新入生歓迎会
冬乃さんは先に準備を整えて出勤していなくなり。
しばらくして僕たちも登校する時間となる。
「じゃ、夏菜を。今日からよろしく」
「まだ言いますか」
「?」
夏菜は訝しげに自分の父親を睨むが、特に問題はないのか何も言わずに先に家を出ていく。
僕もすぐに後を追った。
「それじゃ行こうか」
「はい」
駅に向かう道すがら。
夏菜の顔を覗くと少し眠そうだ。
僕もかなり眠気が酷いが。
実際、自分の目の下がそれを物語っている。
「夏菜も少し眠そうだね」
「それは私の垂れ目を揶揄してますか?」
「言いがかりだって、綺麗な目してるよ」
「……。先輩って馬鹿ですよね」
「なんで!?」
いきなり馬鹿扱いは酷い。
褒めたのに。
「私を落とそうとするとか」
「そんなつもりはないんだけど」
「いや、もう落ちてますけど」
言いながら、耳が真っ赤だ。
夏菜はこういう事に慣れてないのだ。
彼女がこんな事を言うのは確かに想像できなかった訳だけど。
昨日も思ったけれど、恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……。
でも、告白の前後じゃ見え方が少し変わって見える。
なんというか魔法に掛かった気分とでもいうのだろうか。
「それより先輩」
取り繕うように僕を呼ぶ。
話題を変えるつもりらしい。
「新入生歓迎会ってなにするんですか? 学校で一切説明されていないんですが」
「1限目、体育館集合だろ」
「はい」
「そこで説明があるんだけど、まぁ別に対したことじゃないから今説明してもいいか」
僕は記憶を手繰り寄せ、去年あったことをそのまま話すことにした。
「2限目以降、授業一切入ってないと思うんだけど」
「そうですね。空欄でした」
僕も入学したては驚いたものだ。
ただ、面白い文化だと思う。
「完全自由行動で学内を歩き回ることになるよ」
「?」
「まぁ大学のサークル勧誘に似たもので、各部活のアピールの場って感じだね」
「なるほど、そのまんまの名前だったんですね」
「うん。高校でこんなことやる学校中々ないと思うけど、料理部なんかが模擬店みたいなものまであるから、結構楽しいかもよ」
科学部なんかは実験ショーとかやっていた筈。
なんか記念に石鹸をもらえた記憶がある。
「先輩たち帰宅部はなにするんですか」
「帰宅」
「え……。本当に帰るんですか?」
「うん、そのまま遊んでてもいいし帰ってもいいって感じだね」
「先輩は帰るんですか?」
「いや、僕は神楽先輩のところに顔を出すつもりだよ」
「そういうことですか」
夏菜は理解したようで、一人で頷く。
「神楽さんと先輩は、同好会か部活にするために行動するんですね」
「正解。事前に申請しておくことで、未所属でも参加できるイベントになるってこと」
「面白いものですね」
「本当に自由な校風だよね」
駅に到着するが、なおも話しは続く。
歓迎会に興味があるようで、色々と聞いてくる。
「去年、面白かったものってありますか」
「演劇部は結構力が入っていて面白かったかな。あとは、そうだな弓道部かな。初心者が的当て成功すると景品が出てた」
「何が貰えるんですか?」
「僕は外したから、わかんない。夏菜なら取れそうだよね」
「どうでしょう」
安全の為に本物は使用出来なかったけど。
この時間の電車は通勤と通学で満員となる。
まだ春だからいいのだが、夏になると暑さ臭いで溜まったものじゃない。
僕が最初に入り、夏菜の腕をそっと掴む。無理矢理作ったスペースに彼女を招き入れた。
「ありがとうございます」
「苦しいと思うけど少し我慢してな」
「お気付かなく」
背中をこちらに向けてくれてもいいのに夏菜の顔は僕の方に。
お腹の辺りに柔らかい感触が伝わる。
「先輩の匂いがしますね」
「やめろって、あと夏菜も同じボディソープ使ってるだろ」
「そうですね」
少し耳を赤く染めて、つまらなさそうな顔をしている。
僕に何を期待しているやら。
僕をその辺の一般男子と思わないほうがいい。
未熟だぞ。
お陰で初恋もまだだ。
押し潰さること30分。
ようやく目的の駅に到着する。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
「私、電車通学舐めてました」
「そのうち慣れるよ。無理だったらもっと早く家を出るしかないけど」
文化祭前は練習のために早く出ていて、これよりはかなりマシな人数だった。
あれなら、夏菜の体躯でも大丈夫な筈。
「私は大丈夫ですが、先輩朝弱いですよね」
「そうだね。僕は無理しないと起きれない」
「うちに泊まったときは叩き起こすことにしますね」
「文字通り叩き起こされそうで嫌だなぁ……」
改札を出てしばらく歩くと、坂道になる。
丘は梅の木が植えられており、4月に入る頃には小さなピンク色の花は散っていた。
坂をゆっくりと登っていき、梅の木から桜の木へと変わっていくと校舎が見える。
「先輩たちの出番ってどのくらいですか?」
「ちょうど昼時だね。メインの時間は部活で埋まってるから、自由参加の僕らは余ったところになるからね」
昼食でちょうど体育館から生徒が去っていくであろう時間帯。
去年もそうだったのだから、今年もそうだと思う。
僕は最初からどこにも所属するつもりがなく、コンビニで買ったパンをステージを見ながら食べるつもりでいたのだ。
似たような人が数人いるくらいで、まばらだった記憶がある。
ちょうどその時、舞台で演奏をしていたのが神楽先輩だった。
たった一人アコースティックギターを携えて。
洋楽ということもあって、聴いていたのは僕だけだった。
The Man Who Sold The World 世界を売った男。
デヴィッド・ボウイの曲。
僕の好きなバンドがカバーしていたこともあって知っていた。
オリジナルは聴いたことがなかったが、その時に興味を持って聴いた記憶がある。
まぁ今年もブレないで好きなようにやる。
神楽先輩曰く、キャッチーな曲をやっても釣れるのはそれ相応の人間だけだ、だそうだ。
同好会以上にするつもりもなさそうだ。
「見に行きますね」
「まぁ、暇だったらでいいよ。色々と見て回ったら興味を引くものがあるかもしれないし」
「どうですかね。どうせだったら先輩が案内してくださいよ」
「そうだね」
言って少し考える。
少しは眠りたいので午前中からは厳しい。
「僕らって10分ぐらいしか与えられてないから、それが終わったらでいいなら」
「ふ~ん」
僕の顔をじっと見つめる。
何かを確認するように。
「何?」
「いえ、お気になさらず」
「気になるんだけど」
夏菜は何も言わずに校門をくぐり抜けた。




