深夜の攻防
深夜0時。
明日が今日に、今日が昨日に変わった。
7月6日から7月7日。
彼女の誕生日。
「プレゼント」
「ありがとうございます」
客間で僕を寝かすつもりもなく、ずっと傍にいた彼女。
船を漕ぎ始めると攻撃が飛んでくる。
指で突いてきたり、枕で軽く殴られたり。
時間が経つにつれてテンションが上がっている。
本人は冬乃さんに貰ったチョコを食べていたり、紅茶を飲んでいたりとかなり寛いでいる。
「開けても?」
「最初からなにかわかってるでしょ」
「そうですが、やっぱり早くみたいものですよ」
「そんなもんかねぇ」
「はい」
丁寧に包装されたリボンや紙を外していく。
そして小さな箱。
開くと中には指輪。
「ぴったりですね」
さっそく薬指にはめる。
「せめて右にしない?」
「右だと少しサイズ違うので」
本当だろうな。
信じるぞ。
「あぁ、そう」
「名実共にこれでせんぱ」
僕は素早く彼女の口を手で塞ぐ。
「言わせないからな」
「むーっ」
「……まぁ喜んでくれるならなによりだよ」
「ふぇぱいのふぃじわふ」
「誰が意地悪だよ」
「あむあむ」
「噛むな」
顔をずらして、人の腕を噛み始める。
結構痛い。
手を離すがくっきりと歯型が。
明日には消えるだろうか。
さて、用事も済んだ。
「寝るか」
「はぁい」
欠伸のような返事が返ってくると、彼女は箱やケースを大事に袋に仕舞う。
そしてそれを客間のテーブルに。
「自分の部屋に戻れ」
「今日は私の生誕祭です。我儘聞いていただいてもいいですよね?」
「じゃ、別の布団持ってきて」
「それ一つしかないですよ」
「じゃ、駄目」
「いつも同じ部屋で寝てるじゃないですか」
「いつも同じ布団では寝てない」
「何を言っているんですか?」
「え?」
「え?」
「先輩が寝ている間に」
「マジ?」
「嘘ですよ」
夏菜の眠たそうな目が更に半分閉じる。
彼女も結局眠いのだろうか。
それでもテーブルに置いてあるチョコを更に口に咥える。
僕の分も残してくれているのだろうか。
「素直なのは大変よろしい」
「ありがとうございますぅ」
ダウナーな喋りが徐々に崩れて、語尾が間延びする。
嫌な予感に冷や汗が。
「じゃ素直な夏菜は自分の部屋に」
「嫌ですよぉ」
夏菜の目が据わっていて。
仄かに顔も赤く染まっている。
「わかった」
「わかってくれましたかぁ」
「じゃ、僕が夏菜の部屋で寝る」
「えっちぃ」
熱っぽい表情。
風邪とは違う謎の色気。
「何とでも言え。男は度胸だ」
「度胸の意味を履き違えてますよぉ。ここで二人でねるのが度胸というものではぁ?」
「夏菜の部屋にこの布団もっていくから、それで同じ部屋で寝よう」
「それでもいいですど、同じ布団で寝ますよぉ」
「意味ねぇ」
「ヤレばデキるコですよぉ」
「お前、それ下ネタだろ」
「既成事実で大勝利ですねっ」
「まだ子供はって言ってたろ?」
「なんのことですかね。ひゅーひゅー」
口笛吹けてないし。
駄々っ子の夏菜が誕生。
ハッピーバースディ。
そんなこと言ってる場合じゃない。
このままでは本当に良くないと、どうにか逃げ出したいのだけれど。
僕が立ち上がると、脚に絡みつく夏菜の腕。
バランスを崩して布団に転がる。
「ちょっと、待て、本当に」
不味い。
うつ伏せの状態からなんとか仰向けになったものの、僕の身体を這いずるように夏菜が近づいてくる。
ド至近距離の彼女の顔。
下を見れば谷間。
夏になり薄着になっているから、余計に彼女の膨らみが余計に目立つ。
「せんぱぁい」
僕の口を狙う捕食者の顔。
赤く高揚した表情に潤んだ瞳。
どうにか両手で夏菜の手を掴み、最悪の自体を免れている。
が、いつもより力強く、均衡していた力が瓦解するかもしれないという焦りを生む。
「はぁ」
彼女の吐息が首元をくすぐる。
夏の熱気よりも熱いと感じる。
「せんぱい、もう終わりですね」
ほんのりとアルコールの匂い。
……アルコール?
「お前、酒?」
「未成年がのむわけないじゃないですかぁ」
部屋は紅茶の香りがする。
けれど確かにアルコールの匂いが彼女から。
僕らが言い争ってると襖が開く。
冬乃さんだった。
「ごめんね渉くん、夏菜ウィスキーの入ったチョコ、間違えて渡しちゃた」
「異様にテンションがおかしいのはそのせいか……」
子供の頃お酒の匂いで酔ったり、甘酒で酔ったという有り得ない話を春人さんに聞いたことがある。
ウィスキーボンボンでこうなるのか。
元旦のお屠蘇すら夏菜には飲ませていないとも聞く。
「ちなみに完全に酔ったらかなり甘えたがりになるから気をつけて」
それだけを言うと冬乃さんは姿を消した。
引き取ってくれるわけじゃないんですね。
状況は変わらないという訳。
「ちょ、冬乃さん戻ってきて」
僕の願いを聞き届けれれたのか、もう一度襖が開く。
「娘をよろしくお願いします」
世迷い言を告げて、無常にも閉まる扉。
僕の事情を知っているのは僕だけだ。
致し方ない。
「せんぱい、邪魔者がいなくなりましたよぉ」
邪魔者は流石に酷い言い草だ。
「酔ったら誰にでもそんなことするのか」
ちなみに僕は無理。
夏菜と一緒にいるときもできるだけそういう雰囲気にはならないギリギリを見極めてきたつもり。
自分から過度な接触もしてないはず。
頭を撫でるとか可愛らしいものばかり。
「なにを今更言うんですかぁ、せんぱいだからですよう。せんぱい以外なら自殺ものです」
僕に跨がり、蕩けた顔。
その表情は――。
頭の奥に何かがチラつく。
子供の時分、やせっぽっちで言語不確かな。
嘲笑うような声と声。
彼女手が僕の太腿を擦って、上がっていく。
うっ。
胃を押し上げる不快なもの。
ギリギリで抑える。
「やばい、ごめん。夏菜っ」
彼女を肩を強く握る。
「せんぱい、も。その気に?」
目をつぶる彼女。
何かを待つ仕草。
何を待っているのか理解するが、それよりも違う意味で呼吸が荒くなる。
手加減していられる余裕はなく彼女を押し倒して組み伏せる。
酔っている夏菜ならばただの力任せでも可能だと思ったが、危機からは脱せられた。
「せんぱい荒いです、もっとやさしくっ。あ、でもせんぱいの強引なところもいいかもです」
勘違いしているならそれでいい。
むしろそのままで居てほしい。
僕は彼女から手を離し、廊下へ。
唇を強く噛み締め、更に両手で覆う。
家の人たちに気づかれないように静かに、でも急いでトイレに駆け込む。
「……っ」
胃液が逆流し鼻を通り、息苦しい。
喉が焼ける。
しばらく苦しさで立ち上がれず、どうにか水で流して蓋を閉じて便座身体を預ける。
呼吸を整えて、水で口内を洗浄する。
苦い。
鏡に映った僕の表情は虚無。
目は虚ろで視線が定まっていないようにも見える。
顔も洗い、なんとかいつも表情を貼り付ける。
僕を追ってこない。
夏菜はどうしているだろうか。
どちらの心配をしているのだろうか、夏菜のことか、それとも今の関係が壊れることを。
客間を覗く。
少し乱れた服のまま、熟睡している。
ホットする。
どちら対しても。
リビングを借りて寝よう。
今から家を出ても、記憶に残っていれば彼女を傷つけるかもしれない。
「渉」
明かりのついていたリビング。
春人さんはコーヒーを片手に僕を見る。
「大丈夫か?」
「聞こえてました?」
「あぁ」
静かにカップをテーブルに。
「外で話すか」
「はい」




