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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一年は淡く過ぎ去り、想いを育む
150/177

文化祭2

 開店から交代になる14時まで接客を続けてやっと解放される。

 文化祭実行員の制作物であるパンフレットに各クラスの催しも記載されており、意外にも執事喫茶は僕らのクラスだけのようで女子生徒をメインターゲットとした出し物に、お嬢様方は途切れることなくご帰宅。


 そして今日は外からお客が来るということで忙しさは昨日の比じゃない。

 といってもバイトで鍛えられていたからあまり疲れることもなく、この店の仕様としてケーキスタンドに用意されているお菓子を選んで貰い、そのあとコーヒーか紅茶を選ぶだけの仕様。

 コストは掛からずサービスだけでお金を稼ぐという物。


 スイーツの追加やドリンクのお代わりで歩き回る程度で、その度に料金の加算するのだけれどスイーツ500円、ドリンク300円と悪どい商売。


 裏方に徹している女子はというと無くなったスイーツの補充と会計のみ。

 楽そうで羨ましい限りだが、今年は話し合いにまったく参加しなかった結果。


 そんなことよりも嬢様方に交じって夏菜や麗奈ちゃん、絵梨花ちゃんまで来るのだからからかわれてしまってメンタル面での疲労を覚える。

 執事にはメガネだろうとクラスメイトの熱いプッシュにより数名の男子たちは着用を義務付けられており、その中に僕も含まれていた。自分でも似合っていないのはわかっているが、爆笑することはないんじゃないかな。夏菜なんて口元を隠しながらうっすらと涙を浮かべて震えていたし。


 僕も夏菜のきぐるみ姿を拝んでやろうと彼女のクラスを目指す。

 残念ながら司とはシフトは別であり今は彼が接客を行っている。

 なので久しぶりに校内で一人きり。

 ぼっちで行動することは苦じゃないが、いつも隣に夏菜がいたおかげで少し寂しさを感じてしまうのは仕方ない。

 辺りが騒々しく楽しそうな空間だからこそ余計にそう感じてしまうのだろう。


 人混みと喧騒の中。

 暇そうにぼーっと窓を眺めるうさぎが一羽。

 垂れ下がった耳が特徴のロップイヤーが行儀よく椅子に座っているだけ。

 隣には大きな看板が一つあり、次の公演の開始時間が書かれていた。


 きぐるみと言っていたから分厚いごてごてした動きづらそうなテーマパークのきぐるみを想像したが、きぐるみパジャマのようなもの。

 フードに隠れてクールな顔は見えず、こぢんまりとしたうさぎが微動だにせずいる。

 ……置物にすら見える。


 こんなに可愛いうさぎがいるのに誰も話掛けようとはしていないのは珍しい。

 文化祭の浮かれた雰囲気に流されて関係を作ろうとするのは想像に難くないのに。

 人混みを交わしながら彼女の元へ進む。



「お疲れ」

「あ、……先輩。見に来たんですか? 次の公演まで15分ぐらいですよ」



 少し驚いたように目を広げフードは外すと潰れた髪型を整える。

 うさぎからただの女の子に早変わり。

 手鏡を大きなポケットに仕舞うとこちらに向き直る。


 一瞬廊下がざわついた気がした。

 目元深くまでフードを被っていたから、単純に誰も彼女に気づいていなかったようだ。

 顔を見せたとたんこれ。

 容姿も美しいのだけれど、もっとも綺麗なのは心。

 冷たく外界を閉ざしているが、中に入り込むと楽園がまっているような存在。

 それに気づけるのはどれくらいの人がいるんだろうな。

 もっと知ってほしいとも思うが、独占しておきたいとも思う。



「うん」

「意外ですね、こんな変な舞台を見に来るなんて」

「僕が見に来たのは夏菜だよ。というより会いに来た」

「ふぁ? あぁ、なるほど……」



 僕が彼女をからかいに来たのがわかったようで、一瞬だけ唇に触れた指先は僕の方へと向かう。その長く細い指は僕の顎に辿り着きゆっくりと撫でる。



「先輩は私のこと好きすぎですね」

「うん、大好きだよ」

「……ん、うぅ」

「自分から言ってきたのにダメージ受けて可愛いやつ」

「淀みのない目で真っ直ぐ伝えてくるからですよ。こっちとしては恥ずかしがる先輩を見れると思ったんですが」

「そうだろうと思ったよ。僕も日々成長していることを忘れないことだね」



 夏菜の場合は予備動作があるからこそわかりやすい。

 僕の成長というよりは夏菜への理解度。

 これも一つの成長なのかも。



「それでどうですか、私のコスプレ」

「コスプレというか仮装じゃん」

「で?」

「可愛いけどさ、本当に小動物みたいで」



 抜群のスタイルもこのきぐるみでは発揮出来ない。

 顔と手足以外は本当に布で包まれている。



「よかったですね、バニーガールですよ」

「そうだね、うさぎ少女だね……」



 これこれでいいものだけれど色気は皆無。

 先程まで座っていた夏菜が座っていた椅子に僕が座りその上に彼女が座るという公衆の面前でのバカップルぶりを発揮するものの、愛玩動物を愛でている感覚。



「麗奈ちゃんは?」



 彼女は被服を担当していたので本番が始まってしまえば役目を終えて自由。

 それならば夏菜と一緒にいそうなもんなんだが。



「小腹が空いたといって何か買いに行きましたね」

「ちょうど入れ違いになったんだ」

「はい。麗奈に要件があったんですか?」

「さっきのお返しに絵梨花ちゃんのところにも顔を出そうと思ってるんだけれどさ」

「一人で行くのは無しです」



 顎を乗せていた頭を弾ませて言葉と共に批難。

 舌を軽く噛んで涙目になる僕。

 外したばかりのフード再度被せてから顎を乗せ直した。

 にしてもこのきぐるみパジャマ結構肌触りが良くて癖になりそう。



「わかってる。だから麗奈ちゃんが一緒なら夏菜も平気かなって」

「麗奈のことは信用してますから許可しますが」

「不満は不満なんだね」

「えぇ」



 隠そうともしない態度と言葉。

 わかりやすくて読み合いにもならないのは助かる。

 察しろという態度を取られて察せるほど僕は器用じゃない。互いにそんな態度だといつかは喧嘩になるだろうし、それもわかっているから基本的に感じたことをはっきり言う。

 もともとそういう性格でもある。

 身も心も相性が良い。



「じゃあ今日は夏菜の隣にずっといようかな」



 予定を変更。



「いいんですか?」

「夏菜が嫌じゃなかったらね」

「嫌なわけないじゃないですか」

「それならよかった」

「んふっ」

「なんで笑った?」



 変なことでもまた言ったのか考えてしまうがそうではないようで。



「ただ嬉しいなーって思っただけです」

「傍にいるだけなのに?」

「それが良いんじゃないですか」



 後ろ手にこっそりと差し出された手を握る。

 冷たくて柔らかい、けれど少しだけ荒れている手が好ましい。

 握りながらも彼女の指先を撫でて感触を楽しむ。



「そっか」



 お祭りの喧騒の中、僕ら二人は一日目が終わるまで静かに過ごすのだった。

 一人で廊下を歩いていた時に感じていた寂しさはなく、手のひらには物理的以外の熱を保ち続けている。



「あ、でも僕まだ昼食まだだからなんか適当に買ってくるよ」

「……いきなり離れ離れなんですが」

「夏菜の分も何か買ってくるから」

「はいはい。ちゃんと戻ってきてくださいね」



 ※



 学園祭のライブ。

 去年のことがあってか僕らの民族音楽研究部活がラストを飾ることになっていた。期待されているけれど去年のパフォーマンスは発揮出来ない。

 人も違えばモチベーションも違う。

 そんなことを考えながら一度部室に集まり調整を行ったのだけれど。



「なんかコミックバンドみたいだよね」



 全体を見回して僕が呟く。

 執事二人にメイドが一人。

 そしてうさぎが一羽。

 荷物を抱えて手伝ってくれている女子学生すら学生というコスプレに見えてしまう異空の空間。



「去年も似たようなもんだろ」



 司の返しももっともである。

 ホストが二人にメイドっぽいナースが一人に学生。

 去年に増して今年は一人増えただけの話。



「私もう少ししたら着替えますよ」

「あ、そうなの?」

「最後の文化祭でこんな格好はしたくないですからね。舞台の上で先輩と並ぶというのに子供っぽいのはちょっと」



 最後というのは僕とのという意味か。

 ということは去年と同じ構成。



「先輩たちが運んでいる間に着替えてきますので」

「了解」



 先に四人で待機場へ移動する。

 普段なら僕ひとり夏菜を待つことにしていただろうが、ひとつだけ気がかりがあった。司とは普段どおり話してはいるが、絵梨花ちゃんは結構緊張した面持ちで指先を温めている。


 雅先輩に電話を掛けにいった司を見送り彼女に声を掛けた。

 夏菜も後輩で部員ではあるけれどどちらかというと身内に入る。

 だから絵梨花ちゃんは僕にとって純粋な後輩、気にかけないわけにはいかなかった。



「大丈夫?」

「なんとか」

「人前でやろうとするのは緊張するよね」

「渉さんもですか?」

「嫌全然」

「は?」



 そんなに睨まないで欲しい。

 理由もちゃんとある。



「僕は僕が楽しいだけ。観客がいるかどうかはあまり関係ないから」



 向上心がないと言われればその通りだが勝負事でもない。

 純粋な趣味。



「自分さえ楽しければそれでいいと?」

「そうだね。でも勿論それだけじゃないけど」

「?」



 余計に困惑してしまったようだ。

 人に考えや思いを伝えるのは苦手。



「演奏してる最中は誰に想いを伝えるかって感じ? その人が聴いてくれた嬉しいなって」

「あぁ……市ノ瀬先輩ですか」

「うん」

「はっきり頷くんですね」



 睨まれてしまったので、僕が悪い筈はないのに謝罪してしまった。

 この子眼力あるんだよなぁ。



「渉さんって鈍いって言われません?」

「言われるけど、幸い僕はそれでも良いって言ってくれる人がいるしな」

「市ノ瀬先輩甘やかしすぎですね」

「ちゃんと気づけるようにと気をつけているんだけど難しいよね」

「渉さんはそれでいいと思いますよ。あたしもそれで助かっている分はあるので」



 えっと。

 どういうことだろう。



「深く考えなくていいです。あまりあたしの心配をしていると鬼の形相をした恋人に怒られますよ」

「これくらいなら直接不満を言うだけで認めてくれるよ」

「でも、ありがとうございます。渉さんを見習ってあたしはあたしのために演奏することにします」

「うん。文化祭のライブだし、やっぱり僕らが楽しまないとね」

「それでなんですが、一つお願いが」

「何? 可能な範疇で夏菜がキレない程度のことだったらなんでも聞くよ」

「その……」



 視線の先。

 ギグケースがある。

 流石にギターはあげられない。あのレスポールは貰いものだ。



「ピックを一つ貰えませんか」

「あ、そんなんでいいんだ」



 いくつかある予備の新しいピックを取り出す。

 けれど狙いはそれじゃないようで。



「その使い古した奴で大丈夫です。ちゃんと最後まで弾くためのお守りとして欲しいので」

「あぁそう? こんなんでお守りになるんだったら」



 絵梨花ちゃんの表情がほぐれたのを見てから、彼女から離れて楽器を手に取る。不備がないか最終確認をしようとしたところに制服に着替えた夏菜も合流。暫くして司も戻ってきた。

 麗奈ちゃんは全員分のドリンクを渡してくれるている。


 僕らよりも先にステージに登っていた軽音部が演奏を終えて戻ってくると、開いたカーテンから去年よりもしっかりとしたステージが見える。

 もうすぐ舞台に上がる時。


 絵梨花ちゃんは渡したピックを大事そうにぎゅっと握りしめ黙想している。

 よしと心の中で呟きながら僕も立ち上がった。

 司は欠伸をしながら手首をストレッチしているし、夏菜はというと僕の背後に回りシャツをぎゅっと握ってくる。



「先輩はあとでお仕置きです」

「なんでぇ!?」

「聞こえてましたよ。妹ちゃんの緊張を解そうとしているの」

「……読み違い?」

「いえ合ってますよ。後輩を励ます良い先輩だと思います」

「う、うん」

「優しいことは良いことです。良いことですが優しすぎるのもどうかと思いますよ」



 確信はないけれど、なんとなくそうじゃないないかなって思う節はあった。

 いつかの夏菜の視線に似たものを感じることがあったからだ。

 それさえなければ僕も気づかない。

 夏菜を通して彼女の女の子として考えを見る。



「流石の先輩でもわかりますよね」

「それでもやっぱり後輩は後輩だから冷たくは出来ないよね」

「ですよね」

「わかってて言ってたろ」

「理解はしますけど、私だってモヤモヤしますし心配にもなりますから」

「うん。ごめんね」

「いえ、これは私のわがままなので」

「それじゃあ――」

「お仕置きはちゃんとしますよ」

「……そうっすか」



 口の端を片方だけ吊り上げて不穏な雰囲気を見せる。



「知ってますか? ストッキングにローションつけて手でしてあげると腰が抜けるそうですよ」



 誰の入れ知恵……、彼女の母親に決まっている。



「御手柔らかにお願いします」

「それじゃお仕置きになりませんよ。良かったですね、明日は振替休日で」

「そうね、本当にそうだと思うよ」



 春人さんに対処法を聞いておかないとな。

 あぁ、駄目だ。

 冬乃さんが絡むとあの人は頼りにならない。

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