つまらない答え合わせ
「少し考えさせてほしい」
神楽先輩が告げる。
その解答に司は落ち込むように、地面に視線を縫い付けられていた。
小高い丘の上の公園。
頼れる明かりも少なく、街の営みもここまでは届いてこない隔離された場所。
この暗がりは恋人たちのテリトリー。
それを表すように二人組みの人影がぽつぽつと点在している。
ベンチに夏菜と座り夕食を摂る。
買ってきた屋台の戦利品を彼女との間に並べて、好きなように取って食べることにした。
司たちも少し離れたベンチで同様の光景を繰り広げる。楽しそうに会話が聞こえてくるがその内容までは聞き取れない。
「あっちは楽しそうだね」
「つまり、先輩は楽しくないと?」
「……そうは言ってない」
「冗談ですよ」
悪戯そうに笑う彼女。
去年と同様に素直に楽しめているかと言われると、そうとは言い難い。内心、驚きを隠せないでいる。
決して楽しくないわけではない。
「先輩はどうなると思っていますか?」
僕の動揺には気付いていないようで安心しながら、彼女の視線の先。司たちの影を眺める。
たまに大きくなる司の笑い声。
かなりいい雰囲気だと言える。
「どうなるって、交際するってこと?」
「はい」
「夏菜の想像通りに付き合うことにはなりそうだけど」
それぐらいの仲の良さだと思う。
仲が良いだけで交際を始まるとは限らないけれど、彼らには要らない心配。
「私もこんなに早く結果として見れるとは思いませんでしたけど」
「どういうこと?」
「すぐにわかりますよ」
今日中に交際を始めるということだろうか。
司が覚悟を決めてから時間はあまり経っていない。それなのに、もう二人は両想いでどちらかが告白し了承する。
夏菜の中でそういう道筋が立っているということ。
僕には見えていないものが彼女には見えている。
「どこまで予想出来てた?」
「結果だけはわかっただけですね。想像した中で1番の早さだったので、その点は驚きましたけど」
想像出来てたことがまずすごいと思う。
「結局、僕なにも手伝えてないな」
「そんなことないですよ、山辺さんは先輩と話すことで自分を見つめ直す事出来たでしょうし」
「僕の役割って」
反面教師ってことか。
途中で言葉を区切ったものの、夏菜は僕の表情から読み取ったのかくすりと笑うと頷いてみせる。
敵わないな。
残った甘味は僕の膝に移り、夏菜はゴミを片付け始める。
冷えても食べられるという意味は出店で売っているものは優秀だと思う。
ベービーカステラなんかはぱっさぱさになっていまうが、牛乳で浸して食べればまた美味しく食べれる。
夏菜にお願いして、彼女の巾着袋に入れてもらう。
僕は財布と携帯しか持たない主義。彼女もそれを知っていて、僕が言うよりも早く紐を緩め巾着袋の口を開いてた。
そろそろ始まる。
公園の縁。
僕ら同様に辺りのカップルたちもこぞって手摺のもとへと集う。
一瞬の光。
黒いキャンバスに綺麗な光が散りばめられている。
隣を眺めると、この暗がりでも光に照らされて夏菜の表情がはっきりと見て取れた。
無表情で眠そうな見た目。
素の彼女は何を考えているかまったくわからない。
いつもと少し違う髪型。
サイドで纏めているために、白く綺麗な首筋が色っぽく見えた。
落ち着かない。
心臓の鼓動がやや早い。
生唾を飲み込み、空に視線を戻す。
祭りも佳境。
花火の光が目まぐるしく変わり、連続で打ち上がる。
『……雅。ずっと昔から好きだった。だから俺と付き合って欲しい』
雰囲気に流されたのか、本当に司が告白していた。
夏菜を意識から外れて、僕は周りに人がいることにもお構いなしに花火に見惚れている時の出来事。
予想外の――。いや、彼女が言う通りに、もしかしたら起きるかもと僕は期待していたようにも思う。
シンプルで想いの篭った告白。
重く身体が震える炸裂音にも負けない司の告白に、少し聞こえづらい神楽先輩の声。
彼女の答えは保留のようなもの。
だけれど、神楽先輩の表情は少しだけ照れたような、普段は大人っぽい仕草と表情。
今は年相応の女の子のようでいて微笑ましくもみえるが、司は俯いていてその姿を見れていないでいる。
「すまない、先に帰らせてもらう」
司に向けられた言葉ではなく、僕と夏菜に対して言っていた。
祭りは終わる。
告白と同時に。
「あ、……えっと夏菜」
「わかってます。先輩はそういう人ですから」
理解してくれる人がいるというのはありがたい。
夏菜に手を振って神楽先輩を追いかける。
「神楽先輩、駅まで送ります」
「ああ、いいのか。市ノ瀬さんがいるのに」
「あいつならわかってくれるので」
眩しいものを見るように僕を眺める。
「羨ましいね」
「そうですか?」
僕にとっては二人のほうが羨ましく感じることがあった、夏菜だって影響を受けるくらいには二人の関係性は良いものであった。
ただ横を歩く。
丘上の公園は人気も少なく、花火を終えた今は静かなものだ。
坂を下り住宅街を抜ければすぐに駅。
道半ばほど来たところで、神楽先輩が口を開く。
「聞かないのか? 柊くんは司の親友なんだろ」
「親友の想い人だからこそ、僕が余計なことを言って壊すのは良くないですから」
「司はいい友達を持ったみたいだね」
どうだろうか。
人付き合いが下手だから、僕がなにかやれば迷惑を掛けるかもしれないと、たったそれだけのこと。
「私の小さなプライドみたいなもんだよ」
「プライド?」
「尻の軽い女だと思われたくないだけだ。柊くんも知ってるんだろ?」
「文化祭の話ですか?」
「あぁ」
また沈黙。
僕から聞くことはない。
綺麗な女性を夜道で一人にするわけにはいかないと思って着いてきただけ。
住宅街に入り街灯が増えて、道が明るく照らされる。
「あんなに兄のことを好きだったのに、今では司のことを想っている」
「そうですか」
何がいけないんだろう。
兄が好きだったという話は夏菜から聞いていたが、今はその想いと決別していると言うし、司が誰かと付き合っている訳ではない。
お互いがお互いを想っているのに、告白を断る。
「そうですかって、やっぱり変わってるな君は」
「まぁそうですね。自覚はあります」
「弟のように思っていた司のことを好きなるとはな……」
妹のように思っていたこともある。
これは僕の話。
立場的には僕は神楽先輩に近いのだろうか。
「兄への想いに踏ん切りがついて、しばらくして司と昔のように話すようになったんだ」
幼なじみだと言ってた。
司も似たようなことを僕に話したことがある。
「で、空いた穴にすっぽりと彼が入ってきた」
ただ僕は聞くことだけに徹する。
「弟として見ていた司がいつの間にか男性になっていたんだと気付いた」
これは付き合いの長い二人。
神楽先輩にしかわからないこと。
似たような立場である僕としては、夏菜のことは女の子として見ているし女性だとは理解している。
「あいつの告白を断ったのは、司に私が尻軽だと思われたくなかっただけだ」
「え、それだけですか?」
「それだけとは言えばそれだけだよ」
照れて頬を掻く神楽先輩。
紛れもなく女の子の表情。
たまに見る夏菜も似たような顔をしている。
「だって嫌じゃないか? 気持ちをころころ変えるような女」
「どうですかね」
「不安になるだろう。本当に好きなのかって」
「なるほど」
ようやく言いたいことがわかった。
相手を想っているからこそ不安にさせたくない。
これは僕にもわかる。
司に浮気するような人物に見られたくないということか。
「どうなんすかね」
「何がだ?」
「神楽先輩は浮気するんですか」
「するわけないだろっ。何を言うのかと思えば」
「じゃあ良いんじゃないっすかね、司の方の気持ちを考えるとフラれたかもしれないという怖さがあるんじゃないですか」
別れの間際、司は俯き神楽先輩を見れていない。
あの表情を見ていない。
だから勘違いする、見向きもされないと。
結構怖い。
親だと思っていた人に裏切られる。
好きな人に好きだと思われていない。
気持ちに重さの違いがあれど、つまるところ愛されていないというのは孤独だと思う。
「私は司のことを傷つけているのか?」
「まぁ、僕は司じゃないのでわからないですけど」
「それはそうだが」
「僕から言えることはないので、本人と直接話すのが早いのでは」
「あぁ。わかった」
「二人が想い合ってるのがわかってるので、僕はそれが聞けて満足ですけどね。まだ七夕ですし、空にいる二人が別れを告げる前に見せつけてあげればいいんじゃないですか」
「恥ずかしいことをすらっと言うのだな」
「……そうっすね」
だから言われなければ気づかないというのに。
「ここまで送ってくれてありがとう、私は戻る」
「はい」
僕に別れを告げて、来た道を真っ直ぐ引き返す神楽先輩。
入れ替わりに夏菜がこちらに歩いてくる。
「どうしたの?」
「先輩成長しましたね」
「どうだかなぁ……」
どこから聞かれていたのかはわからないが、彼女が成長したというのならそうかもしれない。
自分では具体的にはわからない。
でもここに居ても何一つ変わりはしないということはわかっている。
「私と先輩も空に嫉妬させますか?」
「僕らはいいや……。夏菜は彦星に見初められたらいいんじゃない? 嫉妬してくれるよ織姫様が」
「いらない嫉妬は買いたくないですね……。先輩一筋なので彦星様がいたとしても、ただ二人の中を引き裂く結果にしかならないかと」
「願い事叶わなそうだな、僕ら」
「それは困ります」
夏菜が短冊に何を書いたのか、やはり予想通りかもしれない。
彼女を家に送り届けるために夜道を歩く。
人混みもいないのだから、腕を組まなくていいだろうと彼女の一歩先を歩く。
「司はどうしてる?」
一緒についてきたのかと考えたけれど、その様子はまったくない。
「放っといて来ました」
夏菜のことだから司に対して何か言ってあげているのかと思っていたが、どうやら違うようで。
「そもそも先輩も神楽さんの表情みてましたよね。それにさっきまでの会話からすると必要ありませんし」
「司は気付いていないようだったけれど」
「まぁいいんじゃないですか。私はそこまで親切ではありませんよ」
「以外だね、司のために色々と動いてたようだったけれど」
具体的になにをしていたのかは僕は知らされていない。
部室にも夏菜もちょくちょく顔を出して神楽先輩と良く話していたし、昼休みの間も昼食が終われば司と二人で話していた。
ちょっとだけ疎外感を覚えたのは内緒だ。
手伝えと言ったのは夏菜なのに結局一人で全部やってしまった。
「山辺さんのためというよりは私のためです。私は結構自己中心的な人間なので」
目的を考えるのであれば、そうなのかもしれない。
けれど、そのために人の事を考えて動くのは結局は優しいからじゃないのかと。
これは僕が夏菜を贔屓目に見ているからだろうか。
「あんなの見せつけられて、少しだけ嫉妬してしまいそうですけど」
「嫉妬?」
僕と彼女との感想は違っていた。
「上手くいくことを望んでいたのは確かですけど、上手くいってしまったのが」
「言いたいことがよくわかんないや」
「そうですね。先輩は気にしなくても大丈夫です、先輩はそのまま友達の恋が成就したことを素直に喜んでいればいいと思います」
それが僕のいいところだと付け加えた。
「それより先輩」
「なに?」
「早く帰ってケーキ食べましょう」
「うん」
腕に絡みつこうとする彼女を振り切って、足早にケーキの待つ家に帰る。
「本当に子供なんですから」
彼女の嘆きは無視することにした。
けれど、一つ尋ねる。
「司が今日、告白するってなんでわかったの?」
「私に告白してくる男子と似た顔していましたので」
経験値の有無だった。
それは、わからない。
いつか僕も夏菜や司たちのように綺麗な花を咲かせることが出来るだろうか。
羨ましくも、置いていかれる不安もよぎる。




