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おかえり

 帰宅するなり夏菜は僕の部屋になだれ込むと、ベッドに倒れ込む。

 うつ伏せになり、顔だけをこちらに向ける。



「すみません、ベッド汚して」



 謝罪するが起き上がる気力はなく、枕に顔を埋めてしまってくぐもった声。

 かなりお疲れのようだ。



「風呂沸かしておくよ」

「お願いします」



 ベッドの脇に荷物置いて、お風呂を沸かすために部屋を出る。

 浴槽を洗いながら、夕飯の献立を考える。

 そのまま眠ってしまいそうになっている彼女をみるのは初めてだ。

 気を抜いてだらけた姿を晒してくれるのは、信用の証なのかと感じて嬉しく思う。

 今日はレギンスを履いているからいいが、短いスカートが捲れて柔らかそうな尻がくっきり見えているのは、いかがなものかと思う。

 気を回す余裕などないということだろうか。


 時間の都合上、凝った料理は作れない。とすると、どうしても炒めものになってしまう。キッチンで豚肉と野菜を適当に炒めて、オイスターソースと鶏ガラスープの素、醤油と塩胡椒で味付け。

 大量に余っているピーマンを千切りにして、シーチキンと混ぜて、ごま油と夏菜が買っていた黒胡椒だけ振りかけてレンジに入れるだけ。

 スープの素を出したままなので、このまま中華スープでいいかと考えて卵を冷蔵庫から取り出した。

 あとは米が炊けるのを待つだけ。

 早炊きにしているから、そんなに時間も掛からないだろう。


 暇になり、そこそこ時間も経過したので夏菜を呼びに行くが。

 すぅすぅと寝息を立てている。

 5月とはいえ、まだ夜は肌寒い。

 無いよりはマシだろうと、タオルケットをかけてキッチンに戻った。

 いつ起きて来るかわからないため、ラップをかけてテーブルの上に置いておく。

 お風呂も湧いたようで、浴室から機械音声がリビングにも届いて聞こえる。



「夏菜、おーい」



 反応はない。

 少し見ない間にうつ伏せから、横向きに。

 整っている顔は安らかで、ぷっくりとした唇は小さく開いてる。

 すべすべした頬を突付く。



「……んーんっ」



 嫌そうに顔を顰めるが、それ以上の反応はない。

 もう一度突いてみると寝返りを打たれた。

 先に風呂に入ろう。



 ※



 お風呂から上がり、片手にジュースを持って部屋に戻る。

 夏菜ほど長風呂ではないが僕にしてはゆっくりとお風呂を楽しんだ。

 まだ寝ているのだろうか、部屋は静かで物音がしない。

 扉を開き、顔をそっと覗かせる。


 起きてはいるようだ。

 ベッドの上で胡座をかいている。

 ただいつも以上に瞼は垂れ下がり、視線が定まっていない。

 身体も左右に揺れていて、今にでも倒れそう。

 というか、倒れた。



「大丈夫か?」



 心配になって声をかけるが。

 声は届いてるのか怪しい。

 眠る彼女を見るのは二回目。

 寝起きを見るのは初めて。


 いつも僕より早く起きて、家のことだったり家事をこなしている。

 寝るのも僕と同じぐらいか、それよりも遅い。

 珍しい光景。

 新鮮で、なんだかいつもと違った可愛さがある。



「大丈夫れす」



 舌が回っていない。

 返事までのラグもすごい。

 ひとつひとつの動作が物凄くゆっくりで、もう一度上体を起こすが、顔を僕から背け、口を片手で隠す。



「ふぁ~」



 大きな欠伸。

 見せるのは恥ずかしいようで、ぼんやりした顔をしながらも、咄嗟に隠す。



「すみません」

「大丈夫だからゆっくりしな」

「でも、夕食まだですよね?」



 巻かれたままの腕時計で夏菜は時間を確認すると、目が見開く。



「あ、もうこんな時間っ」



 慌てて立ち上がろうとして、まだ身体に力が入らないのか、近くにいた僕に倒れ込む。

 夏菜の柔らかさに包まれるが、一瞬のうちに身構えていたお陰で、彼女を抱きかかえるようか形で支えた。

 彼女の柔らかさだけではなく、甘い匂いにも包まれている。



「本当に大丈夫?」

「ありがとうございます。私、血圧低いので寝起きはどうしても」



 耳元で囁かれるような声。

 くすぐったくて、ぞわぞわする。



「そうだったんだ」



 肩を掴んで起き上がらせる。

 耳元に顔があったのだ。

 上体を起こしてやると、当たり前に目の前に彼女の顔が来る。

 夏菜はぼんやりとしているが、僕はそういうわけにもいかず、慌てて距離を取る。

 疑問符をたくさん浮かべる彼女を置いて、思わずリビングに逃げた。


 遅れること数分。

 夏菜も覚束ない足取りでリビングに。

 少し顔が曇って見える。



「どうした?」

「どうしたって、先輩のほうがどうかしたんじゃないんですか?」

「あ、いや……」



 そうか、夏菜がびっくりするのもの当然の話だ。



「火付けてたの忘れてたからさ」

「そうだったんですか」



 ほっとしたように安心した顔色に戻る。



「私が何か先輩に嫌がることしたのかと思って、不安になってしまいました」

「夏菜は寝てたからそれはないよ」

「それもそうですが、寝言とか言ってないですよね? 私」

「大丈夫だよ。お風呂沸いてるから入ってきな、夕食の準備しておくからさ」

「はい、そうします」



 リビングから出ようとする、夏菜を呼び止めた。



「はい?」



 一つ言い忘れたことがあった。



「夏菜、おかえり」



 彼女の表情が明るくなったように見えたのは、僕の自惚れかもしれない。



「はい、ただいま」



 今日の僕はちょっとだけおかしいな。

 夏菜のいない2日間。

 周りに言われたことで少し意識してしまっただけだと、結論付けた。

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