市ノ瀬
夏菜の告白から、ふわふわした気持ちで彼女の家に帰った。
お風呂を先にいただき、出る頃には市ノ瀬夫妻も帰宅していた。
挨拶だけを交わして、いつも使わせてもらっている客間に戻る。
僕が風呂に入っている間に、夏菜が敷いてくれていた布団に潜り込み、そして考える。
僕にとって市ノ瀬夏菜という女の子は、親友とか、出来た妹といったような表現が一番しっくりくる。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
そんな表現が一番似合う女の子だということも理解している。
でも先輩と呼んで慕って来る姿は、犬のようにもみえて、口が妙に悪いところは猫のようにも見えた。
不思議な存在。
それほど夏菜は魅力的な女性だ。
けれど恋愛感情があるかと言われれば、答えはノーだ。
なぜだかはわからない。
魅力的なのに、女の子として付き合いたいとは思えない。
今の関係のほうがすごく安心出来て、楽しい。
それに彼女は恩人でもある。
絶対に彼女を悲しませたいなどとは思わない。
中途半端な気持ちで、彼女の想いに答えるのは駄目だとも思った。
だからというわけでもないが、勝負に乗ることにした。
彼女の気持ちに気付いていたかどうかと言えば、気付いていた。
流石に恋愛に関して幼い僕でも、彼女のアピールは積極的なモノで、いつからそうだったのかわからないが僕が中学を卒業していた頃にはそうだったのだと思う。
先延ばしに出来ればと考えていたのも事実だ。
日和っている言われればそうだ。
答えはでない。
でもこれは勝負となり、真剣な勝負だ。
逃げることはもう出来ないと悟る。
もやもやとした気持ちのまま、考えは堂々巡り。
窓から見える霞みゆく景色のなかで、ようやく眠りに落ちた。
※
「おはようございます先輩」
「……?」
目蓋が重く、身体も重い。
思考も鈍い。
覚醒まで、しばらく掛かる。
けれど、聞き慣れた静かな声ははっきりと聞こえて心地いい。
「……」
「先輩、本当に朝弱いですよね」
頬をぐにぐにと押されている。
触覚を刺激されたことで、思考が加速し始めることを感じる。
ぼんやりと映る女の子の輪郭。
「……市ノ瀬?」
「夏菜、ですよ」
重たい身体に鞭を打ち、どうにか起き上がる。
「あ、……うん、夏菜おはよう」
「おはようございます」
僕は客間で寝ていた筈だけど。
「合ってますよ、見回しても客間です」
「なんで?」
「いえ、昨日言い忘れたことがありまして」
昨日のこと。
告白しかない。
寝起きでも覚えている。
忘れる訳がない、それほど衝撃的なことだった。
「それで?」
「告白もしました。そして、これは勝負です」
「うん」
「私、今まで結構抑えていたのですが、これから本気でいかせてもらいます」
「……」
「この家に来ないということもなしですよ。今まで通りの生活を送ることをフェアな戦いとしてルールの一つに設定させてもらいます」
「わかった」
「素直ですね」
「元々僕に有利なルールだったから、それぐらいは」
「じゃあ、そういうことで失礼しますね」
夏菜はゆっくりと立ち上がる。
彼女も寝巻き姿でパーカー1枚にショートパンツ。
立ち上がったことで綺麗な白い足がばっちりと映る。
夏以外はタイツやスットキングを履いているのを知っているので、なんだか新鮮な気持ちにもなった。
扉を閉める瞬間、夏菜は振り向く。
「あと、先輩の顔。醜いですよ」
「へぇ?」
夏菜は、なぜだか嬉しそうに笑いながら去っていった。
僕も立ち上がり、急いで洗面所へ。
鏡に映った僕の姿は、ものすごい寝癖に目の下に隈が居座っていた。
確かに酷いものだ。
隈はどうにも出来ないが、急いで寝癖だけは直す。
歯を磨いてから客間に戻り、制服に着替える。
カッターシャツは綺麗にアイロン掛けされており、心の中で夏菜に感謝した。
今日は新入生歓迎会と称して授業がないのがせめての救いだ。
しばらく僕は出番がないので、たまり場になっている部室で少し休もう。
「おはようございます」
「おはよう柊」
「おはよう柊くん」
春人さんも冬乃さんは既にテーブルに着席していて、夏菜はキッチンで制服の上からエプロンをつけて朝食の準備をしていた。
この家族、父親である春人さんが一番料理が上手く、その次に夏菜。
冬乃さんも料理は出来るが、二人に比べるとどうしても劣ってしまう。
代わりにそれ以外の家事をやってくれている。
僕がリビングに入ることに気付いて、夏菜はこちらに来るとコーヒーを置いて戻っていく。
傍に寄る瞬間少し緊張してしまった。
その様子に気付いて市ノ瀬夫妻は、呆けていたが察してニヤついている。
親公認となるとやりづらい。
ある意味、敵地のど真ん中だ。
「渉なにかあったのか?」
聞かないで欲しい。
あと下の名前に変えないで。
「何もないですよ」
僕がそう答えると、隣の春人さんが耳打ちしてくる。
「まぁ、何かあったら俺に言え、協力出来ることはしてやるからさ」
心強いのかどうなのか。
罠な気もしてくる。
「はぁ、そのときがあれば」
「避妊はしろよ」
「ぶふっ。あっつ……」
あんたの娘だ。
もっと大事にしろ。
カップに口を付けていたことが災いして、吹き出して水面が跳ねてしまう。
幸い顔に掛かったぐらいで、制服にはなんともなかった。
「先輩、どうぞ」
「ありがとう」
首をひねりながら夏菜は朝食をテーブルの上に並べてくれた。
「先輩、挙動不審で少し気持ち悪いです」
「わるかったな。キミの親父のせいだよ」
「父さん、また何かやったの?」
春人さんは悪びれた様子もなく、口笛を吹く。
「はぁ……。まったく、余計なことはしないで」
「まぁまぁ、揃ったことだし朝食にしましょう」
冬乃さんが仲裁に入る。
何かとフォローしてくれるけれど、この母親もたまに壊れる。
居心地が悪い中、朝食を摂るのだった。




