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卒業2

 正午を通り越し夕方とは言える時間。空はまだ明るく、赤くなるにはまだ先。

 卒業証書を左手に胸には紙で作られた花を飾り、まだまだ賑わう校舎を出る。

 背中からは希望に満ちた声と別れを惜しむ声。


 どちらもいい高校生活を送れたんだろうということがわかる。

 でなければこんな声は聞こえては来ない。

 僕もまた希望を胸に仕舞う。


 外に出て司を探しながら空気を大きく吸い込む。

 四季折々の匂いに色。

 水色だった空は青になり、カラカラだった空気は湿り気を帯びて花は咲き緑は生い茂る。


 昇降口のすぐ近くの壁に持たれてスマホを操作している司が目に入る。

 一応、先に帰ってもいいとは伝えていたが律儀に待ってくれていた。



「ごめん待った?」

「いんや。……ってか気持ち悪いな」



 スマホの画面を見たままの返事。

 気持ち悪いは酷い。

 わざとじゃない。

 連絡の相手が雅先輩だろうと予想した上でさらに話し掛ける。



「雅先輩を待たせてる感じ?」



 それだったら申し訳ない。



「駅前のカフェで待ってるってちょうど返事がきたところ」

「あぁ……」

「式が終わってすぐに店に行ってたみたいだから気にすんな」

「そっか」

「あと勘違いするなよ。嫁と子供優先だから、渉を待つぐらいならさっさと俺も向かってる」

「そりゃそうだ」



 友人と家族。

 どちらが大切か。

 気持ち的にはどちらもと言いたいところだけれど、司を自分、雅先輩を夏菜だとして想像すると……やはりどちらも大切だな。

 子供が出来たら変わるかもしれない。


 ただ解ることもある。

 司なら夏菜を優先しても理解してくれるということ。

 つまりは彼もそう思ってくれてるのではないか。

 これはちょっと希望的すぎるか?



「それじゃあ迎えに行く?」

「入れ違いになるのも嫌だし、このまま待つよ」



 案外すぐに帰ってしまう生徒は結構いるようで校門付近には生徒とその保護者で埋まりつつある。

 と、流れを逆らうようにボブの黒髪の女性が赤子を抱きながら上がってくるのが遠くからでも見えた。


 夏菜という存在のせいで陰りがちだったが、雅先輩もかなり美人の部類。

 そりゃそんな彼女が小さな子供を抱いて歩いているのだから嫌でも目に入る。

 子供を産んだというのにスタイルは維持しているようだし、服装も自分に似合ったものを選んでいる。

 美人が着飾ると何倍にも容姿が輝く。


 僕の彼女も出かける時は着飾っているが結構苦労しているようだ。

 下手な服装では太って見えると嘆いていたことを思い出した。


 でも、これなら司が迎えに行ってもすれ違いなんて起きなかったんじゃないかな。



「じゃあ、司。大学で」

「おう、またな。市ノ瀬ちゃんにもよろしく」

「うん」



 司と最後に短い言葉のやりとり。

 僕らには長い言葉はいらないだろう。


 夏菜とは違う信用が彼にはある。


 すぐに愛する妻と子供の元へと駆け寄っていく司。その後ろ姿は高校生の少年ではなく、一人の男として頼もしさがあるような気がした。

 たどり着くなり子供に対して微笑み掛け、優しくくすぐるように撫でる。

 生まれたばかりの夫婦同士でも笑いあい、甘い空気を漂わせながら去っていった。

 遠く離れたところから夕飯の相談をしているのが聞こえて、なんだか微笑ましい。



「僕も帰るかな」



 夏菜が居ない間にキッチンを占領しないと。

 春人さんから好きなように使って良いと言われている。


 けれど、あんな光景を見せられると僕も早く夏菜に会いたくなってしまう。

 目の毒だな。

 ……これか、絵梨花ちゃんに言われるのは。

 少しは控えるか。


 校門を出て坂道の先を見据え、ゆっくりと歩き出したその時。



「遅くないですか?」



 と、聞き慣れた声。

 迷うはずも間違えるはずもなく。

 すぐにでも会いたかった人物だ。


 綻ぶ顔をどうにか抑え振り返る。

 制服に着替え、眠そうな顔がそこにはある。

 澄んだ瞳はじっと真っ直ぐこちらを見つめていて、僕の動きを待っている。

 舞う梅と桜の花びら。

 ピンク色の雪のように彼女の周り緩やかに舞う。


 あまりにも様になる姿ににやけてしまいそうになる。

 出会えた嬉しさからか喉が絡む。

 咳払いをするとようやく喋れるように。



「バイトだったんじゃないの?」



 ちょっと意地悪かなと思いながら、出てきた言葉はこんな物だった。



「あー……、えーっと」



 予想された問いだと思うのだけれど彼女はしどろもどろになり、頬をかき視線を落とすと銀色に光るリングを回し始めた。



「サボった?」

「ち、違いますよ。人を何だと思ってるんですか」

「僕の彼女」

「……正解です。いえ、今そんなアホなことを言ってる場合ではなくてですね」

「それで?」

「んー。私は隠し事や嘘が苦手……、というより先輩にはあっさりとバレるので、何を聞かれても無視します」

「わかった」

「やけに素直ですね。先輩のくせに」

「夏菜自身のためにならないこと、あとは僕のためにならないことはしないでしょ」

「それはそうですが」

「だからいいよ」

「助かります」

「なら、帰るか」



 頭の中で組み立てた予定は崩れ去ってしまったが、会いたいと思った想い人に会えたのだから良しとしよう。



「あ、待ってください」



 歩き出そうと重心を移動させた瞬間にストップが掛かった。

 言葉だけでもいいのに、思い切り襟首を捕まれ首が締まる。

 というか、言葉より先に手が出たなこの子。



「な、なに?」

「写真」

「そう言えば卒業式なのに一枚も撮ったことないな」



 小、中と合わせて。

 イメージとしては校門の前、学校銘板と並んで親と並んだ写真。

 入学式だっけ? 

 恋人同士だとどんなものか、そっちはまったくイメージわかない。

 僕と夏菜が並んで真顔で写真に映るというのもシュール。



「嫌と言っても絶対撮りますからね」

「嫌なわけないよ。夏菜と何かを残せるんだったらそれは僕の宝物だからね」

「そんな言葉、本当に良くポンポンと出てきますね」

「本気でそう思ってるんだけど」



 地面にある小石。

 彼女は小さく反動をつけて蹴り飛ばす。

 人の合間を綺麗に追い抜き、音を立てて転がり静止した。



「好ましいとは思ってますよ」



 拗ねたような態度。

 表情はまるで変わってないがわかりやすい。


 どうせ他の女の子にも同じようなこと言ってるんじゃないかとか思ってそう。自覚がないから絶対に言ってないとは言い切れない。

 素直に謝る。

 僕も気をつけてはいるものの、どうしても口に出してしまう。



「美少女に悲しい顔は似合わないよ」

「……言った傍からそれですか。がっかり紳士ですね」

「うっ……ほら、写真撮るんでしょ」



 背後に移動して抱きしめるようにしてカメラを起動。



「このままだと変な顔で撮るよ」

「ちょ……、え?」



 言い出すまでは通常の顔付きだったが、今まさに驚いたおかげで小さな口が半開きになり、眠たそうな眼は見開く。

 


「ま、待ってください」



 抱きしめられていることは何も思わないのか、僕の腕に手を添えたまま着替えてきた制服のポケットから手鏡を取り出して髪型などを確認していく。



「どうでしょう?」

「綺麗」

「可愛くはないですか?」

「とても可愛いよ」

「どっちなんですか」



 わざとらしく演技を混じる夏菜のため息。

 でも頬が緩んでいるのを僕は見逃さなかった。



「半分は夏菜が聞いてきたんじゃないか」

「今日の私は可愛いと言われたい日なので」

「でも夏菜はさぁ」

「なんですか? 文句なら聞きますよ」

「文句か……、そうだな言いたいことは出来たかな」

「どうぞ。嫌だと思うなら直します」



 喧嘩腰なのにめちゃくちゃ素直でいい子だった。

 僕も直して欲しいところあるなら言って欲しいな。

 聞いたところで、特になにも? と疑問符をつけて答えてくる。



「夏菜はさ可愛いし綺麗なんだよね。性格もいいし何も文句が言えないところが短所だよね」

「なんですか、褒め殺しですか? 簡単に死にますよ」

「何言っているんだか」

「こちらの台詞です」



 写真を撮ると言ってからずっとこんな言い合い。

 暖かい日差しに照らされて、抱きついたまま気温も体温も上がり汗ばむ。僕らが写真を撮る頃には少し夕方の匂いがしつつあったけれど。

 いつも僕ら。

 スマートフォンに切り抜かれた現実は微笑み合い幸せそうな男女が写っている。


 傍から見る自分たちの姿。

 様になっている。

 ちょっとだけ誇らしい。


 似たような写真を数枚撮った後、夏菜はしゃがみ込み僕の抱擁から抜け出す。「少し待っていてください」と言い残して離れていくと、少し先の一人で歩いている男子生徒に声を掛けるためだったようだ。

 夏菜は人見知りだから、少し顔を強張らせている。


 僕相手だからわかることで、相手の男子は気付く様子もない。

 それどころか鼻の下を伸ばしている。


 女性は男性からの視線に敏感だと言うが、視線を伸ばしている本人が気づかないだけって言う話じゃないだろうか。

 明らかに男子生徒の黒目は下がっており、慎重の低い夏菜の顔よりも更に下にある胸に注視されている。そりゃ気付くよなって話。

 鈍感ではないと思いたい僕でも簡単に気付く。



「すごい見られてたね」

「独占欲ですか?」

「いや、あんな分かりやすい視線向けるんだなって。僕もあんな感じ?」

「あぁそういう。どうですかね? 見てるとも見てないとも言える感じですね」

「謎掛け?」

「違いますよ。歩いてても動くじゃないですか、これ」



 自分の身体をこれと言う。

 ウザそうに顔をわずかに歪めて揉むせいで先程の男子以外の視線も注目を浴びる。流石に黙ってられないと彼女の正面に移動して壁になった。


 誰だよ、舌打ちした奴。


 僕の行動を理解したのか夏菜は謝罪を入れてから話を再開。



「それだと、先輩は慣れてるのか見向きも……昔も見ませんでしたね。興味ないですか?」

「ものすごいあるけど」

「ですよね、知ってました。好きですものね」

「……」



 そう言われるとすごい恥ずかしい。



「大きな動きすると、その分跳ねるのでその時は見られてますね」

「動いてるものがあると見てしまうだけのような?」

「なので見ているようで見てないという答えです。女性からも視線浴びますけれど、それと似たような物かと」



 先程の撮影は僕のスマホ。

 今度は夏菜がスマホを取り出して、カメラモードを起動して男子生徒のもとへ。

 ある程度指示を出しているようですぐに小走りで戻ってくる。


 腕を組みお互い似合わないピースサイン。

 なんだかアイドルの撮影会? みたいな妙な光景。

 正面から大きな高い音が聞こえ夏菜にスマホが戻る。


 鼻の下を伸ばして幸せそうだった男子は悲しみを背負って哀れに感じしてしまった。

 無自覚に傷つける。

 離れていく彼に心の中で謝罪と感謝を。



「んー……、微妙な写真ですね」

「人に撮らせておいて」



 中々酷い奴だな。

 元々こういう子なんだけどね。

 僕に甘々だから忘れがち。



「写真送ってもらえますか?」

「もちろん」

「先輩はこちらの写真はどうします?」



 見せてもらったら、半目の僕が写っていた。

 確かに微妙な写真。

 数枚とも綺麗に半目だったためわざとだろと言いたくなる。



「夏菜のとこだけトリミングして送っといて」

「んふ」

 


 僕が適当に言った言葉を夏菜が嬉しそうに受け入れて、組んでいた腕の熱が籠もる。



「そうだ」

「?」



 小首を傾げたあと、顔を僕の前で突き出す。



「遅かったって言われたけど」

「言いましたね」

「実は告白されたんだよね」



 夏菜も報告してくれているから僕もと、思ったんだけれど。



「……はぁ?」



 こわっ。



「詳しく」



 そして声が低い。

 ボリュームのある身体が離れる。

 正面にきた彼女が手を伸ばしてくると、ネクタイを掴まれて強制的に前傾姿勢。なおも歩みは止まらず、かなりつらい。

 何が一番辛いかって、こっそりとネクタイを更に締めてくるところ。



「……帰りながら話すよ」

「えぇ話して貰います。あ……、先に聞いとくんでした。勿論?」

「断ったよ、当たり前じゃないか」

「そうですか、ならいいです」



 急にネクタイを離され転びそうになる。



「あ、ぶなっ」

「大丈夫ですよ。先輩のバランス感覚なら」



 妙な信頼。

 今回に限り嬉しくはない。



「あ、そろそろ刻限ですね。さっさと帰りましょう」

「もしかして」

「な、なんのことですかね。時間稼ぎをしようだなんて思ってないですが」



 顔を背けて吹けない口笛を吹く。

 全部言っちゃう当たり、やはり本当に嘘も誤魔化し出来ない。

 何も聞かないと言った手前、あからさまなポンコツ具合にも無視しておくことにした。



「何か言ってくださいよ」

「約束だから」

「……嫌い」



 ※



 時間稼ぎをしていたのにも関わらず普段どおりに自宅についた。

 道中、夏菜にしては珍しくこまめにスマートフォンを確認しており、何を仕込んでいるんだろうことは確実。


 明かりのついていない家の前。

 日はまだ完全には落ちてはいないが、玄関の扉を囲うように存在する磨りガラスから入る光も力が弱く家の中は薄暗い。

 天然なのかあからさまなのか。

 今にも闇に解けて消えそうに伸びている夏菜の影ですら頭を抱えていた。


 玄関の鍵は開いていて、二組の靴が揃えられて置かれている。

 シーンっと静まり返った屋内。

 でも確かに人の気配はしていて、本当に誰も存在しない部屋の静けさはしない。

 僕ぐらいになると家電の気配すら見分けられる。


 後ろに控える夏菜に振り返って凝視する。

 うっ、と呻くように声を洩らし気まずそうに顔が下がり、僕を見ないようにスニーカーからスリッパに履き替えている。

 僕も習い嘘くさい静かなリビングに向かい扉を開いた。

 慣れた感覚でスイッチを押し光を作る。


 瞬間。


 二つの破裂音。

 遅れて火薬の匂いと宙を舞う紙吹雪。



「卒業、おめでとう」



 本物の父親よりも聞いた男性の声。



「……いや、あの。ありがとうございます」



 少しだけ疑ってはいた。

 自分を。

 僕のためだけにこんなことはしないかなって。

 嬉しくて泣きそう。


 カフェダリアは営業日。

 こんな時間にいるはずがなく、お店を閉めてまで祝ってくれているということ。


 テーブルの上には少し豪華な手料理の数々。

 しかも僕の好みを考慮してくれているのか茶色い。

 夏菜はバイトだと言っていたが、これは彼女が作ったものだとわかる。


 盛り付け。

 春人さんは丁寧で綺麗に盛り付けるが、夏菜は少しだけ粗い。

 これは熟練とかそういう話しではなく性格。



「いつから?」



 正面で笑っている人物に問うてみる。

 何も考えてなさそうな顔ですぐに答えてくれる。



「いつからも何もないだろ、卒業式の日程は前から知ってたし」



 でも、と言いかけて口を閉じた。

 そんなのは彼もわかっている。

 だから。



「みんな、ありがとう」



 これで十分。

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