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春の雨

 翌日。

 生憎と天候はどんよりとした曇り空。

 天気予報では午後から雨だそうだ。


 二人揃って朝が弱いという事実に、今日はゆっくりと休もうということになり、先に起きたほうが朝食を作ろうという約束を交わして眠った。

 予想通りに夏菜が先で、和食を用意してくれていた。

 洗濯もやってくれていたようで、室内に洗濯物が干されている。

 うちには乾燥機がないから。

 苦労掛けてごめんね。



「下着も干してるけど」

「はい。なにか?」

「いや、えっと」



 結構、恥ずかしがり屋だから隠すか、持って帰るのかなって思っていた。



「身につけなければ、ただの布ですからね」

「あぁ、そう」



 確かにその通りだ。



「私が赤面することに期待してました?」

「いや、別に。言われてみれば確かにただの布だなって」



 意識してしまったのは僕のほうだったようだ。

 女性の下着を少し特殊なものに考えていた。


 林間学校に持ち込んだ物も一緒に洗ったのだろう。

 白に黒、水色に黄色とカラフルだ。

 僕の私服は黒とかグレーと落ち着いた色ばかりだから、すごい違和感がある。



「そんなにじっと見られるのは流石に困りますが」

「ごめん」

「一枚いります?」

「いらないよ」



 何を言っているんだ、こいつ。

 たまにこうやってちょっかい出してくるからびっくりする。



「先輩の部屋にたくさんありますので」



 だからなんだと言うのだ。

 自由にしていいってことだろうか。

 下着で遊ぶ方法なんて僕は思いつかないぞ。

 精々被るぐらい。

 変態じゃないか。


 家事も終わり、食後ということもあり血糖値があがり眠気が襲ってくる。

 寝るわけではないが自室に二人、ベッドの上に並んで座るだけ。

 リビングより狭いが、落ち着けるのはこの部屋が1番だ。



「先輩どうですか?」



 突然、夏菜が僕の前に立って尋ねる。



「何が?」

「何か変わったことに気付きませんか?」



 顔から脚のつま先まで眺めて、もとに戻る。

 珍しくストッキングではなくニーソを履いているぐらいしかわからない。

 でも、彼女が言っていることはこれじゃないことだけはわかる。



「可愛くなった?」



 見つけることは叶わず、適当なことを言ってみた。



「……違いますよ」

「耳が赤くなった」

「そこは気付かなくていいです」



 肩を叩かれてしまった。

 力は篭っておらず、ただの照れ隠しのようだ。



「ヒントは、そうですね。今、先輩に触れたものですね」



 ヒントというより答えに近い。

 彼女の手をじっくりと見つめる。

 白くて長い指。

 手入れされているのが一目で想像つく。

 そして指先というよりは爪か。

 青から白にかわるグラデーション。

 まるで綺麗な波のようで、夏の空のようにも見えた。



「綺麗だね」

「はい、友達がやってくれたんです」

「あの娘?」



 思い浮かぶのは亜麻色に染めた髪。

 ピアスを複数個、開けた女子生徒。



「そうです」



 両手の甲を向けてくれる。



「あれ、左の薬指だけオレンジ色だね」

「えぇ、全体を青空のイメージしてもらいました。薬指だけ夕日ですね」



 左の薬指。

 特別な想いでもあるのではと考えるのは、僕が女性のことを理解していないからか。

 経験の無さからくるものか。



「ロマンティストだな」

「馬鹿にしてます?」

「褒めてるよ、そもそも僕にはない発想だし。流石は女の子」

「それならいいですけど」



 要件はそれだけだったようで、満足そうに僕の隣に座り直す。

 甘い香り鼻孔をくすぐる。

 不意に香る匂いに狼狽する。

 彼女に僕の心境はバレていないようで、夏菜は貰ったというネイルの雑誌を読み始めた。

 勉強しているようだ。

 専門の雑誌がある事に、男である僕は驚く。

 ネイリストという職業があるぐらいだ、当然のことかもしれない。


 夏菜が勉強を始めたからというわけでもないが、僕もギターの練習を始める。

 エレキだからこそ、アンプに繋がなければ大した音量は出ない。

 こういう時は便利だなっと、新しい発見だ。


 どれくらい時間が経っただろうか、指先が痛み集中力が切れた。

 夏菜がこちらを見ている。

 雑誌は机の上に置いてあった。



「終わりですか?」

「うん、ごめん。うるさかった?」

「いえ、先輩の部屋で、先輩と二人、先輩の演奏を聴いているって、ちょっと贅沢な一時でした」

「もしかしてずっときいてた?」

「はい。素敵でしたよ」

「そ、そう?」



 彼女の真っ直ぐな瞳に動揺して逸してしまう。

 


「ふふっ」



 優しく微笑み、彼女は窓際へ。



「降ってきましたね」



 雨の音。

 外界の喧騒は吸い取られ、癒やされる水の音。

 部屋も薄暗く、夏菜がしっとりとしてみえる。

 眠そうな目は鈍く光り、憂いているようにも。

 あどけなさと艶っぽさが同居した儚い少女。

 その横顔に見惚れてしまう。

 大人になった夏菜はどんな美人に成長するのだろう。



「……」

「先輩? どうしたですか?」



 彼女の声で現実に連れ戻される。

 もう少しだけ見ておきたかった。



「綺麗だった」

「?」

「なんでもないよ。もう少し、雨の音色聴いてようか」

「はい」



 彼女が僕の隣に戻るよりも早く立ち上がり。

 ギターをスタンドに、夏菜から少しだけ離れて座り直した。


 目を閉じ、耳を澄ます。

 雨の音と彼女の息遣い。

 どちらも一定のリズムで心が落ち着く。

 雨は昔から好きだったけれど、もっと好きになったみたいだ。

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