって」
自分で客観的に見てと言っていた。
それに褒められ慣れているだろうから。
一緒に歩いていると気づくこと、集まる視線の数が多い。
「先輩黙っててください」
「理不尽。何も嘘は言ってないのに」
「……あぁ、もう。あまり言わないでください。先輩の嫌がることしたくないのに、しちゃいそうになるじゃないですか」
「ある意味自爆じゃん」
「そうですよ? 何か問題ありますか?」
あると思う。
僕の発言が配慮に欠けたものであっても、彼女なら予想がつくだろうに。
「つい攻めたくなるんですよ」
「打たれ弱いのに?」
麗奈ちゃんが紙装甲とか言ってたな。
「……」
彼女は敷かれた布団に潜り込み姿が見えなくなる。
黙秘は肯定と捉えるぞ。
まぁ今日はこれで誤魔化せただろうけど。
いつまでもぎくしゃくとした関係を続けるわけにもいかないと思う。
これから僕がやるべきことを眠りながら考えるのだった。




