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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
ちぐはぐコミュニケーション
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beat it

 夏菜には思っても悪戯しないことにしよう。

 あれが仕返しだとすると僕の心臓が持たない。

 地面からジャージを拾いあげて、土を払う。

 少し湿った土。

 綺麗に払ったつもりでも、少し汚れてしまう。

 彼女に上着を渡して別れて、自分のクラスの座席へ。

 未だに全力疾走でも終わったばかりかと思うほど心臓が大きく脈打っている。

 うなだれて司のもとに向かった。



「どうした? 急に老けたな」

「まあ、ちょっとね」

「帰ってくるまで結構時間掛かってたし、あぁそういう」

「こってり絞られたよ」



 メンタルが。

 もう絞りカスしか残ってない。



「渉も学校だというのに、中々やるな」

「そうだね」



 家でも、他の場所でも勘弁願いたい。

 僕の加虐心が生んだ残念な結果。



「で、どうだったよ市ノ瀬ちゃん」

「いつもより激しかったかな」

「大人しい性格だと思ってたけど、やるときはやるんだな」



 何だか司が嬉しそう。

 夏菜の悪戯に、そういえば自称夏菜陣営だと言っていた。

 僕がボコボコにされたことが喜ばしいのだろう。



「まさか、こんなところで渉と市ノ瀬ちゃんがねぇ。見くびってたよ」

「僕もだよ。夏菜があそこまで攻めてくるなんて思わかなった」

「マジでどんなことしてきたんだ市ノ瀬ちゃん」

「恥ずかしくて言えない」

「ふぁー」



 前の競技が終わり、そろそろ僕らの種目である棒倒しが行われる。



「行こうか」

「大丈夫か渉、体力的な意味で」

「余裕かな。この日のために、調整してきたし」

「なるほど俺も普段から少しは運動しとくかな」

「いいんじゃない?」



 簡素な入場口。

 入場を盛り上げるためにクラス代表の応援団が数人。

 その前に夏菜もいた。



「先輩頑張ってください」

「うん、ありがとう」



 クラスメイトの視線が刺さる。

 女子からはほっこりとした物や羨望の眼差し。

 男子からも羨望はあるが、恨めしそうな物が多い。

 気持ちはわからないが理解は出来る。

 けれど、夏菜も夏菜だ。

 出場者全員を応援するために配置されているのに僕個人を応援している。



「ジャージ汚れてね?」

「あぁ。脱いだ時、地面に置いちゃたからね」

「下に敷くものなんかないもんな」

「? まぁそうだけど」



 下敷きにして、座ってはいない。

 それならもっと汚れてるはず。



「先輩良いところ見せてください」

「良いところはわかんないけど、頑張るよ」

「はい、勝ったらご褒美あげますよ」



 白組の殺気が増した気がした。

 幸い僕らの赤組のやる気が降下していないのが救い。


 紅白戦3回勝負。

 男子、女子、男子の順。

 僕らは何故か男子の部両方入れられてしまった。

 帰宅部だからだろうな。


 ルールは至って単純、自分たちの陣地に立てている棒を守り相手の棒を倒せばいい。

 それぞれの待機位置で号令を待つ。

 僕と司も攻撃隊で、横に並ぶ3列の中段に位置している。

 ピストルの号令とともに敵地に一気に向かう。

 相手も僕らの陣地へ、向かって……いかない。



「いたぞ、柊だっ!」

「は?」

「殺せっ」



 いや物騒。

 恨みは、……買っている。

 てか、そんなゲームじゃないだろ。



「いやいや、なんで陣地無視してこっちに来るのさ」



 大群が僕に向かって一直線。

 あんなのに正面きって戦うのは無謀。

 というわけで三十六計逃げるに如かず。

 サークル内を右往左往と駆け回る。



「逃げたぞ、追えっ!」



 この時僕は逃げるが勝ちという言葉が好きになった。

 勝ちは勝ちだ。

 集団が僕に寄ったせいで、僕が逃げている間にあっさり白組の棒が倒される。

 そりゃそうだろう。

 対戦相手の守りも攻めもなくなっている。



「って、まだおってくるし」

「殺せっ! 倒せっ! 引き裂けっ!」



 さっきより物騒。

 もう泣きたい。

 勝つのが目的だけどさ。

 なんか違うよ。

 運営の注意により持ち場へ戻っていく白組、何故か僕まで注意されたのは腑に落ちない。


 入れ替わるように女子の部。

 待機所から眺めることになる。

 ブルーシートの上、胡座をかいて座る。



「私たちも柊君達のために勝つぞぉー」

「二人のイチャイチャみるためにっ」



 クラスの女子の号令。

 勘弁してください。



「流石学園公認カップルだな」

「男子はすごい形相で襲ってきたけど」

「モテる者の義務だよ」

「貴族じゃないんだけど」

「恋愛貴族」

「変な称号増やすな」



 女子の部は実力が拮抗していた。

 というか男子と違って圧倒的に真面目に取り組んでいる結果。

 先程の試合が早くに終わってしまったこともあって、いい時間調整なのかもしれない。



「こんなに争ってると、体操服まで引っ張り合いになってるな」

「棒倒し今年でまた中止になりそうだね」

「むしろ世のおっさんたちは続行したいんじゃないか」

「そんなもんなのかな」

「俺らがみても目の保養になるから」

「僕は別に」



 成り行きを見守っているだけ。

 服が乱れて隙間から下着が見えそうになっていたり、何かの拍子にハーフパンツがずり落とされていたりするが、特に興奮も覚えない。

 ただの風景として受け入れている。

 時間が掛かっていることで欠伸が漏れる。



「渉ってそもそも女子に興味がないだけか」

「そうだね」



 トラウマは解消されたと思うが、しこりのような物はまだ残っている。

 映画のワンシーンであっても性的描写は受け付けない。

 でも男性機能は正常である。

 ちょっと難儀な性質。



「市ノ瀬ちゃんが特別か」

「うん」



 彼女ならばある程度受け入れることが出来る。

 一緒にいて安心感を覚えるからだろうか。

 司が言うように夏菜は特別な存在であるのは間違いない。


 僕の欠伸が止まらず、船を漕ぎそうになるころに、ようやく終了の合図が鳴り響く。

 勝ったのは赤組。

 これで2勝。

 勝ちは確定したのだけど、消化試合は残る。



「いこっか」

「おう」



 冷えて凝り固まりつつある筋肉をほぐしながら立ち上がる。

 さっきみたいな試合にならなければいいけど。

 陣地の布陣を整えて、合図を待つ。

 相手の視線はやはり僕に向かっている。

 駄目かもしれない。


 学校のスピーカーから鳴る、最近流行りの邦楽。

 綺麗なメロディーに綺麗な歌詞。

 放送部のチョイスがよくわからない。

 リレーでもないのに天国と地獄とか流されても困るか。


 どうせずっと一人で逃げることになるのだ、適当に頭の中でテンションの上がる曲を思い浮かべる。

 逃げるという意味ではいいかもしれない。


 今回は防衛にも力を残しており、僕一人逃げるのにも限界があった。

 こちらが勝利すればすぐにでも舞台裏に帰れる。

 烏合の衆とは言えこちらは一人。

 一騎当千の猛将ではない。



「なんで追ってくるのさ、目標はあれだろ」



 僕らの陣地を指し示す。

 複数人により支えられた赤い棒。



「知らん」

「男気を見せたからってなんだ、こちらとらモテない男の執念だ覚悟しろ」



 それこそ知らないよ。



「一発殴らせろ」

「別れろ」



 後ろから怨念のようなくぐもった声。

 次第に囲まれ逃げ場がなくなる。

 なにか出来ないかとあたりを見回す。


 司の姿、向こうもこちらを視認している。

 伝わるかどうか、身振り手振りで意思を伝える。

 大きく頷いてくれた。

 あとは任せよう。


 捕まらなければなんとなるかもしれない。

 本当に殴ってくるのかは知らないが、何発かは妥協すればやってやれないことはないだろう。


 こっちから仕掛ける。

 1番体格の良い人間は無視して、小柄な男子生徒に突っ込む。

 バスケで培われたフェイントを入れてすり抜ける。

 左右にいた男子には、ぎりぎりの距離感。

 布が擦れる音が聞こえる。

 あと少し位置が近かったら体操服を掴まれていた。


 何度も同じことを繰り返し、相手のスタミナを削る。

 相手に運動部が居ないことが幸いして、まだ僕のほうに余裕があった。

 まぁでもそれも限界。

 僕は終始休めないが相手は休める。

 天秤がどんどんと均衡し、やがて差が出来る。

 それでもどちらも消耗していることに変わりはない。


 あと少し、あと一回だけ逃れること出来ればいい。



「残念だったな柊」

「なんでそんなに必死なのさ」

「モテない男子の気持ちがお前にわかるか」



 唇を噛み締め、涙目。

 なに、こわい。



「あんな青春が詰まった動画魅せられて、羨ましいだろうがっ」

「あぁ……そう」



 僕だってモテてるわけじゃないと思うけどね。

 たった一人。

 そのたった一人が特殊なだけ。



「さて、と」

「覚悟決めたか」



 深呼吸。



 司がこちらを伺うような視線を送ってくるので、僕は頷く。

 彼の合図で一気になだれ込む赤組。

 もとより攻めに使える戦力自体はこっちのほうが上なのだ。

 一試合目より防御に割いているからとはいえ、均衡を崩せば終わり。

 こちらの防御を削って攻めに回せばいいだけ。


 僕も逃げている間にお互いの陣地からちょっとずつ離れて、スペースを開けておいた。

 そのスペースを一気に駆け上がり、力任せに突き進むと。



「ほら、あっという間に僕らの勝ち」



 試合終了のピストルの音。

 相手もしぶしぶ整列に並ぶため戻る。

 僕らも退場するために整列。

 軽快な音楽に変わりグランドを後にする。


 僕一人だけ汗がすごい。

 晴天の中土砂降りにでもあったのかというほど。

 退場門から少し離れたところで体操服を脱ぎ、絞る。

 水の入ったバケツに突っ込んだ雑巾のようにすごい勢いで染み込んだ汗が出てきた。



「うげぇ……」



 自由な校風だから別に体操服に拘る必要はない。

 ちらほらとただのTシャツを着ている生徒もいるし。



「これどうぞ」



 目の前に淡い水色のタオル。

 誰かぐらい見なくてもわかる。



「ありがとう夏菜」

「はい、拭いたらすぐ着てくださいね」

「いや、これ着直すの? ちょっと替えのTシャツ取り行こうかって思ってたんだけど」

「いや、その。言いづらいんですが、他の女子生徒もこちらを見てますので」

「別によくない?」



 上半身裸。

 帰宅部にしては、やや筋肉が程よくついている。

 腹筋も割れている。

 別に恥ずかしいことではない。

 男子と女子の裸では価値が違う。



「私が他の人に見せたくないんですよ」



 ここでようやく振り返って夏菜を見ると。

 壁のように立ちはだかるようにして、あたりを威嚇している。

 死に体の飼い主を守る子犬にも見えた。



「男の裸なんて減るもんじゃないだろ」

「減ります」

「減るんだ……」

「私が見る時間が減ります」



 何言っちゃってんのこの子。

 本当に見たいのであれば威嚇しなければいいのに。



「中学の部活の時散々見てなかった?」

「その度に注意してましたよ」

「そうだっけ?」

「あの時は単純に男性のというよりは、先輩の裸体を見るのが恥ずかしかっただけですけど」

「それなら今はなんなんだ」

「なんでしょうね。興味ですかね」



 彼女の指先が、僕の背中をすっと縦になぞる。

 ちょっとくすぐったい。



「このタオルちょっと貰うね」

「それはいいですけど」



 絞った体操服を広げて軽く振る。

 着てみるが、やっぱりじっとりと湿っていて気持ち悪い。



「あ」

「じゃあ、着替えてくるわ」

「意地悪です」

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