表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/177

雨上がりの空を背に

 雨脚が強くなり、窓を打ち付ける音が暴力的なものになっている。



「流石に今日も泊まっていくか?」

「そうですね。流石にこれだと帰るの辛そうです」



 早めの夕食を終えて、雨が上がるのを待っていたが止みそうになかった。

 お風呂が湧いた音声が聞こえたが、夕飯の食器を僕が洗っていたので、先に彼女に入ってもらうことにした。



「すみません、先輩」



 浴室に向かったと思われた夏菜が直ぐに謝罪とともに戻ってくる。



「なに、どうした?」

「一枚シャツ借りてもいいですか? 洗濯に出しているので、着替えを持ってきていなくて」



 二日目連続で泊まることを想定していなかったのか、この天気では干した洗濯物も完全に乾いていない。

 もとより一人分、多くて二人分の洗濯物なんて、毎日洗濯機を動かすものでもない。



「好きなの持っていって」

「ありがとうございます」



 感謝を述べると、後ろからパタパタとスリッパの音が鳴り響く。

 扉の閉まる音を最後に、水道の流れる音だけになる。

 食器を洗い終えて僕は自室に戻り、ギターを片手に持つが、カレンダーが視界に。


 中間試験が案外近くに迫っている。


 普段から勉強をしているほうだとは思うが、試験と聞くと僕は少しやる気になってしまうタイプ。

 持てる術で全力であたるが、一人でいた僕の唯一の楽しみ方だった。


 ギターをスタンドに戻して、教科書とノート、参考書を並べる。

 進学校ということもあって、難易度が中間でも結構高めになる設定がされている。

 テスト範囲がわかるから、まだ戦いようがある。

 暗記系は何度も繰返して覚える。

 けれど、僕は発展系だったり応用問題を不得意としているため、そこを重点的に勉強する。

 解いては答え合わせをして、説明文を熟読する。

 それの繰り返し。


 集中していたほうだが、いつもの感覚にはならない。

 音も景色もはっきりと捉えられる。

 雨の音に混じって、廊下を歩く音。


 扉が開く。

 薄手のキャミソールにショートパンツ。

 髪にタオルを巻いた夏菜の姿。

 小脇に僕のパーカーが挟まれている。


 十二分に育った胸は、強調せずとも主張しており谷間がくっきりと。

 お風呂上がりということもあり、肌が上気しているのも、心臓に悪い。



「胸に黒子あったんだ」



 目元にある同じサイズ間。

 僕から見て左。

 泣き黒子と逆サイド。



「あ、すみません。直ぐに着ますね」



 なんの謝罪かはわからないが助かる。

 正直、目のやり場に困っていた。


 夏菜は直ぐにパーカーを羽織ると、指先だけがちらりと見え、裾がいつものスカートと同じ長さになっている。

 胸の成長は著しいが、身長は伸び悩んでいるようだ。



「髪乾かすのでうるさくなりますが。先輩もお風呂どうですか?」

「そうだね、そうするよ」



 勉強にも疲れたところ。

 いいリフレッシュにもなるだろう。

 着替えを持って脱衣所に。


 室内が夏菜の香りでいっぱいだった。

 いつも使っているシャンプーとボディソープの混じった匂い。

 僕から入ることが多くて意識していなかったが。

 やばい、なんかドキドキする。

 感情を持て余し、気分が悪い。


 疲れてる。

 多分、そうなのだろう。

 勉強にもいつもの集中がない。

 早く入って、寝よう。


 お風呂から上がって、自室に戻る。

 そのまま布団に潜り込もうとするが、待ったが掛かる。



「髪乾かしたほうが」



 そういわれましても、いつも自然乾燥。



「面倒くさい」

「傷みますよ?」

「じゃ乾かして」

「ふふっ。いいですよ、こっちに来てください」



 腕を捕まれ、座らされる。

 ほんのり後ろに温かい体温を感じる。

 エンジンのような駆動音が響くと、頭に温かい風。

 髪を弄られて、なんだか心地良い。

 本当に眠ってしまいそうになる。


 頭頂部から後頭部。

 最後に前髪と。

 やわからい感触が後頭部に。

 見なくてもわかる。

 眠気が吹っ飛び、少し緊張。

 今から自分でやるのは言い出しづらくて我慢。


 幸い前髪はすぐに乾き。

 温かくやわらかい感触は離れていき、ほっとする。



「終わりましたよ」

「ありがとう、それじゃ寝る」

「はい、おやすみなさい」



 彼女の顔をどうして見れず、そのまま布団に深く潜り込む。

 そしてゆっくりと目蓋を落とす。

 先程の感触が拭えない。


 くすくすと小さな笑い声。

 布団越しでも聞こえる。



「電気消しておきますね」

「なんで、笑ってるの?」

「いえ、先輩がかわいくて」

「どこが……」

「子供っぽくて」

「うっ、寝るっ」

「はい」



 暗闇の中で夏菜が笑っている声がまだ聞こえていた。



 ※



 珍しく彼女より先に目が醒めた。

 早く寝たからだろうか。

 薄暗い部屋を、起こさないように慎重に移動する。

 

 身なりを整えてリビングに。

 雨はまだ続いている。

 自室が暗かったのは、カーテンのせいもあるが、この空模様。

 どんよりとしている。

 心象風景を表すのに空はぴったりだと思う。

 けれど、空模様に心が引っ張られることもあると、僕は思う。

 目覚めの朝は少し気分が落ち込む。


 トーストに目玉焼き、ベーコンにサラダ。

 スープは粉を溶かすタイプでいいか。

 クルトンが入ってるやつを選ぶ。

 味が染み込む前のカリカリとした状態が好き。


 手抜きすぎかなって思うが、ほぼ一人暮らしで朝食をつくるだけマシ。

 凝ったものを毎朝作るのも疲れるだろう。

 夏菜と違って僕が不器用なのもある。


 こんなものだろうと満足していると、目をこすりながら夏菜が起きてきた。

 完全に寝起き。

 ぼんやりと僕を眺めている。



「先輩がいる」



 どういう意味?

 そりゃ僕の家だ。いるに決まっている。



「顔洗ってきな」

「はい」



 大丈夫だろうか。

 ふらふらと歩いて向かっていった。


 彼女を起こす手間が省けたなって感想抱いてたけれど、ちょっと起こして見たかった。

 本人に言うのは憚れるが、寝起きの彼女は可愛い。


 機会はいくらでもあるか。

 そう思うことにして、テーブルに作った朝食を並べてスープをお湯で溶かしにキッチンに戻った。



「いただきます」



 2日間一緒にいて同棲しているような気分になった。

 本当の恋人ではないが、こんな感じの幸福感を世のカップルは覚えているのだろうか。

 彼女の家に泊まっていたときは抱かない感情だった。

 自分の家という場所が特殊。



「なんですか? じろじろと」

「なんでもないよ」

「少し気持ち悪いですよ」

「気持ち悪いはやめて、せめてキモいにして」

「一緒じゃないですか……」



 なんの違いがあるんですか、と呟きながらきつね色の焦げ目がついたトーストをもぐもぐと口に溜め込む。

 僕も彼女に気を取られてないで食事を進めることにした。


 午後になり、雨も上がりそうな天気に落ち着く。

 これなら彼女を送っていける。

 長いようで短い2日間。

 誰かと一緒に暮らす良さというのを改めて実感した。



「生乾きですね」

「置いといてもいいんじゃない?」

「先輩がいいならいいですけど」

「あの棚に入れておけばいいんだよね」

「はい、お願いしますね」



 同じように畳んでしまえば大丈夫だろう。

 自分の衣類よりは大事にしよう。

 彼女が荷物を詰め終わり、僕が持つ。

 肩に掛けて、傘を二つ彼女にもたせて外に出すと、鍵を掛けて家を出た。


 2日間引きこもったせいで、空気が少し美味しく感じる。

 晴れていれば清々しい気持ちになったかもしれない。



「じゃ、行こうか」

「はい」



 マンションを出て、歩きで彼女の家へ。

 彼女は定期があるから電車でもよかったのだけど、夏菜からの誘いで歩くことになった。

 かなり久しぶりの道を歩く。

 そんなに経っているわけではないが、コンビニがなくなっていたり、知らないお店が建っていたりと少しだけ様変わりしている。

 彼女も同じ感想を抱いたようで、視線の先が頻繁に繋がる。

 

 想い出のある公園を通り過ぎる。

 小学、中学のときには思わなかったが、よく2駅以上離れた学校に毎日のように歩いて通っていたな。

 今よりスタミナがあるんじゃないかなって不思議に思う。


 水たまりがいくつも出来ている。

 波紋が見えずに空を見上げ振り返ると青く澄んだ空。



「夏菜、虹だよ」



 大きな七色の橋。



「本当ですね。久しぶりに見た気がします」

「虹の先には宝があるっていうよね」

「海外のお話ですね」

「虹を一緒に見たっていう思い出が宝なのかもね」

「先輩、それ言ってて恥ずかしくないですか」

「言われなければ恥ずかしくなかったよ……」



 想い出も色褪せるモノ。

 楽しいも辛いも、いつかは。

 優しさでもあり残酷でもある。


 でも、この二人でみた虹の橋はもっと色濃く色あせないものであって欲しいと願う。


 なんてね。

 それぐらい綺麗な虹だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一気読みさせていただきました。とても面白かったです。特に主人公が素直で誠実にヒロインと関わっているところやヒロインが直接好意も口に出来るけれど、指摘されると恥ずかしがったり逆に攻められると…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ