文化祭1
「文化祭かぁ……、早いなぁ」
「もう一年経つんだよなぁ」
僕の呟きに司が同調する。
僕は僕の一年、彼には彼の時間。
目まぐるしく変わっていく季節と環境。
時間の平等。
差があるとしたら流れぐらいか。
「今年はなにするのかね? うちのクラス」
「司は休んでたから知らないか」
「また変なのやるわけ?」
凄く嫌そうな顔。
気持ちはわからないでもない。
ただ接客するのとは違いずっと対面で一人一人丁寧に会話を続けるというのが中々に難しかった。趣味趣向を引き出すことから始まり、話を発展させ会話にする。
相手側からずっと話し続けて聞いているのが一番楽だった。
さて、今年はというと。
「執事喫茶だって」
「また接客かよ」
「まぁ僕は慣れてるからいいんだけどね」
ダリアで働き始めてもう三年近い。
今年の出し物ほうが対応出来る。
夏休みが終わってからは調理のほうにも本格的に練習をし始めたから接客は減りつつある。
夏菜に少し嫌な顔をされたのだけれど、納得するところがあったのは彼女からは何も言わなかった。僕からは夏菜の料理に不満がないこと、これからも美味しい料理を期待していることを事細かく鮮明に褒めちぎるとだらしない顔つきで僕の肩を叩いてきたので許してもらえた。
「それに去年と比べるとまだ王道じゃん」
「そうなんだけどなー。女子たちは完全に裏方?」
「みたいだよ」
「ずりぃ」
「女子のほうが多いから、多数決だと負けるからね」
僕のクラスは男十三人対して女子十七人。
女子が団結すると勝てるわけもなく、尚且つ男子より主張が激しかった。
いつも文系は女子の比率が多く、理系は男子の方が多いらしい。
「去年ホストクラブモドキが話題になったらしいから、男子をメインに据えたいって」
「確かに女子のコスプレで釣ったクラスのほうが毎年多いよな。そういうことなら市ノ瀬ちゃんとか客寄せになるよなぁ」
「僕もそう思うけど、今年は演劇やるんだと」
「へぇ。何やるのか知ってるのか」
「ロミオとジュリエット」
「またベタな」
「奇をてらって滑るよりはいいんじゃない」
「市ノ瀬ちゃんはやっぱりジュリエットなわけか」
「いや、もぎり」
「は? 勿体ねぇ」
「揉めたらしいよ」
客を集めたい女子とロミオをやりたい男子たちの連合に対して夏菜と麗奈ちゃん。
「市ノ瀬ちゃんのことだからロミオは渉じゃないと嫌だとか?」
「それはそれでなんか嫌だなぁ……」
「主人公とヒロインだぞ」
「夏菜からロミジュリの原作の話聞かされるとロミオかなりとんでもないヤツだし」
それ故に夏菜はロミオとジュリエットが嫌いらしい。
恥ずかしい毛の生えたぐらいの十三歳から十四歳であるところらしいジュリエットはまだ純粋無垢で恋も知らない少女として描かれている。だからこそジュリエットはロミオに出会い恋を知り盛り上がるのだが。
恥ずかしいなんたらは原文のままなので僕が思ったわけじゃない。
反対にロミオには元々別の人物に恋しており、それも恋に恋しているだけで相手は誰でもいいというような登場人物。しかも人殺しまでしているような駄目な人間。
『私がジュリエットだったらこんなどうしようもない男好きになったりしませんから』という冷めた目で夏菜は語っていた。
危険なニオイのする男性に憧れる少女の図ですよ、あんなの。と言われてしまえば身も蓋もない。
出会いからジュリエットの後追いまでの五日間の話。
後追い自殺だけは共感している節があり、頼むからやめてくれと僕は願うばかりだ。
「ヒロイン不在で市ノ瀬ちゃんのクラスはどうするの?」
「ロミオとパリスと名前を変えて禁断のBL話に脚本が変わった」
「……結局、奇をてらってるじゃねーか」
「確かに」
ちょっとどういう話になるか気になるところではある。
文化祭の準備期間。
四限目まで通常通りの授業。昼休みから一斉に騒がしくなるのは毎年のことである。今年も廊下は華やかで場所によってはすれ違うことすら出来ないぐらいの密集具合。
僕ら男子は本番まで基本的にやることがなく、部室で練習したりたむろすることが日課になっていた。
「お疲れ様です」
扉が開き、いつの間にか自前のベースを持った絵梨花ちゃんが部室に入ってくる。夏菜もちょうど道中ばったり会ったようで一緒に入ってきた。
夏菜は頭を軽く下げるだけで早々に僕の隣に陣取る。
「うん、おつかれ。そっちはクラスの準備はいいの?」
「あたしのクラスはメイド喫茶なので本番までやることないんです」
「僕らと一緒だね」
「渉さんのクラスは……執事喫茶でしたっけ」
「お互いに頑張ろうね」
「はい。時間が空いたら、渉さんのクラスにいきますよ」
「やめてくれ……」
今年僕らのやる曲。
去年は邦楽メインになってしまったし、愛をテーマにして演奏していた。
雨のせいで機材が駄目になってしまったこともあり、用意していた楽曲が最終日に演奏できなかったせいでもある。
部としてどうかと思うが去年のこともあって、もう好きな曲好きなようにやるのがいいんじゃないかと考えた。
部員全員から好きな曲を一曲選んでもらいそれをやる。
絵梨花ちゃんからはBUMP OF CHICKENから『ゼロ』を提出され意外で驚いた。
話を聞くに父親が良く車でバンプの曲を流しているようでその影響。
まぁ僕も好きなバンドの一つである、歌詞が綺麗だよね。
司からはRage Against the Machineの『Freedom』で、これは聞かずともわかる。神楽先輩の影響だろう。だが、ベース覚えたての絵梨花ちゃんには荷が重い。
子供も聞いているんだろうか? ちょっと心配になる。
この曲やるならギター二人欲しいところ。
ソロ長いんだよ……。
麗奈ちゃんは自分が幽霊部員であることから辞退。
そもそも音楽をあまり聴かないようで、知っている曲がショートムービーで流される曲ぐらいだったらしい。なのでタイトルも知らないと言っていた。
たまに踊っていたりしているがその影響なのかな。
そして夏菜。
一番困ったのが夏菜の選曲、愛の夢第3番。
つまりクラッシク。
聴いてみればクラシックを知らない僕でも正直感情を揺さぶられる曲だったのだけれど、文化祭でどう演奏したらいいのか本気で悩んだ。
「だから言いましたよね。私、音楽に明るくないって」
「夏菜ソロでやってみる?」
「嫌ですよ」
「だよね」
「先輩が今まで歌ってきた曲はどれも好きですけどね」
「あと夏菜の分だけなんだよな。30分与えられてるから僕が選んだ曲を合わせても20分にも満たないんだよね」
「MCとかどうなんですか? 去年、先輩色々と話していましたが」
「そうだっけ? あの時アドレナリン出まくってあんまり記憶にないし、文化祭後のほうが記憶に残ってる」
「確かにあの時の先輩のテンションについていける人いませんでしからね」
あれをもう一度やれと言われると不可能。
実力以上の物が発揮出来ていたという感覚は確かにあって、それ故に皆の反応が良かった。
そこに秘められたのは強い気持ちだけ。
今年に込める想いがあるかと言われると無きにしもあらず、甘ったるい恋愛ソングが流れそう。
「私と先輩は一心同体みたいな物なんですから、先輩が良いと思ったものをやれば良いんじゃないですか?」
「そうね……」
異論はない。
「んっ……」
夏菜から吐息が漏れる。
ちょっと色っぽい。
ワイヤレスイヤホンを片方だけ差しただけなんだけどね。
「一心同体だから一緒に決めようね」
「言わなきゃよかったです」
部員の生暖かい視線には目もくれない。
各々個人の練習をしたり、僕が持ってきたスイーツをみんなで食べたり、楽曲が決まらず時間も残り少ないということもあり最後に何曲か合わせるとその日の部活は終了。
解散して夏菜と二人で自宅に戻る。
空はまだ明るいものの徐々に秋の気配がしていた。
昼間は依然として暑いものの夜になるにつれて過ごしやすい気温。蝉の鳴き声も鈴虫かキリギリス、松虫か。風鈴の変わりになる涼しい音。
「夕飯、秋刀魚でも焼こうかと思ってたんですけれど」
「すっかり秋だねぇ」
「なんで焼き魚嫌いなくせに秋刀魚だけ食べれるんですかね」
「美味しいから」
「……ほんと意味のわからない好き嫌いしますよね」
「大根おろしがあると嬉しいな」
「はいはい、任せてください」
子供扱いか。
致し方なし。
和食のほうが好きだけれど、和食に苦手な物が多い。
でも夏菜と一緒に住むようになってから克服した物もかなりある。
作りての技量。
彼女らが作ってくれるものなら食べれるようになったが、素材そのままに食べるようなトマトなんかは未だに無理。
文化祭までの日常は非日常感があるものの、三年ともなれば流石に慣れて浮ついた気持ちはなく一瞬に過ぎ去る。
授業、バンド練習にバイト。
春人さんから料理を習い、それを試す。
食べるだけでは太ってしまうので運動量も増やしたりなんかして。
案外充実した日々を送っている。
一年はもう折り返しを過ぎて一人暮らしのための準備を開始。
夏菜の空いた時間にも調理の練習を頼んだ時は凄い嫌な顔をされたけれど、僕の言い分に納得し『確かに昔の食生活に戻られたら心配ですしね……』と呆れてもいた。
僕もそうなる気がして練習をし始めたのもある。
その変な食生活時代も自炊はしていたので、特に困るようなことはなく食材の知識と変わった器具の使用法と知識が増えていく時間は楽しくもあった。
楽しいと感じることにより時間の流れは早く、もう明日に文化祭が迫っていた。
いつものように僕が先に起きて夏菜を起こす。
朝はもうすで肌寒く彼女を起こすのにも一苦労。僕で暖を取るのも癖になっている気がする。一頻り抱きしめられるとようやく覚醒し、制服へと着替える。
外に出ると空気が澄んで空の色合いも変わり、隣を歩く彼女の制服の上にも暖かそうなカーディガンを羽織っていて、薄いストッキングがタイツの厚さに変わっていたりも。
変なところで季節を感じる。
そう言えば彼女が初めてストッキングを着用したのも秋頃だった気がする。
図書館で受験勉強をしていると部活をサボった彼女が机に腰掛けて脚をぶらぶらと暇そうにしていた。茜色の光が窓から差込み彼女を染め上げていたのを思い出す。
「夏菜って今日ずっともぎりやってんの?」
「流石に一人対して7時間も拘束されたら遊びにすら行けないんですが」
「それもそうだね、空き時間は?」
「二時まではずっと暇ですよ」
「残念、夏菜と一緒に色んなところ行きたかったのに」
「教室の前に箱でも置いとけばバレませんから、ご一緒しますよ」
「いや、バレるだろ」
「なぜか客寄せとしてコスプレ予定ですけれど、どうします?」
「ちなみに何の?」
「……先輩、目が怖いですよ」
「ちなみに何の?」
「身の危険を感じます。繰り返し言われると本当に怖いんですが」
わざとらしく僕から距離を取り、自身の身体を抱きしめる。
表情は微動だにせず、彼女も冗談の範疇だと理解しているようだ。
ただ半分は本気なんだけれどね。
なにかとコスプレをしているイメージだが、長いこと一緒にいてそう回数は多くない。
貴重でもあり似合っているし、普段とは違う姿に非日常も味わえる。
なによりちょっとエロい。
「で実際どんな格好するの? 今日は大丈夫だとして、明日以降は学外からも人が来るし少し心配」
「きぐるみなんで大丈夫ですよ」
「……コスプレ?」
「えぇコスプレです。あからさまにがっかりしないでくださいよ」
してやったというようにくすくす笑うと、弾むような足取りで校内の階段を駆け上がる。
揺れるスカートとカーディガンの裾。
目繰り上がり以前僕が渡した下着を着用しているのが見て取れた。
えぐめの物を買ったせいでうっすらと尻の割れ目まで……、妙な征服感がある……。
「夏菜」
「はい?」
「スカート気をつけてね」
「……見えたんですね」
「うん」
先程よりも早いスピードで階段を駆け上がり、教室へと逃げてしまった。
スマホを取り出してメッセージを送ってみる。
『つけてくれてありがとう似合ってるよ』
すぐに返信。
『うるさい馬鹿』
照れている動物のスタンプが付属していた。
文章のやりとりをあんまりしなかった僕らだけれど、これはこれで良いところもあるようだ。




