文化祭の後は
静かなステージ。
実行員の女子が僕らを案内する。
僕らが舞台に上がると拍手が鳴り響く。
絵梨花ちゃんの緊張はどこへやらすっきりとしたような、少しだけ嬉しそうな顔しながらベースを撫でている。
司は普段どおりでなんの心配もいらなさそう。
それより早く帰って妻と子供をみたいのかもしれない。
僕もまた海里ちゃん元気だろうか。
お土産もって会いに行こうかな。
まずは手始めに。
夏菜も僕の少し離れた隣に陣取りムスタングを担ぎ上げる。
一曲だけどうしても夏菜に演奏を頼んだ、僕だけじゃレイジの音を再現しきれなかった。
幼い頃にピアノを習っていたおかげでもあり流石というべきか彼女はすぐに覚えこの曲に限っては僕に並び立つ腕前に成長。
悔しいかな。
でも誇らしい。
負けないようにと音をぶつけ合う。
このせいで彼女の指先が少し荒れているんだけれど。
水仕事のケアはしっかりと行っているが、それでも硬い弦を抑える左指だけはどうしても。
いきなりの激しい演奏に観客を置き去りにしてしまうんじゃないかって思ったけれど、案外ノリノリでお祭りの雰囲気が良い方に働いてくれていた。
余韻もなく次の曲へと移る。
うって変わって静かな楽曲。
僕もこの曲を演奏するにあたってしっかりと聴いたのは初めてだった。
物悲しい。
けれど少し力強い決意みたいなのがある。
綺麗な曲。
この曲を選んだ絵梨花ちゃん。
それこそ静かであり力強いベースがお腹に響く。
何想いながら演奏しているのだろうか。
知る由もないことに想いを馳せる。
さて夏菜が選んだ愛の夢はお蔵入りになり、結局僕が選ぶことになったわけだけれど。
決まるのが遅かったこともありトリへと残した。
僕が選んだのは、ある意味において僕らしい選曲。
大好きなバンドを一躍有名にしてしまった曲。
ビートルズのような世界の音楽を変えるバンドは度々存在するが、このバンドもその一つ。
この曲は世界の音楽さえも変えてしまったが、そのせいでバンドの未来も変えてしまった。
作った本人さえも嫌悪や否定をしているという有名な話。
27クラブ。
27歳の若さでこの世を去っていくロッカーたち。
なんでこの曲を選んだのか。
世界を変えた。
そんな大層な理由じゃない。
世界を自分と当てはめただけだ。
そして文化祭もまた僕を変えるポイントの一つでもあっただけ。
理由なんてそんなもの。
想いを込めるなんてこともない。
ただ好きな音楽を好きな人たちと好きなようにやりたいだけ。
そんな気持ちで選んだだけ。
最後の曲に移る前に喉を潤す。
今回歌っているのは僕ばかり。
照明にもあたり秋の夕暮れでも汗だくになるほど暑かった。
テンションもあがったまま下がらない。
去年と今を比べるなんて愚かなことはもうやめようか。
今は今の全力を、未来には未来の僕が頑張れ。
鈍く光るレスポールをスタンドに、代わりにアコースティックギターを手に。
後輩の一人もベースを持ったまま退場。
ドラムもまた同じ。
ステージに残ったのは僕と彼女。
最後はしっとりと彼女に歌おうか。
「準備いい?」
「いいですよ。私は歌うだけなんで」
「それとさ」
「なんでしょう?」
「演奏が終わったらちょっとお話が」
「……このタイミングで言います? 気になってしかたないんですが」
「あ、確かに」
「これだから先輩は馬鹿なんですよ」
「ごめんって」
麗奈ちゃんが持ってきた椅子に腰掛ける。
右隣に夏菜もまた隣に座った。
いつも左にいることが多いだけに、右にいると妙な圧迫感があるな。
そう言えば、男性は無意識に恋人を左に置くらしい。
理由は簡単で守るためなのだとか。
左手で守り、利き手である右は対応出来るようにフリーにしておく。
「良いことですか? 悪いことですか? 悪いことだったらこの場で泣き崩れて文化祭を最悪な思い出にしてあげますよ」
「まだちょっと秘密だけど」
「……」
半眼で睨まれる。
左にいるときは前髪で顔が隠れがちだけれど、右に座られるとばっちりと顔が見える。
「そうだね、僕にもやりたいことが見つかったからそのお話」
「……私と別れたいとかそういう話じゃないんですよね」
「え? なんでそんな風に受け取れるの?」
「真剣な顔で話があるって言われたら不安にもなりますって」
「ほえー」
「殴っていいですか」
舞台の上。
観客にはわけのわからないやりとりを行う二人。
マイクは音声を拾っていて、何故か爆笑の渦に包まれる。
「えー、っと。ごほんっ」
恥ずかしい。
夏菜も辺りを見回して、最後には僕をまた睨みつけた。
「すんません」
気を取り直してマイクの位置を調整する。
最後に選んだ曲。
歌詞で選んだのもあるが、男女が入れ替わるように歌うということもポイント。
弾き語りを始める。
それに最後の文化祭。
幕を閉じるのは僕ら二人というのも良い。
『目を覚ましてよ』と始める歌詞。
これは女性から男性に言っているセリフだけれど、僕らは逆。
寝起きの悪い彼女を僕が起こしている。
歌いながらも夏菜を眺めてくすっと笑う。
サビに入るともう一度彼女を見つめると歌詞に合わせて『君が好きだから』と伝える。
※
演奏前に彼が余計なことを言うから恥ずかしい思いをさせられた。
他人を気にしない質ではあるけれど流石に……。
しかし先輩はすぐに気を取り直してギターを奏で始めた。
振り回されてばっかりだなと。
私も変わったものだと思う。
日々彼と一緒にいることで想いはどんどんと強く大きくなっていく。
虚無なんて感じることなく毎日が楽しい。
振り回したつもりで振り回されて、やり込まれる。
思い通りに行かない日常が好き。
彼がにへっと笑うと私も笑ってしまう。
子供みたいな馬鹿なことをやっている先輩を見ながら、呆れてしまうけれどそれはお互い様。
色々と競ってきたことも楽しかったけれど、何もない落ち着いた会話をするだけでも楽しい。
私の重さを受け入れるだけの器を持ちながら包み込む優しさも持ち合わせて、本当に出会ったことが奇跡だと思う。
『君が好きだから』
と、歌詞に乗せて私に告げる先輩。
不意打ちで顔が熱くなる。
本当に馬鹿だな。
本人は自覚ないが天然。
自覚あったら養殖か。
こんなことを平気で言えてしまう彼の性格。
裏表もなく素しかない。
良いところではあるんだけれど不安になる要素。
両親が関係を長く良い物にするためには想いをちゃんと伝えることが大事だと。
感謝も尊敬も、好意も。
わかってはいるんだけれど、恥ずかしいのはなんでだろう。
他人に言われなれてはいるが、彼に言われるとたまらなく嬉しく身体が火照る。
自分で言おうとすると身体から火を拭き上げそうになる。
まぁ、ここは先輩を見習うとしよう。
『だからお願い 僕の傍にいてくれないか』
音楽に明るくない私。
だけれどこんなに簡単に想いを伝えれるなら良いものかもしれない。
次には好きと先輩を見て歌う。
この想いが君に届きますようにと。
歌詞をなぞらえて。
気づかれただろうか。
気づいただろうな。
鈍感だけれど変なところは敏感。
特に私には対してはすぐに気づいてくれる。
目が合ってしまう。
恥ずかしいが逸らさない。
負けた気になるから。
もうすぐこの曲も終わる。
私と先輩の共同でやることあまり多くない、精々ゲームの協力プレイぐらいなもの。
彼との最後の文化祭。
催しは一緒に回ることは出来なかったけれどラストに二人で想いを伝え合う。
私たちぐらいなもんじゃないかな。
観客を忘れ、二人の世界を築き上げる。
私と彼だけ。
あぁ……。
何か集中している時の先輩はこんな気持だったのかもしれない。
なにもない世界に二人だけが存在している。
恋人というものを削ぎ落として何が残るかっていう彼の話を思い出す。
たしかにここには市ノ瀬夏菜というただの女の子と柊渉という男性しかいかない。
気付くのが遅かったな。
私も負けず嫌いになり、ムキになって彼が挑んでくると嬉々として倒すことを考えていたけれど、こうやって二人で協力して何かを作り上げるという光景。
違った楽しさもある。
もっと貪欲に彼の存在を身近で感じていたくなる。
歌が終わる。
観客の拍手と謎の悲鳴により世界は広がる。
色彩が蘇る。
ノイズが響く。
そしてブーイング。
野太い声から男性客からか。
先輩には悪いけれど気分が良い。
私の相手は先輩にしか出来ない。
また彼の相手は私だけだ。
独占欲丸出しで観客を眺めてほくそ笑む。
ブーイングを受けた先輩は頬をかきながら困った顔をしている。
ちょっとだけ可愛いなって。
更に野太い声が聞こえると、彼は何か思いついたように私の腰に手を添える。
「え?」
そのまま引き寄せられると唇を奪われた。
本当に何考えているんだろう。
大勢が見ている中。
肝が座っている。
私では出来ないというか、見せつけるためだけにする発想が出てこない。
けれど私を甘く見ないで欲しい。
驚きはしたけれどこちらから舌を侵入させると、彼が目を大きく開く。
帰ったらお仕置き増やさないいけない。
ステージのライトが消え去り、夕日だけがステージを照らす。
いつだって彼と私の時間はオレンジ色。
甘く酸味のある青春。
彼の汗の匂いが中学時代を思い起こさせる。
バスケからバンド。
どちらも遊びのようなものだったけれど本気で楽しかった。
大学に入ったらどうなるのか。
彼はやりたことを見つけたと言っていた。
私にも秘密にするということは、私に関係すること。
わかりやすいよね。
でも私を不安にさせたのだ、罰をもう一つ増やさないと。
冗談のつもり、うん半分は。
でも今夜は本気。
これからのことを想像しながら舞台から降りていく。
先行する先輩の左腕を掴んだ。
願わなくても願われなくても傍にいる。
※
実行委員と生徒会に怒られようやく僕の文化祭を終える。
茜色だった空はもう夜の帳が落ちている。
秋の音と匂いを感じながら家路を歩いて行く。
「こんなに帰るのが遅くなるなんてな」
「先輩が悪いんですよ」
「ま、その通りなんだけれど」
自分の独占欲。
感情を受け入れると簡単。
見せつけてやればいいのだ。
「そう言えば」
と夏菜が何かを思い出すように声を出した。
「ん?」
「今日、父さんも母さんも帰ってこないので」
「……一緒に住んでるから知ってるよ」
「この台詞を言ってみたかったのもありますが、先輩への罰がしやすくなりましたね」
「冗談じゃなかったんだ」
「私はいつだって本気ですよ」
「そうだね」
涼しい風に晒されながら、公園へ向かっていく。
いつか告白を受けた場所。
「先輩?」
「話があるって言ったよね」
この場所もまた僕の人生を大きく変えた場所。
言うならここかな。
「はい」
僅かに緊張した顔。
不安の色はなく、ただ聞くのに集中しているようだ。
揺れる彼女の髪と潤んだ瞳。
まっすぐと僕を見つめている。
「ひとつ勝負をしようか」
始まりも、新な始まりも僕らにとってはこれがスタート。




