侵攻
自宅に着いてすぐに僕の部屋に招き入れた。
「で、これどうしたらいい?」
未開封のチェストと布団。
「押入れはなさそうですから、とりあえず布団は隅においておきましょうか」
「あ、うん」
わかっていたことだが、持って帰る選択肢はないようだ。
「ダンボールは開けておきますね」
「そっち作るの僕なのね」
「私は夕飯の準備してきますので」
彼女はリュックをベッドの脇に置いて、そのまま部屋を出ていってしまった。
エプロンはいつの間にか持ち込んでおり、今ではキッチンの棚に淡い水色のエプロンが掛けてある。
普段は使わなくてもいいけれど、夏菜は制服で料理がすることが多いからこそ、エプロンは必須だったのだろう。
僕は床に腰を下ろし、説明書を拾いあげる。
案外簡単な作り。
白いシンプルなチェスト。
殺風景な僕の部屋でも目立たない、ちょうど良いとも言えるインテリア。
男の部屋にあっても違和感がない。
ドライバーも簡易的なものが用意されており、入っているものだけで簡単につくれる。
なんだろう、組み立てているうちに楽しくなってきた。
こういう所は僕も男の子だなぁっと自嘲気味に笑う。
板が丈夫で、ネジを閉める場所が硬い所がある。
小さなドライバーでは、手のひらが痛くなって赤くなってしまった。
30分ほど格闘して、ようやく完成。
誰が作っても仕上がりは同じになるだろうが、程よい満足感。
部屋と廊下を繋ぐ扉の隣の空きスペースに移動させる。
サイズ的にもちょうど良さそうだった。
測ったわけじゃないだろうけど、完璧なフィット感すらある。
彼女のもとへ小走りで向かう。
子供が親に見せるように誇らしげ。
「夏菜、作り終わったけど」
「あ、はい。すぐに行きます」
リビングからキッチンにいる夏菜に声を掛けると、火を止めて真っ直ぐ歩いてくる。
やることはわかっているが、なんとなしに見守る。
先程開けたばかりの布団の隣。
赤いスポーツバッグを持ち上げると、チェストに前に膝立ちになる。
最近、良く来るようになった夏菜だけれど、鞄を開いたのは今日が初めてだ。
泊まるためと言ってたが、その機会は訪れていない。
様々な衣類。
パーカーやTシャツにキャミソール。
ニットに薄手のカーディガン。
スカートやショートパンツ。
未開封のストッキングなどもあり、勿論下着類も。
見てはいけないような気もしたが、今更遅い。
確かに昔見た色気のない下着は一切なかった。
一通り収納出来たと思うのだが、まだ夏菜はスポーツバッグの中を漁っている。
取り出したのは筒状の何か。
「それは?」
「化粧水です」
「あぁ、そう」
ここまで来たら、流石に諦めた。
もう好きにしてくれていい。
自分の父親になんと説明しようか考えることにした。
「先輩って不思議ですよね?」
どう言い繕っても誤解しか招かないなって結論が出たところで、夏菜が振り返る。
「僕も夏菜のこと不思議に思っているところだよ」
「私は目標がありますから、それより先輩ですよ」
チェストの上にケースを置き、化粧品や鏡など女の子らしい物を並べる。
僕の部屋に夏菜のスペースが出来上がってしまった。
「どうして嫌がらないんですか? 流石にここまでされたら、引きませんか?」
「自覚はあるのね」
「まぁ、はい」
不安気に、緊張して俯く。
彼女にしては珍しく弱気。
ここまで堂々としていたのだから、そのままでいればいいのにと思うが、彼女には彼女の思いがあるのだろう。
「夏菜じゃなかったら、そりゃ嫌だけどさ。でも、なんか許せちゃうんだよな」
これは僕の本音。
そもそも彼女以外の存在がこんなことするとは思えないけれど。
自分の領域に夏菜という存在が入り込んでも不快には思わない。
それがどうしてなのかは、自分でもわからないものだったが。
「答えになってないですよ」
答えなんて持ち合わせていない。
ただの感情論。
「常識、非常識は置いておいてさ」
「はい」
「僕と夏菜ってだけで、それだけでいいんじゃない?」
夏菜曰く、僕も非常識な存在。
ならば別に常識に捉われることもない。
僕が良しとして、それを許せるならそれでいい。
「改めて、先輩に負けた理由の一つがわかりました」
「なにさ」
「絶対に言わないです」
いつもなら耳だけ赤くなるのに、顔まで真っ赤だった。
春人さんや冬乃さん以外でも、今の夏菜なら容易く彼女の心境を推し量ることが可能だろう。
「人の顔そんなに見つめるの最低ですよ」
「すんません」
※
「ということなので今日は泊まります」
「すっごい省いたね」
「紳士的な先輩なら、こんな時間に女の子1人を外に追い出さないですよね?」
時刻は9時を少し過ぎたところ。
夕食後、まったりとした時間に癒やされて、うたた寝したのが悪い。
起こされる事なく、未成年が一人歩くには危ない時間に。
「隙をみせるからです」
「うん、そうだね。これは、僕が悪いや」
反論のしようもない。
いくら彼女の前だからといって、気を抜きすぎている。
「連絡は入れた?」
彼女のことだから抜かりはないだろう。
けれど念の為聞いておく。
「はい」
春人さんたちも僕のこと信用しすぎじゃないか。
普段から春人さんと話すことは多いが、夏菜のアプローチについては話していない。
もしかしたら、知っているのかも知れない。
冬乃さんは寧ろ夏菜に味方している。
「お風呂沸かしているので、お先にどうぞ」
彼女に急かされて、着替えを持って脱衣所に。
ん?
見覚えのない歯磨きセットが置かれているのに気付いた。
それどこか、新しいシャンプーにトリートメント。
夏菜の家にあるものと同じもの。
入浴剤だって、この家にはなかったものだ。
僕の部屋だけではなく、風呂場にまで侵略は進められている。
寝室に、キッチンに浴場と、生活の基盤ともおけるスペースは敵の手に落ちた。




