頭痛
金曜日。
試合当日になるまで、やれることはやった。
けれど体調の悪さが気がかり。
頭がボーッとして、身体の節々が痛い。
寒気すら感じる。
でも、約束は約束だ。
体育館の一部を借りて勝負をすることになっている。
部活の連中がよく許したなって思うが、田所さんによると未来のエースの言葉だし、対戦相手が僕ということで楽しそうだからだ。と、いうことらしい。
というわけでこの時間、体育館の半分は僕と中村しかいない。
このバスケ部、全国とか狙うガチな部活じゃないからな。
夏菜からは弱いから無いもの扱いされていたし。
着替えようと、学校指定のジャージを探すが。
今日体育がないから持ってきていない。
勝負ごとに真剣になる僕にしては、珍しく大ぽかをかましてしまった。
幸いバッシュはあるからいいか。
前と同じようにシャツとズボンを動きやすいように捲り、アップに入る。
柔軟を念入りに行い、何度かフォームを確認するようにシュートをしたり、ドリブルでコート内を往復。ボールを触りながら対戦相手を眺めていると、中村との勝負だけの事を考える。
体調は気にならなくなってきた。
頭にスイッチが入ったように集中力が増していく。
テンションも徐々に。
手に馴染む、ボールが身体の一部に感じるほどに。
これならイケる。
夏菜にだって負けないという気概がある。
「準備はいい?」
「こっちのセリフっすけど」
誰が知らせたか、ギャラリーが徐々に集まってくる。
※
蓋を開けてみれば、快勝。
なんだこれ。
拍子抜け。
夏菜は中村のことを甘く見ていたようだが、実際その通り。
僕のほうが過大評価していた。
ギャラリーも結構いたのだがこれだと興醒めじゃないかな。
あ、夏菜もいる。
手を振ってきたので、振り返す。
隣には麗奈ちゃんや、司もいるし。
神楽先輩も部室以外で久しぶりに見た。
「何いちゃついてんっすか」
「いや、別に」
終わったし、帰っていいかな。
勝ったのは嬉しいが、まったく楽しくなかった。
練習に費やした時間を返して欲しい。
夏菜と久しぶりバスケを出来たことだけには感謝する。
けれど、これならば中間試験にもっと時間を割いたほう有意義。
「まだ終わってないっすよ」
「え?」
スコアボードには10対1。
僕のルールの把握が足りなかっただろうか。
まぁ、いいや。
今日の調子ならまだまだいける。
夏菜なら引っ掛かりそうにないフェイントや、バックチェンジもあっさり決まる。
ブロックはフィジカル差で抑えられてしまうが、技術は拙く正面で打ち合わなければ余裕で抜けれる。
散々夜遅くまで練習したフローターだって決まってしまう。
僕の仕上がりがいい感じだというのもあるが、中村が対応出来ていないというのが大きい。
続ければ続ける程、点数が開く。
「もういいんじゃないかな」
「アンタには負けたくないっす」
その負けず嫌いは買う。
僕も似たようなもんだし。
けれど何度やっても無駄。
「俺の方が上手かった」
「それはどうだろう。この点数が――」
どう見ても僕の圧勝。
点を見ても技術も僕の方が上という結果を表す。
完全に自分の実力に胡座をかいて、練習していない。
「違う、俺はミニバスからやってきた」
何か言い訳をし始めた。
「それで?」
「市ノ瀬さんとは、そこからの友達なんだよ」
それは初耳。
夏菜も知っているのだろうか。
覚えてなさそう。
僕の勘はよく外れるけど、これはあってそう。
「アンタじゃなくて、俺がそこにいた筈なんだ」
「おぉう……」
僕の立場になりたいのかな。
ネグレクトされていた。
あんまり珍しいものではないけど、あんまりオススメ出来る立場じゃない。
成長期に成長できなかった。
あれが母親のなり損ないならば、僕は人間のなり損ないかも。
でも、市ノ瀬一家のお陰で改善されてきてる。
あの家は、僕になかったものをくれる。
「市ノ瀬さんの隣には俺が」
あぁ、そういう。
ここでも夏菜たちの言う天然が発揮してしまった形になる。
すまん。
恋愛関係は勉強中でして。
真面目に語っているところ、申し訳ない。
「いつの間にか、下手くそだったアンタが俺よりも目立って。俺はアンタの影に隠れるように、それまでは俺が1番だったんだ」
「嫌われてることは気づいてたけど」
小学校では厄介者扱いされていた。
中学では僕の家の噂は薄れていた。
それでも嫌われ過ぎた過去があり、なにも思わない。
「俺のほうがモテるんだ」
「そうなんじゃない?」
イケメンだと思う。
でも司のほうが容姿はいい。
性格だって圧勝。
「今だって彼女いるし」
「ちょっと待て」
流石に聞き捨てならない。
「彼女いるのに夏菜に手を出そうとしてたわけ?」
頭が痛い。
ズキズキと脈打つように痛む。
顔が沸騰するように熱い。
汗だって散々かいているのに、身体は冷えない。
「付き合えたら別れるよ、市ノ瀬一筋だし」
「それは僕でもわかる、一筋って言わない。それに今の彼女に悪いとは思わないのか」
「は? アイツだってそれを承知の上で付き合っているんだ。俺と付き合えて嬉しいって」
「なんだ、それ」
「そんなもんだろ、本命と付き合えるまでのキープ」
「なんだよそれ」
「柊センパイ。初心なのか」
馬鹿にされている。
別にいいや。
頭痛が酷い。
イライラする。
「それが?」
「なんだよ童貞かよ」
「それが?」
「だっさ」
「それが?」
「そんなんで市ノ瀬さん満足させられるのかよ」
「さぁ、しらね」
性欲がないわけじゃない。
僕も高校生だ、あんな可愛い娘が隣りにいて、不意にみせる色気に惑わされることだってある。
でも、母親の成り損ないのせいですぐに霧散する。
チラつくからだ。
ドアの隙間から見えた女の顔と声。
あれを思い出すだけで萎える。
吐き気がする。
イライラのせいで胃から迫り上がってくるのを抑えるに、必死だ。
あの女のせいで人に避けられて、人付合いが下手くそのまま。
好きも嫌いもわからない。
夏菜は感情を表に出すのが苦手、僕はそもそも感情を持つのが苦手。
子どもの頃、あまりにも構ってもらえず母親に泣きついたことがあった、けれど突き飛ばされて部屋に閉じ込めらた。
そして聞こえる、女と男の笑い声。
耳鳴りがする。
あぁ面倒くさい。
全てぶち壊して投げ出したい。
もううんざりだ。
巻き込まないで欲しい。
こんなわけのわからない気持ちになんてなりたくない。
なんでこんなにムカつくのか。
あの女の浮気相手。
僕が父親だと思っていた、ただの間男。
こいつが、中村がそいつに似ているからだ。
下卑た顔に。
僕を馬鹿にする態度。
幼稚な思考回路。
だから、連想して昔のことを思い出す。
感情に振り回される。
「俺に市ノ瀬さんを寄越せよ。幸せにするから」
「もう、お前黙れよ」
寄越せってなんだ。
だからモノ扱いするな。
「柊先輩、何をいってんの? 童貞のくせに」
「童貞だから何? バスケ強いって思って挑んできて、返り討ちされて? 勝てないからって、経験済みマウント? ダサいのはどっちだよ」
「うるさいな」
僕以上に語彙力がない。
よく、この高校にこれたな。
「部活で僕の影に隠れたからって、逆恨みじゃん。そんな幼稚だから弱いんだよ。その傲慢さが」
それが嫌なら練習して、返り咲けば良い。
ポテンシャルならそっちのほうが上だ。
そんなこともわからないのか。
身体だけでかくなって、他の部分は全くというほど成長していない。
僕より酷いんじゃないか。
「市ノ瀬さんと競うのは俺だったんだ」
「はっ、僕に勝てないようなのが、夏菜と競う? 無理だよ」
「そりゃ、市ノ瀬さんは天才だけど」
「あっそ」
でも、才能に胡座をかいたことはない。
だからアイツはすごい。
羨望してしまう。
「だから勝てないのは仕方ないって、競うのは誰でもいいじゃん」
「そうかもな」
「だろ?」
もっと違う相手と競争していたのなら、もっと高みを目指していたかもしれない。
でもそれはあったかもしれない未来。
隣は僕がいる。
残念だ。
「だからって、努力を怠る言い訳にはならないよ。そもそも夏菜と競うどころか認識すらされてないよ。認められたかったら、まずちゃんと夏菜のことを見るべきだったんだ」
実態のない夏菜のイメージなんか捨てるべき。
何も持たず、まずは飛び込むばいい。
もうこうなったらリセットボタンなんて存在しない。
手遅れ。
「俺の方が先に市ノ瀬さんのこと好きになったんだ」
「あぁ、そう」
今度は何のマウントだよ。
人の話を聞け。
それに仮定は関係ない。
結果が全てだ。
「もういいや」
話すだけ無駄。
わかっていたけど、苛立ちをぶつけるにはちょうどいい相手だった。
「お前は僕のことを羊かなにか餌だと思ったんだろ。でも、残念だったね」
荒い呼吸では言葉が続かなかった。
でも、間をおけたことで強調できる。
「夏菜は僕のモノだよ。お前なんかにくれてやるもんか」
次の言葉。
言ってて違和感もあり、自分をぶん殴りたくなる。
けれど、もう遅い。
今の僕では思考が働かない。
苛立ちに、吐き気に、寒気。
自分が嫌だった言葉。
結局、僕も自分勝手な存在ってことを証明してしまっている。
夏菜と一緒にいる時間が好きだ。
でもそれは司と一緒にいる時間も同じ。
誰でもいいってわけじゃない。
司が親友と呼べるなら、夏菜も親友だ。
ただ男女の違いある。
初めて仲良くなった男子と女子。
「……私、先輩のモノなんですね?」
頭痛が酷くなる。
立っているのもやっとだ。
背中越しに幻聴まで聞こえる始末。
本人だったら、軽蔑されるだろうか。
それもいいかもしれない。
ヤケになってる自覚はあるが、もう考えるのも辛い。
意識が飛びそう。
帰って寝たい。
何が男同士の真剣勝負だ。
ゴミ以下だ。
言い訳しやがって、つまらない同士の醜い争い。
この場にいる意味を見出だせず立ち去ろうとする。
不戦敗になってもいい。
知るか。
出口に向かうが、脚がもつれる。
「って、先輩っ!?」
誰かが受け止めてくれて、倒れずに済む。
ふわりと甘い香り。
少しだけ、安心感を覚える。
先程のイライラも鎮痛剤として作用する匂い。
「夏菜の匂いがする」
「私ですから。……って、すごい熱じゃないですか」
ひんやりとした何かが額に。
気持ちいい。
緊張の糸が切れたのか、そのまま意識が途切れた。




