夏の花③
捨て猫拾いました。
困った時のショッピングモール。
正直に言えば個人が経営している専門店なんか訪れたかったのだけれど、そこまでの土地勘は今の僕にはない。
スマホで検索したところ何駅も先にあることがわかり断念した。
でもだ。
このショッピングモールがどこにでもあるのは助かる。
構造なんかは勿論違って多少施設で迷うものの、時間が多少掛かってもここに来るだけで一通りのものは揃ってしまう。
でも、ちょっとお値段がね。
定価は痛い。
今は出費よりも収入のほうが上回っているし、貯金もあるからいいが、今後何度も通うような場所ではない。
そしてもう一つ変わらないものがある。
土地が違っても隣で無表情で腕を組む彼女は相変わらず目を引く。出かける時は薄っすらとメイクもして服装にも気にかけることで拍車をかける。
いい意味でも悪い意味でも浮いている。
ただ、ほんと生きづらそうだななんてことを考えてしまう。
いるだけで注目され、嫉妬を買う。
隣にいる僕もついでのように、似たような視線に晒される。
近い将来、春人さんと冬乃さん達の手を離れ大人になる彼女。
守るのは僕の役割。
かと言って守られるだけのか弱い女性というわけでもない。
お手洗いに行くと言って彼女から離れる。
そして戻ってくるなり僕と同じ年かちょっと上と思われる男子が一人、夏菜に声を掛けていた。毎度のことなので驚きはしなかったがいい気分でもない。
気づいたからには見ているわけにはいかないと、足早に彼女のほうに向かうのだったが、ぴしゃりと夏菜が相手を見ることなくスマホを見下ろしながら言い放つ。
「いらない」
ものすごい不機嫌で、背筋が凍るような声。
ナンパした男もその声に驚き、口をぱくぱくとさせながら後ずさった。
文句も言えず男は去っていく。
彼とすれ違いながら彼女と合流した。
「撃退、お見事」
「見てたんですか」
「タイミング悪くね」
「本当に先輩がいないとすぐこれですから面倒くさいです」
普段はどうしているんだろうか。
って、前にも思ったな。
その時は家から出ないから問題ないとか言っていた。
「今でも家からほとんど出ないですよ」
「顔に出てた?」
「それはもうばっちりと」
「そっかぁー。でも、気をつけてね。何度も言ってて気持ちが悪いかもしれないけれど」
「んふっ。はい、ありがとうございます」
手を繋ぎ直してショッピングモールを歩き始めた。
「それと先輩」
「なに?」
「私が気持ちが悪いと言ったこと、未だに気にしているんですね」
「ただの意趣返しだよ」
散々幼少期に言われ続けた言葉に今更何を思うことがあるというのか。
「……大丈夫ですよ。それ以上に私が先輩を褒めていきますから」
「気持ちが悪いって言ったのに?」
「もういいじゃないですか、言葉遊びですよ。私たちがするようなねちっこいキスみたいな言葉は良くないと思います」
その言い方のほうが良くないと思う。
隣をすれ違うカップルに何言ってるんだこいつという顔をされた。
というか私達と僕を含めているが、基本的には夏菜のせいである。
酔ってなくてもキス魔。
多少アルコールの匂いを嗅ぐだけで、もっとえげつないことになる。
「それでどこから行きますか?」
「一応調べてきたんだけれど、なんかジャム専門店があるらしいよ」
「昨夜のザッハトルテですか?」
「うん。アプリコットジャムにこだわる必要もないしね。ザッハトルテじゃなくなるけれど」
「市販のだと甘すぎましたからね」
「確かにジャム作りからしてもいいかも」
考えたことなかったがそれもありだ。
家に帰ってきてから調べてみよう。
食品関係は全て一階にまとめられており、そのジャム専門店もその通りに存在していた。
途中夏が迫っていることにより、季節物でもある水着やレジャー品の特設コーナーには目もくれず通り抜け、目的の店舗へと進む。
中へ入ってみると瓶詰めなのに甘い香りが漂う。
棚に並べられているジャムたち。
色とりどりで、見たことのない色をしている物さえある。
いくつか試食出来るようで、一つ紙で出来たスプーンを手に取った。彼女も隣で同じように手に取り店内の奥へと消えて行ってしまった。見た目には出ないが、夏菜も食品関係はわくわくしているようで手を後ろに組み足取りが軽い。
僕も店内を見て回る。
視線を棚の左から右へと流す。
するとすぐに一点に視線が固定される。
店員さんを呼んで試食させてもらうことにした。
「あ……、これください」
見た目で惚れて、口に入れた瞬間これだと。
即断して購入する。
レジで品物を受け取り、抱きしめるように大事に持つ。
「早く試したいなぁ」
その姿を見た夏菜がくすりと笑う。
ちょっと恥ずかしい。
テンション上がりすぎたようだ。
……店員さんも笑っているし。
「すんません」
「いえいえ、可愛らしかったですよ」
対応してくれた店員さんに謝罪すると、フォローされてしまい余計に恥ずかしくなってしまった。
すぐに夏菜の隣まで戻ることにして誤魔化す。
「何話してたんですか?」
「騒がしくすみませんって謝っただけだよ。あとは基本的な材料だけだから、その前に服でも見ていく?」
少し遠くまで足を伸ばしたのだから、すぐに帰るのは勿体ない気がして提案してみる。
「いえ、今日は隣で先輩のこと見てたいので」
「楽しいか? それ」
「ええ、既に可愛いところ見れました」
頬を突いて憂さ晴らし。
柔らかい頬がむにむにと動く。
しかし、こういう事されても一切抵抗しないな。
次に向かう先は材料だけで、特にこだわる要素はあまりなくすぐに買い物を終える。
ちょっとだけ普段使うものよりも品質が高いものを選んだぐらいだろうか。
「良いの買えましたか?」
「うん、付き合ってくれてありがとうね」
「いえ私も楽しかったですよ。可愛らしい先輩が見れたので」
「もういいって……」
「恥ずかしがる先輩はレアなので、写真も保存しておきました」
「いつ撮ったんだよ」
「さぁ、いつでしょうね」
「あとでスマホ見せてもうからな」
「クラウドにもあげているのでいつでもどうぞ」
そう言ってスマホをさしだしてくる。
「いや、いいよ。別に好きなだけ撮ってくれていいし」
「言われなくてもそのつもりです」
「その代わり僕も夏菜の写真撮りまくるから」
※
夏が近い夜の空は未だグラデーションを作っており、綺麗な空をしている。
今日でゴールデンウィークは終わり、学業のある夏菜を自宅に送り届ける。
そんなに長いこと住んでいたわけでもないのに、なんだか帰ってきたいう気持ち湧いてきて、見慣れた道のりもまた安心感を覚える。
手土産として今日作ったばかりで、楽しくなりすぎて作りすぎてしまったケーキを箱に入れて持ってくることにした。
急作業にしてはデコレーションもそれなりだと思う。
コツも掴めた。
仕事で作る時もあるならもっと効率よくいける。
送り届けたらすぐに帰ろうかと思っていたが、冬乃さんに捕まりしばしば中で休憩させてもらえることになった。
家を離れてからも変わらない内装に匂いが落ち着くリビング。
「先輩」
「あいよ」
呼ばれたので彼女の視線の先、普段飲みにしている王冠のマークの入った紅茶缶を棚から卸して彼女に渡す。
「ケーキ用の小皿は出しておきましたんで」
「さんきゅ」
「相変わらずだな」
僕らを見ていた春人さんが関心する。
二人揃って首を傾げる姿に、今度は冬乃さんが反応
夏菜が紅茶を淹れて、僕がケーキを皿に盛り付ける。
「へぇ、これ渉くんが作ったんだ」
「良かったらどうぞ」
「じゃあ早速食べてみるね」
上品に切り分けて口へと運ぶ冬乃さん。
春人さんは教えてくれていた師匠の一人のようなものなので除外するとして、夏菜以外の身内に食べてもらうのは初めて少し緊張しながら見守る。
「あ、美味しい」
「そうですか」
見たところ、思ったよりもという感じ。
「もうお店で作ってるの?」
「手伝いって感じで、まだ僕が作った物は店頭に並んでないですよ」
「そっか……、私だったら買っちゃうかも。というか、渉くんはまだお店に入ってそんなに経ってないんでしょ」
「ですね」
「それでこの腕って異常な成長速度だと思うんだけどな」
「どうでしょう。こんな物じゃないですかね? もうちょっと上手くやれる自信はあったんですが、まだまだみたいっす」
「……」
なんだろう。
呆れ顔で僕を見る。
夏菜は隣に座って平然としている。
気にしなくても良い問題かな。
玄関で物音がしてこちらに向かってくる足音が聞こえる。
この家の家主の到来。
「渉、来てたのか。だいぶ久しぶりだな」
「まだ二ヶ月も経ってないっすよ」
「せめて月に一度ぐらい帰ってこいよ」
「まぁ、暫くはこんな感じっす」
「そうだな。っと、これ渉が作ったやつか」
「そうだよー、渉くんが持ってきてくれたみたい。春人くんも食べない?」
冬乃さんが自分の分を切り分けて、春人さんの口元へ。
ナチュラルにいちゃいちゃし始める夫婦。
ついでに微笑みあって、常に幸せそうである。
「腕あげたな」
「どもっす」
「これなら十分通用するんじゃないか」
「どうなんっすかね」
自分では納得は出来ていない。
僕の気持ちを読み取られたのか、春人さんは少し渋い顔。
けれど無言のまま冬乃さんと顔を見合わせ二人とも苦笑する。それから二人揃って、僕をそして夏菜を眺め、何故か優しげな顔つき。
「まぁ、やりたいようにやればいい。助言がいるなら言うが?」
「大丈夫です。まだ時間はあるのでここからは出来る限り、自分だけでやり遂げたいと思います」
僕らの会話に割り込むように、夏菜がぽつんと言葉を漏らした。
「先輩ならやれますよね」
※
帰り道、珍しい人物と遭遇した。
高校を卒業して会うことはないと思っていたが、地元に戻ってきたらまぁこういうこともあるのだろうと思う。
近道しようと日の暮れた公園を横切った時に楽器のケースを肩に担いだ女子。
「久しぶりだね絵梨花ちゃん」
「あ、渉さん」
こちらから声を掛けてしまった手前、挨拶してすぐに別れるのも気まずい。
公園のベンチへと誘う。
二人、少し距離をあけて座ると、少し遠くの空が赤く染まりつつある。
「絵梨花ちゃんは何してたの?」
「練習の帰りです」
「今もベース?」
「ですよ。今度良かったら一緒にスタジオで一緒に演奏しません?」
「いいよ」
後で夏菜に相談するが、夏菜と一緒ならば特に問題はないと思う。
今でもギターを手にするが、昔ほどは弾けていない。
「渉さんのほうこそ何してたんですか? 引っ越したと聞いてますけど」
「夏菜を送った帰りだよ。そうだ、これ余ったけど食べる?」
ショッピングモールから帰ってきた時にも作ったから同じ物が家にもあるし、市ノ瀬家にもまだ残っている。
「これ渉さんが?」
「うん。良かったら感想聞かせて」
「はい」
皿はないがプラスチック製のフォークが入っているので箱ごと絵梨花ちゃんに渡す。
どうせ中身は一つしか入っていないし、帰りには手ぶらになるから、ちょうど良かったのかもしれない。
「それじゃいただきますね」
「どうぞ」
失礼ながら見た目にもよらず、上品な食べ方をしている。
「これ本当に渉さんが作ったやつですか?」
「そうだけど、不味かった?」
「いえいえ」
両手をぶんぶんと振り回し否定。
膝に乗せたケーキが揺れてしまっている。
「正直びっくりしました。お店で買うよりも美味しいとおもいます」
「ありがとう」
「お世辞じゃないですよ」
「大丈夫だよ」
「それにしては納得してないように見えますが」
絵梨花ちゃんが探るように僕の顔を覗き込む。
「自分の腕に対して納得出来てないって感じかな」
「これいくら掛かったんですか?」
「えーっとね」
市販の物を使っているから正直洋菓子店で買うよりも高い。
今回は素の材料にも拘った。
腕よりも材料の力のほうが大きい。
「渉さんは何と戦っているんですか?」
ため息を吐かれながら、変な質問をされてしまった。
明らかな呆れ顔。
今日、何故かだかこんな顔をされてばかり。
「夏菜かな」
「はぁ~……」
二度目のため息。
「自己満足?」
「そうだね」
頷く。
夏菜を巻き込んでいるだけ。
「それはどうですかね、あの人も楽しんでいるようですけれど」
「まぁ、それはそう」
顔を見ればわかる。
「よくそんな次元の戦いを続けられますね」
「低レベルって?」
「いえいえ、お互いに信頼しあって、しあっているからこそ期待する。自分だとその重圧はちょっと疲れそうというか、そういう意味でもお似合いの二人なのかもしれないですね」
期待か。
どうなんだろう。
高い壁であって欲しいとは思う。
「期待を裏切られたらどう思いますか?」
変わった質問。
そもそも裏切られるとかそんなものない。
こちらが期待しているだけで、それは押し付け。
夏菜がミスするとは……ちょっとだけ、やらかしそうだが気にもしない。
「僕が楽しんでいるだけ、失敗しても笑うだけだよ」
僕は夏菜じゃないし夏菜は僕じゃない。
あいつは天才でなんでも出来るみたいだけど、誰よりも寂しがり屋で甘えん坊。
大事なところでちょっとぽかやってしまったり、几帳面に見えるけどかなり大雑把。そのくせ綺麗好き。
外面がいいというよりは、外面すら見せないからあんまり知られてないけど。
欠点もたくさんある。
だからこそ支えあえることもある。
僕は夏菜が好き 夏菜もきっと僕が好き。
どうして自信がないかって?
だってどんなに親しい相手であっても本当の気持ちはわからない。
言葉で行動でもきっと最後まで理解できない。
でもね。
それでいいんだよ。
理解できないからこそ、相手のことを考え続けられる。
僕が誰よりも夏菜ことを知っている。
でも全部を知っているわけじゃない。他人よりほんの少し。
知り続けようと思うことが大事なんだよ。
人は変わる。
知っているものも知っていたものに変わる。
だからその度探して、問い続ける。
「じゃあどうして勝負を挑んでるんですか? 知り合ってからずっと」
「夏菜に勝ちたいってだけ、色々理由はあるよ。なんでも出来る彼女の隣に居たいからとか」
でもね。
「一番はやっぱり楽しいからだね」
多分、今回も負けたら理由をつけて多分挑む。
僕は馬鹿だからさ。
愚直に自分が思うことを殴り壊して突き進むしかない。
三十分も公園で話していたようで、辺りはすでももう真っ暗。
女子高生をこんな時間まで拘束するわけにもいかず、絵梨花ちゃんと別れる。
その前に一言だけと。
彼女は言った。
「渉さんは彼女に固執してますよね。貴方は何を目指しているのか、本当に相手すべきは別にいるように気がします」




