砂糖菓子の弾丸②
夏菜を取られたことで暇になってしまった僕。
ゴールデンウィーク真っ只中の車内は
何故か後輩――北山君は僕の隣に座り、流れる景色をぼんやりと眺めていた。
電車の小さな揺れ。
騒がしい車内。
長い長いトンネルに入り、車内も薄暗くなる。
「「おー」」
一面が光り輝き、蒼い海が見えたことで北山君と感嘆の声が被る。
いつまで経っても僕ら男は子供なのかもしれない。
女性陣がこちらを見ながら微笑ましいというような、母性を感じられる笑顔を見せてきた。僕らは悪戯が見つかった子供のようにお互いを見合わせる。
「「……かわいい」」
女性陣からの呟き。
夏菜と目が合う。
小さい声だったけれどがっつりと聞こえてしまって恥ずかしくなる。人混みが予想されたのか冷房が車内で効いているのだけれど熱くてうっすらと汗が滲む。あと身体が痒い。
「先輩は格好良いがメインですが、たまに可愛いのがずるい」
そんな事言われてもと思いながら、逃げた視線の先で北山君にぶつかる。
麗奈ちゃんも負けじと何か言いたげ。でも、口に出さないのは関係値の問題だろう。その変わりとして、北山くんはこれでもかというほど麗奈ちゃんにガン見されて真っ赤な顔で縮こまっていた。彼の視線も逃げるようにしてこちらを向く。
本日二度目。
「すみません」
「なんで?」
謝られても困る。
「いえ、なんとなく……」
彼の目をじっと見つめる。
その色は、怯え……かな。それとほんの少しの怒り。
瞳に映る色には既視感がある。
「僕って怖い?」
それだけと結構ショック。
これでも無色透明と言われるぐらい存在感の薄さをしている。
でも最近全くというほど言われなくなったな。
「そういうわけでは……市ノ瀬さんの彼氏さんというだけで恐れ多いというか、ちょっとうちの学校では有名すぎて緊張しているというか、バンドしているような人なので少しだけ怖いといいますか」
「え、そうなの? なんかやらかした記憶ないんだけれど」
というか、僕はバンドはやってないし、バンドマンの全員が怖いのも間違い。
純粋に音楽が好きな人もいるが、それででも自己顕示欲が高い人間が多いのは事実だと思う。
僕の疑問に答えたのは北山くんではなく麗奈ちゃんだった。
会話の内容はこの騒がしい車内でも聞こえていたらしい。座席の都合で僕らとは少しだけ離れた場所にいるのに。
「夏菜たちは有名カップルだし、いつでも一緒でどこかしこでえっちぃことしてたじゃん」
「「してないけど」」
「これだからバカップルは……。ほんと妬ましいし、そのメンタルどっから来るわけ」
麗奈ちゃんも僕らが間に入ることでいつもの調子を取り戻してきた。
「あはは……。ごめんね北山君」
何故か僕が謝る。
夏菜を手で誘い近寄らせるとほっぺたを摘みぐにぐにとも手遊び引っ張る。
もちもちしていて気持ちがいい。
人前じゃなかったらもっと堪能したいところ。
「いふぁいです」
手を離してあげると彼女は自分の頬を擦り、涙目になりながらも睨んでくる。
「人の嫌がることをしちゃいけませんって言いますよね?」
「人の嫌がることを率先してしてあげましょうとも言うよね」
「……よくそんな返し思いつきますね。馬鹿なんですか」
「人のことを馬鹿呼ばわりもどうかと思うけど」
「いいんですよ私は。先輩にしか言わないですし、愛情の裏返しです」
「愛情を持って接してくれるっていうなら」
夏菜の耳にそっと顔を寄せて、息を吸い込み。
「ふぅ~……」
吹きかける。
「うぅっ。……それ、駄目。また夜にでもっ」
逃げた。
麗奈ちゃんのところに帰っていく。
嫌がっているというわけでなく単純に恥ずかしいだけのようだった。あんなに耳弱かったっけ?
「市ノ瀬さんってこんなに喋るんですね」
「結構お喋りだよ」
彼の言いたいこともわかる。
基本的に必要最低限しか話さない。でも、それは夏菜に限った事でもない。誰だって知らない誰かと会話は続かないし、そもそも用がなければ話しかけない。じゃあ夏菜がどうして無口なダウナー美少女として見られるのかと言うと、それは彼女に用もないのに話しかける連中がいて、その美貌に男が虫のように寄ってくる。
外でたまに遭遇するナンパ野郎に対しては無視を決め込むだけで済む。けれど学内ではそうもいかないし、表情に変化が乏しい性質もあってそう見えてしまう。
身内と他人を完全に切り分けているし、パーソナルスペースがかなり広い。
人目につくから余計にそう思われる。
「もし去年、僕が君に話しかけても警戒心を持つでしょ?」
「まぁそうですね。なんの関係もない先輩に絡まれたと思いますね」
「つまりはそういうことだよ。夏菜の場合それが多いだけ」
容姿が良いことで得もあれば損もある。
けれど彼女にとってはいい迷惑であり、余計に人嫌いになっている上に人見知りも加速中。
彼の目の色が変わっていた。
怯えも怒りもない。
なるほどね。
なんとなく理解した。
ほんの僅か、昔の僕に似ている。でも、まぁ心配はない。それは僕の役目ではなく、麗奈ちゃんと彼がどうにかすること。
協力を求められれば差し出すぐらい。
会話は落ち着いた後、しばらくの間スマホを弄る。こんな時にでも夏に向けたスイーツを考え始める。どこかにヒントが落ちてないだろうかと暇さえあれば調べている。
とはいえ何も得ることなく電車は目的地のある駅に滑り込む。
アナウンスの指示に従いホームへ降りて、となりに来た夏菜の手を握る。そして、改札を抜ければ広がるのは青の世界。
光の乱反射で眩い。
今回のデートの目的地は僕の希望通り水族館。
海に面した場所にあり、潮風が鼻孔をくすぐる。
ここに訪れるのは二回目で、以前夏菜ともデートで来たことがある。水族館の静かな雰囲気が好きで、夏菜を忘れて暗い室内でじっくりと水槽を眺めていたら怒られたっけな。完全に僕が悪いからなんも言えない。
今日は気をつけよう……。
舗装された道を麗奈ちゃんペアを先に、僕と夏菜がその後ろを歩く。
遊園地という候補もあったようだけれど夏菜が嫌がったそうで僕の希望が通った。
単純にお化け屋敷に近づきたくないだけだろうと予想。
僕と遊園地に行ってもお化け屋敷だけは絶対に近づかなかった。
「あの二人ってどこまで進んでるのかな」
遊びに来てくれるぐらいだから気がないわけじゃないと思うが。
雰囲気はどうだろう。
自然とはいかず、麗奈ちゃんが少し挙動不審さが残っている
「教室では麗奈がちょっかい掛けに行ってるぐらいしか見ないですが、放課後とか引っ付いてどこかに出かけてるみたいですよ」
「へぇー」
順調そうというか、見た目通りぐいぐい行くんだという感想。
「二人だけでどうにかなりそうなもんだけどな」
「そうですね」
小柄な彼の腕を引っ張りながら歩く麗奈ちゃん。北山君は驚きながらも嫌がる素振りを見せず、受け入れてついていく。しょうがないなーと言いたげな表情を浮かべ、けれど楽しそうに麗奈ちゃんを俯きながらも見守っている。
「時間がかかっても麗奈ならなんとかなると思いますし、今日私たちが呼ばれたのは願掛けみたいなものらしいです」
「願掛け?」
「なんか上手くいく気がするーって」
「そっか」
海から届けられる涼しい風。
小さな男の子を肩車する父親に、その父を支える母親の姿が僕らの隣を横切る。その幸せそうな色に目を惹かれた。
耳をすませてみると彼ら家族だけではなく、他にも幸せそうな家族はたくさんいた。
「先輩」
「……ん?」
彼女の声に引き戻されて謎に揺さぶられる感情は海風とともに消え去る。
「大丈夫ですか」
「何か心配させちゃった?」
「いえ……。というか、ちょっと痩せましたよね」
「そっかな」
自分ではわからない。
でも夕食か朝食を抜くこともあったしそのせいかもしれない。
出来ることが増えるとそれだけで楽しくなる。
楽しくなると時間を忘れる。
「ちゃんと食べてますか?」
「うん。どうしても外食増えちゃったけどね」
「あんまり無理しないでくださいね」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「当然ですよ。彼女なんですから」
心配してくれた申し訳無さと嬉しさを胸に、繋いだ手に力を込める。
彼氏としては良いところを見せないとね、なんて思ってしまう。
離れた先に北山君をぬいぐるみのように抱きついている麗奈ちゃんが大きく手を振って夏菜を呼んでいる。
「僕らもいこう」
「はい」
夏菜も僕の手を握りなおし腕にしがみつく。
軽い足取りで二人のもとへと歩いていく。
※
僕らがまだ二年の秋。
その日に彼女に出会った。
橋田麗奈。
名前だけは僕らの通う高校で有名だった。
それもそのはず、偏差値の高い進学校で金髪? に近い髪色に左耳には数々のピアス。第一印象は怖いだった。
ギャルみたいな人たちはこの高校にも少しはいた。
そんな中、彼女が一番の有名なギャルであるのは間違いなく、なんせあの市ノ瀬夏菜の友人でありながら本人の容姿も優れていることだった。
そんな橋田さんが簡素な住宅街でしゃがみこみ唸っていることに気づいた。
一目で彼女が橋田さんだとわかり声を掛けるにも躊躇した。
けれど周りに人おらず、緊急事態だったらどうしようという不安が勝ってしまった。
「だ、大丈夫で、すか?」
もごもごとした喋り方。
自分が嫌になる。
振り返った橋田さんも警戒心をむき出しにしてこちらを睨む。
「あ? ……、えっと?」
その警戒心はすぐに消え失せた。
幸い僕の格好が制服だったからだろう。
彼女の隣には小さな自転車、折りたたみ式の自転車が転がっている。よく見るとチェーンが外れているようで、彼女が唸っていた原因はこれにあった。
よかった病気とかそういう命に関わるようなものじゃなく安心する。
「その、えっと、直しましょうか?」
手が汚れること以外は簡単な修理は簡単。
劣化しているからちゃんとした修理は店にもっていかないとだけれど。
「まじ? 助かるぅー、どうしたらいいかわかんなくて困ってたんだよね」
「僕、自転車通学なので」
だからなんだ。
伝わらなかったら意味がない。
かと言って何を言って良いのかわからない。
コミュ障の自分にはギャルの相手は辛い。ギャルじゃなくても普通の女子高生でもどう会話をしていいのかわからない。
「あ、そうだ、飴。飴舐めます?」
持っていたコンビニの袋、なんとなしに買った飴玉。
これを渡しておけば喋らくても済むんじゃないかって。
「いいの? ありがと」
ただ目論見通り、会話はせずに済む。ただただ自転車のチェーンをつけ直す。見られていて緊張しながらも単純な作業。
修理はすぐに終わる。
「じゃあ、僕はこれで」
と逃げるように橋田さんの元を去っていく。
これが僕と橋田さんの出会いだった。
たったそれだけの事。
事故みたいな出会い。
向こうもすぐに忘れるだろうと思っていたのに。
翌日の学校。
クラスが違うからもう話すこともないだろうと高をくくっていた。
その日の昼休みに今日はどこで食べようかと、母さんが朝早くから起きて作ってくれた弁当を片手に教室から出ようとしたところだった。
「あ、いたいたー」
教室の出入り口で大きく手を振る橋田さんの姿。
交友関係の広いと思われる彼女のことだ、この教室にも知り合いはいる。度々、僕も見かけることがあった。だから気にすることもなく彼女とは真逆の扉に向かおうとする。
「ちょちょちょ、無視はひどくない?」
「えぁ?」
腕を掴まれて戸惑う。
「ぼ、僕?」
「君以外に誰がいるの、めっちゃ手振ったのに見向きもしないでさぁ」
「僕だとは思わなくて」
「なんで?」
「知り合いでもないですし」
「えー、前に助けてくれたじゃん、知り合いじゃん。その御礼をしよーと思ってきたのにさ。まぁいいや、いこっ」
有無を言わさず掴まれた腕をそのままに、身長差もあって力の弱い僕は簡単に引きずられる。
向かった先は中庭。
この学校のカップルは大抵屋上で過ごすので、この中庭は案外穴場だったりする。今も白い猫、にゃーさんと呼ばれる猫が気持ちよさそうにベンチで眠っている。
余っているベンチに座ることになり、隣に橋田さんが座る。
ギャルらしく臆した様子もない。
ってか、すごいいい匂いがしてドキドキする。
「それでさ、君」
「はいっ。ごめんなさいっ」
「なんで謝るの、意味わかない」
くすくすと笑う大人びた彼女。
その笑顔はなんだ少女みたいで可愛いと思う。
「で、なんて名前だっけ?」
「北山です。北山薫」
あんまり自分の名前が好きじゃない。
『かおる』ではなく『かおり』
女の子みたいな名前。身長もいつも一番前。力もなくて馬鹿にされ続けた。どうしてこの名前にしたんだって子供の頃に母さんに怒鳴ったことがあった。でも母さんは困った表情を浮かべながら答えてはくれなかった。
「北山くんね。うん、北山薫。覚えた」
「忘れてもらっていいですよ」
このお礼というのが終われば話さなくなる。
しかし、一緒に昼食を摂るのがお礼とか、なんだか夜のお店かなんかなのかな。それともそれほどの価値が自分にあるとでも言うのか。橋田さんは結構痛い人なのかも。
「なんで、忘れないよ? 人の名前忘れるとか駄目なやつじゃん」
「……そうですね」
二年も終わりに近いこの時期で今のクラスで僕の名前を知っているのはどのくらいいるのだろう。クラスメイトとは数えるほどしか話したことがない。人を呼ぶのも呼ばれるのも、『君』とか『ねぇ』とか『ちょっと』だ。
それに休み時間も寝た振りで過ごす生粋のぼっち。
イケてるギャルとシケてるボッチ。
この組み合わせは、この橋田の律儀な性格がもたらした気まぐれだ。
「そうだそうだ。そんな話をしたいんじゃなくて――。今日、暇?」
「ひ、暇ですけど」
彼女が身を乗り出して近づいてくるものだから、正直に答えてしまった。
いや、ほんと来ないで。
着崩した制服。
思い切り胸の谷間が見えてしまっている。
いい匂いもするし、視覚的にも興奮材料が揃っていて頭がくらくらする。
「じゃあさ奢るから、友達に教えてもらったカフェいかない。行ってみたかったんだよねぇ」
「なんで? なんで、僕」
「お礼するって言ったじゃん。結構困ってたんだよねー、妹の迎え……、うちの妹保育園に通っててさその迎えに行く途中だったんだよ。帰宅したのが結構ギリギリだったらから自転車に乗ったのはいいんだけれど」
「お礼……、お礼って今のこれなんじゃ」
「何もしてないじゃん。一緒に昼食食べてるだけっしょ」
「それがお礼だと思ってしました」
「そんなわけないじゃん。何言ってんのー」
けらけらと笑われてしまった。
「北山くんって結構面白い人なんだね」
新鮮な反応。
本心で言っているというのが、出会って間もないのに理解出来る。
なんだか不思議な人だな、という感想に変わった。
「じゃあまた放課後に呼びに行くから、今度こそ無視しないでよねっ」
こくりと頷く。
正直に言えば逃げてしまいたい。印象は変わったけれど苦手意識は拭い切れるものではない。だけどそれ以上に無視した結果が怖い。
「んじゃ食べよう。昼休みなんてあっちゅーまだし」
「あ、ですね」
肯定するが、これは嘘。
一人で過ごす昼休みは長い。
それを知っているのは友達がいないやつらだけ。
ベンチの隅に置いていた弁当を膝の上で広げる。
学校にいる時の唯一の楽しみ。
今日は何が入っているんだろうという宝箱。
「いただきます」
と、視線を感じる。
「……えーっと?」
「なんだか嬉しそうだなって」
「……あ、えっと」
見られていた。
ものすごく恥ずかしい。
顔が熱くて、鏡を見なくても真っ赤になっているであろうことがわかる。
「ひゅー……」
ぴろろろ~。
喋ったわけではなく、口から空気が漏れただけ。
あ、なんか心臓やばい。
「変なの」
死にたい。
「は、橋田さんも笑ってないで昼食っ。弁当食べましょうよ」
「怒った?」
「怒ってないです」
「えへへ、ごめんねぇー。うちの大っきい弟と違って可愛いからさ、ついからかいたくなる」
「やめてくださいよ」
「はーい。反省してます」
食事中にも話しかけられたらどうしようかと思っていたけれど、橋田さんは汲み取ってくれたのか静かに箸を進めている。リスみたいに口いっぱいに詰め込む姿には多少驚いた。
一足先に食事を終えて片付けた僕は、ベンチに座ったまま彼女を待つ。
自分が終わったからといって立ち去る度胸は僕にはない。
何をするわけでもなく、四方を壁に囲まれた狭い空を見上げる。
秋の空気は優しいと感じるものの、学校では寂しさと孤独の牢屋。迷い込んでいる迷路の出口を探すように不安を覚えて息が詰まる。
少しでも誤魔化そうとブレザーのポケットにある、赤く鈍く光る甘いキャンディーを一つ。
「美味しそう。あたしにも一つくれない?」
「はい。どうぞ」
「ありがとっ。って、前にも飴玉もらっちゃったよね」
「あ、そうですね」
橋田さんの食事が終わり、飴玉を放り込む。
「おいしっ」
こうして僕らの二度目の出会いはチャイムの音とともに終わりを告げた。




