恋愛無知
恋愛映画を鑑賞しようと決めた。
興味のないジャンルだったから通っては来なかった。
けれど、夏菜との関係が続いている以上、見ておいて損はない。……筈。
たとえ気持ちが理解できなくても、吸収出来るものがあると思う。
「それで何を?」
と、案外乗り気な夏菜。
僕の為にコーヒーも淹れてくれた。
ちなみに本人は紅茶。
僕はパソコンのブラウザを夏菜に見せる。
「あぁ、これですか」
「見たことあるやつ?」
「いえ、タイトルだけ知ってるやつです」
ホラー映画鑑賞会と逆のことが起きてるな。
内容は友達以上恋人未満の男女の幼馴染という設定。
色々とすれ違いが起きて高校卒業後。
卒業パーティで主人公である女性が一晩の過ちで妊娠してしまう。
大学に受かったものの、主人公は子育てのため大学進学と己の夢も諦め、二人は離ればなれになる。
再会を誓いながらも、連絡を取り合っていたのにも関わらず、ずっとすれ違いが起きて、互いに別の恋人と結婚。
その後も色々とあるが、長い恋愛の末に結ばれる。
じれったくも、もどかしいお話。
と、いった感じ。
大切の物は失ってから気付く。
大切な人だからこそ伝えたいことは伝える。
そんなメッセージも込められていた。
「ふーん」
不機嫌な夏菜。
レビューを読んで見ると女子高生には評判が良かったようだが。
こちらの現役女子高生には不評のようだ。
ただ僕は最後まで映画を見れなかった。
幼馴染の男の子の結婚相手が浮気で妊娠したあたりで、自分の過去のトラウマを少しぶり返した。
音声だけで内容は理解したが、半分以上は画面外を眺めていた。
「最初から卒業パーティに行かなきゃいいんですよ」
「そ、そうだね」
不機嫌どころか、珍しくご立腹。
「少し考え足りないんじゃないですか。なんなら二人きりで祝えばいいんですよ。間違いも間違いじゃなくなるじゃないですか」
「う、うん」
圧倒される。
僕が引き気味。
そんなことになると、物語として終了。
開始数分でハッピーエンドだ。
逆に面白いかもな。
呆気にとられて。
「1番の被害者は相手の幼馴染ですし、最初に男性と付き合った彼女も悲惨ですよ。よりを戻して結婚式のスピーチであんなこと言われたら最悪の思い出になりますし」
捲し立てるように主人公を蔑む。
「あと、性に素直過ぎです」
「それはそうだね」
寂しさを埋めるためとか、色々と理由がありはしたが。
最初の一回は間違いだったとしても、交際しているならば起きること。
その辺がこの映画のリアルなところ、らしい。
「そのへんが共感を呼んだんじゃない?」
「寂しいだけで男性と寝るなら、世の中少子化になってないですよ」
「避妊具あるし」
絶対ではないらしいけど。
1年に15人程度は避妊具つけても妊娠している。
これは使う側の問題。
避妊薬も絶対ではない。
学校での性教育の賜。
なんとなく覚えていた。
「あの世界感ならって話です」
「夏菜はしたことないの?」
今のは言った瞬間、しまったと自覚した。
初めて見る表情。
目にハイライトがない。
凍えるような視線。
「聞き方が悪かった。夏菜は興味ないの?」
雪女とも言えるような見た目からは脱却してくれて、怪訝そうな表情にはなってくれる。
聞く耳は持ってくれた。
それでも視線は冷たい。
「いつかは、するとは思います。好きな人に求められてしまうのなら、その手を取るんじゃないかと」
「相手が既婚者だったり、彼女がいる人でも?」
「そんな人は好きになりませんよ」
夏菜は正しい倫理観を持っている。
ただ世の中には、そういうことで溢れている。
うちの親だったモノだって。
どうしてあの二人は結婚したのだろうか。
父さんが帰ってきたら聞いてみるのもいいかもしれない。
「相手が黙っていたらわからないんじゃないかな」
「好きな人の事知りたいって思うの普通じゃないですか、どんな生活してるのかとか、どんな考えを持っているのか」
「そうかもしれない」
彼女の言うことが一般的だとわかる。
好きな人じゃなくても、友達でもそう考えることが僕にすらある。
「ただ、私にもわからないことはあります」
俯きがちに、少しだけ耳を赤らめる。
「したことがないので、結局そこの部分だけは感情移入はできないです」
僕らの世代で経験が増えるだろう。
周りでそんな話しをちらほら聞く。
学年が上がってからは、更に増えた気がする。
「結果として、子供を授かるのは私たちの年代でもわかるじゃないですか」
「うん」
「一回してしまえば、一回やって出来なかったから、ハードルが下がるのは想像つきますね」
リスク管理としてはどうなんでしょうと、苦笑い。
「流されてしまう気持ちも少しだけわかるかも」
「それは?」
「例えば、私と先輩が交際して。いえ、交際してなくても先輩が何度も求めてくるのであれば、私は拒めない気がします」
「そ、そう」
「惚れた弱みですかね」
その笑顔はずるい。
俯いたまま、耳の赤みも戻らず、照れたようにはにかむ。
普段が無表情に近いから、ギャップに翻弄される。
「ですが、あの映画は互いに想いあってるのに、妥協を続けて失敗して、好きでもない人としている点ではやっぱり納得いかないです」
「ただの情だけかもね」
「?」
「僕にもわかんないけど」
「なんですかそれ」
経験ないし。
好きとは違う感情を持って、接してしまうのでは? と想像する。
良く聞く言葉として、浮気した人が『好きなのは貴方だけなの』という。
それは、浮気相手は好きじゃないことになる。
でもそれ以外の感情はあるという裏返しにもなると、僕は思う。
「恋愛難しいわ」
僕は考えるのを諦めて、ソファに深く沈む。
「先輩、勉強しようとしてくれたんですね」
「言わなかったっけ?」
「聞いてませんよ、突然映画見ようって誘ってくるので身構えましたよ」
「身近にいる大切な人」
映画のメッセージから読み取れるもうひとつのテーマ。
「どうしたんですか?」
「夏菜にとっては僕?」
「そうですけど」
曇りのない返事。
即答されてたじろぐ。
この娘、恋愛強者かもしれない。
「どうして今それを?」
「僕にとってはそれは夏菜になるのかなって」
あの映画のように幼馴染みではないが、付き合いは長い。
馬鹿なことを言い合える関係でもある。
「そこで他の名前が出たら、私凹んで3日間は先輩の家で引きこもりますね」
なんで僕の家。
顔合わせづらくないか?
それが狙いかもしれない。
多分嫌がらせ。
「僕の周りでそんな女子いないの夏菜も知ってるだろ」
指先が口元に移る。
「え? 違うの?」
「先輩は先輩が思うよりもハイスペックな男子ですよ」
「うーん」
「納得出来てない顔……。先輩って思っている以上にアホですね」
「夏菜に勝てたことないからなぁ」
馬鹿にされているが気にならない。
「自分で言うのも恥ずかしいですが、私と比べるからかと」
「そう、かもな」
身近な比較対象はどうしても夏菜になる。
いつも競っていたからか。
子供の頃、今でも十分子供だけど、比較するほど身近な存在がいなかった。
高校に入ってから誰かと勝負することはしなかったから、特に考えたこともない。
中学の2年間。
彼女と一緒にいた時間が、僕の周りとの違いを確かめる時期だった。
「朝が弱くて、のんびり屋で、思ったことをすぐに口に出す。あと友達が少ない」
夏菜が僕の肩を突きながら、他者から見ての僕という存在を教えてくれる。
欠点とも言えること。
司と神楽先輩、あと夏菜がいればそれでいいよ。
「でも、勉強が出来て、スポーツも出来て、顔は……」
「なんで黙った……。そうか、僕ブサイクだったのか……。自己評価まずまずだったのに」
「いえ、格好いいんですけど、なんていうか冴えない」
「冴えないってなに?」
「ぱっとしないというか、面白みがないというか」
「言葉の意味を聞いてるわけじゃないよ……」
「いいですよ、顔なんか。私さえ先輩の顔の良さを知っていれば」
今日はなんだか押されている気がする。
最近はいつもそうか。
「先輩と恋愛談義なんてしたことがなかったので、高揚してしまいましたね」
表情に出ていたのか、夏菜が答えてくれる。
おかげで二人とも冷静になれたのか、お揃いの朱を纏う。




