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それで

「ここどこ?」

「先輩の部屋です」



 記憶の最後にあるのは体育館。



「誰?」

「潰しますよ?」

「すんません。夏菜さん」

「冗談にしてはたちが悪いので、本当にやめてください」

「ごめんなさい」



 ガチトーンで怒られる。

 いつにもまして真剣で、瞳にもよくわからない感情を秘めていて、もう何も言えない。



「本当になにやってるんですか」

「いや、バスケ?」



 ボケたわけじゃない、実際それしかやってないから。

 寝ていたままでは話しづらいと、起き……上がれなかった。



「ムリですよ39度越えて40度近いんですから」



 夏菜に介護される。

 手で頭を抑えられて、ベッドに寝かせられる。

 ぺしっと額を叩かれる。



「……なんで?」

「シート貼っただけです」



 手で額を触ってみると、フェルト生地のような肌触り。

 指先の以外の感覚が鈍い。



「色々と話したいことがありますけど、今は休んでください」

「……さんきゅ」

「薬飲めますか? 何か食べたほうが良いんですけど」

「……食欲なぁい」

「ふふっ。ですよね」

「はい、どうぞ」



 手のひらに薬が一粒。

 摘んで口の中に放り込む。



「はい、水」



 ペットボトル受け取ろうとするが落とした。



「あ」

「握力も落ちちゃってますね」



 夏菜がキャップを開けて、僕の口元に持ってくる。



「恥ずかしいんだけど」

「口移し飲まされたくなければ、素直にしてください」

「……うっす」



 薬を飲み込むが、喉に痛みがある。

 扁桃腺も腫れているかもしれない。



「私が家のことやっておきますので、しっかり休んでください」



 言って夏菜は立ち上がるが、僕が無意識に夏菜の袖を掴んでしまう。

 それは親に甘える子どもの仕草。

 行かないで欲しいと願う表れ。

 彼女に母性を感じてしまった。



「どうしました?」

「いや」



 何かを言おうとして、言葉が上手く思い浮かばなかった。



「風邪を引いているとは寂しく思うものです。家にずっといるので、何かあれば呼んでください」



 僕の手を両手で優しく包み込み、諭すように告げる。



「おやすみなさい」



 ※



 目が覚めると、部屋は暗く。

 外の喧騒も鳴りを潜めている。

 夜まで眠っていたようだ。

 薬のおかげか熱は下がっており、頭痛もさほど感じない。

 立ち上がっても、ふらふらとするが倒れる様子はなく、歩ける状態には戻っている。


 汗でぐっしょりとなったシャツを脱ぎ捨てて、風呂場でタオルをお湯で濡らして絞ると身体を拭いていく。

 またあの布団で寝るも少し嫌だが、夜だし洗濯することも干すことも出来ないので諦めた。

 水分も摂ったほうがいいだろうと、想像以上に汗をかいていた。

 リビングに入る。

 深夜12時を越えていて、日をまたいでいた。

 明かりは消えていて、僕の部屋にもいなかったから夏菜は帰ったと思っていたが。

 小さな寝息が聞こえてきた。


 ソファをベッドにして、毛布だけで寝ている。

 一緒の部屋に寝ると風邪をうつこともあるだろうから正解なんだけど、こんなところで寝かせていることに罪悪感を覚える。

 忍び足でキッチンの冷蔵庫を開けた。

 先程、薬を飲むのに使ったミネラルウォーターがあったので拝借し、冷蔵庫をパタリと閉める。

 自室に戻るつもりだったけれど。



「先輩?」

「あ、ごめん。起こした?」



 結構静かにしていたつもりだった。



「いえ、ちょうど一度先輩の様子をみようと思っていたので大丈夫です」

「ごめんね、気を使わせて」

「あんまり謝らないでください。私が好きでしていることですので、逆にこっちが申し訳なくなっちゃいます」

「そっか、ありがとな」

「はい」



 本当に感謝している。

 何度か熱を出して、倒れることもあったけれど。

 誰も救いの手は差し伸べてくれなかった。

 当たり前だ。

 誰もいないのだから。

 けれど、今はこの小さな手が頼もしい。



「何か食べたいものありますか?」

「夏菜」

「ふぇ!?」

「いや、違くて。タイミングよく呼んでしまっただけ」



 それにしても、彼女にしては予想外の驚きかた。

 びっくりしても、眉がちょっと動くのがいつもの彼女。

 年相応の反応が微笑ましい。

 夏菜の高音、結構頭に響く。



「……そうですか」



 ほっとしたような、でも少し残念そうな彼女の顔。

 言葉の繋がり。

 意味することは。



「夏菜ってむっつりだよね」

「先輩が意識させるような事言うから」

「今のは偶然じゃん」

「そっちじゃなくて、体育館でのこと」

「僕なんか言ったっけ?」



 あの時のことは、うっすらとしか覚えてない。

 熱のせいもある。

 思い出したくないことも引きずりだされた。


 それとは別のこと、覚えていることもある。

 あの二人。

 中村とその彼女に関しては僕が口を出すようなことではないと後悔していた。

 僕の感性が正しいとは限らない。

 司だって想い人と付き合っているわけでない、そんな話を思い出したから。


 夏菜のことは夏菜が考えればいい。

 もう勝負は決した。

 思い出すこともない。

 次何か言われてもガン無視する。


 怒りはもうなく、いつもの自分の冷静さを取り戻してきている。



「それも先輩の熱が下がったら話しましょう」



 頭に張り付いているシートを引き剥がし、手のひらをあててくる。



「まだ、熱いですね。何か食べれますか?」

「食欲はまだないかな」

「プリンかヨーグルトぐらいはどうでしょう」

「……プリン」

「そんな気はしてました。持ってきますので座って待っててください。シートの替えも冷蔵庫にあるので一緒に持ってきますね」

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