夏休み計画
7月にも入ると陽炎を見ない日も少なく、夕方になると雷もよく鳴っている。
昼間はセミの声で騒音。
今では中学時代に冷房がついてないことが謎。
よく生活出来ていたなと思う。
そして本日は学食の一コマから始まる。
ただ今日は珍しく、神楽先輩も参加。
6月の下旬から完全に夏服移行しており、少し色合いが淡い物に変わっている。
いつも弁当だからクラスメイトと食べていたそうだが、司の誘いで一緒になることになった。
夏菜に色々と手伝えと言われていたが、今のところ僕らの手伝いの必要なく順調に進んでいるようだった。
精々、民族音楽研究部に夏菜と麗奈ちゃんを誘ったぐらいだ。
体育祭後に申請を出して無事に部活として認められた。
顧問はいくつもの部活を担当している人で部室には一度も来たことがない。
「それで司、要件とは?」
開口一番、神楽先輩が司の名を呼ぶ。
違和感があったが、すぐにわかった。
名前で呼んでいた。
少し前までは山辺くんと名字で呼んでいた。
僕が夏菜を下の名前で呼ぶようになった時は気恥ずかしさが先行していたのに。
もちろん夏菜も夏服になっているのだけれどニットを着ており少しだけ暑そうに見える。
夏服は生地が薄く透けて見えるのが嫌だから。という理由らしいが、ニットがぴったりと張り付いてしまい出るところが出ているので、どっちもどっちのような。
二人が会話している間に、僕も夏菜に一つ気になったことを尋ねた。
「麗奈ちゃんは」
「今日は休みです」
「風邪でも引いたの?」
「いえ、単純にサボりですね。起きた頃にはもう2限目だったそうで、もう今日はサボりを決め込むってメッセージが届いてました」
気持ちはわかる。
始業までぎりぎりならば焦るだけだが、もうかなり過ぎた時間に起きてしまったら覚悟が決まる。
「先輩は夏休みどうします?」
「今年のお盆は父親の実家に行くけど、それ以外は暇だな」
「それじゃ今年は色々と遊びに行けますね」
「去年はどうだったっけ?」
「先輩バイトばかりだったじゃないですか、私も一応受験生だったので」
「夏菜が後輩なこと忘れるよ」
「いつも先輩って呼んでますけど」
名前どころか名字ですら呼ばれたことなかったな。
先輩って呼ばれたほうが僕もしっくり来るから構わないのだけれど。
僕ら二人が夏休みの話で盛り上がり始めた頃。
「そう、夏休みっ」
と、大声で司が身を乗り出してきた。
「折角の高校生、遊ばないのは勿体ないよな」
そのために僕らを呼び、神楽先輩も呼んだのだと理解する。
「そういえば神楽先輩、今年の文化祭もライブするんですか?」
「そのつもり。ちょうど曲の選考をしていたところだよ」
「じゃあ、僕らも部活として認められたんですから、夏休み合宿しませんか?」
「あぁ、そうだな」
目を瞑って考える神楽先輩の後ろ、司がサムズアップしている。
僕と夏菜は見合わせて苦笑いを浮かべた。
「わかった申請は私がしておくから、君らもやりたい楽曲があったら提供してくれ」
「うっす」
返事は僕一人。
あれ?
「私は先輩がやりたい曲であれば」
「俺も雅が選んだ曲なら間違いないと思うし」
「そうか」
今度は神楽先輩が苦笑いを浮かべる番だった。
僕も似たような顔だろう。
「合宿は決まり次第伝える予定だけど、どうしても8月の下旬になると思うから明けておいてくれ」
合宿所は利用者が多く、新生の部活ではどうしても後回しになってしまうとのことだった。そもそも合宿所が使えるどうかも怪しい。
防音室のある合宿所は1つだけ、吹奏楽と軽音部が使うことは予想されるが、そのほか音の出る部活はいくらでもある。
夏休み明けの9月にはもう文化祭の準備期間になる。
それに3年生は修学旅行があったはずだ。
今年のうちに司と神楽先輩に思い出を作る必要がある。
「そういえばもうすぐ七夕祭りだけど二人はどうする?」
「二人はってことは、司たちはもう決まってるの?」
「おう、雅と一緒に行く予定だ」
「司がどうしてもって言うからね、仕方なくだよ私は」
夏菜の男性版というほどの押しの強さを垣間見た。
仕方なくと言うわりにはそんなに嫌そうな顔をしてない。
「先輩?」
名前だけ呼ばれ、そのあとは僕を見つめてくるだけで何も言わない。
まだどうするか決めてすらいないが、例年通りなら夏菜と二人で行くことになっていた。
用事がなければ僕もそのつもりだったから。
「僕らも行く予定ですけど」
「そうか、どこかで合流するか?」
携帯が小さく震える。
テーブルの下で隠すように操作し、メッセージの確認。
『俺が下手を打たないようにフォローしてくれ』
夏菜にも見せようと、彼女の脇腹を突く。
「ひゃうっ。ちょっと先輩、腋弱いんですから悪戯するのはやめてください」
僕を怒りながらも意図に気付いて、自然なままスマホを確認してくれた。
こんな声出すんだな。
ちょっとびっくり。
バレたかどうか神楽先輩を見てみるものの、微笑ましいものを見るような顔で夏菜を見ていた。
たまに二人で昼食を取ったり出かけたりする程度には仲の良い二人。
妹をみるような顔だろうか。
「合流はするけど各々したことがあれば、その時は別行動ってことにしましょうか」
僕の提案。
夏菜は頷き、司も同様。
ただ、神楽先輩は「うっ」と息を詰まらせながらも肯定してくれた。
「海とかにも行きたいよな、渉」
唐突すぎる。
あと僕に同意を求めないでほしい。
「まぁ夏だからね……」
こんな返事しか出来ないよ。
「先輩も行きたいのであれば」
ちなみに僕は金槌である。
殺したかったら海に投げ入れれば解決する。
「海か、中学以来だろうか。たしかに行きたい気もする」
案外のりのりだったのは神楽先輩。
ただ少し困った表情を見せた。
「中学指定の水着しか持ってないんだが、入るだろうか……」
「あ、私も入るでしょうか……」
女性陣二人、少しだけズレてる。
「今度買いに行こうか市ノ瀬さん」
「そうですね」
勝手に問題解決したようで何より。
連れて行かれたらどうしようかと、悩んでいた。
ってか、僕も持ってないじゃん。
「司は持ってる?」
「ない」
「今度行こうか」
「そうだな」
結局4人でいくことになった。
でも今年の夏休みは楽しくなりそうだ。
※
バイトの終わり、夏菜の家に泊まることにした。
しばらく泊まっていなかったこともあり、冬乃さんが少し嬉しそうにしていたのが印象的だった。
どうやら普段の夏菜と、僕がこの家にいるときの夏菜の態度が違うようで面白いとか言っていた。
彼女の誕生日も迫っている。
期末テストも迫っているが、頭を悩ますのは誕生日プレゼント。
休憩中に春人さんにも相談したが、特になにも思い浮かばなかった。
ただ彼はすでに用意しているようで、それについても教えてくれなかった。
被ったらどうしようかと考えたが、被る要素がないから大丈夫とは言ってくれたものの。
「何にしよう」
「何がです?」
「夏菜へのプレゼント」
「あぁ、そうでしたね」
客間の和室。
敷かれた布団の上で二人で座る。
何故か自分の部屋に戻らない夏菜。
まぁ、僕も気にもとめない。
彼女の家だし、好きに過ごしたら良い。
僕の質問に答える気もなく、終始穏やかな表情。
高1の女子高生。
あまり飾り気がないほうではあるが、麗奈ちゃんに教えてもらって以降は爪先にも気をつかいはじめている。
ただあまりゴテゴテしたのは好まず、結構シンプル目なのが多い。
ネイルチップなども僕の部屋に何個か置いてあったりした。
ファッション雑誌を眺めている彼女に声を掛けてみる。
「夏菜って金属アレルギーだったりする?」
「ないですよ」
僕の言葉に指を眺めているが、思いついたのはそちらではない。
水着を買いに行く日についでに色々と見て回ろうと思う。
しかし女子高生が好きそうなブランドと言われても、一般男子高校生にはわからない。
司に聞いてもいいけど、どうせならすぐ近くにいる大人である春人さんにも聞いてみるか。
「ちょっと春人さんと話してくる」
「はい、じゃここで待ってますね」
部屋に戻るつもりないのね。
僕らが客間に移動する前に春人さんはお風呂に向かっていたし、ちょうどリビングで寛いでいる時間だろう。
「すみません、春人さん」
リビングのソファに人影が見えて声を掛けたが、春人さんの膝の上で向かい合って座っている冬乃さん。
がっちりと首をホールドして微笑んでいる。
仲睦まじい光景。
新婚か付き合いたてのカップルでもしなさそうな。
「邪魔しました」
「気にしなくて良いよ」
と冬乃さんは言ってくれるが、めちゃくちゃ気まずい。
「春人くんに用があるんでしょ、私のことは気にせず話して」
移動するつもりもなく、そのままの状態を固定。
メンタル強い……。
十分に夏菜に引き継がれている。
向かいの席に座る。
「バイトの休憩中に話したことなんですけど」
「あぁ、決まった?」
「候補はいくつか、アクセサリーにしようかと。夏菜も高校生ですしそういうのもありかなって」
「いいんじゃないかな? 好きな男の子からアクセとか嬉しいよ、見るだけで渉くんのこと思い浮かぶんじゃない」
いつの間にか冬乃さんまで僕を下の名前で呼ぶようになっている。
春人さんと話しているのに冬乃さんからお墨付きをもらえた、女性の意見だから参考になりそうでありがたい。
彼も笑って同意してくれているようだ。
「ブランドとかわからないんでその相談に」
「これとかどう?」
春人さんが首からチェーンを引っ張り、繋がっていた黒いリングを外して見せてくれる。
結構有名なブランドだった、僕でも知っている。
そのブランドの名前のついた映画があった気がする。
たしかそれも恋愛映画だったな。
「それは?」
「同棲し始めたころに冬乃から貰ったものだよ、俺の誕生日に」
「へぇ」
冬乃さんも見せてくれる。
ペアリングだったようだ。
元々は指に付けていたものだったらしいが、結婚指輪をつけるようになって出番がなくなった。けれど、思い出が詰まっており今でもネックレスとして身につけている。
「いや、ペアは流石に」
「そう? 10月の渉くんの誕生日にお返しに貰えばいいじゃない」
「そうそう」
「二人して……、そういう関係じゃないので」
「あら、まだ夏菜を抱い――、あいたっ」
ほぼ聞こえてましたけど。
デコピンをちょくに受けて涙ぐむ冬乃さん。
夫婦の力関係を見てしまった。
基本的になんでも許して笑って冬乃さんの自由にやらせているようだが、実のところ春人さんに主導権がある。
「本人らのペースがあるだろ、冬乃も急かさない」
「はーい」
これでこの人、小学校の教諭だというのが驚き。
ちゃんと教育しているのだろうか。
「ペアはともかく、長く使えるようにシンプルな物で有名なブランドなら高校を卒業しても変じゃないだろ」
「そうっすね」
「リングがオススメ」
「なぜです?」
「そっちのほうが嬉しいから」
「そっすか……」
さっき夏菜も指を見てたしな。
どっちにするかは店に行ってから考えるとして。
二人にお礼を行ってから客間に戻る。
壁を背もたれにし、スマホを弄っている。
本当に部屋に戻らず待っていたようだ。
「夏菜の指のサイズっていくつ?」
「7号です」
「そっか」
「はい」
「指輪とは限らないからな」
「……」
睨むなよ。
選択肢がなくなるじゃないか。
親子共々、僕を騙したわけじゃあるまいな?




