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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一年は淡く過ぎ去り、想いを育む
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チュートリアル

「いつに増して真剣ですね」

「うん」



 秋の夜空は少し寂しい。

 春には満開だった桜も、夏には青々とした木々も終わりを示しているような。

 終わりにはしない。



「いつも楽しそう勝負挑むというのが先輩でしたが、今日のはちょっと気迫が違う? ような気がします」

「今までも本気だったけれど、決意の度合いかな」

「どうしてですか?」

「夏菜に認めてもらいたいからだよ」



 誰に、例え本当の両親に認めて貰えなくていい。でも彼女だけには認めて欲しい。

 たったそれだけのこと。



「私はずっと認めていますよ」

「違うんだよ」



 彼女がこういうのもわかっていた。

 認めていないのは僕自身のようなもので、なんでも出来る彼女にとっては僕は不必要な存在。劣等感にも似た苦い感情。

 必要とされたい。


 天才と秀才。

 競い合っていたからこそわかる何一つ、どれをとってもあと一歩届かない。


 並び立つには、平等でいるには、対等の存在として支え合っていくには僕は足りない。


 いつも支えられて励まされて手を差し伸べるてくれる彼女に僕はやっぱり何も返せていない。


 好きだよ。

 愛してる。

 だから、認めほしい。


 我儘な独りよがりだと笑うだろうね。

 そんな僕でも良しとしてくれる。

 だけど自分が良いとは思えない。



「なんか、寂しいですね」

「うん、ごめん」



 悲しげに落ち込む彼女に謝る。

 僕の謝罪に更に申し訳無さそうに佇む。



「いえ、先輩の気持ちもわからなくはないですから」

「一つ誤解が無いように言っておくと、夏菜の気持ちは痛いほど伝わってる。それに救われたことも沢山あるから。ただ僕の負けず嫌いなだけ」



 正直に言えば彼女に何度負けたっていい。

 僕の得意なことで負けたっていい。

 一番負けたくないのは自分なんだ。



「僕が賭けるのは僕の人生。全て君に捧げる」

「重たいですね。でも、はい。先輩の覚悟というのが伝わってきます」

「うん。夏菜と生涯ずっと一緒にいるために僕が必要としてることなんだ」

「わかりましたよ」



 呆れる彼女の顔に笑みが戻る。

 しょうがない人だとばかりにため息を添えて。



「言ったことは守ってもらいますよ」

「当然。男に二言はない」

「それでは私も自分をチップにしますって言いたいところですが」

「?」

「既に私は先輩に捧げてますから」



 悪戯に笑うと、指先が唇を揺らす。



「そうですね……。これから出来る家族を担保にしましょうか、好きなだけ孕ませてください、貴方も子供も私が幸せにします」

「それはまた大きな物を賭けたね」

「これは賭けてないようなモノです」

「君が勝つから?」

「違います。言ったじゃないですか、私は全て先輩に捧げていると」



 そっと僕の手を掴み、自分の左胸を掴ませるように誘導する。



「感じますか? 心臓の鼓動」

「いやちっとも」



 厚い胸が邪魔をしている。



「はぁ……すみません。せっかく真面目な雰囲気だったのに。本当にゴミ」

「そんなこと言わないであげて、僕は好きだよ」

「じゃあ神ですね」

「切り替え早いな」

「大事な人に褒められば全ての悪もなかったことになります」

「そっか」



 そもそも大きかろうと小さかろうと手のひらでは感じにくいだろうに。

 締まらないな。

 そんなつもりないからいいけど。


 と、今度は頭を掴まれその胸に抱き締められる。

 今度はどくんどくんっと心臓の音が聞こえた。



「早いね」

「はい。緊張していたというのもありますが、雰囲気壊したので恥ずかしさで……。私が本気で言っていること証明したかったんですけどね」



 肝心なところでやらかす。

 たまにしか見せない彼女の隙。

 微笑ましく、ほっとするような人間アピール。



「それで?」

「あぁ、内容ね」

「はい」

「調理で」



 彼女の目が冷たい。

 正気で言っているのかと視線で語ってくる。


 それはそうだ。

 彼女の得意分野。

 努力と研鑚の積み重ね。


 趣味と実益。

 僕がバイトで居ないときも一人で、親友とも食べ歩きもしていて自分の世界を広げている。度々お土産や写真なんかを見せくれている。

 バイト代の一部を食材に消費し、休みの日には様々な物にチャレンジしているのを勿論僕も知っている。


 天才は不条理で非常識。

 その上、日々の努力が重なれば当然勝ち目なんてない。

 頑張ったからって勝てるなんて生半可なものでもないということを誰よりも僕が一番知っていて実感している。

 そう誰よりも彼女のことを僕が理解している。



「父さんとこっそり何かやっているのは知っていましたが、そういうことでしたか。どうして料理なんですか?」

「同じ土俵で勝ちたいってのもある」



 バスケでは結局一度も勝てなかったという苦い記憶もある。

 成長するにあたり有利不利が出てくることもあって、今バスケで勝てたとしても素直に喜べないだろう。

 これも嘘じゃない。



「僕の夢はさ」

「はい」



 真面目な話になると思ったのか彼女は制服の皺などを伸ばし身なりを整え、隠していた耳を髪を流して掛けるとしっかり聞こうという証も見せてくれる。


 未来を思い描けなかった僕が最初に見た蜃気楼。

 カフェという舞台に二人。

 たったそれだけ。

 時代が進めば春人さんを手伝う夏菜のように、僕らの子供が手伝ってくれるかもしれない。


 彼女のカフェ巡りに付き添い、夫婦で営むお店で過ごしたことも何度もある。

 そのどれもが温かい空間と料理、そして笑顔が出迎えてくれていた。

 こういう夫婦の形もあるのだと知った。

 市ノ瀬夫婦以外にも羨む関係があるのだと。


 ただそれは切っ掛けがあった後に想像を膨らませる存在だった。

 本当に小さな、ただ日常的に落ちている言葉が僕の夢の欠片。

 それは僕だけの宝物であり彼女にも教えない。

 この勝負の果て、勝ち取ることが出来たのであれば、思い出を語るように話すことがあるかもしれない。



「夏菜と一緒にお店を開くことだよ」

「それは私にとっても素敵な夢だと思いますが、勝負に拘らなくても? 勝っても負けても結果が変わらないと思いますが」

「そうだね」

「ズルくないですか」

「知ってる」



 僕に足りないのは自分の自信。

 いつか司が言っていた、僕は努力の天才だと。

 その言葉を胸に借りて誇ろうと思う。


 夏菜の左手を掴み持ち上げる。

 そこには当たり前のようにペアリングが鎮座していた。

 抜き取るように外す。



「あ……」



 何をするんだと睨まれるが構いやしない。



「今すぐ夏菜と戦っても勝ち目なんてない。けれど七月七日に君を貰いに来るよ」



 そしてもう一度同じ指にはめる。



「わかってますか? その言葉、プロポーズですよ」

「勿論。それに言っただろ、その時がくれば伝えるって」

「こんなに早く……」



 彼女はそう呟くと、僕から距離を取った。

 三人分の距離。



「あ、すみません。時間差で嬉しさと恥ずかしさが……」



 秋風に磨かれて雲に隠れていた月が姿を現し、彼女の横顔がはっきりと見える。

 薄く頬を染め僕に握られた左手を右手で包み込みぎゅっと握り込んで目を瞑っていた。何かを呟いていたが小さな声は僕の元へと届いてはこない。



 ※



 彼女が落ち着くのを待って公園を後にしたのだけれど、一歩半後ろを歩いている夏菜。

 腕を組むこともなく手を繋いでいるわけでもなく、僕の袖を頼りなく掴んでいる。

 言葉はなく、いじらしい態度。

 顔を盗み見ると高揚した顔つきであり、染まったままの頬と耳が可愛いと思える。


 今日はまだ終わらない。

 自宅に戻り、夕食とお風呂を済ませる。

 会話のない僕らに夫妻は訝しんでいたが、夏菜の表情から察して特に心配する様子もせず少しにやけていた。

 冬乃さんはともかく春人さんは特に思い当たる節がある。夏菜が入浴中に部屋に戻ろうとする僕の横腹を肘でつついてきた。


 うっとしい彼を放置して部屋に戻り一息。

 人生初のプロポーズ。

 答えはわかっていたような物でも緊張しないわけがなかった。


 対面している時は見栄を張って気も張っていたから大丈夫だったものの、一人になって緊張の糸が解けて手が震えてきた。

 その手を握り拳を作る。

 意味はなくこれからの行動に気合を入れるのだと、後付で理由を見つけてみる。



「さて、と」



 暫く経って、夏菜が戻ってきていないところを考えると一時間もまだ経っていない。

 文化祭が終わり僕らは付き合い出した。

 今日でちょうど一年。

 記念日なんて作らない僕らだけれど節目は大事にしたいよね。こっそりと買っておいたプレゼントを用意し、彼女が戻ってくるのを待ちわびる。


 静かな部屋に時計の針が刻む音が大きく聞こえ、いつもより長い時間が過ぎる。

 戻ってきて今は髪を乾かしている時間帯だけれど一向に彼女の姿が見えず、心配になると立ち上がり部屋を出ようとドアノブに手を伸ばしたところで、自動的に扉が開いた。



「……」



 片方の眉が上がり彼女も驚いていた。



「おかえり」

「はい。どうしたんですか?」

「いつもより長かったからちょっと心配しただけだよ」

「あ、本当ですね」



 ちらりと横目で時計を見ると夏菜は頷く。

 本当にただの長風呂だったようで今も身体が赤く火照っている様子が見て取れた。



「待たせるつもりはなかったんですが、色々考え事をしていたので」

「そっか。のぼせたとかじゃないなら全然」



 頬に触れると少し熱い。

 代わりに態度はいつも通り調子を戻していた。

 入浴中に切り替えたのだろう。



「あ、ひんやりして気持ちいいです」



 もっとして欲しいというように夏菜の手が伸びる。両手で僕の手を包みながら柔和な笑みを浮かべた。



「考え事? 何か心配することでもあった?」

「いえ……、見栄を張りました。妄想してただけです」

「妄想?」

「言わないですよ。恥ずかしいので」



 僕の手を頬に当てたまま目を逸らす。

 先程よりも顔が赤くなってりんごみたいになっている。

 しかし、僕から目を逸したことでテーブルの上に置いていた小さな箱に気づいたのか、小さく声を漏らした。



「あれは?」

「あぁ、今日で付き合ってちょうど一年でしょ。用意してみたんだけれど」

「開けてもいいですか」

「うん」



 小さな箱から出てきたのは小さな腕時計。



「どうして時計なんですか?」

「なんでって僕の贈り物になんでも理由があるとは思うなよ」



 くすっと悪戯に笑いながら、ベッドの上に押され強制的に座る。軽く押すように胸に手を当てて僕が立ち上がれないようにもしている。

 キスできそうなほど近くに顔が近づき、お風呂上がりで香しい。

 濡れたままの重い前髪の隙間、不自然なほど澄んだ瞳が輝いていた。

 僕が答えるまで逃すつもりはないという意思を感じる。



「で?」

「……これからも共に時間を、というだけだよ」



 彼女の誕生日に一度、腕時計をプレゼントしたことがある。

 大事に使ってくれているが、長く使っていることで傷なども増えてきている。

 それに成長した彼女は可憐。

 まだ少女の要素も残っているものの、もっと似合う物があるんじゃないかと思ったりもした。



「相変わらずロマンティストですね」

「む」

「そんなむくれなくても、私はそういうところ好ましいと思っていますし」


 

 僕の手を取り起き上がらせると夏菜が離れていく。

 机にゆっくりと歩いていくと引き出しから紙袋を取り出した。



「お忘れですか? 一周年も大事な節目ですが、先輩の誕生日でもあるんですよ。去年も自分の誕生日忘れてましたよね」

「あぁ、ありがとう」

「んふ」

「ん?」

「いえ、開けてみればわかります」



 言われて開けてみると。



「……腕時計」

「心まで私達繋がってますね」

「同じようなこと考えてた?」

「いえ、全然」



 何なんだろう、この娘。

 ただの後輩だった頃から恋人になった今ですら、たまに理解に苦しむ。



「そんな顔しないでくださいよ。ちゃんと意味はありますから」

「ふぅん?」



 試すように彼女を見つめるとたじろぐ。



「先輩みたいな純粋な理由じゃなくて私利私欲的なものですけれど」



 少しだけ恥ずかしそうにしながら僕の顔を包み込んだ。



「暫くの間、今までみたいに一緒にいられないですから、この時計を見るたびに私のことを考えてくれたらってだけです」

「乙女的だね」

「なんか先輩に言われると照れますね」



 顔を見せないようにとハグを交わしてくる。

 耳元で夏菜の声がくすぐったく響く。



「私利私欲って言ったけれど、どれにするかとか僕のことを考えて選んでくれたわけでしょ」

「それはそうですが」

「嬉しいよありがとう」

「……はい」



 甘い声が返ってくる。

 けれどすぐに、すんすんと鼻を鳴らす音。



「先輩の匂い少し変わりました?」

「別に何も変えてないけれど」

「いや、石鹸の匂いに混じって少し甘い? 感じの匂いが」

「あぁ……」



 女の子は鋭いな。



「もう一つプレゼントあるんだよ」

「?」



 彼女の頭を優しく撫でながら離れると、待つように伝えてキッチンへと。

 元々用意していた物を冷蔵庫から取り出してすぐに戻る。



「これ」

「甘い香りの正体、これだったんですね」

「うん。作ってみたよ」

「案外、気使い屋の父さんが何も用意してなかったのが不思議でしたが、先輩が用意していたんですね」

「自分のことは忘れてたけどね」

「そういえばそうでした」



 手作りのケーキ。

 見た目は少し不格好だが、味は保証出来ると思う。

 あれから春人さんに基礎的なところを教えてもらいつつ練習し、なんとか今の自分でも納得出来る物が出来た。



「甘さ控えめですね」

「まぁ夏菜のために用意したもんだからな」



 甘い物が好きな僕。

 彼女も同様にそれなりにスイーツは食べる。

 けれど選ぶのはビターな物が多かったり、甘酸っぱい物を選びがち。

 濃厚で甘ったるい物は少し苦手。



「あ、美味しいです」



 フォークで小さく切り取り口に含み、感想が溢れた。

 一口、二口と自ら進んで口に運ぶ様子で、その感想がお世辞ではないことを知らせる。



「そっか、それならよかった」

「全部一人で?」

「うん。味見だけ春人さんにしてもらったけど」

「最近こそこそと二人で何かしてましたしね」



 バレてる。

 まぁ彼女なら気付くだろうとは思っていた。

 気づいて放置してくれている。

 多分、無意識的に僕がやろうとしていることも気づいていそう。


 僕からのプレゼントは以上。



「これからもよろしくね」

「はい」



 二人でケーキを食べて、淹れてもらったお茶を飲む。

 たったそれだけなのに充足感。

 腰が重くなってクッションに埋もれて、このまま満足したまま眠りたい。

 今日も良い一日だったと噛み締め終える。


 なんとか立ち上がり食器を片付けて部屋に戻る。

 そろそろ就寝準備をと思ったところで彼女が口を開く。



「まだ終わりじゃないです」

「ん」

「言ったじゃないですか、お仕置き」

「……」



 家というのは安心感があり守られていると思っていたが、内部に敵が入ると一気に逃げ場がなくなってしまう。



「もう一つプレゼントがあるとしたら私ですかね」



 ちょっと照れながら上目遣い。



「それはズルい」

「女ですからね。自分の使い方ぐらい理解しています」



 今日という一日はまだまだ続きそうだった。

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