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wild fang

 あれから司は考え込むように一人でいる事が多い。

 6月にも入り、梅雨にもなった。

 体育祭の練習も佳境に。

 そんなある日の放課後、司が意を決したように階段の踊り場で僕を呼び止めた。



「市ノ瀬ちゃんは応援合戦のほうに行ってるんだっけ?」



 5月の下旬から始まった応援合戦の練習。

 結構ハードなようで、結構スタミナおばけでもある夏菜でもヘトヘトに疲れている様子が見られる。

 本人は隠しているつもりだが、いつもより声のトーンが少し低い。



「大事な話なら待っててもいいんだけど、どうする?」

「いや、いいよ。渉に直接言っておきたいだけだから、それに渉に話せば市ノ瀬ちゃんにも伝わるだろ」

「そうだね。黙っててほしいなら知らせないけど」

「むしろしっかりと伝えてくれ」

「わかった」



 結論から言うと、司は神楽先輩と結ばれるように動くという決断をした。

 たったそれだけ。

 彼女は三年で来年、卒業してしまう。

 今を逃せば神楽先輩と結ばれる機会なんて訪れない。

 大学生になれば、また新たな出会いがある。

 高校とは比べ物にならないほどの。


 人の心の移ろいというものは想像できるものがある。

 物理的な距離は心の距離にも反映される。


 鎖から解き放たれたように、司はもう立ち止まらないのかもしれない。

 危機感も覚えてしまった。

 空腹な肉食動物ほど怖いものはない。

 爪で牙で、神楽先輩に痕を残すということ。



「で、市ノ瀬ちゃんは渉に何を言い渡した?」

「司の近くで見てろって、あと手伝えって言ってた」

「はは、力にならなさそう」

「同意するけど、僕だけじゃなくて市ノ瀬も手伝ってくれるそうだよ」

「わるいな」

「でも、僕らより司のほうが恋愛経験は豊富だろ」

「経験だけならそうかもな。女の子と付き合う回数が多いだけ、そこに気持ちを置いてこなかったから、お遊戯みたいなもんだよ」

「なら僕はなんだろうね」



 二人して苦笑い。

 いつも三枚目を演じているが、僕の前ではただのイケメン。

 でも、今日の司の瞳は野性味を感じる。



「でも、結局は雅から逃げた」

「じゃあ、どうして今回は?」

「そうだな……」



 口ごもる。

 というよりは、照れた様子。

 眩しく空を眺める司。

 夏の色に近くなっていた。

 春よりも濃い青。

 梅雨とはいえ晴れ日もある。



「お前らの関係にちょっとだけ嫉妬した。なによりも市ノ瀬ちゃんがいつも楽しそうで憧れたってのもあるかな」



 俯瞰で見れば確かに僕と夏菜は仲のいい恋人。

 その実態は……なんだろうか、所謂友達以上恋人未満。

 でも、それは親友なのではないだろうか。



「夏菜が楽しそうか」

「流石にお前ほどじゃないけれど、俺らにだってなんとくわかるよ。少しの違いぐらい」

「そっか」

「麗奈ちゃんが市ノ瀬ちゃんに憧れたっていう気持ちはわかるよ。眩しいよな、あの子は真っ直ぐで」



 誰もが夏菜に憧れる。

 理由は違えど、僕も彼女に。



「でも、チャンスがあるなら戦うべきかなって」

「……」

「だから、渉。お前もしっかりと市ノ瀬ちゃんの気持ちに答えろよ」

「わかってる」

「わかってなさそうだから不安なんだよ」



 力を入れていない握りこぶしで、僕の肩を小突く。

 大人になっていく友人たち。

 取り残された気分にもなるが、友人の成長はやはり喜ばしさが勝つ。



「いつから動くの?」

「今日からだなって言いたいところだけど俺もバイトがあるし、明日から」

「わかった」



 それだけ聞ければ十分。

 学校を後にする司の後ろ姿を眺めながら応援する。

 歩く姿はしっかりとしたもので、いつものわざとらしい軽薄さは感じない。

 自分の武器を磨く準備でもしているようだ。

 男の子って感じだな。


 夏菜が言うように人の、特に身近な友人の恋愛模様を見て学べることがあるのかはわからないが、変わっていく友の姿に胸を高鳴らせる。



 ※



 いつ戻ってくるかわからない、夏菜を下駄箱の前で待つ。

 今日のことを報告したい気持ちで、一緒に帰りたいという願い。

 今月に入ってからというもの、応援合戦の練習で放課後は一緒になることがまずない。

 練習がない日はバイトが入っていたりとすれ違っている。

 でも、今日はどうしても夏菜と一緒に居たかった。



「先輩がこの時間まで待つなんて珍しいですね」



 学校指定のジャージに短パン。

 昼間履いていたストッキングはなく、素肌を晒している。

 その視線に気付く彼女。



「あんまり見ないでくださいね」

「制服は?」

「鞄の中ですね……。着替えてくるのでもう少し待っていてください」

「そのまま帰るつもりじゃなかった?」



 鞄で素足を隠しながら、夏菜は後ずさる。

 彼女の家や僕の家で散々、素足を晒しているのに学園ではなぜ気にするのだろう。



「先輩が待ってると思わなかったので油断してただけです」



 身なりを気にする。

 女の子としては当然、そんな当たり前の事。



「わかった、待ってる」

「はい。すぐ戻ってきます」



 小走り気味に廊下を駆けて行く、彼女を見送り。

 靴を履き替えて自動販売機でお茶を購入すると、わきにあるベンチに座り込む。

 6時をすぎても明るい空。

 司と見たままの景色。


 ベンチの傍には、園芸部が手入れしていると思われる花壇がある。

 バイト先のカフェの象徴でもあるダリアの花が凛と咲いている。

 看板に描かれているのは、白いダリア。花言葉は感謝と豊かな愛情。

 春人さんに受け継がれて店名を変えたそうだが、カフェは日常の象徴。

 一緒にいてくれる人に感謝と愛情を。

 来てくれる客に感謝と、様々なお礼の気持ちを込めたと聞いたことがある。


 色によって花言葉はある。

 ただダリアという品種にはもう一つの側面の花言葉がある。

 移り気、裏切り、不安。

 二面性があるのはちょっとおもしろい。

 人間味がある。



「……先輩。ここにいたんですか、少し探しましたよ」

「あぁ、ごめん。ちょっと喉が渇いて」

「一口もらってもいいですか? 私も運動のあとなので」

「はい」



 キャップを開けたまま、彼女に手渡す。



「本当に間接とか気にしませんね……」

「司ともやるしな」



 気心が知れているから。

 嫌じゃないし、潔癖でもない。



「私、異性ですよ」

「知ってるよ。僕と夏菜の関係だとよくあることじゃないか?」

「それもそうですね……。私のほうが意識すぎたかもしれません」



 僕の隣に腰掛ける。

 ほっと一息つくようなため息。

 運動後ということもあり、顔は少しだけ上気している。

 彼女の横顔と隣のダリア。

 もうひとつ、ダリアには気品と優雅という花言葉を思い出した。



「何見てるんですか?」

「そこの花壇」

「綺麗に咲いてますね」

「うん」



 夏菜は僕にお茶を返すと、少しだけ暗い顔した。

 たまに見せる表情だけれど、彼女には似合わない。



「どうしたの?」

「あ、いえ。先輩だから私の表情読み取れますよね……。えっと、すみませんでした」



 謝れるようなことはされていない。



「先輩が倒れたのって私のせいもあると思うんです」

「なんで?」



 あれから数日経っているので、忘れていた。

 しかし、どうしてそのように思ったのか不思議。

 あれは疲れたまま机で眠ってしまったのが原因だ。

 風邪を引いたことにも気付かず、夢中になった結果。

 それで悪化してしまっただけ。

 全部自分が悪い。

 彼女が謝る必要ない。



「私が余計なこと言ったからかなっと……」

「余計なこと?」

「中間です」

「今回も負けたけど、手は抜いてないよ」



 自信はなかった。

 合計488点。

 対する夏菜は498点。

 珍しく全科目満点を逃していたけれど、僕もまぁ初めて二桁離されてしまった。

 どちらも頑張ったとは思うけど、中途半端な結果。

 不完全燃焼。



「それですよ、先輩が手を抜くはずない。風邪に気づけたかもしれないのに」



 さらに頭を垂れる。

 伸びた前髪はカーテンのように、中に住む表情を隠す。



「思い返すと、先輩の顔がずっと赤かったり身体がいつもより熱かったりしてましたよね」

「夏菜にそう見えたのならそうだと思う」



 自分のことほどわからない。

 身体が重いだけと思っていた。

 のめり込み過ぎると周りどころか自分のことすら疎かになる。



「私、浮かれてましたね……」



 夏菜は顔をあげて僕を見つめる。

 目には薄く水たまりが出来ている。

 泣いた彼女を見るのは初めてだ。

 戸惑ってしまう。

 指でそっと、目の水滴を拭ってあげる。

 ハンカチなんて洒落た物持ってきているわけがない。



「先輩のそういう素で優しいところ、やっぱり嫌いですよ」

「どうしてそうなるんだ」

「だって、落ち込んでたのにこんなことで嬉しいと思ってしまっている自分がいます」

「あはは……。まぁ、でも夏菜が気にするようなことじゃないよ。昔から良くあることだし、自己管理が出来ないだけだからさ」

「……昔から?」



 地雷原に放り出された気分を味わう。

 失言だった。



「ほら、うち親父がほとんどいないからさ」

「……すみません」



 夏菜はうちの事情を知っている。

 昔話したことがあったから。

 冬乃さんが母子家庭だったらしく、春人さんはそのため他人ながら僕に気を使ってくれている。

 当時の冬乃さんと一緒で、僕に不安定さを感じていると話してくれた。

 ちょっとずるい言い方をしたな。



「それこそ気にしないで、夏菜の存在に助けられてるよ」



 最近はそれこそ体育祭の準備でうちに来れていないけれど。

 馴れてしまえばどうってことない。

 大量作り置きをしなくても、毎晩ちゃんと料理を最近では作れている。

 忙しいときとかはどうしてもレトルトに頼ってしまうけれど。

 それでも僕の食生活はかなり改善されている。

 僕も成長している。



「そうですか?」

「うん、いつもありがとう」

「はい」



 夏菜の良い返事が聞けたところで、僕らは立ち上がり下校する。

 司の決意や、僕がどうしても夏菜と一緒に帰りたかったことを伝えると、薄っすらと緩やかに表情を変えていく彼女。

 季節の移ろいを眺めているようで楽しい一時だった。

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