間
『話は長くなるから』と、今日は僕から彼女を家に招いた。
僕に気を使ってか、学園を出てから夏菜は僕の一歩後ろを歩いて着いてきた。
距離を測りかねているよりは、どうしたらいいのかわかっていないといった感じ。
電車の中では僕と彼女の間に隙間があったものの、一駅ごとに尻の位置がじりじりと寄っていき、最寄りの駅に着いた頃には腕が触れる距離に落ち着いていた。
紅茶を淹れてから、自室に戻る。
夏菜から着替えてもらい、彼女の合図を待って交代で着替える。
リビングより落ち着いて話せるだろうと思ったけれど、何故か夏菜はそわそわしていた。
「どうしたの?」
「いえ、何故か緊張してしまって。先輩から家に誘われることなかったので」
「そうだっけ」
「そうですよ」
事実そうだったとしても、他意はない。
そういえば学校で僕から質問に答えてもらっていないことを思い出す。
「夏菜」
「は、はい」
緊張する理由が僕にはわからない。
そんなにガチガチになっていると、こちらもちょっとやり辛い。
「えっと、学校で夏菜のあの態度はなんだったの?」
「あ、えっとそれはですね」
今度はもじもじと股を擦りながら、親指をくるくると回している。
いつもの落ち着き払って、物静かな彼女の姿は消え失せていた。
態度に表れているだけで、表情は微々たる変化なのだけれど。そこが彼女らしいと言えばらしい。
「先輩との距離が離れていくようでモヤモヤしてた状態でまったく触れ合えてないのに。それも手を、私は一度も触ったこともないのに、平然と麗奈とは触り合ってのがどうしても我慢出来なかっただけです」
「それが?」
「それぐらい気付いてくださいよ、馬鹿なんですか」
「ごめんって、でも夏菜の口から聞きたいなって」
自分の中で答えは出ている。
けれどそれが正解なのかは自信がない。
「意地悪しないでくださいよ。私だって溜まってたんです、嫉妬ですよ、ヤキモチ妬いてたんです。それに神楽さんのことも褒めるし」
夏菜は俯きながら、僕を軽く叩こうとして止まる。
「そのくらいなら大丈夫だよ」
「はい。でも、先輩。あの日までは普通にボディタッチも受け付けてましたよね?」
「去年のときに一緒に解消されたと思ってたんだけどね」
正確にはボディタッチを嫌がっているわけではない。
まだ僕に母親であったものが残した傷跡に、最初に気づいたのは映画を見ているときに性的描写があった時。
映像としてはキスまで平気でそれ以上のもの観ていられない。
裸体は平気だった。
僕もどれくらいなら大丈夫なのか試してはいた。
ただの映像。
リアルはどうなのかっていうと。
実のところよくわからなかった。
耳を甘噛されるのは耐えれたけれど、でも耐えれただけだった。
それ以外は試しようがない。
夏菜で試すわけにはいかない。
頼めば快く協力してくれるだろう。
でも、それは彼女の身を削ることになる。
そんなの頼めるわけもなく、それは僕は彼女の弱みに付け込むようでいて嫌だった。
「気にせず頼って欲しいです」
「無理だよ。キスしてくれって言ったらどうする?」
「します」
即答に思わず僕がたじろぐ。
「僕ら恋人じゃないよ」
「今はですよね。借金みたいなものです、後で返してくれればいいですよ」
「利息がつくじゃん」
「安心してください、無利子無担保です」
「逆に怖いよ」
喧嘩というには甘いものだけれど、こんな冗談が言い合えるようなものに戻った。
返すってそもそもどうやって返すんだろう。
「それで先輩の話というのは?」
僕の本題はこれから。
春人さんに話したことをそのまま、自分の口で説明する。
物心つく頃から今までのこと。
新しく追加された、父親から教えられたこと。
僕の話を聞くうちに、複雑な表情を浮かべている。
学校でみたものよりも色々と入り混じっている。
溜まって零れ落ちて布団にいくつかの涙の跡が残る。
この娘は人の事でも泣けるような優しい人。
泣かせているの僕になるだろうか。
「どうして夏菜が泣くかな」
ついでに言うなら怒ってもいた。
器用なやつ。
自分よりも強い感情を露わにされると、冷静になるというのは本当のようだ。
「先輩も悪いんですよ」
「なんで僕が」
「早く言ってくれればこんなことに、もっと先輩に気を使えたのに」
「気を使ってほしくなかったから」
「それでもですよ。私に気を使わなくていいんです」
「僕が駄目で、夏菜はいいの?」
「はい」
「それはちょっと理不尽」
どういう思考回路。
流石によくわからない。
「知りませんよ。でも先輩は自分が嫌だと思ってたことを私にされても大事にしてくれましたよね」
「そうだね」
「なら、そこは褒めてあげます」
「そりゃどうも」
たまに過度な接触をしてくることはあっても、普段は初々しいというようなコミュニケーションばかり。
酔った勢いでのこと。
だから嫌いになるわけでもない。
「夏菜って酔ったらいつもあんななの?」
「記憶がないのでなんとも」
「それもそうか」
「先輩から聞いた感じですと。普段から、いえ、なんでもないです」
「気になるところで切らないで」
「またむっつりと言われるので」
「それ、もう答えだよ」
背ごと顔を逸らされた。
「ぽん」
「それ以上言うのであれば口を――」
夏菜の言葉続かず、身悶えている。
恥ずかしさではない。
表情から察するに、気を使って言いたいことが言えない。
まぁ僕が悪いんだけど。
思考を巡らせて一つだけ提案する。
「寝るまでの間ちょっとだけ勝負をしよう」




