砂糖菓子の弾丸⑤
ナンパだったか誰かの紹介だったか、どういう始まりだったのかは忘れてしまったが、あたしと淳の関係は長く続かなかった。半年も続いてなかったんじゃないだろうか。
良くて三ヶ月。
思い出もなにもない。当たり前だ中学生に本気になる大学生なんかいない。遊び中の遊び、あたしも本気だったわけでもない。
あたしも当時は彼氏はステータスの一つであり、身につけるアクセの一つに過ぎないと本気で思っていた。年上が良くて社会人でも、最低でも高校生とか。顔が良くて身長が高くて奢ってくれるなら特別な感情を抱いてなくていい。
縁の切れた友達が言っていた、付き合っていくうちに好きになるかもなんて言葉にも期待していない。そんなこともあるのかー。と、だけ考えていた。
今思うと馬鹿みたいな話。
自己顕示欲と承認欲求が強かった。
誰よりも目立って、誰よりも強いあたしが好き。みんなに認められるあたしがナンバーワン。
実際に容姿には自信があったし、特に努力することなくテストの結果だって良かった。
お姉ちゃんだからって、弟達の面倒をいつも見せられて自由に出来る時間が少なくて、可愛い言い方をしたら拗ねた。その頃の友達は似たような考え方を持った子たちばかり。周りがそうなら自分もそれで大丈夫だと。
言ってしまえば悪い遊びを覚えた子供。
馬鹿だけど、ずる賢い。それが当時の私。
でもある日。
夏菜に出会ってしまった。
最初は彼氏の代わりじゃないけど、あたしのアクセサリーに良いじゃないかって思っていた。有名な市ノ瀬夏菜。その友達という値札。
でも絡むうちに分かる彼女の人格。
自分を持っていて、主義主張がはっきりしていて。誰よりも乙女で、綺麗で可愛く、格好良い。運動も勉強も出来る完璧な存在。
憧れたよね。
あたしは器用貧乏だったけれど、夏菜は万能。
ほんの少しでいいから、あたしもこうなりたいって。
だから今となっては元カレは黒歴史。
記憶に刻まれた格好悪いタトゥー。
「久しぶりじゃん麗奈」
「あ、うん」
今更話すこともなく、面倒だなぁーとしか思わない。
始まってもいない関係。
どうしようもなく終わっている。
「お前、男の趣味変わった?」
淳が隣にいる北山くんを値踏みする。
不快な表情を隠しつつも、相手が誰だかわかっていないからか北山くんは側で控えつつ見守っている。
「そんなことないけど」
そもそも男の趣味とか言われても、持ち合わせてない。
「あー、そっかもうすぐクリスマスだもんな? 誰でもいいから見繕うって思っているわけか」
「違うし。今のあたしはそこまで終わってない」
「でもお前そーゆー女だったろ。家に誘ったらほいほい着いてくるし、やらせろっていったら拒否んない、都合の良いだけの。遊びじゃなかったら、お前なんかと付き合わねぇーって」
酷い言いようだけれど、間違ったことは言われていない。
だから否定はしない。出来ない。
面倒だなぁー。
どう対処しようかなって考えている時。
「……っさい」
あたしの声じゃない。
この声は北山くん。
ずっと睨みつけたまま、拳が痛いほど握りしめられていた。
「うるさいっ! 人の友達を悪く言うなっ」
声が震えていて、脚も震えている。
「何? このちび助。喧嘩売ってる?」
「喧嘩なんか売るもんか。だって僕がぼこぼこにされるだけ」
「ださっ。好きな女の前で見栄も張れないわけ?」
「知るか。今だって見栄張ってるわっ」
北山くんの手があたしの手を握る。
冷たいのに汗びっしょり。
勇気を出して前に出たんだ。
正直過ぎる物言いに笑ってしまう。
「お前のことなんか知らない。橋田さんが何か言われてるのがムカつく。友達が悪く言われているのを黙って聞けるほど僕は神経が図太くない」
「今ならそいつ置いて逃げてもいいぞ? 脚震えてるし」
「嫌だね。カッコ悪いと思うことは間違ってる。ここで橋田さん置いて逃げるのが一番カッコ悪い」
北山くんが鞄に手を忍ばせる。
何もするつもりなんだろうってあたしは見守っていた。
案外、あたしは冷静で不安も何一つない。
彼が隣にいるから。……だったらロマンティックだなーっていう妄想すら出来ている。
正直に言えば淳は小悪党。
今は確かに大学生四年。卒業が控えているアイツが問題になるような行為なんて絶対にしない。こっちは未成年。最終手段は色々とある。
北山くんがあたしを守る必要なんてなかった。
「橋田さん、僕の合図で逃げるよっ」
「あ、うん。わかった」
「せーのっ」
北山くんが鞄からお得用のお菓子バックを投げつけ、さらにあたしと出会ったのがときにくれた飴玉も投げつけた。どちらも封が開かれており、淳にお得用のお菓子の雨が降り注ぐ。
子供だったら喜びそうな光景。
虚を突かれたのか呆然とする元カレを置いてあたしたちは逃げ出した。
どれくらい走ったのか。
一駅ぐらいは脚で進んでいる気がする。
「はぁはぁ、ひゅー……。は、吐きそう。キモチワルっ。横腹いてぇ……」
北山くんが膝をつき情けない声をあげていた。
なんなら走ってる途中、あたしが彼を引きずっている形になっていたし。
どっちも不格好。
でも、楽しい。
「す、すみません。かっこ悪くて」
「ううん? 全然。あたしは格好いいと思うよ。自分が出来る最大限で好きな子を守るの」
「す、すきっ!?」
「え? 違うの? アイツの言葉否定しなかったじゃん」
「好きですけど、それは友達として。……あ、勿論女性だって認識はしてますからって、僕は何言ってるんだろ。あはは……。なんつって」
少なくとも意識はしているらしい。
まぁ、でも。
北山くんのこと男子として好きになってもいいかなってぐらいは感じてる。
ちょろい?
そうかも。
でも、女子としては男の子が必死に守ってくれる姿は格好いいもの。
「男らしいところあるじゃん」
あ、赤くなった。
こういうところは可愛いんだ。
例え本当に北山くんがあたしの事を友達だと思っていても思って無くても、彼にとっては関係ないことで、なのに震えながらも守ろうとしてくれた。その事実が単純に嬉しい。
様々な人の言葉で人間はピンチになると本性が現れるという。
彼の人となりは善なのだろう。
北山くんのことをもっと知りたいと思った。
※
三年生が卒業し、冬から徐々に春へと繋がる。
梅と桜の坂道はいつみても圧巻。
この光景に春が来たと思わせてくれる。
進級して夏菜とも、それに北山くんとも同じクラスになれて新学期早々ハッピー。
逆に夏菜は春から冬へ戻ったみたいな生活態度。
最近寝坊で遅刻が多い。
あたしよりも不良である。
でも評価されるのは夏菜。
それに特別に思うことはない。仕方ないし。
そーいえば、中学の頃もちょくちょく遅刻してたっけ。
今も素なのか眠いのかわからない顔をしている。……手で隠しているけれど大きな欠伸。素で眠いほうだったようだ。
今日は遅刻せずに登校してきて下駄箱の前で遭遇した。
「最近、北川くんの話しばっかりになったね」
「……そうかな? そうかも」
先を行く夏菜が階段に差し掛かる。
登る夏菜のスカートが捲れて三十デニール未満のストッキングが透けて下着が見えた。ライムグリーンのサテン生地。スポーツタイプばかりだったのに、本当に変わったなぁー。
というか、人の名前間違えんな。
何回目だっつーの。
「今度、会わせてあげる」
すでに会っているというか同じクラス。
認識すらしていない。
夏菜の頭の構造を開いて調べたくなる。
「嫌だ」
「なんで、あたしの彼氏候補だよ? 興味ない?」
「割りとトラウマ……」
「あー……、でも今度は大丈夫だって結構自身があるし、信用してるもん」
「信用とか言ってる時点で信用ならない」
「その心は?」
「本気で信用しているなら、その言葉すらでない」
「経験上?」
「経験上」
「あたしもまだまだかぁー」
「そ。精進して」
色々あったあの日からも北山くんとの付き合いは続いてる。
自分のことは隠したい、話したら嫌われるかもっていう不安はあるのに、相手のことはどんどん知りたくなる我儘。
これが好きになることの一歩かも。
「で、結局好きなの? どうなの?」
そうあたしの考えを読み取るように夏菜は質問を繰り返す。
教室にたどり着き夏菜は自分の席に座り、カバンをフックに掛ける。
「どうなんだろうね? わかんないや」
友達として好きと異性としての好きの境界線。
夏の海と空との境界線みたいに曖昧。
どこまでも青い。
教室の後ろにある彼の席。
今日も寝た振りをしている。
あ、目が合った。
手を振ると、知らぬ存ぜぬ。
「むっ」
「はぁ~……」
何故か正面からため息が聞こえる。
なんだよ。
「麗奈、目を閉じて」
「なに? ちゅーする? 渉先輩と間接になるよ?」
「……」
「締まってるっ! 首っ! 締まってるから。落ちる落ちる」
渉先輩のことでからかうのはやめよう。
「目を閉じればいいのね?」
「いいから早く」
「はいはい」
言われた通りに目を閉じる。
「思い浮かべて」
「うん」
くっしゃとした笑顔。
それから怯えながらも一歩前にでる勇敢な姿。
母親と話す柔和な顔。
体力もなくて脚も遅い。
でも握った手は力強くて。
シャーペンを握る指が綺麗。
「どう?」
「え? 何が?」
友達の顔ぐらいすぐ思い出せますよ? そりゃね。
「……。思ったより重症」
「人を病気みたいに」
「似たようなもの。今までの恋愛ごっこのせいで麻痺してるんじゃない」
「元カレとの交際とか?」
「ん」
「そっかなぁー?」
「恋愛もせずに恋人とすることをしたわけでしょ。手を繋ぎたいとか、キスしたいとか、えっちしたいとか」
元から小声みたいな喋り方だからいいけれど。
ここ一応教室。
「それって付き合ったらすることじゃん」
「そう」
「?」
「でもね、肝心な部分が抜けてる。好きだからしたいの。もっと近づきたいの。もっと知りたいって。ねぇ貴方はどう思っているの? って」
新たな発見とばかり手を打つ。
「麗奈は基礎を飛ばいて応用ばっかりやってるみたいな物。見様見真似は誰でも出来るから。でも、勉強も運動も料理だって基礎は大事。恋愛に置いてもそうじゃない? それに基礎は裏切らないから。土台がしっかりしていれば揺れることなんてない。相手には裏切られるかもしれないけれど、自分の好きって気持ちは嘘をつけない。……というか、そういうことを聞きたいわけじゃないでしょ」
「はい」
そうでした。
「これは私と先輩の考えた方だから皆がそうとも思えない。恋愛に正解の形なんてないし、麗奈は麗奈の恋愛をすればいい」
「梯子外さないでよ」
「麗奈の場合は……」
夏菜の考える癖が出る。
指が左右に動かないから、深くまでは考えていない。
急に静まる教室。
絵画が目の前に表れて誰もが夏菜に魅了される。
北山くんまでもが一瞬夏菜に視線が向く。
あ、なんかイラッとした。
「私が考えるまでもなく大丈夫そう」
「なんでよぉー。教えてくれてもいいじゃん」
「いっそ押し倒したら?」
「えー、嫌。嫌われたくないもん。せっかく一緒にいるのが楽しいのにお別れしたくないし」
元彼との付き合いを暴露されても特に付き合い方は変わってない。
男からしたら彼女にしたくないタイプ筆頭だろうに、何も変わらなくて驚いた。
「一つは答え出てるじゃん」
夏菜がくすりと笑う。
身内にだけ向ける笑顔。
「あ、そっか。結構単純なことなんだ」
一緒に居たい。
まずはそれだけでいいのかも。
日が流れるに連れて自然と北山くんと過ごす時間が増えていき、楽しさ以外にも安らぎも得るようになっていた。
「人の事を馬鹿にしてたのに麗奈も乙女」
「自分でもこうなるとは思わなかったし」
「自分が変えられるって……。十分好きなんだと思うけどね」
経験者は語るって奴かな。
朝、教室に入るとなんとなく目で追ってしまうし、休みだと知ると一日のテンションが下がる。なるほど、確かに感情を持て余すね。
夏菜が情緒不安定になっていたのも頷ける。
小さなことで嬉しくなるし、小さなことで悲しくなる。
「よし。よしっ……。すぅ~……よし」
そうと決まれば。
「何? 怖いんだけど」
胡乱な目で見てくる。
でも怯まない。
「……告ってくる」
「行動早すぎてついていけない」
「思い立ったら吉日って言うし」
「物には時節」
「それ言ったら諺には全部対義語があるじゃん」
「んふっ」
「普段からかわれてるからって仕返しかぁー?」
夏菜の言うことも一理ある。
でも今ある関係を手放したくない。
好きって意味がイマイチわからないけれど、離れるには惜しい。
あたしは夏菜じゃなくて、彼も渉先輩じゃない。
彼女が通った道を辿ろうとしているだけじゃ、きっとうまくいかない。なんで言われるまで気づかなかったんだろうって。
口では色々言ってたけれど、結局のところあたしは夏菜に固執していたんだってことか。
多分、これからも夏菜が友達であり続ける限り。
「夏菜さぁ……」
「何? 面倒なことなら絶対嫌だからね」
「おねがい。ね? 今度、夏菜に似合いそうな服見繕ってあげるからさぁー」
「……」
揺れてるのが見て取れる。
この子も女子。ファッションには興味津々。
「先に何を願うかによる」
「ダブルデートしよ」
「無理」
「なんで!?」
「私も彼も忙しいし」
「大学生なのに?」
「大学生のみんなが遊んでばっかりってわけじゃない」
「ふ~ん。渉先輩なら夏菜がお願いしたら快く引き受けてくれるんじゃないの」
「だから。あまり先輩を巻き込みたくないんだけれど」
「お願い。ほんっとお願いっ。夏菜たちがいると上手く行く気がするんだよ。夏菜たちみたいなお似合いのカップルが参考になるんだって」
「……うっ」
これはもう一押しかな。
「夏菜だってデートしたいでしょ? 最近、渉先輩と予定が合わなくて顔を見れてないってボヤいてたでしょ」
「それとこれとは別」
個人の気持ちでは行きたいと思っているけれど、相手のことを想うと行きたくないという考えが強いのがわかる。どこまでもいじらしい。
酷い話しだ。
ここまできてあたしは夏菜を利用するつもりである。
綺麗な恋は出来ない。
だってどこまでも、あたしは人。
彼のことを最後まで信用は出来ない。
信頼してから付き合うには、あたしたちの時間は長くない。
でももう受験生。
来年には別々の道を歩いている。
不安になるし焦る。
「あー……、もやもやする。うん、絶対告る」
うじうじと悩むのが一番嫌だ。
そんな自分がダサすぎる。
カッコ悪いことは間違っている。なんとなく、彼の言葉がよぎる。
「そっか……。わかった今回だけだよ、先輩を巻き込むのは」
じっとあたしの顔を見ていた夏菜が何故か急に意見を変えた。
嬉しいけれど。
僅かに罪悪感。
利用するとか言いながら、この様。
せめて成功することで恩を返したいね。
どこまでも自分本位で我儘なあたしの友達でありがとう。
※
遊園地が良いというあたしと水族館が良いという夏菜。夏菜のいつになく熱弁する姿に圧倒されて水族館になった。
曰く初めのデートで遊園地は失敗するとかなんとか。
どこのデータだろう。気まずくて無言になるのはどこに行ったって一緒でしょうに。
夕焼けの見える観覧車とかありきたりだけれどロマンあると思うんだけどなぁー。
夏菜とデートしながらすり合わせ、明日に向けて色々と買い込んだ。約束通り夏菜に似合いそうなワンピースを見繕ってあげた。
自分では絶対に着ないタイプの服装と柄。
夏菜だからこそ似合う。
頼られている高揚感と、美少女を着せ替え人形に出来る優越感で嫉妬心はなく純粋に楽しい。
せっかくの泊まりなのに夏菜は夜の十時過ぎにはうとうとし始めて、三十分後には完全に夢の世界に入ってしまった。
なんで遅刻するんだこの子と毎回泊まりにきた度に思う。
翌日になり、柄にもなく緊張して吐きそうなぐらい。
心臓の音がやけにうるさい。
待ち合わせ場所にたどり着くと更に緊張度は増すばかり。
告るって言ったけれど。
今までどうしてたっけ?
元彼たちとの出会いはどうだっただろうと記憶を引っ張り出すものの、告った記憶もされた記憶もまったくない。遊ぶようになって二人でいることが増えたせいか、そういう流れになったんだっけ?
過去の記憶を探っていると、最後に北山くんが待ち合わせ場所に着いた。
最近普通につるんで、なんなら一番下の弟にするように抱きついたりもしていたけど。
今日は顔が見れない。
デートだと言われて、自分なりに頑張ってきたであろう服装も、似合っているかどうかは置いておいてその頑張りが可愛い。あたし色に今度染めてみよう。
あたしが緊張しているせいもあって渉先輩から夏菜を奪い取り、電車の中では夏菜とばかり話していた。
北山くんと渉先輩はなんだかぼーっと外を眺めながら話している。
どちらも歳の割に落ち着いているし。というか、何話してるんだろう? ちょっと気になる。
「麗奈さ」
「ん?」
「性格悪いよね」
「……え、いきなり悪口? 病む」
「あんまり人を試すようなの良くないと思うよ。これからも付き合っていくなら尚更」
「あ、気づいてた?」
「ん。いつも会わせようとしてたから、私じゃなくても気づく」
「あはは……。ごめん」
「麗奈が良いならいいけどね。トラウマだって言ったけれど、それで克服出来るなら」
「夏菜ぁ~」
嬉しくて抱きつこうとするものの、夏菜の張り手により撃沈。
涙目になりながら睨みつけてやると、睨み返された。
怯む。
「抱きつくのはもう慣れたけど、ブラのホック外そうとするのはやめて。しかもこんな所で」
「へ~い」
「前にやったときはチャンスだったのにね。活かせないところが麗奈らしい」
「ホックが三つもついてて思ったり強固だった……。初見殺し」
「で、プランは?」
「出たとこ勝負」
「……はいはい」
夏菜とアホな話しをしていたからかちょっとだけ緊張が解れてきた。
狙ってやっているのかは定かではないけれど、なんだかんだ気が利く。
駅を出てすぐに北山くんの手を取る。ここからはいつも通りのあたしで行く。
守っていては勝てないって話。
真っ直ぐ伸びていく道を北山くんと手を繋いで走っていく。
入り口付近に辿り着いて、脚が縺れ倒れそうになる北山くんを抱きとめる。ついでにそのまま抱き着いておく。
暖かい。
やっぱりいいな、こういうの。
「今日は逃げないんだね」
「逃げても無駄ってわかりましたから」
「あたしの事わかってんじゃん」
「いつも一緒ですから」
顔を赤くして何を言っているんだか。
いつも一緒かぁ。
『いつも一緒ってつらくない? 自分の側に誰かいるって、例え好きな彼氏でも自分の時間がないってことでしょ』
というあたしの疑問。
『別に? 私たちは家族みたいなものだし。家族が側にいるのは当たり前でしょ』
『家族って……もう男して見れてないってこと?』
『全然。前に言ってくれたんだ、先輩が。僕たちはこれからも友達で恋人で家族。でも、強いて言うなら、ずっとこの人の一番になり続けるってのは怖いけどね』
あたしにはよくわからない。
でも、少しわかった。
二人で一人。
セット扱いされるのは嬉しい。
言ってくれたのが、北山くんだからこそ嬉しい。
ダブルデートというのは初めてで、どんなもんだろうと思っていたけれど。
同じ場所でデートしているだけで本質はただのデート。
食事やお土産なんかは一緒になったりもする。
少し違うのは四人で思い出を共有するってことで、友達とも遊べて彼氏や想い人ともデート出来るというちょっとお得なプラン。
地底を歩いているかのようなトンネル型の水槽。
歩く地面が水槽の反射を受けて水面のように揺らめいて、本当に海の中を歩いているようだ。急に辺りが暗くなったと思ったら、真上に名前もわからない大きな魚が泳いでいた。
身長の低い北山くんが見上げていて、あたしを見ているのかと思ったのに残念だ。
トンネルの中央で告白するのもいいかもって思っていたけれど、後から歩いてきていた夏菜たちが見えていた。彼の手を握り、海のトンネルを駆け抜ける。
この先は真っ暗な普通の水槽が見えるところまで来てピタリと立ち止まる。
「北山くん」
「はい?」
「あたし、結構君のこと好きかも」
言っちゃったぁ。
もう後戻りは出来ない。
「……僕も好きかもです」
言葉がなくなった。
気まず。
「えっと、どこが?」
変な質問だと自分でもわかる。
何、聞いてるんだろ。
「それ聞きます?」
彼は困惑して苦笑いを浮かべる。
「だよね」
『んー』と唸るように考えながら北山くんは答える。
「自信があるのに自信がないところとか」
「え? それ、好きになる理由になる?」
「いや、えっと……。橋田さんでも僕と同じなんだなって」
「ん?」
「完璧じゃないからこそ、いいなって」
「意味がわかんないだけど」
「僕もわかりません」
再び沈黙。
「あたしが好きなの? 本当に? 夏菜とかじゃなくて」
「またそれですか……」
「あ」
北山くんの顔が変わる。
少しむっとして、怒ったようにあたしを見る。
「何度でも言いうけど、というか何度でも言う。市ノ瀬さんに友達の友達としての興味しかない」
「本当にあたしでいいの?」
彼の顔が緩む。
小さな、可愛らしい怒気は消えて柔和な笑顔。
怒らせたことに後悔して、微笑んだことに嬉しくなる。
「橋田さんだからいいんです」
「え?」
「そんな橋田さんだから好きかもしれないって」
「……かもしれないって自信ないじゃん」
「僕もわかりませんよ。だって今までこうなったことないですもん」
「そうなんだ」
一緒なんだ。
「市ノ瀬さんなんてどうでもいいんです。最初に橋田さんに出会えてよかったとすら思ってる僕の気持ちまで無視しないでください。確かに市ノ瀬さんは素敵な人だと思います。でも、市ノ瀬さんよりも橋田さんのほうが素敵です。いつも僕をどこかに連れて行って、見たことない景色を見せてくれて。そんな人、気にならないわけないじゃないですか。市ノ瀬夏菜なんかより、橋田麗奈のほうが素敵で可愛いっ」
あぁ……。
これが言われたかったんだ。
私にも夏菜に勝てるところがあるんだって。
「っていうか、むしろ僕のことなんで好きになったんですか? そっちのほうが不思議ですよ」
「なんで?」
「ちびだし、ぼっちだし。ほぼ無趣味で、なんの面白みもない奴ですよ」
「身長なんて関係なくない? 趣味になんてこれから見つければいいじゃん。面白いとか面白くないとか人によるし、それにあたしは面白さなんて求めてない。あたしと居るからぼっちじゃない」
今度はあたしが彼に怒る。
自分を見ているようでムカついたのもある。
似ているんだ、北山くんは。
「育ててくれた母親のために早く一人前の男の大人になろうとしてるところか、素直で初心でからかいがいのある相手だし。何言っても受け止めるところとか? ビビリのくせに自分よりも強そうな相手でも引かないところとか良いところ一杯あるじゃん」
「そんな当たり前のところ?」
「何? 文句あるの? その当たり前って言えるところが凄いじゃん。あたしの周りにはいなかったよそんな男」
「そっちこそ。ギャルのくせに純粋で」
「純粋なもんか。元彼から聞いたでしょ? こんな女だよ。どこに好きになれる要素があんのよ」
「男運が悪いだけだろっ。またこんな男に言い寄ってさぁ。見る目なさすぎだって」
「は! ふざけんなし。あたしのこと見た目以外でちゃんと見てくれようとした男なんていなかったつーの」
「そっちこそ」
気づいたら言い合いになっていた。
意味わかんない。
散々、言い合ってお互いが冷静になった頃。
「で、どうする?」
「どうって」
「付き合うの? 付き合わない?」
「……こんな散々言い合って付き合わない選択肢なんてないですよ。これからもっと知ってもっと好きになる。そして僕を好きにさせてみせます。僕だって橋田さんに相応しい男になります」
「やっぱり男らしい所あるじゃん。じゃあ、ちゃんとその気にさせて」
「わかりました」
「それと敬語に戻らないでよ。距離取られたみたいで嫌だ」
「わ、わかった」
少しだけ離れた距離を詰めて、北山くんを壁際まで追い込む。
所謂、壁ドン。
何もかもが不格好なあたしたち。
「これは先行投資ね」
「んっ……。ぷふぁ……」
「これより先はちゃんとお互い好きになってからしよ」
初めてのキスは甘い飴の味。
出会った時にくれた好きな味。
「これからもよろしくね」




