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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
ちぐはぐコミュニケーション
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帰宅

 2泊3日の小旅行といわけではないが、水曜日に自宅に戻れた。

 夜も遅くなっていたこともあり、帰宅した旨を誰にも伝えずに部屋に戻る。

 3日間、実の父親と過ごせたのは有意義だった。


 自室の一部と言うには、かなり侵食された僕の部屋。

 綺麗に畳まれた布団に私物たち。

 会って馬鹿な会話をしたいと思う気持ちと、少しだけ遠ざけたい気持ちが同居する。

 フラッシュバックした母親と夏菜の顔。

 気持ちが沈む。

 日が経つにつれて気持ちに整理がつくと思ったがそうでもないらしい。


 考えることをやめてベッドに倒れるように横になる。

 疲労した身体と加速する思考。

 寝ようと思っても、様々な考えと思いが浮かんでは消える。

 ようやく頭が鈍くなっていくのは深夜を少し過ぎて、雨の激しい音が聞こえてきた頃。


 目が覚めても雨は止むことなく降り続き、部屋の中も薄暗い。

 朝の7時。

 夏菜と一緒に過ごすようになって、10分前後はあるが自然と起きれるようになってしまった。

 着替えて、顔を洗う。



「渉おはよう」

「父さん、今日から仕事?」



 リビングで四苦八苦しながらコーヒーを淹れている。

 もうインスタントコーヒー置いてないからなぁ。



「いや、明日まで休みになっている。ところで、どうやって淹れるのこれ?」



 僕は苦笑いを浮かべて、かわりに淹れることになった。

 そろそろ水出しコーヒーも淹れておくか。

 抽出に時間が掛かるため今日は飲めないが。



「はい、砂糖とかミルクいる?」

「ブラックで大丈夫」



 父が僕の淹れたコーヒーを一口。



「うまい……」

「よかった」

「すごいな渉」



 褒められ馴れてなくて戸惑う。

 特に身内には。



「誰でも淹れられるから」



 こんなことしか言えない。



「じゃ、今度の休みにでも教えてくれ」

「うん」

「じゃないと自分の家なのにコーヒーの淹れ方すらわからん」

「あはは」



 二人して笑い合う朝が来る。



「それじゃ行ってくるよ」



 いつも乗る電車。

 この時間から家を出れば、ホームで少し待つだけで到着する。



「気をつけてな」

「うん」



 ※



 改札を出てすぐのところ。

 白くコーティングされた柱には彼女の姿はない。

 夏菜に合わせて、今年からは早く家を出ていたから。

 今日は去年と同じ時間に家を出てきた。

 中途半端に優秀な成績を修めている僕だけど、決して真面目な生徒ではない。

 遅刻もするし、場合によってはサボったりもする。

 大体教室に15分前に着く、寝坊すれば1限目に間に合うかどうか。

 それでも許されるのはこの高校だからだろう。


 普段の司は僕よりも遅く入室してくるが、神楽先輩の事を決めた日から早くに来るようになっていた。それもしっかり続いていて教室の後ろの方でクラスメイトと談笑している。

 ここでは軽薄そうな仕草を見せいていた。

 僕に気付き、会話をやめてこちらに向かってくるのが見える。


 雨に濡れた裾が気持ち悪くて制服のズボンをロールアップしていたが着席したことで、ぴったりと脹脛に張り付き、不快感を覚え表情が歪む。



「おはよう司」

「おはよ。んで、おかえり」

「うん、ただいま」

「市ノ瀬ちゃんにも帰ってきたって報告したのか?」

「お前も市ノ瀬ちゃんには謝っとけよ。普段どおりに見えたけど、多分気落ちしてるぞ。返事が帰ってこないって怒ってたし」



 そういえば、連絡の返信もしていなかった。

 父と話すことに夢中になっていて忘れていた。

 バイトも1日休むことになり、春人さんには連絡を入れていたので夏菜にも伝わっているとは思うのだが、確かにこれは僕が悪い。


 スマホを眺める。

 3つメッセージが届いてたが、返信の文字が思い浮かばない。

 その日の夜から何も記入されていないところから、春人さんから伝わっているのだとわかる。 

 話す時にでも謝ろう。


 神楽先輩との進展が気になり問いかけようとしたが、予鈴がなり司が自分の席に戻っていってしまった。僕は後日談を知らない。

 それからはいつも通りに授業を受け昼食となる。

 学食には3人。

 夏菜ではなく、神楽先輩。



「市ノ瀬さんは?」



 と、聞かれるが。

 本日は遭遇していない。少し目立つ赤茶色の髪も見てなければ、淡々と話すあの抑揚のない口調も聞いていない。



「知らないですけど」



 いつも約束しているわけではない。

 少し前にも似たような会話をした気がする。



「喧嘩でもした?」



 あれは喧嘩になるのだろうか。

 僕が少しだけ、彼女から距離を取っているだけ。

 と言っても普段とそう変わらない程度のもの。



「したようだな」

「してないですって」

「それならいいのだが」



 釈然としていないようで心配している神楽先輩の顔。

 本当に喧嘩したわけではないからこれ以上のことは何も言えない。



「まぁまぁ、何かあったら言えよ渉」



 司が笑いながら雰囲気を保ってくれる。

 本当にいいヤツだなこいつ。

 それからようやく昼食。

 司と神楽先輩は同じメニューで、僕は考えるのも面倒で券売機の1番左上のスイッチを押す。

 二人の後ろを歩きながら、テーブルにつく。

 なんとなしに二人のやりとりを遠目に眺める。

 七夕祭りのことを話ししているようだ。

 花火が綺麗だったとか、また来年も行こうなどと。


 緩みきった司の顔。

 思い出すように微笑む神楽先輩。

 朝、司に聞こうと思ったけれどこれだけでも答えが見えている。

 良い光景。

 言葉で表現出来ないが、なんとも優しさに包まれた景色だった。

 二人を見守っているとこちらまで幸せな気持ちになる。

 春人さんと冬乃さんを遠くで眺めている時に似た感覚。


 二人は会話を楽しみながらの昼食で、僕は一人黙々とうどんだけ啜っていることもあり、いち早く食事を終えた。

 後は二人の時間を楽しんでもらったほうがいいような気がして。

 客観的にみて異物。



「僕は食べ終わったから先に戻るね」



 二人は頷き、神楽先輩は手を振ってくれた。

 いつもは気にならなかったけれど、昼休みが終わるまでの時間が余った。

 食堂には15分程度しかいなかったらしい。


 折角空いた時間を有効に活用しようと部室に向かう。

 静かで、暗い。

 カーテンを開けても日が当たらないため、少しマシになる程度。

 部になったことで、僕が副部長を務めることになり合鍵を神楽先輩から貰ったことで、自由に出入りすることが可能になった。


 久しぶりに学校で一人になった気がする。

 思い返すとそんなわけでもないのだけど、かなり久しぶりな感じがするのだ。

 いつも夏菜が隣にいて、まわりには司たちがいる。

 そんな光景が当たり前になっていた。


 神楽先輩が練習用にと置いてくれているストラトを持ち上げてるとアンプに繋げる。

 幸いというか、音楽系の部活なのだから当たり前。防音室になっている。

 だから入った瞬間の暑さはたまったものじゃないが、冷房も完備されておりすぐに部屋は涼しくなる。


 何を弾こうか。

 僕が最初に覚えた曲。

 好きなバンドで、初めて中古屋で手に入れたCD。

 ダウンロードサイトで購入もしているが、なんとなく買った物。

 歌いながら弾く。

 また別の曲。

 なにも考えず、ただ好きなように。

 昨日から沈んだ気持ちが晴れることはないが、何かに打ち込めるということはそれだけで気が紛れる。


 そんなことをしばらく続けていると。

 部室の扉がゆっくりと開いた。

 部員はたった5人。そのうち一人は幽霊部員。

 だれも来ない部室。

 少し驚く。

 こちらに届く人影は小さく、女性の姿。



「夏菜か」

「ここに居たんですね」

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