敵対
「すみません、先輩。今日は一人で帰ってください」
「約束してたわけじゃないし、大丈夫だよ」
一緒に帰ることが多いが、いつも約束しているわけではない。
下駄箱付近で彼女が待っているから、そういう流れが出来ているだけだ。
だから僕も待つようになっただけ。
お互い用事があれば勝手に帰るし、一緒に帰りたいと思うのなら待つ。
放課後の30分。
僕らの暗黙のルール。
気を使わかなくて済む間柄。
「それではミーティングに行ってきます」
「うん、じゃまた明日ね」
「はい」
僕のクラスの代表もミーティングに向かってたわけだし、こうなることは予想できていた。
わざわざ待ち合せ場所に来なくても連絡一本で済む話。
待つ予定はなかった。
義理堅いというか律儀。
なにか意図があって言いに来たのだと思うが、わからない。気まぐれかもしれない。
ただ少し会えただけでも、嬉しいと感じる。
さて、僕もアンカーに選ばれたわけだし少し運動しようかな。
去年はまだ運動部時代の遺産があったけれど、今年はそうもいかないだろう。
スタミナ面がかなり落ちている。
ジョギングしてもいいけれど、どうせなら楽しみたい。
一人、体育館に向かってみる。
渡り廊下の手前、ちょうどいいところにバスケ部の部長である田所さんに遭遇した。
「あれ、柊じゃん。今日助っ人? つっても練習試合ないか」
「身体動かしたくて、少し混ぜて貰おうかなって」
「そんなこと言わずに部活に入れよ。柊なら大歓迎」
「バイトもしてるんで、部活はちょっと」
「まぁ考えといてくれ。新入生部員にちょっと強いやつが入ってきて、今年楽しみなんだよ」
中学時代の何度も対戦していたこともあり、顔を覚えていたらしく、僕が高校に入学してから何度かスカウトされていた。
レギュラーに怪我があった時に1年ながら助っ人として何度か練習試合に参加。
今はいない三年生にはいい顔をされなかったが。
制服の上着を脱ぎカッターシャツの袖を捲くる。
ついでにズボンも。
ストレッチは身体が覚えていて、十分に伸ばす。
田所さんが話を通してくれたお陰ですんなりと歓迎ムードではあるけれど、一人だけ僕を睨んでいる部員がいた。
どこかで見たことある顔。
視線が合うと、向こうから寄ってきてくれる。
「柊……さんじゃないっすか」
声を聞いて思い出す。
中学の後輩で、部活でも後輩だった中村だ。
身長も伸びて、今は僕より高い。
精悍な顔立ちになっていて、顔のパーツだけは面影がある。
僕のことを呼び捨てにしたり、先輩などの敬称があったり呼び方が安定しない。
生意気な後輩。
確かに中学でバスケ部に入部してから、すぐレギュラー入りを果す実力者であったから、当時は3pシュートを決めるしか能のない僕を小馬鹿にしていた。
いつからそんなことはなくなっていたが、理由はわからないし、気にしたこともなかった。
「デカくなったね、中村」
「186」
「僕よりも10センチもでかいや」
正確には11センチ。
誤差だ。
「で、なんのようっすか?」
「あれ、田所さんから聞いてない?」
「そうじゃなくて、今更バスケしなくてもよくなっすか?」
「確かに部員の迷惑だったね。まぁ、今日だけだから」
「ほんと何もわかってないっすね」
「それはすまん」
僕に対するあたりが強い。
昔の彼に戻ったようだ。
自信を取り戻したのかもしれない。
部活が本格的に始まるまではもう暫らく掛かるようで、体育館全体が緩い。
始まるようなら中村も僕と話さず、部員同士で固まるだろう。
「市ノ瀬さんは?」
「あぁ」
中学は夏菜と同じクラスだったんだっけ?
以前、夏菜が困ってるというから、僕のマンションのエントランスに向かうと、二人がなにやら言い争っていたのを思い出す。
「体育祭の応援合戦でクラス代表なったみたいだよ」
「それを知っているということは、まだ付き合いがあるんっすね」
「そうだね」
この短い期間の間に、前よりもずっと距離は近くなった。
僕の勘違いでなければ。
「ふーん」
面白くなさそうに、中村は手のひらでボールをもて遊ぶ。
「夏菜と中村ってそんなに仲良かったっけ?」
あの日ぐらいしか一緒にいるところを見たことがない。
僕が知らないだけで、同じクラスだったのだ。
仲は良かったのかもしれない。
「夏菜?」
「どうした?」
苦虫をつぶしたように睨まれる。
僕なんかしたっけ?
いつもこんな感じだったような。
「いや、別に」
そう言うと、中村は僕から離れていく。
落ち込んだふうにも見える。
なんだったんだろ。
※
3日経った金曜日のこと。
あれ以来、バスケ部に顔を出していなかったのだが、放課後下駄箱に向かう途中に中村に呼び止められる。
「ちょっといいっすか、柊……さん」
「呼びづらいなら、別に呼び捨てでも構わないけど」
たった1歳しか変わらない。
それで偉いもなにもないと僕は思っている。
ただ、これは僕の考えであって、他者はどう思うかは知らない。
尊重すればいいだけ。
尊敬も出来ない相手に敬語を使うのも、礼儀とは言え僕はなんか違うと思うタイプだ。
ただそんな思いをダダ漏れにしても生きづらい世の中。
そういえば夏菜はずっと僕に対して敬語だな。
なんでだろう。
「柊さんと市ノ瀬さん、付き合ってないって本当っすか?」
「そうだけど」
これは中村以外にも聞かれる。
「意気地がないっすね」
「あはは。そうかも」
しまりがない。
夏菜の好意に甘えている自覚ある。
「……」
「どうした?」
黙り込み、僕を変なモノだと見てくる。
懐かしいなこの視線。
小学校の頃、この視線に耐えてきた。
今では懐かしく感じる。
侮蔑。
「やっぱり柊さんには市ノ瀬さんは勿体ない」
自分でもそう思う。
僕のどこがいいのかは謎。
聞いても教えてくれなかった。
「やっぱり呼び捨てさせてもらうっす。同じ男としてあんたには負けたくないんで」
ハキハキとした物言い。
僕は嫌いじゃない。
「一応これでも、反省はしてたんっすけど。やりすぎたって」
多分、エントランスでの事。
それぐらいは僕でもわかる。
「市ノ瀬さんを俺のモノにするっすわ。正々堂々とアンタに勝って」
「そっか」
少しだけ。
ほんの少し。
ムカついた。
夏菜をモノと言ったことに対して。
比喩だとはわかる。
けれど、もっとマシな言い方があるだろ。




