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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一章 それでも続く穏やかな日常
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寝るまでの一時

 お風呂から上がり、水分補給のため一度リビングを経由して、自分の部屋に戻る。



「っと、わるい」

「いえ」



 ちょうど制服から私服に着替え終わった夏菜と鉢合わせになる。

 自分の部屋だからと油断していた。

 衣類は僕の部屋にあるのだから、当然そうなる。



「着替え終わってますし、先輩の部屋ですから」

「今後気をつけるよ」

「はい」



 床に畳まれていた布団が敷かれ、彼女の占有するスペースに広がりをみせる。

 制服はハンガーに掛けられ、僕の制服と並ぶ。



「お風呂空いたけど」

「食器まだ洗ってないので、あとでいただきます」

「明日、僕が帰ってきてから洗うけど」



 夕食分しか使ってない。

 大した量ではないから、明日の夕食後にでも洗えば良いと思っている。

 水道代もまとめて洗ったほうがお得だって聞いたこともある。



「そうですね」



 一瞬の間。

 考え事のサイン。



「いえ、やはり今日のうちに洗っておきたいです」

「そう?」

「何かを残すというのが性に合いませんので」

「そっか」

「はい」



 スマホを充電器に差すと、夏菜は部屋を出ていく。

 あのキッチンに二人並ぶのは狭すぎる。

 手伝いは諦めて、先に歯を磨いておくことにした。

 脱衣所兼洗面所でもあるので、タイミング次第では先程よりも洒落にならない被害を被る。

 リビングに顔を出してから、夏菜の後ろ姿を確認して洗面所に赴く。

 力を入れずにゆっくりと歯を磨いていると、横の扉が開き、夏菜が顔を出した。



「ここに居たんですね」

「ふぐおわふから、ほっへへ」



 身振り手振りも咥えて説明した甲斐があったのか。



「すぐに終わるから、待ってて?」

「ふぇいふぁい」

「正解。...なんのゲームですかこれ」



 よく分かるね、この娘。

 口の中を濯ぎ吐き出すと、ようやく舌が回る。



「ごめん、お待たせ」

「はい、ちゃんと磨けましたか?」

「うん。じゃどうぞ」



 すぐに撤退して、自分の部屋に戻った。

 暫くは出て来ないだろう。

 学校の鞄から明日の授業範囲の予習を始める。

 1時間ほど熟読するだけでも、授業の効率が段違い。

 夏菜のように僕は優秀ではない。

 いい成績をなんとか修めているが、それは何度も繰り返した末の賜物。


 教科書と参考書を読み始めて5分経つと辺りの雑音が消えて往く。

 集中してきた証。

 更に5分程。

 見えるものは目の前の物だけ、他の物は白く薄れていく。

 この時間が僕は好きだった。


 どれくらい経っただろうか。

 夢から醒めたような感覚。

 身体が揺れていることに気付き、肩に温かい感触。



「ようやく気付きました?」

「あぁ、夏菜居たんだ」

「戻ってきて30分ほど経ちましたよ」



 自分の体感では時間が経ったようには思えなかったが、携帯で時間を確認すると結構な時間が経過していた。

 夏菜の姿も寝間着にしているパーカーにショートパンツ姿で、髪は綺麗に乾いている。



「隣でドライヤー使っていても集中したままでしたよ」

「気付かなかった」

「相変わらずですね」



 苦笑いを浮かべるものの、夏菜は慣れた様子。

 気にすることなく布団を敷き始めた。



「電気消しますね」

「うん」



 ドアの前に立ち、隣のスイッチに手を掛ける。

 僕の返事を待って切り替えた。

 闇に慣れていない目では見通すことが不可能になった。



「夏菜大丈夫?」

「はい、空間は把握してるので大丈夫です」



 暗闇では視力より聴覚が敏感になり、夏菜の頬幅の狭い歩く音がして、布ずれの音に変わる。

 微かな吐息の声。



「夏菜と同じ部屋で寝るのって2回目だよな」



 何度も彼女の家に泊まらせてもらっているが、一度だけ夏菜の部屋で眠ったことがあった。



「……。そう、ですね」



 彼女にしては歯切れの悪い返事。

 あの時は夏休みの終わりぐらいだったか。



「ホラー映画、今年も一緒に見るか?」

「絶対嫌です」



 本当に嫌そうで、苦々しい声色が伝わる。



「怖がる夏菜も見納めだったか」

「……」

「あんな夏菜みるの初めてだったから、可愛かったな」



 映画鑑賞が終わり、部屋を出ようとする僕の腕を掴み引き止めた。

 俯き気味で色々と言い訳をしながらも、決して部屋からは出そうとはせずに引き止める。

 普段は大人っぽいのに、年相応の女の子の姿。

 妹がいればあんな感じだったんだろうなって思う。



「……ちょっと黙ってもらえますか?」

「うっす」



 不機嫌そうな声にたじろぐ。

 本気で嫌がっているわけではなさそうだが、静かな声に迫力があった。


 夜目がきくようになってきて、カーテンから漏れ入る光で十分に見渡せるようになった。

 寝返りをうち、床ある布団に目を落とす。

 少し離れたところにあるため、ベッドが遮蔽にならずに彼女の顔が見て取れた。

 視線が交差する。

 夏菜も僕を見ていたようだ。



「先輩、今日意地悪ですよ」



 布団に鼻まで沈めながら、僕に抗議する。



「そっかな」

「そうですよ」



 視線は外され天井を見上げる。

 会話はなくなり、時計の針が刻む音だけになる。

 彼女が家に泊まることが初めてだから、妙な緊張感があり、いつもはこんなことを考えなかったけれど、何か話さないといけない気がしてくる。

 そわそわしている、というのだろうか。

 夏菜の息遣いも身近に感じてしまう。



「先輩、寝ましたか」

「……まだ」

「そちらに行ってもいいですか」



 同じベッドで眠るつもりなのだろうか。



「駄目」

「珍しく先輩が反抗的ですね」

「……そっかな」

「どうしたんですか?」



 見上げていた夏菜がまた僕を正面に捉えた。

 無表情に見える顔に、悪戯心が孕んでいた。

 僅かに心臓の鼓動が早くなるのを感じて、目を逸してしまった。



「……」

「言わないと、本当にそちらに行きますよ」



 床で布が擦れる。



「ちょ、待って」



 慌てて彼女の方に振り向く。

 けれど夏菜は微動だにせず、布団の中からこちらを伺っているだけだった。



「先輩も可愛いところあるんですね」

「からかったな」

「たまにはいいじゃないですか」



 くすくすと笑うと夏菜は完全に寝る準備に入ったようで、僕に背を向けて静まる。

 僕も布団を深く被り、外界を遮断した。

いつも書こうとして忘れてますが、誤字脱字報告ありがとうございます。

大変助かっております。

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