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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一章 それでも続く穏やかな日常
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下準備

「結構重かった……」

「お疲れ様です」



 夏菜はまだ自宅に戻るつもりはなく、そのまま僕の家についてきた。

 まだ夕方ということもあって高校生が帰るには、確かに早い時間と言える。

 空もまだ綺麗な青色。



「あとは私がやりますので」

「何を?」



 今日は色々と無視される日らしい。

 ショッパーは僕の机の上に置かれているものの、ドラッグストアで買ったものの大半は、彼女の手に渡りリビングへ向かっていった。

 ここまでされれば、流石の僕にもわかる。

 テーブルの上にビニール袋が置かれ、次々にキッチンの収納や冷蔵庫へと。



「夕飯作るの?」



 と、僕は聞くものの。

 大量の調味料を見ると今日だけでは済まなさそう。



「今日に限らず、週に2、3日は作りにきます」

「ありがとう」

「いえ……?」



 答えてくれたことに。

 僕の感謝の言葉と表情が噛み合っていないため、夏菜は疑問を浮かべている。



「夏菜さぁ」

「はい」

「泊まるのは百歩譲っていいとしても、うち布団ないんだけど」

「今度、母さんと買いに行きますのでご心配なく」



 親公認だった。

 あの親にしてこの子ありという気が、最近する。

 面白い人達であるのは間違いない。



「僕と違って常識を持ち合わせてるんじゃなかったのか」

「持っていますよ。ただ先輩に対して常識的でいても進展しないので」

「なんかその言い方だと僕が非常識みたいな」

「そうですが」



 そんな、ばっさりと。

 なにを当然のことを今更、と視線だけで語ってくる。



「先輩は心が子供のまま大人になったような……」



 途中で言葉が止まる。



「これだと、世の中にたくさんいますね」

「……辛辣だね」

「父さんもその一人ですから」

「じゃ、僕はマジョリティなんだから常識的じゃない?」

「イコールで繋がりませんよ」

「駄目か」

「駄目です」



 討論というには稚拙すぎるものだけど、言葉でもどうやら僕は夏菜に勝てないらしい。

 まぁ、ボキャブラリーが貧困だからな僕。

 テーブルの上は綺麗に片付けられ、ビニール袋を慣れた手付きでくるくると小さく纏める。

 辺り見回し、何かを探している。



「何か必要?」

「エプロン、ありませんね」

「普段使わないから」

「先に気付いておけば、今日買ったんですけどね」

「それはすまん」



 こんなことになるとは、一般的には思わないだろう。



「作ってくれるのはいいんだけど、早く帰らないと夜遅くなるぞ」

「当然のように送ってくれるつもりだったんですね」

「そりゃそうだろう」

「今日が日曜日じゃなければよかったんですが」

「僕は日曜日だから助かってるけど」



 でなければ本当に今日、泊まっていくつもりだっただろう。

 夏菜には言わなかったけれど、うちの父親の布団は新品同様だし、定期的に干しているから使える。



「最低ですね」

「なんで、謂れのない中傷を」

「まぁ、先輩だから仕方ないです」

「僕が悪いみたいな言い方やめてくれ」



 夏菜はくすくすと笑いながら、冷蔵庫から食材を取り出す。

 挽き肉にピーマンと玉ねぎ。

 片栗粉なんかも登場している。

 それだけで今晩のおかずがわかる。

 もともと僕もそのつもりで大量に買っていた。



「一般的には先輩のほうが正しいですよ」

「何が不満なのさ」

「それは内緒です。それより何でピーマンが5袋もあるんですか」

「3日分作って済まそうとしてたから」

「……」

「無言で睨むのやめて」



 大きなため息の後に。



「先輩の胃袋摑みますかね?」

「物理的にじゃないよね?」

「流石に比喩です」

「なら遅いかもね。僕、夏菜の料理好きだし」

「もう、そういうところ本当に嫌いです」



 髪を耳に掛けているので、ばっちりと真っ赤に染まった様子が窺える。

 多分、夏菜の嫌いな僕のこの部分は治らないと思う。



「それより、お義父さんは今日は」

「オジさんって呼んでなかった?」



 答える気はなく、視線だけで先を促す。



「今月は忙しいみたいだから帰ってこないよ」

「そうですか」



 なら二人分だけですね。と、彼女は呟く。

 少し伸びた前髪を煩わしそうに弄りながら、キッチンに向き合った。


 テーブルに頬杖をついて夏菜を眺める。

 自分のテリトリーでもある場所に彼女の凛とした後ろ姿。

 等間隔の包丁の音。

 まな板の素材が違うため、彼女の家で聞く音色とは少し違う。

 勝手が違うキッチンでも問題なく料理を進めている。


 たまに器具の場所がわからず聞いてくれるが、それ以外の会話はない。

 料理をする夏菜の姿は何度もみてきたものだけれど、場所が違うと新鮮。



 ※



 夏菜がうちの家にご飯を作るようになって、少し経った。

 彼女の監修のもと、僕も料理をしている。

 もとより面倒くさいと感じる日や夏菜の家に泊まる日以外は、自炊をしてきたこともあって雑だと言われる以外は怒られるようなことはなかった。


 この日は珍しく夏菜がバイトで僕は休み。

 春人さんの企みにより基本的にはセットにされているが、他のバイトの都合上こういう日もあるのだと思う。

 学校で司と少し雑談を交わしてから帰宅する。

 制服のままギターを演奏する。

 去年からずっとやっているが、今では完全に趣味になっている。

 中学の時にバスケに明け暮れていた。

 けれどその時間を今ではギターの練習に変わっているだけ。

 近所迷惑にならないように夕方だけの演奏。

 壁が薄いわけではないけれど、どうしてもアンプにつないでやりたくなる。

 新人歓迎会に借りたアコギはよかった。

 エレキにはない魅力がある。


 そろそろ夕飯の準備をしようと、ギターを立てかけた時。

 インターホンが鳴る。

 モニターに映るのは宅配の業者。

 なにか注文したわけではない。

 父のものだろうかと受け取りに向かうが、結構大きな荷物だった。

 伝票にサインをして、家の中に運び込む。

 二つの荷物の宛先は僕。


 板状のダンボールは見たらわかるものだった。

 衣服用のチェスト。

 先日、夏菜が言っていたことをすぐに思い出す。

 バイト代は月末締めの翌月の15日払い。

 まだ先のことだと思っていたのに、もう届いてしまっている。


 確認のために連絡を取ろうと、スマホを取り出すがバイトの時間。

 諦めて部屋の隅に荷物を纏めて置いておく。

 最近の彼女の行動力には驚かされてばっかりだ。


 そして、その翌日。

 HRが終わると一年の教室に向かう。

 この学校、クラスは成績によって分けられるので、夏菜のクラスはAクラスだと断定する。

 廊下で男子生徒が雑談しているが、悪いと思いながら声を掛けた。



「悪いけど、市ノ瀬呼んできてくれる?」



 今回ばかりは名字呼びでも許してもらおう。

 クラスメイトの下の名前なんていちいち覚えていないものだ。

 なんなら名字すら知らない人もいる。


 頼まれた生徒はなぜだか少しだけ嬉しそうに二人揃って教室に戻る。

 一人でもよくないかって感想。



「先輩から教室に来るなんて珍しいですね」

「わかってて言ってるだろ、お前」

「はい」



 悪びれる様子もなく肯定。

 策士め。



「それじゃ先輩の家に行きましょうか」



 夏菜は一度だけ教室に振り返り、亜麻色に染めた髪の女子生徒に手を振る。

 前に言っていたすごい見た目の友達とは彼女のことだろうか。

 進学校でもあるこの高校では確かに珍しい容姿だ。

 遠目からでもピアスがいくつか空いているのが見える。



「先輩、麗奈のこと見てましたよね」



 下校中の電車の中。

 ひとつだけ空いていた席に彼女を座らせて、その前に立ちつり革を掴む。

 僕の鞄は夏菜の胸の下敷きになっている。

 無意識でやってるんだろうけれど、少しだけ目立つ。



「あぁ、あの子? 友達なんだっけ」

「はい」

「少し驚いたけど、仲良さそうだね」

「中学の時から友人ですね」



 夏菜とは対照的。

 僕と司みたいな関係だろうなって勝手に想像する。



「中々先輩に紹介する機会がないですね」

「今度、4人で昼食食べればいいんじゃない?」

「それもそうですね。麗奈に聞いておきます」



 勝手に司を頭数に入れているが問題ないだろう。



「久しぶりに屋上で食べるのもいいですよね」

「もしかして、歓迎会以来まだ行ってない?」

「はい」



 知っていたらこんな誘い方はしなかっただろう。

 いや、最近の夏菜なら無理矢理にでも僕を誘っていそう。

 自惚れかもしれないが。



「競争率高いから別の日でもいいんじゃないかな?」

「……」



 睨んでくるわけでもなく、じっと僕の目を見つめてくる。

 


「屋上で決定ですね」

「なぜ?」

「先輩が隠し事してるからですよ」

「えっと、教えたら考えてくれる?」

「はい」



 正直に全てを伝える。

 基本的に平日の屋上はカップルか園芸部員だけになる。

 それがうちの学園の暗黙のルール。

 歓迎会や文化祭など特集なスケジュールを除いては、そういうことになっている。

 例外として女子同士はなぜか許されている。

 これを教えてくれたのは神楽先輩だったか。

 今度は僕が教える番になったようだ。



「そうでしたか。それだと今回は難しいですね」

「うん。そうなんだよ」

「わかりました」



 二人きりというならば、また話しは変わってくるだろうが。

 友達連れで騒ぐようならいい顔をされない。



「まぁ、そういうことでしたら? 今度二人で行きましょうか」

「やっぱりそうなるよな」

「嫌でした?」



 立ち位置的に自然と上目遣いになる。

 そんな風に言われると、僕だって答えるしかない。



「嫌じゃないよ」

「よかったです。先輩ならそう言うと思ってました」

「もしかして、狙った?」

「はい、すみません」



 謝罪をするものの、反省の色はなく清々しいまでの笑顔だ。

 と言っても、口角が少し上がっているだけだが。



「駅についたな。行こうか」



 実際、嫌ってわけじゃない。

 夏菜と一緒にいるのは楽しい。

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