家族
春先、夏菜に告白された公園。
今は春人さんと二人。
ベンチに腰掛ける。
「お茶でいいよな」
「ありがとうございます」
「子供が大人に気を使うな」
「すみません」
「まぁ、そういう奴か」
春人さんは笑ってくれているが、僕は何を言えばいいのかわからず虚空を眺める。
「馬鹿なやり取りから渉がトイレに駆け込むところまで」
「全部ですか」
「あぁ、すまなかった」
「結構騒いでましたし、こちらこそすみません」
「違うよ」
春人さんの大きな手がまっすぐ僕の頭へ。
「トラウマ残ってたんだな。気付かなくてすまない」
「春人さんが謝るようなことじゃ」
僕が伝えなかったのだから知るわけがない。
こんなことになるなんて誰が予想出来るだろうか。
気をつけていたし、積極的ではあった夏菜も普段はここまで直接的なことをしてくるとは思わなかった。
「自宅に女性を呼べないって聞いて、気付いたら夏菜を家に泊まらせるようになっていたから、もう全て解消したものだと思ってた」
最初に僕のトラウマ、身内の崩壊を伝えたのは春人さんにだ。
濁して伝えた部分もある。
他人に全て伝えられるわけがない。
そこまで他人を信用することは難しい。
身内でさえ信用出来ないのだから。
「そっちのほうは解消しましたね実際に」
自宅に女性がいれば酷い母親を連想させ、体調を崩す。
でなければ夏菜と言えど、家には入れられない。
「そういえば、僕の家の事って小学校で有名だったらしんですけど、春人さんも知ってました?」
「あぁ、渉が常連としてうちに来てる時は客として見ていたから知るよしもないけど、夏菜の不手際で家に招いたあとに自己紹介ですぐ思い出したよ」
「そうですか」
「前にも言ったが、冬乃も片親で育っているから他人のような気がしなくてな」
「感謝してますよ。色々と手助けしていただいてますし」
「聞かせてくれない?」
「まぁ、もう春人さんには知られてますしね」
ここまでの醜態を晒して黙っているわけにもいかない。
そう考えて昔話を始めた。
※
まだ小学校にも通っていない頃。
幼稚園、保育園はおろかボクはずっとマンション一室に閉じ込められていた。
自由に歩ける権利は貰えていたけれど、それはトイレに行く時。
あとは母が自室で父と一緒にいるときだけ。
それ以外は自分の部屋にいることを余儀なくされていた。
部屋を出て母と父に遭遇すれば手痛いペナルティ。
母と父の食べ残しを貰えなくなる、生死に関わる罰則。
両親の気まぐれにボクは二人の営みを見せられることもあった。
何故か父が喜ぶだとかで。
トイレに向かう途中で、両親の部屋の扉は開いたままになっていて、最初はなにか二人で裸になり遊んでいるだけだと思っていた。
その時父が楽しそうに笑いながらボクを見たことで思い付いた遊びらしいと。
何が行われていたかは、大分ボクが成長してからの話だった。
「このガキ喋れないのか?」
「仕方ないわよ、使えないガキなんだから」
言葉の意味を理解も出來なかった。
ただなんとくボクを嘲笑っているのだとは理解出来ていた。
使えない子供。
それがボク。
「…………、………………っ」
無言を貫いたわけじゃない。
声にすらない雑音。
そんな状態のまま放置されただけ。
ただ二人がボクで遊ぶようになってきて、少しだけまともに喋れるようにはなった。
二人の会話を聞いて言語を覚え始めたのだと思う。
定型文をなぞるように、たどたどしくではあったが。
家にテレビはあったけれど、付け方がわからなかったことも言葉を覚える手助けにならなかった。
こんな生活も長くは続かない。
知らないおじさんに小学校に行くぞと、母とおじさんとで知らない場所に連れて行かれた。
毎日着ていた服は、おじさんが来る前に捨てられて、お湯と石鹸で身体を洗われた。
そして、ボクには不釣り合いな紺色の服に着替えさせられたあと、大きな建物前。
また知らない人達がいっぱいいるところに訪れる。
綺麗な服を着た女の人が、知らないおじさんと母に対して。
「お父さんとお母さんはこちらでお待ち下さい」
ボクは違和感を覚えて、思ったことをそのまま口に出してしまった。
「この人、知らない。お父さん、別にいる」
騒がしかった辺りが、誰もいなくなったかのように静かになった。
今でもこのときの、母の顔は忘れない。
この世の終わりのような蒼ざめた物。
まるで生きた屍のようだった。
いつも幸せにそうに父と裸で遊んでいた母とは真逆な表情。
その日から母は家からいなくなった。
父も同様に姿を消した。
知らないおじさんがボクの本当の親だと告げられたが、一度も見ておらず違和感でしかなかった。
疲れ果てた様子で、その本当の父親もボクの前から月に1度程度しか現われない。
でも、残飯を漁る必要もなく電子レンジの使い方など、コンビニで弁当の買い方など教えられて、食生活は向上した。
お風呂も毎日入れるようになり、服だって新品の、自分のサイズにあったものを与えられた。
学校に通えるようになり、言葉も知識も増える言葉が楽しくなった。
経験したことがないことがずっと続く。
僕と話す同級生は一人もおらず、僕から話しかけてもいないもの扱いされて、あぁこれがイジメなんだって理解する程度には学べていた。
無視されていても、昔からそうだったからか特に思うこともなく、周りから浮いた存在だったのが、余計に目立つ形になってしまっていた。
気紛れに興味を惹かれてみようと、その学んだこと。
例えば勉強、例えば運動。
どちらもクラスで学年で1位になっても、周りは僕を無視を続ける。
ただ目的は入れ代わり、勉強やスポーツを突き詰めることに意味を見出していた。
一人だから。
集団で行うスポーツは苦手としていた。
この状態は小学校卒業まで続き。
気づけば中学に入学していた。
司と出会い、その一年後の夏に夏菜と出会う。
※
「これが僕の生い立ちですね」
「そうだったか」
幼少期。
どんな風に育ったのかを語った。
貰ったペットボトルのお茶は温くなっている。
「気にしてないと言えば嘘になりますけど、今はみんなのお陰で楽しめてるので」
「そっか」
「はい。ただ、どうしても性行為やそれに結びつくものを見るとあの人たちが連想されて」
昔は自宅に女の人がいるだけだったが、去年の出来事で以外とあっさりとトラウマを克服。今回もそんなもんだろうと高を括っていた。
成長しなければ、馬鹿のままだったら理解出来なかった事。
あれは親とは呼べない醜い何かだ。
平気であんなことが出来る神経は理解すらしたくない。
どうしてアレから生まれたのだろう、そうじゃなかったらもっと平穏無事な生活もあったと思う。
ただ変わり者であることで彼女と仲良くなったことは事実だ。
それは結果論であって、普通の家庭に生まれて人付き合いして、その中で恋人も出来たんじゃないかって。
夏菜のような特別な存在ではなくとも、普通の女の子と付き合えたんじゃないかな。
もしかしたらあったかもしれない話。
だから意味はない。
こんな僕がこうして存在している。
「娘が悪いな」
「夏菜に悪気はあるわけじゃないし、そもそも夏菜が健常だからこそですね」
「そう言ってくれると助かるよ」
「ま、僕がちょっと異常だっただけ、どちらかというと僕が悪かっただけですから」
「そういう言い方は」
「あ、自分を卑下したつもりじゃないです」
「そうか」
ただ事実を述べただけ。
春人さんを困惑させてしまった。
「すみません、疲れたので戻ります。リビングをお借りしても?」
「夏菜は渉の部屋で寝ているから、あいつの部屋で寝てもいいが」
「ちょっと今、夏菜の匂いで満たされる部屋に入るのはちょっと……」
「馬鹿みたいなことを言えるぐらいだ、大丈夫そうだな」
本音ではあるけれど、冗談でもあった。
どちらも見透かされているだろうけれど。
「タオルケットは俺のでよければ出しておくけど」
「ありがとうございます」




