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砂糖菓子の弾丸①

 四月の末。

 ゴールデンウィークに入ったばかりの夏菜達と約束を控えたある日。



「渉くんちょっといい?」

「はい?」



 果物の皮を剥いては切って整える作業に没頭していると今泉さんに呼ばれる。

 一ヶ月にも満たないけれど毎日のように顔を合わせれば、それなりに親しくなっていた。仕事終わりに捕まえては質問やらコーチングを受けていれば、こうなるのは必然かもしれない。向こうからしたら迷惑極まりないのかもしれないけれど、今泉さんはスイーツ星人でお菓子作りの話になれば喜々として聞いてくれるので助かっている。



「そのままでいいから聞いて」

「うっす」



 一瞬手を止めていた作業を再開。

 この作業の後、この手はしばらくフルーティーな香りに支配される。家に帰ってもずっと甘い香りがしているから染み込んでいるような気がしないでもない。

 一日空けると残り香がうっすらと漂うだけなんだけれど。



「そろそろ夏に向けて新作だそうかなって考えているんだけれど」

「いいですね」



 夏と言えばちょうど手に持っている柑橘類を使ったゼリー、ムース、ババロアだろうか。どうしてもひんやりとした物を食べたくなる。

 味見させてもらえるかなってちょっと期待してしまう。甘いもの好きとしては結構天職なのかもしれないなんて、少し現金過ぎるか。



「それでね。渉くんも一つ考えてみない?」

「え」



 予想外の発言に混乱。



「君のアイディアも見てみたいなーって」

「といっても僕は素人同然みたいなものですが」

「作った物でお金を貰ってる時点でプロの仲間入りだけれど、言ってしまえば見習いなんだから。いつも通り貪欲にいこ?

「昨日も怒られましたけれどね」



 昨日どころか三日に一回は怒られている。

 これでも大分頻度は下がった。

 まだまだ細かいところが難しい。



「期待してるからだよ」

「面と向かって言われると照れますね」

「まぁ考えておいてー」

「うっす」

「店に出せるかどうかは君次第から頑張ってね」



 話ながらも本日分のフルーツとの格闘は終わり、思考は今しがた話された内容に捕らわれる。

 どうするか。

 隣でデコレーションされていく洋菓子を見守りながら深いところに潜っていく。

 夏に向けてと言っていた。


 ヒマワリとか紫陽花とか……、食べ物以外のことは思い浮かぶけれど、きっかけにもヒントにもならない。

 食べ物関係だとスイカとかマンゴー、あとはベリー系か。実際の旬は外れてしまうが柑橘系もまた夏を連想する。まぁ、当然のように二番煎じで僕が考えられることは既に誰かが考えていたことになる。僕の甘いもの好きを甘く見ちゃいけない、夏菜と食べ歩きをするようになって更に見識を広がったように思う。


 しかし、それを言ったら一番最初に生み出された物以外は二番煎じで贋作とも言えるけれど、決してそうはならない。何かしらのオリジナリティがありパティシエ独自の何かがあるような気がした。

 それが何なのか今の僕にはわからない。


 自分で考えて、それでもわからなければ今泉さんに聞く。

 彼女も自分の城を持つ人間。

 ただの猿真似だけで上り詰めたわけじゃない。

 答えを持っていると、そう僕は思っている。

 考えている間に今泉さんのデコレーションは終わる。



「じゃあ、よろしくね」

「はい」



 出来たばかりのケーキをショーケースに並べていく。

 色鮮やかに、宝石よりも輝くショーケース。こういうところにもヒントは落ちているのだろうかと暫し考える。

 定番のメニュー。

 春の期間限定品は今週限りまでいちごを使ったモンブランが人気らしい。個人的にはショーケースの上に置かれているカヌレのほうが素朴な甘い味わいで好きだったりする。

 夏菜も甘すぎる物よりかは素材の味を引き出すようなスイーツが好きだ。


 やはり旬な物がいいのかな。


 そういえばカヌレの始まりはフランスの女子修道院で生まれたと読んだことがある。ワインの澱を取り除くために卵白を使用し、その余った卵黄を使って作ったという話。環境と工夫を凝らして作られたお菓子。

 正式名称はカヌレ・ド・ボルドー。

 本当にフランスらしい。


 僕の環境で最大限出来ること。

 それを見つめ直すことにしよう。


 すべてのスイーツを並べ終えて店先の札をオープンにひっくり返す。

 開店と同時に来てくれる常連さんに挨拶をして招き入れてからこの店の一日が始まる。


 やはり売れていくのは限定品。

 常連さんはいつも買うものが決まっている。それに加えて何か一つ気分で購入していくという形で、雑談しながら決めていってくれる。


 数名の常連さんが掃けた後はしばらく暇になり、次に忙しくなるのはお昼を少し過ぎた後。ここから接客はアルバイトで入っている女子大生に変わる。パティシエである今泉さんと見習いの僕はこのあたりで昼休憩となる。


 休憩が終われば減った商品を補充し、そのまま明日の仕込みで店の一日は終わる。

 終わらないのは僕の一日。

 材料費を給料から天引きしてもらうことでプロと同じ環境でプロのコーチングを受けるという、恵まれた環境で過ごしている。


 見返りというわけではないが、僕もまたコーヒーと紅茶の淹れ方をレクチャーすることなっていて、お互いに得のある関係が出来上がっていた。



「今日は早めに終わっときましょ」

「え、あ?」



 急なストップがかかり、思わず変な声が出た。

 顔を伺ってしまうが今泉さんは気にする様子はなく、テキパキと片付けを開始。長い髪を纏めているヘアゴムを振りほどく。はらりと落ちて広がるを見届けた。


 時間はいつもの二時間ほど早い。

 僕としてもギアが上がり切っていない感覚がある。



「明日デートって言ってなかった? それにゴールデンウィークだから夏菜ちゃん家で待ってるんじゃないの?」

「あぁ、そうですね」



 気遣いはありがたい。

 けれど今日は麗奈ちゃんの家に泊まっている。今日も一緒に美容室に行った後、買い物にも出かけたとメッセージが二人の写真付きで届いてた。



「だから帰っても誰もいないんですよね」



 最近は夜まで仕事をしているし、大学もあったりと忙しい生活を送っているからか外食が増えつつある。練習のために買っている食材も含めてここ数ヶ月でエンゲル係数が上昇しまくっている。これでも一日は完全にオフ日を作っているのでその日だけはしっかりと自炊している。

 土曜日になれば夏菜が作ってくれたりもするんだけれど、彼女だって学生でバイトもあり毎週来れるというわけでもなかった。


 確実に彼女と過ごす一日よりも今泉さんと過ごす日のほうが多くなっている。

 夏菜は思うところがあるようだけれど、元々は僕と彼女の約束。一方的に押し付けたような約束だけれど約束だ。


 まぁ彼女も心配なんだろう、親友のことだし。



「それなら夕飯一緒に食べようか、おすすめのお店連れて行ってあげるよー」

「う~ん」

「え、悩むところある?」

「女性と二人っきりになるのはちょっと」

「今も二人なんだけど?」

「それとこれとは別というか」

「なにそれ」



 今泉さんは笑っているが、僕としては本気。



「あ、尻に敷かれちゃってるんだ」

「そうっすね」

「ふ~ん」

「なんですか?」

「男の子なのに変な見栄とかないんだと思って」

「情けないとか思いました?」

「いやいや、二人の仲が良いんだなって関心しただけー」

「そんな受け答えだけでわかるものなんですか」

「全然?」



 適当すぎないかこの人。



「認めるだけの魅力が夏菜ちゃんにはあるんだろうなーって、それだけはわかるかな。だから当然仲も良いって判断しただけ」

「そうですね」



 僕にとっては魅力的な女の子であるのは間違いない。

 しかし、誰も彼もがそうとは限らない。

 女子の大半は夏菜のことを忌避しているし、男子も苦手意識を持つ人もそれなりに。


 女子が嫌がる理由の大半は僻みからくるという悲しい理由。けれど男子が苦手に思う理由は僕も少し理解できる内容だった。

 何もかもが完璧すぎて近づきがたい。感情がなくて人間味がなくて怖い。


 夏菜のことを知らなければそう映るかもしれない。

 だけれど僕は知っている、苦手な物あるし嫌いな物だってある。怒るし泣くし、笑う。

 感情表現が下手なだけで感情豊か。

 繊細で緻密に見えるが、大雑把。

 その気にならないと手を抜くこともしばしば。


 手先が器用な癖に性格のせいでミスることもあって、しっかり人間アピールもやってくる。肝心なところでポンコツをかますのはこれのせいだろうなって今ならわかる。


 色々深く考え込んでしまったが、僕にとって魅力的であることが大事なだけで他人の意見なんてどうでもいい。



「で、どうする?」

「今日は帰りますよ」

「今日は?」

「新作コンペで質問したいことも出来るでしょうし」



 そのことで夏菜に説明すれば許してくれるだろう。

 そこまでわがままな子じゃない。

 不満は顔に出すだろうけれど。

 半眼で睨んで小さく頬を膨らませる彼女の顔が容易に想像できた。



「じゃあ、お言葉に甘えで明日の準備でもするんで早めに帰ります」

「うん。じゃあまたね」

「はい。今日もありがとうございました」



 ※



 春と夏の狭間。

 暑いの暖かいのか微妙な気温。

 人混みが多く気温の上昇に拍車を掛けている気がしないでもない。


 誰よりも先に待ち合わせ場所にたどり着き、ただ待っているだけの時間はあっという間に過ぎ。歩行者の脚が一斉に立ち止まる瞬間が訪れる。


 あ、来たんだな。と一発で理解。

 彼らの視線の先を辿れば赤茶と亜麻色の凸凹コンビの姿が映る。

 黒いチャイナドレス風のワンピースにコルセットベルトを巻いた服装にブーツの夏菜。少し身長が伸びているように見えるのはブーツの底が厚い。

 初めて見る服装に通行人同様に僕の視線も釘付けになった。


 実物を見るのは二週間ぶり。

 うん。

 今日もかわいい。



「すみません。お待たせしました」

「ううん。僕が早く来すぎただけだし」



 待ち合わせよりも十分ほど早い。



「というか、あっち大丈夫なの?」

「えぇ、まぁ。どうなんですかね」



 麗奈ちゃんはお腹を擦ってえずいている。



「あ゛ー……、待ち合わせ場所に着いたら緊張して吐きそう」



 という独り言が聞こえてきた。

 染め直したばかりだと思われる髪が左右に揺れて、毛先につれてピンク色に変わるグラデーションを入って気合の入れようが伺える。



「水でも飲む?」

「あぁ、ありがとうございます。渉先輩」



 夏菜が一瞬こちらを睨むように見てきたが、また封も切ってない新品だよと伝えると何故だか恥ずかしいそうにそっぽ向かれてしまった。



「それより先輩、私に言うことはありませんか?」

「昨日買った服でしょ? すっごい似合ってて可愛い」

「そうですか」



 正解をひいたようで満足げ。

 口の端がわずかに釣り上がっているのが確認出来た。


 手鏡を手に前髪をいじり始めた麗奈ちゃん。夏菜が話しかけても耳には入ってこないようでちぐはぐな会話をしていて、諦めたのか夏菜が僕の隣に戻ってきた。



「駄目ですね、あれ」



 辛辣だな。



「ばきばきに折れそう……」



 またえずき始める。

 いや、本当に駄目かもしれない。

 何が折れるんだろう。

 心かな。


 もう五分程経過。

 麗奈ちゃんは何かにすがるように夏菜に抱きつき、視線を彷徨わせる。ちなみに夏菜は嫌そうな顔をしながらも振りほどく素振りがない。



「夏菜ぁー……」

「なに?」

「いい匂いがするー」

「そう」

「かわちい」

「暑苦しいからそろそろどっか行ってほしいんだけれど」

「こっちはひんやりとして気持ちいい」

「はいはい」



 何を見せられているんだろうね。



「あ……」



 夏菜を頬ずりし始めていた麗奈ちゃんから声が漏れる。

 目は見開き、ある一点に。

 そして遅れて僕の背後からか細い男子の声が聞こえてきた。



「あ、最後でしたか。すみません」



 振り返ると夏菜とそう変わらない体躯の男の子。

 癖のある黒髪。

 彼も緊張しているのかショルダーバッグの紐を両手でぎゅっと握っている。

 麗奈ちゃんの想い人は彼女と真逆とも言えるタイプだった。


 ここで彼に返事をするべきなのは彼女なのだけれど、口をパクパクとして声が出ていない。



「大丈夫だよ。僕らも来たばっかだから」

「ん」



 僕が返し、夏菜も追従するように返した。

 夏菜の肩をつつき、彼らから離れた場所に移動する。

 二人にして大丈夫かなって心配はあるけれど、ぎこちなくも会話は出来ているようだ。



「どうしたんですか?」

「麗奈ちゃんってあんなに耐性ないの?」



 男性遍歴は知っている。

 彼女本人から聞いたことがあるからだ。



「今まで付き合っていた人は身体の関係で、付き合っているようなものではなかった訳ですし、本人も好きだから交際しているわけでもないわけで、本気で好きになったのは初めてだから仕方ないんじゃないですか」

「そっか、でも前に気になる人の時。ほら、あれ」



 ちょっと口に出し辛く口ごもる。



「気になる程度なら麗奈もそんななんじゃないですか」

「ふ~ん」

「普段からかってくる麗奈があんなにポンコツになるとは私も予想外でしたけれどね」



 見た目からの偏見を僕も持ってたようだ。

 ギャルっぽいけどギャルだし。

 その実、結構ピュア。


 少年も麗奈ちゃんと目を合わせようとせず、俯きがちで話しているあたり純粋なのかもしれない。意外とお似合いの二人なのかも。



「そろそろ行こっか」



 二人の元に戻り促す。

 夏菜が戻ってきたことに安堵したのか、彼そっちのけで夏菜に話しける麗奈ちゃん。

 ……先行き不安になってきた。

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