Spice of Life
月曜日は予定が合わず、夏菜とバスケをすることは叶わず、一人でジョギングのあとにバスケットゴールのある公園でリハビリを始めた。
指先の感覚から身体の動かし方。
ドリブルにシュート。
1on1ということもありパスの練習はいらない。
徐々に感覚が戻っていく実感はあるが、勝負感というものは対戦しないと培われない。
やはりここは夏菜に手伝ってもらう必要がある。
いないのであれば仕方ない。
今やれることをやるだけ。
夏菜に勝つために色々と覚えた技を繰り返し練習していく。
一日だけではどうしても、全盛期というよりは現役時代には到底戻れない。
歯がゆく思う。
遊ぶだけなら十分な実力はあるが、それでは足りない。
公園の照明だけはゴールリングが薄暗くて見づらくなり、本日の練習は終わりにした。
汗だくになり、自宅に帰るとすぐにシャワーを浴びる。
勝負をするまで、食事は手抜き。
レトルトや冷凍食品に頼る。
寝るまでの間、指先だけでボール遊びをしながら、余っている手で教科書を捲る。
夏菜と知り合ってから、彼女を目標に練習してきた。
今回は対戦相手が違うけど、負けたくないという気持ちは、彼女のときよりも強い。
勝負すること自体が楽しかった。
でも今回は勝つことだけが目的。
スタミナが落ちた身体で少しオーバーワークになっていたのか、椅子に座ったまま眠ってしまった。
「いててっ」
目が覚めると、筋肉痛と長時間座った姿勢のままだったため、身体の至るところが痛む。
ストレッチを、油の差されていないロボットのようにぎしぎしと言わせるように行う。
まともに動かせそうにないため、悶えながらもなんとかやり遂げる。
寝起きから疲労がすごい。
5月だというのに少し肌寒い。
半袖から長袖に着替えてから、制服を着込む。
朝食を作る時間はあるけれどシリアルで済ませることにした。
夏菜の作る朝食が恋しく感じる。
※
夏菜がうちに泊まるか、僕が彼女の家に泊まる以外の日は登校はいつも一人だ。
去年はずっと一人だったのに、彼女がいないことに僅かながら寂しさを覚えるようになってしまっている。
彼女といるのが楽しいと思えるのだから、仕方ない事かもしれない。
改札を出ると、前に夏菜が待っていた場所を何気なく目をやるが、いるはずもなく……。
「先輩?」
「あれ?」
背中を突かれて、振り返ると夏菜の姿。
「何を見てるんですか?」
「あの柱の前で待ってたことあったなって思い出して」
「私のこと考えてくれてたんですね」
「あ、いや」
「違うんですか?」
口角が上がっている。
いたずらな表情。
「違わないけど」
「行きましょう、先輩」
腕に胸を押し付けるよう絡みつく。
制服越しでも伝わる柔らかい感触。
人通りが多い場所なら、仕方ないと思っていた。
でも今はそうじゃない。
意識するなというほうが無理だ。
あの頃よりも成長しているから余計に。
「……歩きづらい」
「諦めてください」
「慈悲はなしか」
「先輩、顔赤いですね」
夏菜の機嫌がいい。
我慢する、この坂道の間だけ。
「うっさいよ」
「身体も温かいし」
「くっつくからだよ」
くすくすと笑い。
はにかむ。
けれど、『そうだ』と呟き。
何かを思い出したようだ。
「昨日はすみませんでした」
「相変わらず律儀だね、用事が出来たんなら仕方ないよ」
「そうなんですけど、約束破ったようなものでしたし」
「一人でもやれることをやってるから」
「はい、すみません」
本当に申し訳無さそうに何度も謝る彼女。
こうした状況に僕は弱い。
人付き合いの経験の浅さが出ている。
いや、使えるものが一つだけ。
夏菜と映画を鑑賞した以降もいくつか見てきた。
役立つかどうかわからないけれど。
自由に動く腕をあげて、手のひらを彼女の頭にそっと乗せた。
さらさらとした絹のような肌触りの髪を弄ぶように撫でる。
親子と恋人。
もしくはペットと飼い主。
親しい関係に許されてる。
「今度、埋め合わせしてくれたらいいよ」
「……先輩らしくないですね」
「変?」
「……いえ」
うつむきがちな憂いた顔は消え失せて、いつもの無表情。
僕が弄ったせいで耳は髪に隠れる。
目的は達成されたので、名残惜しくも手を離す。
「……あ」
「なに?」
「いえ」
特になんでもない風を装いながらも、夏菜は自分の頭を気にしている様子。
ごめんね、髪型崩して。
※
授業は全て終わった。
「さて、今日も頑張りますかね」
重たい身体を引きずるように坂道を下る。
左隣にはつむじが見える。
「先輩、今日すごい疲れてますね」
「うん。久しぶりにがっつりと運動したからかな」
「スタミナ落ちてますね」
「普通に生活してて、運動部みたいなスタミナ使わないからね」
「それもそうですね」
電車に乗り、僕の降りる駅で一度別れる。
二人とも一度着替えてから、あの公園で待ち合わせすることになった。
僕はいつもの私服に近いが、夏菜はハーフパンツにちょっと厚めのシャツ。
懐かしい格好。
「夏菜もブランクあるだろうから今日は軽くやろうか」
「はい」
まだ何も始めてないのに、彼女は少し嬉しそうに見える。
口角の片方が上がっている。
「なんか嬉しそうだね」
「いえ、先輩とバスケするのかなり久しぶりですから、少し楽しみで」
「そうだね、僕もちょっとうれしいかも」
手始めに昨日僕がやっていたものと同じことをさせる。
その間にストレッチをして身体を入念にほぐしておく。
「もう大体の感覚直ってきたので大丈夫ですよ」
早いな。
ブランクの長さからして仕方がないのかもしれないが。
「今日は本気でやるの禁止だからね」
「それは先輩が破りそうですけど」
わかってるね。
熱くなりやすいのだ、僕は。
久しぶりにボールを持って、見つめ合う。
タレ目だが鋭さがある。
パス交換してからの1on1。
しつこいようだが、急に本気でやると身体がついていかなくて怪我に繋がる可能性がある。
出だしはゆっくりと慎重に、僕からのスタート。
ドリブルは一定のリズム。
接近すれば、少しだけ緩急をつけて彼女の横を抜けるつもりで動くが塞がれる。
流石というべきか。
視線と動きの両方でフェイントするも、引っかからない。
熱くなっていた身体が更に熱を帯びる。
楽しくなってきた。
顔もにやついているかもしれない。
「先輩、目が本気になりつつありますよ」
「あ、……うん。ありがとう」
そう言うものの、ほんの少しだけ。
中学時代、必死になって練習したロールターンを試みる。
緩急をつけて彼女に接近して、小柄な相手を腕でブロックしつつ、回りそのまま抜き去り。
レイアップシュートを決める。
今のは、現役時代に近かったのでは。
「……嘘つき」
「ごめんって、夏菜とやるの楽しくてつい」
「次、本気でやったら帰りますからね」
沸騰する身体と、荒くなっていく呼吸。
深呼吸をして頭だけを冷静に。
ゆっくりと、でも感覚を戻すための技術を試していく。
彼女も似たようなもので、身長差のある僕を躱すためにダックインやフローターシュートもミスなく決めてくる。
当時のスピード感はないが、それは僕も一緒。
本気でやればもっと早い試合展開になるかもしれないが、彼女が帰ってしまうのは困る。
集中していると回りが見えなくなる。
が、彼女のコールで今日の練習は終わりを迎える。
あたりは薄暗く、夜の気配。
「また、今度ですね」
「ありがとう、すごい楽しかった」
「そのようですね。……いい笑顔でした」
汗を用意してきたスポーツタオルで拭い。
ドリンクで水分を補給する。
薄暗くなった空。
街灯の明かりが家路を照らす。
家が近いとはいえ女の子一人をこのまま帰すわけにはいかず、送ることにする。
「今日はどうします?」
泊まるのかという確認。
主語がなくても伝わる。
「勉強もしたいし帰るよ」
「そうですね。わかりました」
いつもより少し離れた位置。
「もしかしてまだ汗とか気にしてる?」
「気付いても言わないでください」
「……あはは。寝ている僕に足で踏みつける人の言葉とは思えないね」
「舐めましたよね、あのとき」
「あ、うん」
想像して、甘酸っぱい匂いが幻のように漂う。
口の中は少しだけしょっぱい幻味。
「あいたっ。鞄で殴るのはやめて」
「忘れてください」
「やったのは夏菜じゃん」
「魔がさしただけです」
彼女にしてはわかりやすい表情。
頬が膨れて、半目になって睨んでくる。
髪を掛けている耳も真っ赤だ。
※
彼女を送り届けて、一人。
公園に戻ってきた。
明かりは心もとないが、練習が出来ないほどじゃない。
今日、夏菜とやったことで思いついたことがある。
目を閉じて彼女の動きを思い出す。
身長差。
僕と戦うために夏菜が手に入れた武器。
姿勢を低く、高低差を利用したドリブルに。
押し出すようなシュート。
記憶の中の彼女の動きをトレースする。
何度も、出来損ないでも成功するまで。
一度成功すれば、完成度を上げていく。
僕には才能がない。
人よりも多く繰り返すことで、追いつく。そして、追い抜く。
この作業が楽しくて何度もやった、練習したことを試したくて試合に望む。
今までそうだったし、これからもそうだと思う。
それでも勝てないのは夏菜だけだった。
一度たりとも勝てたことがない。
今日改めて一緒に練習をしてくれたことで、彼女の存在がはっきりとした。
僕は彼女の憧憬している。
才能もあって、努力もする。
ただ彼女は僕に惚れたほうの負けとして、勝つために僕に勝負を挑んだ。
勝ちたいとは思う。
彼女に負け続けている僕だけど、唯一勝っているものでもある。
僕の勝利条件を考えると、それは彼女との別れを告げるものでもある。
夏菜と一緒にいるには負けるしかないが。
僕は彼女に惚れているわけではない。
憧れ。
好きとは違う感情。
それに僕のちっぽけなプライドは負けを許さない。
何度負けても彼女に勝ちたい。
そう思う。
「どうすればいいんだ、これ」
サブタイトルは識別するためだけになっているので、落ち着いたら変えていくかもしれません。
今後適当なのが混じります。
サブタイつけるのが1番苦手です。




